転生モブは推しの闇落ちを阻止したい

転生モブは推しの闇落ちを阻止したい

last updateLast Updated : 2025-07-19
By:  黒兎みかづきCompleted
Language: Japanese
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エリーは異世界転生者。 17歳のある日、自分が生きるこの世界が前世で夢中になっていた漫画そっくりだと気づく。 彼女の推しは主人公の親友・ゼノン。 けれど彼は自らのコンプレックスに苦しみ、やがて闇落ちしてしまう運命だった。 「推しの不幸なんて見ていられない!」 エリーは魔術士としての立場を活かしてゼノンの訓練指導官となる。 彼が闇に囚われる前に心の傷を癒やし、運命を変えてみせる——。 しかし、いつしかゼノンの瞳にはかつてなかった熱が灯るようになり……? 「エリーさん。僕はあなたのおかげで救われました。だからもう、逃げるなんて言わないでくださいね?」 これは推しの救済を願った女性が、いつしかその心を奪われる物語。

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Chapter 1

01:気がついたら異世界転生

「申し訳ありません。娘さんは二月十五日、午前一時十三分に蘇生処置の甲斐なく、お亡くなりになりました」

寺原真衣(てらばら まい)はウサギのぬいぐるみを握りしめたまま、無表情で手術室をじっと見つめていた。

彼女は娘の最後の旅立ちを見送るため、静かに歩み寄った。

手術台の上、真衣は娘の枯れ枝のように細く乾いた小さな手をそっと握った。

その手は冷たく、すでにぬくもりは失われていた。

彼女は静かに娘の髪を整えた。

脳裏には、娘がまだ救急室へ運ばれる前、かすかに漏らした弱々しい声がよみがえる。

「ママ……おじさんは、まだ来ないの?」

娘が「おじさん」と呼んでいたのは、実の父親である高瀬礼央(たかせ れお)だった。彼は娘に「パパ」と呼ぶことを許さず、そのくせ忘れられない初恋相手の息子には「パパ」と呼ばせていた。

高瀬千咲(ちさき)のいちばんの誕生日の願いは、パパと一緒に過ごすこと、そして一度だけでも「パパ」と呼ばせてもらうことだった。

千咲は体が弱く、去年の冬、冷たい風の中で礼央が帰ってくるのを待ち続けたせいでインフルエンザにかかり、肺炎を患った。今年に入ってからは病状が急激に悪化し、ずっと入院していた。

今日もまた、寒い冬の日だった。千咲はこっそりと家の門の外で、礼央の帰りを待ち続けていた。

倒れていたところを真衣が見つけ、すぐに病院へと運ばれた。

医師からは、危篤状態だと宣告された。

真衣は礼央に、娘の誕生日くらいは一緒にいてほしいと、必死に懇願した。

彼はそれを承諾した。

だが、またしても約束は裏切られた。

彼女は枯れ枝のように痩せ細った娘の小さな体をそっと抱きしめ、優しくささやいた。「いい子ね……もう、つらいことは終わりよ」

もう、病の苦しみに耐える必要はない。

もう、毎日父親に嫌われ、決して届かない父の愛を求めて泣くこともない。

「ママ、どうしておじさんは私にパパって呼ばせてくれないの? でもお兄ちゃんはいいのに……

ママ、萌寧さんがお兄ちゃんのこと好きだから、パパもお兄ちゃんのこと好きなんだよね……」

娘の無邪気な問いかけが、今もなお彼女の耳元で何度も何度も響いているようだった。

幼い彼女には、なぜパパが自分を好きになってくれないのか、なぜ自分だけ「パパ」と呼べないのか、その理由がどうしてもわからなかった。ただ、きっと自分がお兄ちゃんよりも劣っているから、だからパパに嫌われているのだと、そう思い込んでいた……

