LOGIN生まれつき、驚異的な自己治癒能力を持っていること。それが私、望月知尋(もちづき ちひろ)という人間のすべてだ。 沢田修平(さわだ しゅうへい)にとって、私は彼の「想い人」のために用意された、ただの生きた薬箱に過ぎない。 彼女を生かすため、修平は私の心臓から99回も血を抜き取った。 最初は彼の巧みな手口に騙され、最後には自ら差し出すようになった。 そこに至るまで、たったの5年。 修平が角膜をよこせと言えば、私は差し出した。 富永麻里奈(とみなが まりな)と腎臓を交換しろと言えば、大人しく従った。 そして、修平が100回目の心臓の血を求めてきた時、私はただ静かに微笑んだ。 彼は知らない。私の心臓が100回傷ついた時、この世界から完全に消滅してしまうことを。 あの日、私は迷うことなく心臓にナイフを突き立て、彼に告げた。 「修平、もう二度と会うことはないわ」 いつも冷徹な修平が、その時ばかりは狂ったように手術室の前に跪き、泣き叫んでいた。 「何もいらない!お前さえ戻ってきてくれれば、他には何もいらないんだ!」
View More悠成の眼光がいっそう鋭さを増した。「誰もがお前のように、愛する人を裏切るわけではない」修平は虚を突かれたように固まった。その言葉は予想外だったらしい。彼は知らなかったが、悠成はすべてを調査済みだった。私を拾った当初、誰かが私と修平のツーショット写真を彼に送っていた。事情を知った上で、悠成は何も言わなかった。私の能力についても、なぜ死んで生き返ったのかも聞かなかった。記憶喪失のふりをしているのではないかと疑うことさえしなかった。悠成は沢田家との提携をすべて避けていた。私が過去を思い出さないようにするために。まさか、パーティーで鉢合わせすることになるとは思っていなかったけれど。一ヶ月後、私と悠成は結婚式を挙げた。悠成は私が人付き合いに慣れていないことを知っていたから、式には親しい家族と友人だけを招き、ビジネスライクな付き合いは排除してくれた。式が終わった後、悠成は私が少し寂しそうにしているのに気づいた。ここには私の家族も友人もいない。やはりどこか心細かった。悠成は引き出しから婚前契約書を取り出した。そこには、もし将来彼が私を傷つけるようなことがあれば、財産の70%を私に譲渡すると明記されていた。悠成は私を抱きしめた。「希ちゃん、何を心配しているのか分かってる。焦らずゆっくりやっていこう、ね?」彼は私の手を握り、契約書にサインをした。彼の腕の中で、私はようやく安心感を見つけた気がした。翌日、宅配便が届いた。差出人の名前はない。開けると、そこにはお守りが入っていた。古ぼけていて、洗っても落ちない血痕がついている。お守りに触れた瞬間、電流が走ったような衝撃を受けた。奇妙な映像が次々と脳裏にフラッシュバックする。午後いっぱいかけてその映像を整理しようとしたけれど、結局何も掴めなかった。最後にはお守りを放り出してしまった。今度はドジってお粥に砂糖を入れたりしなかった。悠成もようやく甘い野菜粥の運命から解放された。彼が部屋を片付けている時、隅に落ちているお守りと、私が気づかなかった手紙を見つけた。手紙には修平の懺悔の言葉が綴られている。悠成は私に見せるべきか迷っている。私は彼の懐に潜り込み、手紙を奪い取った。今回ばかりは悠成も緊張している。
ホールの扉が開いたその瞬間、不意に強い視線を感じた。見知らぬ男が私を見た途端、目を見開いてその場に凍りついている。私は不審に思い、彼を避けて通り過ぎようとした。だがその時、背後から伸びてきた男の手が私の腕を掴んだ。その男は私を抱きしめ、震える声で言った。「知尋……もう二度と会えないと思っていた……」一瞬、「知尋」という名前に聞き覚えがあるような気がした。けれど、見知らぬ男に抱きしめられるのはあまり気分が良くない。拘束する力が強すぎて、息ができないほどだった。悠成が彼を引き剥がし、私を背後に庇った。「希ちゃん、大丈夫か?」私は頷き、彼の背中に隠れる。悠成は警戒心丸出しの目で向かいの男を睨みつけた。だが男は構わず、必死に私に近づこうとする。悠成が警備員たちを呼んだ。だが、男は涙を流しながら「知尋」と叫び続けている。「希ちゃん、彼を知っているのか?」目の前の男を見つめると、どこか懐かしい気もするが、何も思い出せない。私は首を横に振った。男は驚愕の表情を浮かべた。何か言う間もなく、彼はつまみ出された。なぜだろう、あの人を見ると心がざわつく。特に胸の奥が苦しくなる……後日、あの男の名前が「沢田修平」だと知らされた。それ以来、沢田家と藤岡家の商談の場に、修平は毎回のように顔を出すようになった。彼は悠成のいない隙を狙って、訳の分からないことを私に話しかけてくる。「知尋、まだ俺を許してくれていないのは分かってる。いつまでも待つよ」私は彼に自分は「知尋」ではなく、「希」だと伝えた。でも彼は全く聞き入れようとしない。ある時、修平は指輪を持って私の前に現れた。「知尋、迎えに来た。俺と結婚してくれないか?」私が答えるより先に、悠成の拳が修平の顔面に飛んだ。悠成がこれほど怒るのを初めて見た。彼は私を抱き寄せ、鋭い眼光で修平を睨みつけた。修平も負けじと言い返す。「知尋自身に決めさせろ!俺と結婚するかどうかを!」悠成は一瞬怯んだ。私の気持ちを聞いていないことに気づいたようだ。悠成は小声で私に尋ねた後、二人の男が固唾を飲んで見守る。私は修平の方へ歩み寄った。悠成の瞳に失望の色が浮かぶ。そして、静かに修平に告げた。「私は知尋じゃありません。そ
