「ここ、レオノラの森の近くじゃない」
「とりあえずの住まいだ。他国にもっとマシな家を買うつもりだ」皇子として育ったマテリオが生活しているとは思えない小屋だ。
でも、部屋が1つしかなくてマテリオとずっと一緒にいられる。彼は私の境遇に同情し、一緒に逃げると言ってくれた。
しかし、私たちは惹かれあっていても恋人同志がするような事はしていない。この狭い部屋で愛する彼と夫婦のように過ごせると思うと嬉しくなった。「マテリオ、知ってるかもしれないけれど、エステルが処刑されたわ」「黒幕が存命だ⋯⋯」「黒幕って、ダニエル皇子殿下?」 マテリオがゆっくり頷く。 私がダニエルを疑い始めたのは、彼が皇帝になったあたりからだった。(マテリオはこの時点で気がついてなのね)それにしても、私は明らかにナタリアとして2度目の人生を過ごしている。私の無念が回帰させたのかもしれない。
槙原美香子として生きた人生でもスバルに食い物にされた情けない私。 ナタリアの人生をやり直せるなら、今度こそ愛するマテリオと共に生きたい。しかしながら、私の中でどうしても不可解な事がある。
乙女ゲーム『トゥルーエンディング』の存在だ。私が中学生の時に夢中になったゲームだが、今思えば私に人生の選択肢が他にも会った事を見せるような仕様になっている。
「誰が作ったんだろう、もしかして神様?」
「ナタリア?」私のおかしな呟きにマテリオが反応して、私は思わず笑いながら首を振った。(いやいや、神様じゃなくてゲーム会社の人でしょ)
もしかしたら、私のように前世の記憶を持って転生した人が作ったのかもしれない。
だとしたら、かなり私に近い人間だ。(どんな意図で? 意図なんかなく私の人生が滑稽だったから揶揄って?)「ナタリア、モトアニア王国の女の子の戸籍を買ってあるんだ。平民の女の子で犯罪歴もない。ただ、家が困窮して自分の戸籍を売ったらしい」
マテリオがラリカの戸籍を買ったことについて話してく皇宮に到着するなり、マテリオはレアード皇帝に呼ばれた。 そして、私は案の定ダニエルと対峙することになった。 ダニエルの執務室に入ると、そこにはカイラード・ロピアン侯爵もいた。 私を見るなりダニエルは柔らかく微笑み近づいてきた。 私は彼がどのような気持ちでそんな表情をしているのか理解できず、思わず後退りたくなるのを必死に堪えた。「ナタリア、あの時は驚いてしまって君を叩いてしまって悪かった。君を傷つけたこの腕を今すぐ切り落としてしまいたいよ」 「じゃあ、今ここで切り落とせよ」と言いたくなったが我慢した。彼が私の頬を愛おしそうに撫でてきて鳥肌が立ってしまう。 身分制度とは本当にクソだ。 このように嫌悪感を感じる男に触れられても、引っ叩くこともできない。 ダニエルを前にして、ときめいた事もあった自分を恥じた。 今、私が考えるのは彼の紅茶にキノコの粉をごっそり混ぜて抽出し、アナキラフィシーショックを起こすことだ。(流石に足がつきそうね⋯⋯)「会話をしたくないくらい怒っているの? でも、今日は君に良い知らせがあるんだよ。ロピアン侯爵が君を養女にしたいらしい」「良い知らせ?」 私は思わず小馬鹿にしたような笑いが漏れてしまった。「なんだ、その態度は! お前のような卑しい生まれの娘を名門侯爵家が受け入れてやろうと言うのだぞ」 ロピアン侯爵に怒鳴りつけられた途端、私の中で彼にされた嫌がらせの数々が蘇った。 「娘に私を妃教育のストレスの発散に使えと言いましたよね。私のような卑しい人間は道具のように扱っても良いと⋯⋯私も侯爵の娘になったら、ストレス発散の的を用意して頂けるのでしょうか。それでも、発散できなかったら乱行するしかなくなりそうですね」 私の言葉にロピアン侯爵は手を振り上げた。 ここで殴られて仕舞えば、養女の話はなくなりそうだと思ったが邪魔が入った。「ロピアン侯爵⋯⋯僕の前で乱暴なことはやめてくれ」「しかし、このような大罪人の娘に言われたままでは!」「横領