六年前、彼女は礼央とふとしたことで関係を持ち、千咲を身ごもった。いわゆる授かり婚だった。

千咲を産んだ時、彼女は難産の末、大量出血したが、彼は一度も顔を見せることはなかった。

その頃、礼央は憧れの女性・外山萌寧(とやま もえ)の出産に付き添っていたのだ。どちらが大事か、それは一目でわかることだった。

萌寧は男の子を産んだ後、その子を礼央に預けて出国し、そのまま消息を絶った。

一方、真衣は長年、礼央を一途に想い続けてきた。彼の心を少しでも引き寄せたくて、萌寧が産んだ子供を受け入れ、我が子同然に心を込めて育て上げた。

彼は千咲に「パパ」と呼ばせることを決して許さなかった。だが、萌寧の息子にはまるで宝物のように接した。これが、決定的な違いだった。

難産の時、彼女は本当は気づくべきだったのだ。あの男の心は氷のように冷たく、どれほど手を尽くしても、決して温めることはできないということに。

本当は千咲のほうが午前中に先に生まれていた。それなのに、彼は萌寧の息子を「兄」にして、高瀬家の長男としての地位を与えた。

その結果――

誰もが、その子こそ礼央の本当の息子だと信じて疑わなかった。

そして、千咲はただの私生児だと蔑まれたのだ。

医師は彼女の震える背中を重苦しい面持ちで見つめながら、そっと声をかけた。「お父様は……まだお見えになっていないのですか?」

この子・高瀬千咲が入院してからというもの、父親の姿は一度たりとも見かけることはなかった。

真衣の瞳は冷たく光り、皮肉げにかすかに笑った。「父親なら、私生児を連れてその実の母親に会いに行き、誕生日パーティーを開いていますよ」

毎年、同じことの繰り返しだった。

それでも彼女は、馬鹿みたいに四年間も他人の子を育て続けてきた。

同じ誕生日の子供なのに、千咲には冷たい仕打ちしか与えられなかった。

医師は呆然とし、目の前の哀れな女性に、どんな言葉をかければいいのか分からずにいた。

-

千咲が亡くなって初日、真衣は全ての手続きを済ませた。

北城の火葬手続き確認書には、父母双方の署名が必要だった。

真衣は港湾の別荘へ戻り、千咲の遺品を静かに整理した。

その時、階下から車の音が聞こえてきた。

「パパ!いつママを捨てて萌寧さんと結婚するの?萌寧さんにママになってほしい!」

礼央はコートを腕にかけ、身をかがめて子供である高瀬翔太(たかせ しょうた)の頬を優しくつねった。「翔太、萌寧さんをママって呼んでいいんだよ」

真衣は階上で、その会話の一部始終をはっきりと耳にした。

胸の奥がきゅっと締めつけられる。彼女はそっと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

「ママにお風呂に入れてもらって、着替えたら萌寧さんを迎えに行きなさい」

翔太は嬉しそうに跳びはねた。「やった!」

けれど次の瞬間、翔太の小さな顔は曇り、しょんぼりとつぶやいた。「でも……ママが知ったら、行かせてくれないかも。ママ大嫌い、いつも外のもの食べさせてくれないんだもん」

