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第2話

Autor: 烏龍不茶
感情が高ぶったせいで、出産で裂けた傷がずきりと痛んだ。

思わずシーツを握りしめる。額には冷たい汗がにじんでいた。

郁真は乾いた唇を舐め、言いにくそうに口を開いた。

「今回は、ちゃんと理由があったんだ。

乃々香の家はかなり古い考え方で、弟ばかり大事にされて、あの子はずっと我慢させられてきたらしい。今度は大学まで辞めさせて、地元の50代の男性との縁談を押しつけられてる。相手は奥さんを亡くした人らしい。

澄花は昔から放っておけない性格だろ。これからっていう子が、そんな目に遭うのを黙って見ていられないはずだ」

そうやって郁真は、私の優しさを理由に逃げ道を塞いでくる。

ここで嫌だと言えば、冷たい人間なのは私のほうになるのだろう。

けれど私は、昨日ようやく出産を終えたばかりだった。

お産は長引き、途中で赤ちゃんの心拍も落ちた。

あと少し遅れていたら、低酸素の影響で後遺症が残っていたかもしれないと医師から聞かされている。

それなのに、郁真は私の体を気遣う言葉ひとつ口にしない。

ただ、自分を許してほしいと繰り返すばかりだった。

口から出るのは、自分にはどうしようもなかったという言い訳と、乃々香を気の毒がる言葉ばかり。

ぼんやりとその顔を見つめながら、ふと、知らない人を見ているような気がした。

郁真が私の前でひざまずいたのは、これまでに3回ある。

最初は、私が重い腎不全だと診断されたときだった。

治療は長くかかり、医師からは腎移植も選択肢の一つだと告げられた。

当時、文学部の准教授になったばかりだった郁真は、私が仕事を休んでいる間の生活費や、治療に伴う出費を補うため、空いた時間があれば講演の仕事を引き受けていた。

「大学の先生が、ずいぶん金儲けに熱心だな」

そんな陰口を叩く人もいたが、郁真は気にも留めなかった。

「一番大事な人も守れないのに、周りからどう見られるかなんて、どうでもいい」

病状が悪化し、治療を続ける気力まで失いかけた夜には、私の前にひざまずいた。

「頼むから諦めないでくれ。僕と一緒に、もう少しだけ頑張ってくれ」

その夜、郁真は何度も同じ言葉を繰り返した。

あのころの私は、こんな人と結婚できて幸せだと心から思っていた。

けれど、郁真の言う「一番大事な人」でいられたのは、結局たった3年だった。

残りの2回は、どちらも乃々香のことでひざをついた。

口では私を選んだと言いながら、いざとなれば無意識に乃々香をかばう。

私が黙ったままでいると、郁真は深く息を吐いた。

「乃々香は澄花とは違うんだ。

両親はいる。でも、家族から大事にされたことなんてない。働いて家に金を入れることばかり求められてきたんだ。

澄花は母子家庭で育ったけど、お義母さんにはずっと大事にされてきただろ」

何を言っても、結局は乃々香の心配ばかりだった。

私はがっかりして、顔をそらした。

「だったら、これからも大事に守ってあげればいいじゃない。

離婚協議書は、退院したら送るから」

郁真が勢いよく顔を上げた。

「澄花、もう子どもまで生まれたのに、いつまでそんなこと言ってるんだよ。

まさか、自分と同じように、この子まで片親で育てるつもりなのか?」

歯を食いしばり、言い返そうとした、そのときだった。

病室の外から、乾いた平手打ちの音が響いた。

窓越しに見ると、母が乃々香を叱りつけ、頬を叩いたところだった。

次の瞬間、郁真は迷うことなく病室を飛び出した。

そして母を強く突き飛ばした。

母はそのまま床に倒れ、額を強く打った。鈍い音が響いた。

郁真は乃々香を背中にかばい、声を荒らげた。

「お義母さん、何してるんですか!どうして僕の学生に手を上げるんです?

乃々香は、子どもが生まれたからお祝いを伝えに来ただけです。悪気なんてありません」

私は痛みをこらえながらベッドを下り、急いで病室の入口まで向かった。

母の額から流れる血を見た瞬間、目の奥が熱くなった。

「郁真、お母さんが今までどれだけよくしてくれたと思ってるの?

それなのに、こんなふうに突き飛ばすなんて……何考えてるのよ!」

母はすぐに私のそばまで来ると、逆に心配そうに体を支えてくれた。

「何か月か前から、澄花と郁真くんの様子がおかしいとは思ってたの。

でも、赤ちゃんが生まれたら、またうまくいくんじゃないかって思ってた。

まさか郁真くんまで、ほかの女に気持ちを移すなんて思わなかったよ。

しかも、その相手まで病院に連れてくるなんて。お母さん、黙ってなんかいられない!」

母の言葉に、鼻の奥がつんと熱くなった。

泣きそうになるのを、どうにかこらえる。

乃々香は顔を真っ赤にして言い返した。

「事情も知らないのに、勝手なこと言わないでください!」

郁真はそんな乃々香の頬に残った赤い跡を、いたわるようにそっと撫でた。

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Último capítulo

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  • 彼が去ったあと、私は振り返らない   第5話

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