Masuk「食事が終わったら自由時間。と言っても昼のような作業は禁止。一階のパーツ屋も閉まってるし、畑も駄目。各自なるべく自分の部屋にいるかシャワー浴びるかだな」
房に戻った涼は京から流れを聞いていた。
「その後、翡翠が就寝の合図に来る。看守役の人形が房の鍵を締めて就寝だ」
「看守役の人形って ? 囚人じゃないのか ? 」
「ああ。初代管理人が死んだ時、同じく看守達も姿を消したんだ。だから今は『核』が看守役の人形を創ったってわけ人形ってよりロボットに近いな」
「確かにこの房の鍵を翡翠さんだけでしめるなんて無茶だもんな……」
京はベッドに座り込む涼の前にパイプ椅子を引き摺り目の前に座った。
「今日一日だけで疲れたろ ? 」
「あ、ああ。何も考えられない……。とにかく言われた事は守らないとな……」
眠そうな眼を擦る涼の手を取る。休ませるどころか、思い切り立たせる。
「じゃあ、今度はシャワー室の案内な。最初が肝心。使い方教えるぜ」
京が
翡翠が伊吹の房へ現れた。「説明が遅れたが……」「いや、サミールに聞いた。さっき俺を助けてくれた」「そうか。では『核』の元へ案内しよう。望みは決まっているか ? 」 伊吹が『核』へ望むもの。「決まったよ」 □□□ 緑色に光る発光体。 キューブ型で、不思議な存在感のある浮遊物。くるくると回りながら、頭上高く輝いている。「俺をさ、女にしてよ。花魁みたいに華やかなのがいいな。着物に簪、あとはキセル。もちろん、中に詰める葉っぱもね」『御期待に添えかねます。一つだけです』「ケチだな。じゃあ、衣装だけでいいよ。ただし、安っぽい仮装みたいなのは駄目だ。 体のカスタマイズも出来るんだよな ? この体は俺は望んでないね。俺、実は中は女性なんだ」『そのデータはありません』「最初に体を選べないのは不公平じゃない ? じゃなきゃ俺、ここから出ないよ」『衣装と体のパーツ交換は許可します』「そう来なくちゃ」『ただし、二度と変更は出来ません。修理しても性別は二度と変えられません』「分かった分かった。それと、聞きたいことがあるんだけどさ……」 □ 戻ってきた伊吹を見て翡翠は開いた口が塞がらない状態だった。「風に蘭で、フェンランと名乗ることにする。看守殿も合わせてくれ」「こんな場所で女でいることがどれだけ危険か ! さっきもサミールに助けられたんだろ !? 」「それはわたしが弱者だったからだ」「女、子供もそうだろう」「ああ。そうだ。だが、不思議なことに男は、同じ男の中で弱者と見なす者には躊躇いなく暴力を振るうのに対し、あからさまに弱者と認識する女子供に手を出す奴は軽蔑される」「……保証は出来兼ねる。看守がいつでも守れるとは限らない。ここは生きた人間たちの監房とは違うんだ」「ああ。そうだな」「せめて女装なら力も男のままだったというのに」「男なら多少
その日。 『城』へ新しい囚人が二人やって来た。 『核』に選ばれた二人の男。 一人は雪のように白い肌をした、伊吹という痩身の男だった。翡翠に連れて来られ、『核』への面会が始まるまで房に置き去りにされた。 同房の相方が気の良い奴なら問題は無いが、伊吹は運悪く悪意ある者と顔を合わせた。 この時期、『城』の統治はままならず、突然変わった二代目管理人 翡翠も手を焼いていた。 震える伊吹の側、同房の男は黒いマントを翻し、手にした逆十字を掲げて仲間を呼んだ。「俺はサタン〜。お前を壊す男だよぉ〜 ? 」 ニヤケながら気味悪く手を振り上げて見せる。「や、やめてくれ ! 俺は……女じゃないし、何もしてない ! 」「あ〜 ? 女ぁ ? 女なんかいるわけねぇだろ。ここは霊界監獄。ぜ〜ん員が男ぉ〜。 ベリアル。こいつを抑えろ」「やっ ! やめて ! 何すんだよ ! 」「贄にするのさ。ここは霊界。あの世だ。 地獄のルシファー様に感謝の宴だ〜 。 お前をバラバラにして砕く ! そして全員で粉にする ! それを水に入れて飲み干しなら、さて……体は再生されるのか」「うぅ……っ ! 」「『核』の判断で、いくらでも体は再生しまーす ! ご安心を〜。 ところが〜 ??? 頭を残すと再生不可 !! 生贄にする為に、最後に頭を捥ぐ ! そしておめぇは永遠に生首のままこの宝箱の中で「助けて〜 ! 」って泣きながらヘブン !! 」 伊吹の同房はサタンだった。 周囲には取り巻きの男達。取り巻きと言うよりは、明らかに似たもの同士だった。皆儀式的な風貌に人形の体をカスタマイズしていた。「さぁ ! 腕を壊せ ! 」「うぃひひひ !! 」 集団暴行。 それは昔からあった事件や騒動。しかし伊吹は田舎の旅館の生まれで、長閑な村で二十歳のこの年まで目にすることはなかった。それをまさか自分が受けることになるとは。 ギシギシと音を上げる球体関節と、とて