礼央は翔太の頭を撫で、やさしく背中を押すように言った。「パパがいるから、ママは何も言えないよ」

礼央はふと目を上げ、ちょうど階段を下りてくる真衣と視線がぶつかった。

だが彼の顔は淡々としていて、何の感情も浮かばず、視線を逸らして見なかったことにした。

翔太は駆け寄り、真衣の手を握って言った。「ママ、お風呂入れて。あとでお出かけするんだ!」

真衣はその手を静かに振りほどき、顔を上げて礼央を真っすぐに見つめた。「何か……忘れてない?」

礼央は淡々と真衣を一瞥した。「何を?」

何年経っても、礼央はずっと冷たかった。彼女に対しても、千咲に対しても、冷たさは変わらなかった。

真衣は自嘲するように微笑んだ。

そうね。礼央が千咲と翔太の誕生日が同じ日だなんて、覚えているはずがない。

翔太の誕生日は毎年、萌寧と一緒に盛大に祝われる。

その一方で、千咲は毎年、毎年、冷たい冬の風の中で、決して帰ってこない父を待ち続けていたのだ。

「話がある」

礼央は嘲笑うように鼻で笑った。「今日は忙しい」

「長くはかからないわ。サインして」

真衣は静かに言い、手にしたファイルを開いて、署名する場所を指し示した。

礼央はひどく不機嫌そうで、まるで彼女と一秒でも一緒にいること自体が鬱陶しいとでも言いたげだった。

彼は眉をひそめ、勢いよく署名すると、書類を真衣に突き返した。

「今夜は翔太と外で泊まるから帰らない。明日の朝、学校の先生に翔太が半日休みをもらうことを伝えておけ」

真衣は奥歯を噛みしめ、書類を握る指先が真っ白になるほど力を込めた。

もし彼がほんの少しでも真剣に目を通していれば。

すぐに気づいたはずだ。文書の一枚は離婚届、もう一枚は千咲の火葬手続きの書類だということに。

それなのに、彼はどちらの書類にも無造作に、心を込めることなくサインしたのだった。

「それと、千咲に電話してくるなと伝えろ」

真衣は冷たく笑った。

千咲はもう電話なんてかけてこない。

なぜなら、彼女はもう、この世にはいないから。

礼央は、普段とは明らかに違う真衣の態度にも、まるで気にする様子はなかった。

時間が迫る中、萌寧の方から電話が入り、彼らがいつ到着するのか尋ねてきた。

翔太はお風呂にも入らず、着替えもしないまま、礼央のあとについて外へ出た。「今夜は新しいママにお風呂に入れてもらう~」

礼央は甘やかすようにその言葉に応えた。

「いいよ」

真衣はその場に立ち尽くし、彼らの去っていく背中を、ただ呆然と見つめ続けた。

彼女は家の中にある、自分と千咲に関係するすべてのものを整理し、燃やした。

そしてその足で火葬場へ向かい、千咲の遺体を火葬した。

遺骨を受け取った時――

真衣の涙は、こらえきれずに頬をつたって落ちた。

「千咲……ママを待ってて。すぐに会いに行くから……」

-

一方その頃。

礼央は翔太を連れ、萌寧の帰国歓迎パーティーに出席していた。

三人は和やかに語らい、まるで本当の家族のように親密だった。周囲の人々も皆、彼らの家庭の幸せを称賛し、真衣がいつまでも高瀬夫人の座に居座り、彼らの幸せを壊しているのだと噂していた。