修平はもう、以前のように麻里奈を甘やかしたりはしない。書類を麻里奈に投げつけ、鋭い眼光で睨みつける。そこには、彼女が病気を装っていた証拠が記されていた。健康診断の結果、麻里奈の数値はすべて正常だった。心臓の血も、角膜も、腎臓も、すべて知尋を追い出すための茶番。修平はようやく、自分がどれほど愚かだったかを悟った。麻里奈を見る目はますます殺気を帯びていく。彼は麻里奈を辺境の地へ送り飛ばした。そこでは誰かが彼女に相応の罰を与えるだろう。麻里奈は彼がそんな仕打ちをするとは信じられず、かつての愛の誓いを泣き叫んだ。修平は眉をひそめた。「麻里奈、俺が生涯で妻にするのは、知尋ただ一人だ」麻里奈は地面に崩れ落ち、引きずり出されていった。連れ去られる間際、彼女は最期の言葉を吐いた。「修平、あんたは私を裏切った!そして知尋も裏切ったのよ!」それが麻里奈が彼に残した最後の言葉。修平はその場に立ち尽くし、為す術もなかった。「ああ、俺は知尋を裏切った……俺の手で彼女を追い詰めたんだ」そう思った瞬間、修平は鮮血を吐いた。手にした診断書を見つめながら、どこか安堵したような表情を浮かべる。病院に搬送された彼のために、沢田家は最高の名医を用意した。だが修平はいかなる治療も拒否し、ただ一日中、知尋の写真を握りしめて名前を呼び続けた。それが贖罪だと思っているようだ。母親・沢田悠里子(さわだ ゆりこ)が泣いて治療を受けるよう懇願しても、彼は首を振るだけだった。「俺が知尋を殺したんだ。どの面下げて生きろと言うんです」夜毎、夢の中で知尋が心臓を抉られる場面を見る。初めて修平に心臓の血を抜かれた時、彼女は震えていた。修平は知尋を抱きしめ、泣きながらあやした。「知尋、必ずお前と結婚するから。怖がらないで」知尋は彼の腕の中で、人に命じて自分の心臓を傷つけるのをじっと見ていた。倒れ込んだ知尋を尻目に、修平は彼女の血を持って麻里奈の元へ急いだ。ただ麻里奈の機嫌を取るためだけに。その後も毎回、これが最後だと言った。毎回、結婚すると、大切にすると言った。「修平、私が心臓にナイフを刺したあの瞬間、あなたが案じたのは私の命だったの?それとも、私が死んで麻里奈の薬がなくなることだったの?」修
慎史はため息をついたが、息子の願いを聞き入れることはなかった。知尋は病院に送り返され、修平も悲嘆のあまり自宅で昏倒した。そして、霊安室に安置されようとしたその時、「死体」の指がぴくりと動いた。*どれくらい時間が経ったのだろう。不意に意識が戻った。周囲の冷気に体が震える。私は狭い保管庫から這い出した。光の差す方へ歩いていくと、周りの人々が奇異な目で私を見ていた。突然、温かい腕が私を包み込んだ。目の前の男がスーツの上着を脱ぎ、一糸まとわぬ私の体を覆ってくれた。彼を見上げ、困惑したような視線を向けた。「お嬢さん、大丈夫ですか?」私が呆然としているのを見て、男はそのまま私を連れ出してくれた。看護師に頼んで服を着せ、温かいお湯を渡してくれた。彼の名は藤岡悠成(ふじおか はるみち)。私にいくつも質問をしたが、何一つ答えられなかった。自分が誰なのか、どこから来たのかも分からない。ただ「家に帰りたい」という思いだけ。でも、その家がどこにあるのかさえ分からない。悠成は私を不憫に思い、そばに置くことにした。温かいタオルで顔の血を拭き取り、優しく言った。「忘れられるということは、辛い記憶だったってことだよ。これからは新しい人生にたくさんの『希望』を持って生きてほしい。今日から『藤岡希(ふじおか のぞみ)』と名乗ってみないか?」私は頷き、その名前を胸に刻んだ。悠成は私の素性を詮索することなく、ずっとそばに置いてくれた。周囲が私の出自の怪しさを忠告しても、彼は笑って答えるだけだった。「希ちゃんは天からの贈り物だ。ただそばにいてくれるだけでいいんだ」後になって知ったが、あの日、悠成は検査のために病院に来ていた。彼は重度の癌と診断され、余命いくばくもないと思われていた。だが私と出会った後、医師から誤診だったと告げられた。悠成は私を幸運の女神だと信じ、ずっと守ってくれている。誰もが、悠成は私に対して特別だと言う。彼だけが私を背中に庇い、優しく言う。「怖がらせないでくれ」家政婦の内山展子(うちやま のぶこ)が、悠成は彼女の作る野菜いりおかゆが大好きだと教えてくれた。私は彼のために何かしたくて、展子に頼み込んで作り方を教わった。失敗しないように付きっきりで指導