「戻りました。 続けます」 涼が再び椅子に座ると、サタンは作ったような笑みでテーブルに身を乗り出して来た。「な ? ひでぇだろ ? 神なんていねぇのさ。囚人がここにいるのがその証拠じゃねぇか ? 」「『癒し』を受けないんですか ? 」「ルストも俺も、最初からそんな気ねぇんだ。ただ、本当に『城』が俺たちに『癒し』が必要と判断してんならよ。あんたゲロ吐いたりしねぇと思うんだよなぁ〜」 これに思わず京の視線が泳ぐ。 今の段階で涼の耳に入れたくない話だ。「『癒し』を受けないなら、帰れよ」「京、お前も反省や後悔なんてしてねぇクチだろ ? 俺たちと似てやがるよなぁ ? 人は悪魔に近いものさ。罪を犯さない人間なんていないんだから。だからこそ俺たちは『城』に来たんだろ ? それを『癒す』ってんなら、その方がおかしいだろ ? 」 サタンが一人、涼に話し続けるところを、今度はフェンランがやってくる 。「サタン。そう思うなら今日は出直しな」「フェンランか……。なんだ ? もう俺が怖くねぇのか ? 」「やめろ。だがお前の言うことに興味がある。後で話を聞かせて欲しいのだが」「……。驚きだな。いいだろういいだろう。 じゃあ、涼。今日はここまでだ。『癒し』について、『悪』だと認めたら俺たちの仲間になるといい」 涼はそっぽを向いて拒絶する。 サタンはルストを連れて、囚人塔へ戻って行った。 フェンランと京は一度だけ小さく頷き、互いに離れた。「サラ。次の人をお願い」「え ? 本当に体調は大丈夫 ? 」「大丈夫。少し相性が悪かっただけだよ」 涼は深いバイオレットの眼を群衆に向けた。 ボー……ン。ボーーーン……。 また鳴り出した大時計の鐘の音に囚人達が頭上を見上げる。「黒い針が&helli
「俺はサタンと呼ばれてる。勿論、本物じゃないよ。ククク。 俺は長い事……悪魔の言い分が大好きでなぁ。崇拝してきたんだ ! 神なんかいるかどうかも分かんねぇが、悪魔は確実にいるのさ」「サタン、『癒し』を受けねぇなら引っ込んでろよ」「京〜。お前なら分かってくれると思うんだけどな〜 ? 涼は罪深い少年だよなぁ〜 ? 」「知らねぇよ。好きでやってんだ。 サラ、こいつ引っ込めろ」「で、でも予約は取ってるし……。涼くん、どうする ? 」「別に……話は聞くよ ? 」「ほーん。いいねぇいいねぇ。じゃあ少し語り合おうか」 サタンは椅子に腰を下ろすと、自分の取り巻きの中から一人の男を手招きして呼んだ。「『癒し』て貰いてぇのはこいつだよ。 その前に、本当にこいつの罪が視えんのか ? 」「視えますよ」「当てずっぽうじゃねぇのか ? 」「いいえ。ちゃんと視えます」 涼とサタンの間に緊張が走る。「証明しますか ? 手を」 涼はサタンに呼ばれて来た取り巻きの男の手を取ろうとする。 その間もサタンは喋りっぱなしだった。「じゃあ見せてみな。原罪が本当に分かるのか……。皆も興味あるよなぁ〜 ? 俺の話はそれからだ」 涼が取り巻きの男と対峙する。「こいつぁ、ルストってんだ。視てみな」「……ええ」 ルストと呼ばれた男は豚のような体格だが、優しい目の無害そうな男だった。年齢は三十前半くらいだろうか。自分と同じ日本人か、あるいは近くの国民に見えるが、問題はそこではない。 過去にこの男が犯した原罪だ。 繋がった手と手から感情を吸い上げ、左眼でその色から記憶を視る。 煌びやかな電子音と若者達の笑い声。『取りやすくしてあげよ
薄暗い空間に怪しく揺らめくキャンドルの灯火。植物の緑と、古めかしいカフェテーブル。 上座に座る少年の銀の髪にキャンドルのオレンジ色が重なり、集まった群衆達を見つめる鮮やかな紫色の瞳。 囚人達から見てその姿はどこか神々しく、特別な存在に見えた。「次の方ですね、どうぞ」 サラが恭しく最前列の男性をエスコートする。京は涼の真後ろでその『癒し』を見届けていた。 涼の前に座った男は酷く気落ちして項垂れている。「緊張しないで。大丈夫、今日で終わります。手を出して」 涼が男に手を差し伸べる。「俺は……確かに見て見ぬふりして生きてきた。でもそんなに大きな罪なのか ? 」 男には深い疑念の色。反省や後悔の感情色がない。一体、何故なのかと、今度は左眼で男の過去を遡る。 ──課長、その辺にされた方が。 この男の声がする。 ──止めて ! 課長、止めてくださぃっ ! 泣き叫ぶ若者の声と、何かを身体にバンバンと打ち付ける音。 ──うちの営業課、やばいな。