その時、誰かが人混みをかき分けて礼央の前に駆け寄ってきた。

「高瀬社長、奥様とお嬢様が本日火葬されました。どうか葬儀場へ、遺骨を受け取りにいらしてください」

礼央は眉一つ動かさず、冷えきった声で言った。「いい歳して、そんな嫉妬じみた茶番をいつまで続けるつもりだ?」

「ですが……火葬許可書にはご自身で署名されましたし、離婚届にも……」

その言葉に、礼央の心臓は一瞬、脈打つのを忘れた。「……何だと?」

礼央はほとんどスピード違反のまま火葬場に辿り着き、妻と娘が火葬炉に送り込まれる光景を目の当たりにした。

それだけの光景で、彼の胸は何かに引き裂かれるような痛みに貫かれた。

火葬場の職員が聞いたのは、彼が「ドサッ」と倒れる音だけだった……

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01:気がついたら異世界転生
 異世界に転生しているのは、小さい頃から何となく気づいていた。 前世の私は、特に波乱もない普通の人生を送っていた。平凡な学生時代を経て、小さな会社に就職し、淡々と日々をこなしていた。しかし、その記憶はある時ぷつりと途切れている。 たぶん、事故か何かで命を落としたのだろう。 前世の記憶はあるものの、だいぶふんわりとしていて思い出せないことも多かった。 だから私は取り立てて異世界転生者だと意識することもなく、普通にこの世界で生きていた。 エリー・コーマ。それが今の私の名前。 この世界は前世風に言えばファンタジーな世界観で、魔法があったり、神様や魔物がいる。 特にこのサンクトゥア神皇国は女神信仰の国。 数百年に一度女神が地上に降臨して、聖騎士たちを引き連れ、この世の闇を払うという伝説があった。 私は魔力の才能があり、魔法に興味があったので、魔術アカデミーに入学して勉強に励んだ。 聖騎士ほどじゃないが、上級魔術士になれば出世コースである。「エリーは努力家だね。父さんの自慢の娘だよ」「母さんの自慢でもあるわ。でもエリー、出世ばかりじゃなく恋やおしゃれもしっかり楽しむのよ」 両親はそう言って私のことをいつも褒めてくれる。「エリー、兄さんを忘れるなよ。アカデミーでいじめられたらすぐに言うんだ。いじめっ子を消してやるから」 準聖騎士である兄まで揃って、うちの家族は末っ子の私を過保護に溺愛気味なのである。 ちょっと困る時もあるが、私も家族が大好きだ。 前世では早死してしまった。もう覚えていないけれど、きっと家族は悲しんだと思う。 だから今生ではしっかり長生きして、出世して、恋もして? 幸せをいっぱい手に入れて、みんなで笑いあって生きていきたいと思っている。 そんなわけでとりあえず魔法の勉強に励んだ私は、それなりに優秀な成績でアカデミーを卒業。十七歳で下級魔術士としてキャリアのスタートを切った。 順風満帆な異世界人生だった。 ――と、思っていた時期が私にもありました。 荘厳な神殿の祭壇の前に、二人の少年が跪いている。 年の頃は、少年らしさが残る十代半ば。彼らは対照的な容姿をしていた。 一人は太陽の光を凝縮したような金の髪。少しだけ癖のある金髪が、神殿のステンドグラスから差し込む光を反射して、美しくきらきらと光っている。 もう一人は夜闇
last updateLast Updated : 2025-06-10
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02:思い出した推しの死
『女神の聖騎士』は名作で、連載が終わってからも人気の高い作品だった。 バトル漫画なんだけど、主人公アレクやゼノンといった主な登場人物が美形揃いなので、女子人気も高かった。 ストーリーは、数百年ぶりに降臨した女神に付き従う聖騎士たちが、生命の滅亡を望む冥府の神と戦うというもの。 アレクは主人公だ。 だから彼は迷い傷つきながらも正しい心を持ち続けて、最後は冥府の神に打ち勝つ。 問題はゼノンだった。 優秀な能力を持ちながらも常にアレクに一歩及ばないゼノンは、いつしかコンプレックスを募らせて、闇落ちしてしまうのだ。 決定打は女神として覚醒した少女が、パートナーとしてアレクを選んだこと。 嫉妬と羨望に狂ったゼノンは、神皇国の秘宝である神殺しの黄金の短剣を持ち出して、女神の殺害を企てる。 けれどもアレクに阻止されて、一騎打ちになる。 ほとんど互角の力を持つ彼らだったが、ほんの僅かな差でアレクが勝つ。 女神を殺そうとした短剣を逆に心臓に受けて、ゼノンは絶命する。「アレク、僕が欲しかったものは、みな……きみが持っていくんだね」 と、言い残して。 親友ゼノンを自らの手で殺したアレクは深く傷ついて、それまでの快活な性格に陰が差すようになってしまう。 