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第9話

Auteur: ニュートン
直樹の言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員がほっと息をつき、空気が一気に和らいだ。笑い声まで漏れはじめる。

「やっぱりなー。さっき外で急に紗良が彼女だって言い出したから、マジでびっくりしたんだから!」

「ははっ、まあみんな信じてなかったけどね」

誰かが直樹を促して、もう一度ちゃんと説明してこいと背中を押す。

「今度こそ、真琴ちゃんをちゃんと紹介してくれるんだよな!」

真琴は恥ずかしそうに、でもどこか期待を込めた目で直樹を見つめていた。彼の肯定の言葉を待っていたのだ。

だが――結果は期待外れだった。

直樹はしばらく黙って俯き、やがて「その話はまた今度にしよう」と言った。

彼は真琴の手をそっと握り、低い声でなだめるように話しかける。

「今日はちょっとバタバタしすぎた。もっといいタイミングで……君にとってもその方がいいから」

真琴は理解ある笑みを浮かべ、「大丈夫だよ」と答えた。

けれど、その背中に隠した手はぎゅっと拳を握りしめていた。

その後の宴は、どこか白けたまま進んだ。

毎年恒例のように盛り上がり、酔い潰れるまで帰らなかった直樹が、今年は早々に主役の彼自身が姿を消
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