今年でもう四人死んでるよな ?「俺が止めるべきだったのか…… ? でも、クビになったら仕事はどうする ? 俺じゃない。悪いのは課長じゃないか……」 闇。 この男は闇を彷徨ったまま、『城』で生き続けて来た。 この男にとって、未だ『城』の生活は始まっていない。何故この『城』に来たのか。犯罪者ばかりがいるとすれば、自分の行いはそこまでの悪事だったのか自問自答の毎日だった。 涼がそっと手を握る。 男の戸惑いと疑念の色を、重ねた折り紙から引き抜くように吸い上げていく。「本当に悪いのは貴方じゃない」「……そう……だよな ? 俺は……。 そうだよ。悪いのは課長だよな ? 」「でも、確かに貴方は止められたかも
食堂で並んでいると、同じく最初の食事時間帯のフェンランが声をかけてきた。「あんたら……朝からやってたんだって ? 」「フェンラン ! お礼言いたかったんだ。女性の皆さんが色々手伝ってくれて、凄い集中できるようになってたんだ」 涼は目を輝かせながらフェンランを見上げて、朝の様子を語る。 その側では陳からビーフシチューを受け取った京が、なんとも青い顔をしているのを見て状況を察する。「女達はわたしが指示した訳じゃないよ。お礼は本人たちにいいな」「そうなんだ……。てっきりフェンランの指示かと思ってた。 俺も朝早くてびっくりしたけど、腕慣らしに、皆んなにも『癒し』をさせて貰ったんだ」 フェンランの眉が跳ねる。京も同じく、トレイを持ったまま足を止めて涼に振り返った。「あそこにいた女、全員癒したのか ?! 」「うん。だって手伝ってくれるって言うし、俺に出来るのはこのくらいだからね」「……そう……。いや、止めはしないよ」 フェンランは口では承諾をするが、明らかに動揺している。涼はあくまでも善意でやっている。しかし京とも視線が絡んだ。その目が訴えている事に同じ焦燥感を抱えていると気付いた。「食後もやるのかい ? 」「うん。もう予約の人いっぱいなんだ。前倒しで何人かこなしたんだけど、まだまだいっぱいなの」「……大変だね」 トーストを受け取った涼は、目の前で豆カレーを食べる男を見つけ、ニコニコと京に絡む。(見た ? また豆カレー ! )(やめろ ! 聞こえんだろ、バカ ! ) フェンランは離れて行く前に京を呼び止めた。「『癒し』の合間、休憩を取れるかい ? 少し話しでもどうだい ? 」 京は人の身体なら隈のありそうな虚ろな目で頷いた。「……ああ。それがいいか。俺も話してぇと思っ
『女子供は荷台に乗せろ ! 』 『サミール ! 男は皆殺しだ ! 』(戦争……の、記憶の断片……)『子供だけは。お願いします ! 』 『ガキはすぐ敵兵になる。今なら苦しまずに死ねるのさ』(酷い……一方的な虐殺……。今の姿からは想像もつかないけど……) 後悔の色は二色が絡み合うようにして根を張るように、ブレードの体から染み出て滲んでいる。 二色のうち一色は、生前の軍人としての罪悪感なのではないだろうか ? しかし、もう一色はどうも今の会話から視ようとしても、軍人である話とは違った筋のもののようだと感じた。「でも、戦争なら軍人が敵地に行くのは仕方がないですよね ? 」「確
涼は食堂へ行くと、陳にサンドウィッチの礼をと思ったが、他の囚人が多く何も言い出せないままトレイを持って並んだ。 前の前の囚人はトーストとポーチドエッグを、前の男は豆のカレーとナンを、涼のトレイには納豆と生卵が白米と並ぶ。陳は涼と目が合うと「言いたいことは分かってる」というようにサッと手を上げ、すぐに作業に集中する。 涼が会釈をしてテーブルへ来ると、隣にいた男たちに話しかけられた。「お。今話題の」「涼ってんだっけ ? 『癒し』っていつやんの ? 」「あ、おはようございます」 涼は素直に問いに答える
「最近入った、涼って子供を知ってるかい ? 」「ああ」「少し気になることがあってね」「俺に出来ることは無い」 ブレードは視線を闇の先に向け、はっきりと拒絶した。「助けろって話じゃないのさ。どうか、あの子の話を聞いておくれよ」「何故俺にそんなことを言い出す」「涼の眼を見たかい ? 」「……見た」「あんたなら、何か……」「出来ん。 だが悪意
涼が囚人塔への扉を潜ると、困ったように待ち惚けするフェンランが立っていた。「あれ ? フェンラン……どうしたの ? 」「涼……翡翠の旦那に呼ばれてたのかい ? 」「うん。『癒し』の力を使うのに時々」「時々 ? 頻繁に執務室へ行ってるって事かい ? 」 フェンランが知る限りでは、先日サラのファイトの際に昏倒した時のみだった。「最初からそういう約束なんだ」「……そう……