ここまでが前半の山場だ。 そして後半、冥府の神との直接対決の場で、ゼノンは再登場する。 ――死に取り憑かれた闇騎士、冥府の神の手駒として。 再び行われる、アレクとの一騎打ち。 かつての親友、神皇国の双璧と呼ばれた二人は本気で力をぶつけ合う。 けれどもう一度ゼノンを殺したくないアレクは、どうしても攻撃の手が鈍ってしまう。 そしてアレクは気付いた。ゼノンの心が血の涙を流していることに。 ゼノンは完全に自分をなくしてしまったのではなく、ぎりぎりのところで抗っていた。 そして最後には自らアレクの剣に飛び込んで、ずっと隠し持っていた黄金の短剣を手渡す。 アレクは短剣を持って女神に加勢し、とうとう冥府の神に止めを刺した……。 以上が『女神の聖騎士』のあらすじになる。 そしてここからがとても大事なのだが――私はゼノンを推していた。推して推して推しまくっていた。 漫画もラノベも大好きだった私はたくさんの作品を読んだが、ゼノンだけは別格。 一生かけて推す覚悟で、グッズを買い集めたし二次創作もした。同人
last updateLast Updated : 2025-06-10
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03:思い出した推しの死2
 次の問題は闇落ちの原因だ。 ゼノンの心理は複雑で、ファンの間でも解釈が分かれていた。 一つ、高潔で完璧な無私の聖騎士を目指すあまり内面が空虚になって、自分を見失ってしまったから。 二つ、アレクにずっとコンプレックスを抱いていたが、誰にも相談できずにこじらせてしまったから。 三つ、心から崇拝し敬愛する女神に選ばれなかったから。 漫画のゼノンは気高く高潔であろうとする心と、コンプレックスに苛まされ嫉妬に歪む心の間で悩んでいた。 この世界のゼノンはまだ十五歳。 悩みはあったとしても、まだそこまで深刻化していないかも。そう信じたい。 一介のモブに過ぎない私にできることは限られている。 アレクや信頼できる聖騎士の仲間と違って、私の言葉など聞いてもらえないかもしれない。 そしてこの世界はあくまで現実で、漫画の中のお話ではない。漫画の設定に引っ張られすぎると思わぬ落とし穴がある可能性もある。 けれども何か少しでも手助けができれば。それが彼の心を少しでも穏やかにできれば。 この世界にゼノンがいる以上、私の心は決まっていた。「よし。やってやるんだから」 ――さあ、私の異世界転生はここからが本番だ。 そんなわけで。決意を固めたところで両親と兄が部屋に入ってきて、はちゃめちゃに心配されたのだった。「エリー、本当に大丈夫かい? 昨日倒れたばかりなのに、今日仕事に行くなんて」「お父さん、大丈夫だから。職場まで兄さんに付き添ってもらうし」 翌日、そんなやり取りをして家を出た。 叙任式の場で倒れた私を家族は心配しまくっていて、昨日からずっとこんな調子なのである。「エリー。馬車が来たよ」 兄が言う。 普段は徒歩出勤なのだが、心配し過ぎの家族が今日は馬車を呼んでくれた。「ねえ兄さん。聖騎士は魔術訓練をするのよね?」 馬車に揺られながら兄に聞く。兄はうなずいた。「ああ、実戦こそが最良の訓練とはいえ、叙任されたての聖騎士ではそうもいかない。中級や上級の魔術士の中から相性の良い者を選んで、魔術訓練の担当官を決めるよ」 兄は準聖騎士。聖騎士を補佐する立場の役職にある。「ということは、昨日の二人の訓練官はこれから決めるのかな」「アレクとゼノンか。彼らは新人ながらも、非常に潜在能力が高いと評判だ。あれだけの人材が同時に二人も出たとなると、本当に女神降臨
last updateLast Updated : 2025-06-10
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04:訓練官に、私はなる
 その後の私はゼノンの魔術訓練官に正式に立候補して、各方面の説得に当たっていた。 駆け出し下級魔術士の私では、聖騎士の訓練官にふさわしくないという意見が多かったので、不利を少しでも減らすためだ。 ベテランを推薦しようとした上司には、こう言った。「年の近い私の方が、お互いに切磋琢磨して訓練できると思うんです。ゼノン様は優秀な聖騎士と聞きました。訓練であっても一方的な指導ではなく、潜在能力を引き出す方向がいいのではないでしょうか」 ものは言いようである。 上司は言いくるめられて、ベテランの他に私も推薦してくれた。 他にも訓練官に立候補を考えている先輩を牽制したり、まあいろいろやった。 そしてその成果として、私はゼノンの担当訓練官に選出されたのである! 待ちに待った訓練の日がやって来た。 ゼノンはアレクと一緒に魔術棟までやって来た。 