「ヨーカー公爵領に向かう途中の馬車がセイスン橋が崩落した事で落下しまして⋯⋯」 ユンケルの声も震えている。「ヨーカー領って⋯⋯リオナ様は?」「意識不明の重体です」 私は公爵令嬢にも関わらず、身分や私のバックグランドを蔑む事なく優しくしてくれた彼女を思い出して涙が溢れた。 彼女は心からオスカー皇子を愛していた。 目覚めた時、彼が死んだと知ったら苦しむだろう。「セイスン橋は補強工事をしたばかりだ。崩落? そのような事があるはずがない」 私はセイスン橋が皇家直轄領にあたり、マテリオが管理を任されていた事を思い出した。 「まさか、またマテリオに責任を?」 私の言葉を肯定するようにユンケルが押し黙る。「ダニエルか⋯⋯」 マテリオの呟きにもユンケルは気まずそうに俯くだけだった。「ユンケル様! あなたって何を考えているのですか? ダニエル皇子殿下の手下で、またマテリオを陥れる為にここに来たのでしょう?」 彼は近衛騎士団長に関わらず私の荷物を取りに行ったり、ダニエルの指示で動く使い魔のようにしか私は見えない。「違います! 俺はダニエル皇子が恐ろしくて⋯⋯脅されています」「脅されている? 何か罪を犯したのか?」「⋯⋯皇族を殺しました⋯⋯」 マテリオの問いかけに意を結したように、ユンケルは震える声で自分の罪を白状した。「⋯⋯ダニエル皇子殿下は、元々お気に入りの女性を自分の専属メイドにして手を出していました。ちょうどナタリア様の前にメイドだったクレアという女が妊娠したのです」 ポツリポツリと語り出したユンケルの言葉に私は怒りで震え出した。 もしかしたら、私に用意された部屋はクレアが使っていたものかもしれない。 まるで私の為に用意したかのようにサイズの合う洋服が揃えられていたが、なぜだか他の服に隠れるように皇宮のメイド服が掛けてあった。 (気持ち悪い⋯⋯メイドが好きって性癖?)「父上と同じだな。ガレリーナ帝国の女は全て自分のものだと勘違いしている⋯⋯」
「ここ、レオノラの森の近くじゃない」「とりあえずの住まいだ。他国にもっとマシな家を買うつもりだ」 皇子として育ったマテリオが生活しているとは思えない小屋だ。 でも、部屋が1つしかなくてマテリオとずっと一緒にいられる。 彼は私の境遇に同情し、一緒に逃げると言ってくれた。 しかし、私たちは惹かれあっていても恋人同志がするような事はしていない。この狭い部屋で愛する彼と夫婦のように過ごせると思うと嬉しくなった。 「マテリオ、知ってるかもしれないけれど、エステルが処刑されたわ」「黒幕が存命だ⋯⋯」「黒幕って、ダニエル皇子殿下?」 マテリオがゆっくり頷く。 私がダニエルを疑い始めたのは、彼が皇帝になったあたりからだった。(マテリオはこの時点で気がついてなのね) それにしても、私は明らかにナタリアとして2度目の人生を過ごしている。私の無念が回帰させたのかもしれない。 槙原美香子として生きた人生でもスバルに食い物にされた情けない私。 ナタリアの人生をやり直せるなら、今度こそ愛するマテリオと共に生きたい。 しかしながら、私の中でどうしても不可解な事がある。 乙女ゲーム『トゥルーエンディング』の存在だ。私が中学生の時に夢中になったゲームだが、今思えば私に人生の選択肢が他にも会った事を見せるような仕様になっている。「誰が作ったんだろう、もしかして神様?」「ナタリア?」私のおかしな呟きにマテリオが反応して、私は思わず笑いながら首を振った。(いやいや、神様じゃなくてゲーム会社の人でしょ) もしかしたら、私のように前世の記憶を持って転生した人が作ったのかもしれない。 だとしたら、かなり私に近い人間だ。(どんな意図で? 意図なんかなく私の人生が滑稽だったから揶揄って?)「ナタリア、モトアニア王国の女の子の戸籍を買ってあるんだ。平民の女の子で犯罪歴もない。ただ、家が困窮して自分の戸籍を売ったらしい」 マテリオがラリカの戸籍を買ったことについて話してく
レアード皇帝が気まぐれに手を出したメイドとの間に生まれた俺の人生は最初から針の寧ろだった。 俺は平民出身のメイドの子だった。 美しい銀髪にエメラルドの瞳を持った母は人目をひく美貌のせいで、レアード皇帝の目に止まってしまった。 極秘に出産した俺の目は赤く、皇族の特徴を継いでしまっていた。 皇后よりも早く皇帝の子を出産したとして、俺の母は陰口に晒された。 うっすらと残る記憶は嫌がらせをされ、いつも泣いている母だった。 皇子の母親ということで堂々と出来るほど俺の母は強くなった。 俺が6歳の時に精神的に追い詰められた母は自ら命を絶った。 とても心の弱い人で、元々魑魅魍魎が行き交う皇宮で生活出来るような方ではなかった。 ナタリアと会ったのは雪の日の事だった。いつものようにダニエルを尋ねて来たエステル嬢に傘をさしている彼女を見た。 ロピアン侯爵がルミエーラ子爵の娘を引き取って、その娘が妙に色気のある黒髪の美しい娘だとは聞いていた。 一目で心を奪われそうな美貌と憂いを帯びた紫色の瞳に俺はすぐに彼女がナタリアだとわかった。「あんた、馬車までダニエルが私を送ってくれないと笑ってるんでしょ」 突然、エステル嬢は彼女の手から傘を取り上げ思いっきり傘で彼女を叩いた。