LOGIN私の娘、四季(しき)は誕生日パーティーで、ロウソクに向かってドイツ語で願いごとをする。 「今年こそ秋子さんがママになるように」 私の夫、岩村遥輝(いわむら はるき)が笑いながら彼女の頭を撫でる。 「もうすぐ叶うよ」 私はその場で固まってしまい、手にしていたケーキが床に落ちる。 遥輝が心配そうに言う。「どうした?」 私は慌てて首を振り、笑って答える。「手が滑っただけよ」 でも、本当の理由は自分だけがわかっている。ドイツ語が理解できて、思わず動揺したからだ。
View More遥輝が正式に離婚を突きつけられたのは、国に戻ってからだった。彼らが帰国した瞬間、玄関先で私が事前に送っておいたお届け物を受け取った。それを見る四季は、跳ねるように喜ぶ。「やった!本当にママを替えられるんだ!」だが、遥輝は顔色を曇らせ、手にした書類を今にも引き裂きそうになる。「なぜだ……どうして離婚が成立してるんだ!それにお前だ!なぜわざわざ怜奈の前で挑発する!」名指しされた秋子は一瞬怯えたものの、すぐに強がりの声を返す。「ただ真実を伝えただけよ!何が悪いの?あんたこそ、彼女と別れたかったんじゃん!」その瞬間、遥輝は彼女の荷物を掴んで外に放り投げる。「出て行け!」四季は呆然とし、慌てて遥輝に縋りつく。「どうしてママを追い出すの?これって私たちの望みじゃなかったの?」だが、遥輝は後悔する。あの日、四季の誕生日にその願いを承諾したことを。私にまで聞かせてしまったことを。彼は四季を見据え、冷ややかに言う。「じゃあ、あなたも一緒に行け」四季は呆然とする。「え、なんで、パパ……」秋子も立ち尽くして目を赤くする。「最初にあたしを誘ったのはあなたでしょ。妻なんてうんざりだって、あたしと結婚したいって……」「黙れ!」遥輝はもう聞きたくなく、目を閉じる。「僕は後悔してる。愛してるのは怜奈だけだ。お前なんか、出て行け!」堰を切ったように、秋子の涙が頬を伝う。四季は慌てて取りなそうと手を伸ばすが、彼女に突き飛ばされる。「どいて!」四季は地面に倒れ込む。「ママ……」「ママなんて呼ぶな!お前の父に取り入るために仕方なく相手してただけよ!本当は誰が好きであんたの相手なんかするもんだか!」怒鳴り捨てると、秋子は荷物を掴み、そのまま家を飛び出して行く。四季は目が完全に涙で濡れ、かすれる声で問う。「じゃあ……私のママは?私にはもうママいないの?」遥輝はその場に立ち尽くし、書類を開ける勇気が出ない。彼はもう、妻を失うのだ。その後、彼は一気に転落していく。会社は傾き、株は暴落し、最後に破産してしまう。四季は私の心遣いを失い、ろくに食べられず、夜も眠れない。苛立ちと絶望の果てに、遥輝はぼんやりして四季の首を絞めかける。気づく時には、四季は意識を失いかけて
私はもう遥輝と関わることなんて二度とないと思っていた。けれど、ドイツは国内と異なり、たった二日で再会してしまった。しかも皮肉なことに、彼も仕事で来た様子じゃないし、私もそう見えない。私は堂々とドイツ語で声をかける。「こんにちは」その瞬間、遥輝は立ち尽くす。「君、ドイツ語話せたのか?」私が答える前に、母も彼に声をかける。「このクソガキ、私だって話せるわよ」母親があまりに直球で、私は思わず吹き出してしまう。遥輝の顔色がどんどん青ざめていく。きっと思い出したんだろう、私がドイツ育ちだってことを。「君、何を知ってる?」私は淡々と、あの誕生日に耳にした会話をなぞるように話す。遥輝は動揺し、すぐに口を開く。「ただの冗談だって……」私は冷笑し、秋子とのチャット記録を突きつける。「じゃあこれは?全部冗談?」遥輝は慌てて私のスマホを受け取る。その顔は死んだように青ざめ、足元が崩れそうになり、スマホを落としかける。彼は頭を垂れ、低い声で呟く。「ごめん……」私はただおかしくて、冷笑した。「どうするの?私に許してほしい?」彼が近寄って私の手を掴んで言い訳しようとする。だが父が駆けつけて、思い切り彼を蹴り飛ばす。「この野郎!うちの娘に近づくな!」ジムで鍛え続けた父の蹴りに、遥輝は地面に叩きつけられ、しばらく立ち上がれない。