長い廊下を歩いてくる美少年二人の姿は、そこだけ後光が差しているかのようだ。そこらをたむろしている魔術士たちも自然、二人を通すために横によけている。「こんにちは! 今日からよろしくお願いします!」 金髪のアレクが元気いっぱいに挨拶した。「精一杯努めます。よろしくお願いします」 黒髪のゼノンは落ち着いた様子だ。とても十五歳には見えない。 静かな声音はアニメの彼とまったく同じで、私の耳が幸せになる。 訓練場でアレク組とゼノン組に分かれた。 私の顔を見て、ゼノンは小首をかしげた。「担当官の方は、もっとベテランなのかと思っていましたが。お若いのですね」「ええ、まあ」 いろいろ裏工作したとは言えない。私はちょっと引きつった愛想笑いをした。「私の魔力属性は地と水ですから。ゼノン様の力をよりよく引き出すのに、ちょうどいいと判断したんですよ」「なるほど、そうでしたか。僕の属性は闇と地と氷」 彼はちらりとアレクを見た。その瞳に薄暗い色を見つけて、私は慌てて言う。「光や火に比べて派手さはありませんが、大事な属性ですよ」「ええ、そうですね」 ゼノンは微笑んだが、心から納得していないのは何となく分かった。漫画の世界とはいえ、ゼノン推し歴十年の私を舐めては困る。「闇は冥府の属性、地も地底の冥府につながり、氷は生命を奪う冬を連想しますよね。でもそれだけではないんです。闇は安らぎ、地は生命を支える大地。氷だって自然の営
last updateLast Updated : 2025-06-10
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05:属性について語る
「ゼノン様は、魔力と魔法の訓練はどのくらいの経験がありますか?」「聖騎士候補生の訓練学校で、ごく基礎的なものだけ受けました。魔力は子どもの頃は安定しにくくて、十五歳を過ぎてからの方がいいと聞いています」「はい、そのとおりです」 私が魔術アカデミーに入学したのはもう少し早い時期だったが、当初は座学中心だった。実践に入ったのは十五歳頃だ。 魔力は精神に直結する力なので、未熟な子どものうちは無理はできない。「では、まずはゼノン様の魔力を診させてもらいますね。手を取っていいですか?」「……どうぞ」 彼は穏やかに微笑んだ。その笑みは訓練への意気込みを感じさせるようでいて、違和感がある。 そういえば原作のゼノンは、他人との接触をあまりしようとしなかった。 親友のアレクにさえどこか壁があって、そんな様子がクールさを際立たせていたのだが……。 私に触られるのが嫌なのかもしれない。 けどこれは訓練で、拒まれているわけではないし考えても仕方ない。 ゼノンが差し出した手をそっと握る。少年から大人に変わりつつある年頃の手は、厳しい武術の訓練で既にごつごつとしていた。 彼の左手を両手で包むようにして、意識を集中させる。 共通の属性である地を介して、彼の内面に広がる魔力の波を読み取っていった。(すごい……) 私も二つの属性持ちの魔術士で、それなりに優秀だと自負していた。 けれどもゼノンの魔力は果てが見えない。文字通り桁違いだ。 大地はどこまでも広く、霜を下ろす冷気が満ちている。 空を覆う闇がゆらゆらと揺れて、月の光のような淡い陰影がたゆたっている。 それはとても美しくて――物悲しい光景だった。 地はともかく、闇と氷は扱いが難しい属性ではある。 人は本能的に死と夜を、闇を恐れる。冬の氷を厭う。 けれど全ては表裏一体なのだ。 私は前世、雪国育ちだった。 だから雪に埋も
last updateLast Updated : 2025-06-11
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06:一進一退
「……っ」 やがて疲労で集中が切れた。 閉じていた目を開けると、すぐ目の前にゼノンの美しい顔があって思わずのけぞった。 彼はゆるくまぶたを閉じている。まつ毛がすごく長い。 涼しげに通った鼻筋と、薄い唇。 絶世の美少年が至近距離にいる。 と、まぶたがゆっくりと開かれた。 冴え冴えとした青い光がこぼれるように、アクアマリンのような瞳が私を見る。「あっ! あのっ! 今日はここまでにしておきましょう!」 焦った私は彼の手を離して、ぴょんと後ろに一歩下がった。 推しのご尊顔が目と鼻の先とか、心臓に悪いわ! ゼノンは左手を差し出した格好のまま、美しい青い瞳で私を見つめている。「あの、ゼノン様?」「……不思議な感触でした。凝っていた魔力がゆっくり解きほぐされて、体の中を巡っていくような。とても暖かい感覚」「あー。地属性を介して、私の魔力を少し流しましたから。