「エステル様、私がご不快にさせたのなら謝ります」「あんたの謝罪に価値なんかないのよ!」 ひたすらに彼女を傘で叩き続けるエステル嬢を止めようと近づくと、近衛騎士団長のユンケルがエステル嬢の手首を掴んだ。「それ以上は⋯⋯人目がありますエステル様」 エステル嬢は手を止めると、無言で彼女を置いて馬車に乗って去ってしまった。「大丈夫ですか? ナタリア」「私は平気です。いつも助けてくれてありがとうございます。お優しいのですねユンケル様」「ロピアン侯爵邸まで送ります」「結構です。私はお散歩してから帰るのでお仕事に戻ってください」 そういうとナタリアは何故か小走りで皇宮の中に入って行った。 思わず俺
彼のメイドとして生活する中で知ったが彼はキノコアレルギーだ。 皇族の方の食事のメニューは同じものが用意されているのに、ダニエル皇子の食事だけキノコが除外されていた。 ちなみに、皇族は無敵でなければならないので、彼がキノコアレルギーだという事はトップシークレットだ。 しかし、彼は食事のサーブまで専業メイドである私に頼んでいたので気がついてしまった。 彼はキノコなど育ててはいない。 彼が「僕のキノコ」などと言ったのは、やはり私の気を引く営業トークだった。 ダニエル皇子の顔は赤くなり、とても痒そうだ。 瞼も赤く腫れ上がってきている。 通常、アレルギー反応が出るのは10分から30分後だが、この世界のキノコは効能、香りも強い分、アレルギー反応も早いようだ。「何をするんだ!」 その時、思いっきり彼が手を振り上げ私を引っ叩いた。 衝撃で私は彼に対する記憶を思い出した。 私はダニエル・ガレリーナと結婚していた。 槇原美香子として過ごすよりずっと前だ。 それは『トゥルーエンディング』のダニエルルートのような人生だった。 マテリオが私が別人で過ごせるように、他国の戸籍を買ってくれた。 魔法の薬で髪色の目の色を変えて、私はラリカとして皇宮のメイドとして働いた。 私はマテリオと身を潜めて暮らす人生を選ばなかった。 私は10歳の時に自分の聖女の力に気がついていた。 しかし、それはエステルに痛ぶられた傷を治すことのみに使い、周りには秘密にしていた。 聖女の力があっても、私に背負わされた十字架は消えない事を知っていた。 私の父親の犯した罪は、国庫の横領だった。 美しいが金遣いの荒い母に夢中だった父は行政部にいるのを良い事に莫大な金を盗むような真似をしていた。 父は爵位を剥奪され、国外追放になった。 全てを失った父から母は離れて、私は捨てられた。 カイラード・ロピアン侯爵が遠戚のよしみで私を拾った。 しかし、そこでの
私がダニエル皇子の専属メイドとして過ごし始めて1ヶ月が経った。 彼の公務の時には手が空くので部屋に篭って、ひたすらにキノコを分類した。 粉末状にして、乾燥させて、密閉した瓶に詰める。 サプリメント代わりに栄養になりそうなキノコ。 毒薬、麻痺、幻覚を起こすキノコ。 心を高揚させ判断を鈍らせるキノコ。 成分を分析したかったが、前世のキノコ研究の知識を生かして分類するにとどまった。 きっと、またキノコが私の人生を助けてくれる気がする。 (私を虐げてきたエステルを人生の舞台から退場させたようにね⋯⋯) 人は裏切っても、キノコは裏切らない。 先週、エステルの処刑が行われた。 薄汚れた格好で断頭台に上がる彼女は私の知っている彼女とは別人だった。 いつも取り巻きに囲まれていた彼女が、平民たちから罵声を浴びさせられている。 彼女はまるで全ての感情を失ったかのようにげっそりしていた。 私は遠巻きに首が落とされる彼女を見ていたが、首が切られた後に目が合ったような感覚に囚われた。 思えば『トゥルーエンディング』において、エステルは断罪されるが身分を失い国外追放になるだけだ。 彼女の運命は私とキノコによって大きく変わった。 サントスはオスカー皇子がエステルの罪を公にした後から失踪している。 ロピアン侯爵家は帝国貴族の序列が2つ落とされたのと、領地のダイヤモンド鉱山を失った。 それでも、帝国一の財産を持つロピアン侯爵家の影響力は衰えていないらしい。 レアード皇帝が頻繁に体調を崩すようになり、私はその度にダニエル皇子に連れられ陛下に聖女の力を使っていた。 季節は寒い冬になっていた。 外は今日もしんしんと雪が降っている。 確かラリカが皇宮のメイドとして働き始めるのは雪の日だった。 初日から新人イジメに合い、バケツの水をかけられて震えていたところをダニエル皇子に発見される。 そろそろ私もここを去った方が良いだろう。