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第15話

Auteur: 白野 霧花
遥香は地下室に監禁された。

尚真の目はまるで地獄から這い上がった修羅そのものだった。彼は無言で遥香の腕を掴み、そのまま地下室へと引きずり込んでいった。

「話せ。全部だ」

遥香はシステムの警告が頭をよぎる中、黙ることしかできなかった。「お願い……許して……私、本当は——」

けれど、尚真の心には、もはや一片の同情すら残っていなかった。三日三晩、水すらまともに与えられず、彼女の体はすでに限界だった。だが、それはまだ序章に過ぎなかった。

尚真は、なおも沈黙を貫こうとする遥香を見て、ついに自ら手を下した。塩水に濡らされた鞭を手にし、何の躊躇もなく——彼女の細い身体を一打、また一打と叩きつけた。

きめ細やかな肌の遥香に、この拷問が耐えられるはずもなかった。地下室には夜を通して彼女の悲鳴が響き渡った。それはまさに地獄の音だった。

そして——尚真は血まみれになった遥香の顔を見下ろしながら、冷たく呟いた。「まだ口を割らないのか?」

次の瞬間、彼は金属製の箱を手にした。中にはぎっしりと詰まった無数の画鋲。彼はその箱を彼女の口元に近づけ、淡々と告げた。

「俺の我慢にも限界がある。

今、話さなければ——もう後はない。

それとも、もっと別の罰を受けたいのか?」

その言葉に、背後に控えていた男たちがニタニタといやらしい笑みを浮かべた。

遥香の体が小刻みに震えた。

箱の中の鋭い画鋲が彼女の唇に触れた瞬間——遥香は恐怖で言葉を失い、喉の奥から掠れた声を絞り出した。

「やだ……やだ……!!お願い……言う!言うから!!」

彼女は完全に折られた。すべてを話すしかなかった。

「システム」、「攻略任務」、「物語の世界」と「向音が帰還したこと」……すべて、吐き出した。

尚真は深く息を飲んだ。覚悟はしていたつもりだった。だが、「自分の世界」がたった一冊の本の中に過ぎなかったと知ったとき、その価値観は音を立てて崩れ落ちた。

「向音はどこに?どこへ戻った?」尚真は声を荒げた。

「会わせろ!彼女に会わせてくれ!」

「任務なんてずっと前に終わってるわよ。ただ元の世界へ帰ったのは今になってからってだけ」

その言葉を聞いた瞬間、尚真の頭の中にあの雨の日の光景がよみがえった。「行かないで」と叫んだあの夜。

彼の喉がぎゅっと締め付けられた。

「会いたい!会いたいんだ……!」尚真
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