ゼノン様の魔力はまだ発展途中なので、外部から刺激を与えるのもいいかと思いまして」「あの暖かさが、エリーさんの魔力……」 どこか夢見るような瞳でうっとりと囁かれて、私の心臓は爆発しそうな勢いでドコドコ鼓動を打った。 推しの声! 耳が幸せになる声! もっと聞いていたいけど、これ以上は心臓がががが。 と、そこへ。「ゼノン! そっちも訓練は終わったか?」 明るい声に振り向くと、満面の笑顔のアレクが立っている。「俺はやっぱり魔法より武術が好きだなー。体を動かした方がスカッとするし!」「アレク、まったくきみは……。僕も今、訓練が終わったところだ」「じゃあ一緒に帰ろうぜ。後で手合わせしよう」「分かったよ。エリーさん、今日はありがとうございました。次の訓練もよろしくお願いします」 ゼノンはペコリと頭を下げると、アレクと連れ立って去っていった。
last updateLast Updated : 2025-06-11
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07:カエル採集1
 ゼノンの訓練は続けているが、私の仕事は他にもある。 もともと私は地属性と水属性を活かして、薬草園の管理をしていた。 魔力を養分として与えることで、特殊な効果を持った薬草を栽培できるのだ。 当初は一代限りと思われた品種も、掛け合わせに工夫をこらせば新しい品種が生まれたりする。やりがいのある楽しい仕事だ。 おかげで薬草に詳しくなって、調薬なども得意になった。 薬草園は私のテリトリー。 今日も水やりをすれば、植物たちは嬉しそうにきらきらと輝いている。 今の季節は春の終わり。これから夏に向かって、植物たちは旺盛に成長する季節だ。 水は魔法で出して散布する。天然スプリンクラーである。 これをやると虹ができて、ちょっと嬉しい。 私は魔力量こそそれなりに高いが、攻撃魔法は適性が低い。 だから聖騎士であるゼノンの役に立つには、後方支援を頑張るしかない。 原作の漫画世界では、アレクとゼノンが十八歳の年に冥府の神が目覚めて全面戦争に突入する。 あとたった三年しかない。 この世界が原作通りになるかどうかは不明だが、楽観視はできなかった。「戦争で必要とされるのは、傷薬と消毒薬。痛み止め。それに……」 あまり考えたくないが、麻酔のたぐい。 この世界は治癒魔法があるので、少々の怪我なら治る。 けれど治癒魔法の使い手はそんなに多くないし、内臓に達するような重傷は治せない場合が多い。 だから傷薬や消毒薬はいくらあってもいいと思う。 そして文明度が中世くらいなので、医療技術は高くない。高度な手術などは不可能だ。 ではなぜ麻酔が必要かというと……助からない患者を楽にするため。 先の大戦で需要があったと歴史書に書いてあった。 だが麻酔のレシピは失われている。ならば作ってみようと思ったのだ。 使い道は、そんなに複雑じゃない手術とかでも活かせるはず。 今は麻酔なしの気合根性で処置するしかない。聖騎士のような特別に精神力が高い人なら
last updateLast Updated : 2025-06-12
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08:カエル採集2
「それで、護衛とは?」 私がニジイロカエルの説明をすると、ゼノンはうなずいた。「では、僕が護衛しましょう」「え! そんな、聖騎士様がするような仕事じゃないですよ。普通の兵士か、町の冒険者に頼もうと思っていました」 するとゼノンは一瞬、ほんの一瞬だけ不機嫌そうに目をそばめた。 いつも完璧な彼がそんな表情をしたのが信じられなくて、見間違えかと思う。 まばたきするともう、いつもの穏やかな笑みを浮かべている。「仕事に貴賤はありませんから。それに僕は聖騎士といっても新人です。小さな仕事を積み上げて実績にしたいのです」「ええと……そう言ってくださるなら、お言葉に甘えます」 するとゼノンはまた一瞬だけ嬉しそうに笑った。すぐに引っ込めてしまうの惜しい、明るい笑みだった。 それから日程を話し合って、出発は五日後と決まった。   出発当日の朝、私は夜明け前に起き出してサンドイッチを作った。 前世であればお弁当はおにぎりと唐揚げが鉄板だが、あいにくこの世界にお米はない。 いつか種を探して栽培したいが、今言っても仕方がない。 で、ものすごく迷った末に、二人前作った。 たぶんゼノンは自前でお弁当を持ってくると思うが、もしものことがある。 余ったら夜に兄にでも食べてもらえばいいのだ。 準備を整えて玄関先まで出ると、人影がある。ゼノンだ。「お待たせしました、ゼノン様。迎えに来てもらってすみません」「いいんですよ。エリーさんの家は城門に近い。城や神殿で待ち合わせるより時間の節約になりますから」 私たちは城門を出て歩き始めた。 東の空はきれいな朝焼けに染まっている。 昼間は人でいっぱいの街道も、この時間ではさすがにまばらだ。 ゼノンは私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれている。体を鍛えている聖騎士だから、きっと飛ぶように早く進めるだろうに。「美しい朝焼けですね。まるで闇
last updateLast Updated : 2025-06-12
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09:カエル採集3
 道中は魔物が出ることもなく、無事に湖に到着できた。 時間はまだお昼前。いいペースである。「ニジイロカエルを探しましょう」 湖の周囲を回り込むように歩いてみると、岩場になっている場所がある。 そこでたくさんのニジイロカエルが日向ぼっこをしていた。 私はカエルは別に苦手じゃないが、大量のカエルがぞろぞろといるとちょっと気持ち悪い。 怯んだ私の様子を見て、ゼノンが一歩踏み出した。「何匹か捕まえて、袋に入れればいいんですよね」「は、はい。粘液の採集は魔術棟でしますから。袋はこれです」 粘液が漏れないよう特殊な加工をした袋と、毒を通さない手袋を差し出す。 ゼノンは手袋と袋を受け取って、カエルだらけの岩に近づいた。 彼が岩に向かって手をかざすと、小さい石つぶてがカエルに向かって飛んだ。 驚いたカエルが飛び跳ねる。と、着地地点でずるっと滑った。 よく見れば岩場の一部が凍っている。あれは魔法の氷だ。 足を滑らせたカエルは岩から落ちてきて、ゼノンはそいつを袋に入れた。「すごい! そこまでピンポイントに氷の魔法を使いこなすなんて!」 私が声を上げると、彼は照れたように手を振る。「エリーさんの指導のたまものですよ。氷は攻撃だけじゃなく、いろんな使い道があって便利ですね」 ゼノンはあっという間にカエルを三匹捕まえて、袋に放り込んだ。「もっと捕まえましょうか?」「いえ、三匹で十分です。そろそろお昼ですね、休憩しましょう」 私たちはカエルの岩場を離れた。 ゼノンは手袋を別の袋にしまう。「手を洗いましょう。こちらに両手を出して」 私が言うと、ゼノンは素直に両手を差し出した。その手に向かって魔法で水を注ぐ。 携帯用の小さい石鹸を使ってきれいにした。「ふふ。エリーさんの魔法はやっぱり暖かい」「水を出しただけですよ。誰のでも変わりません」 そんなことを言いながら、湖の岸辺に腰を下ろした。
last updateLast Updated : 2025-06-13
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10:カエル採集4
 しばらくしてやっとゼノンが落ち着いたので、お昼ごはんにすることにした。 私はこっそり二人前のサンドイッチを用意していたが、ゼノンはきちんと自分の分のランチボックスを持ってきていた。そりゃそうか。 私がお弁当箱のふたを開けると、ゼノンは横目で見た。「おいしそうなサンドイッチですね」「そう言ってもらえると嬉しいな。早起きして作ったから」「えっ。エリーさんの手作りなんですか……?」 彼は体ごとこちらに向き直った。それから何か言いかけて、結局口をつぐんでしまう。「食べましょ」「は、はい」 ゼノンのランチボックスの中身は、りんごが一個。それからバターを塗っただけのサンドイッチが二切れだった。「それだけなの?」「はい。今日は特別ハードな仕事ではないですし、いつもこんなものですよ」「食べ盛りなのに、足りなくない?」「ええ、まあ。十分ではないですが、お昼なので。寮の夕食はしっかり量が出ますから」「あのね、呆れないでほしいんだけど」 私はもう一つのお弁当箱を取り出した。「念のため、もう一人前サンドイッチを作っておいたの。その、ほら、ゼノンがお弁当を忘れちゃったら困ると思って……」 彼の性格を考えれば忘れるなどあり得ない。変に気を回しすぎた。「だから、ちょっともらってもらえると助かるんだけど……」「…………」 ゼノンは無言のままである。やってもいない忘れ物を前提にされて、気分を悪くしたのかもしれない。「ご、ごめん、今のなし。余っても大丈夫なの、うちの兄に食べさせるから」「いただきます」 ゼノンは身を乗り出した。「ああ、でも、エリーさんの手作りサンドイッチにふさわしいお礼を用意できません……。それなのに、欲しいなどと言っていいのでしょうか」
last updateLast Updated : 2025-06-13
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