ようやくよろめきながら起き上がろうとするも、咳き込みながら涙を流している。「聞いてくれよ、秋子とのことは、本当にただの出来心で……」私は聞きたくもなく、近づいて思い切り平手打ちする。「忘れたの?私が一番嫌いなのは嘘だよ。なのにあんたたちは平気で私の目の前で芝居して、問い詰めても認めず、私をバカにしてきた。今さら言い訳?消えろ!」私は立ち上がり、両親を連れてその場を離れる。タクシーに乗り込もうとするとき、遥輝が必死に追いすがってくる。「せめて……せめて連絡先だけでも!四季は?四季のことも捨てるつもりか!」彼が窓に縋りつく瞬間、父が力ずくで引き剥がし、冷たく警告する。「二度とうちの娘に近づくな。次やったらただじゃ済まさんぞ」私は座るまま、静かに前を見据える。「言ったでしょ。四季にプレゼントをあげるって。ママを取り替えたいって
その日、遥輝は昔みたいな姿を取り戻した。そして彼と秋子のドイツ旅行も、予定通り進んでいる。遥輝は「僕も出張だ」なんて言い訳をして、四季はわざとらしく「パパと一緒がいい」なんて言った。すごいね、みんなは嘘の出張をする。私も出張する。ただ、私が大事な荷物を全部持ち出すのを見る瞬間、遥輝の呼吸が止まる。「怜奈……それ、持って行かなくてもいいんじゃないのか?」私は振り返らずに荷物をまとめる。「いるものだから」遥輝はじっと私を見て、何か探るように視線を外さない。私は彼に安心させるために、笑って振り返る。「別に帰ってこないわけじゃないでしょ。あなたへのプレゼントも用意してあるし。一週間後に届くから、楽しみにしててね!」遥輝の目が一気に輝き、横で聞いている四季もすぐに割り込んでくる。「ママ!私のは?」私は笑って四季の頭を撫でる。「もちろん、四季の分もあるよ」ただ、本当は少しだけ残念だ。二人が真実を知る時の顔を、この目で見られないのが。きっと最高に面白いのに。夜、ベッドに入ると、遥輝が後ろから私を強く抱きしめ、不安げに呟く。「怜奈……本当に、僕に隠してることはないんだよな?」一瞬、バレたのかと心臓がドキドキする。けれど彼はただ私の背中に顔を埋め、低い声を漏らす。「なんでだろ……すごく不安なんだ」私はそっと安心して、彼を抱き返す。「考えすぎだって。多分ね、あなたも四季も、私と長く離れるのが初めてだから、慣れないだけ」遥輝はただ「うん」と呟く。彼に安心させるために、眠りに落ちるまで私はずっと背中をさすってあげる。窓の外のかすかな灯りに照らされながら、私は目の前の男をじっと見つめる。大学、結婚、そして四季が五歳になるまで。その目は、昔よりもずっと深くなる。その瞳も優しげに見える。もし今回の事件がなければ、私もそれに気づかないかもしれない。実は優しさなんか嘘で、薄情こそ本性だ。私が一番嫌うのは嘘だ。なのに彼らが一番得意なのは、私を騙すこと。翌朝、遥輝は私より先に空港へ行く。彼の視点では、私が出張するのは明日のはずだ。四季はとても嬉しくて、朝からずっと私とおしゃべりする。一言一言に、旅行を心待ちにしている気持ちがあふれている。私は笑いながら黙って
ドイツへ行くまで、あと三日。遥輝は起きた後、酔いで昨夜のことをほとんど覚えていないみたいで、起きるなり私の肩に寄りかかって「夜もまた……」なんて呟いてくる。私は思わず、その場で吐き気がする。胃の中がひっくり返るみたいに、目の前がくらくらする。まさか自分がここまで拒否反応を示すなんて思ってもない。ちょっと触れられるだけでも耐えられないほどに。遥輝は一気に酔いが覚めるのか、私の背中をさする。「怜奈、どうしたんだ?どこか具合悪い?」私はとっさに嘘をつく。「お腹が、ちょっと痛くて……」遥輝の表情が一瞬で強張り、すぐに服を着て私を病院へ連れて行こうとする。ちょうど出かけるとき、四季が起きる。彼女は一瞬きょとんとして、それから小走りで駆け寄ってくる。「ママ、どうしたの?」私は何も言わなく、代わりに遥輝が答える。すると四季は「私も病院行く!」と駄々をこねる。昔なら、そんな娘を見て素直に感動していただろう。優しくて、気が利いて、なんていい子なんだろうって。でも今は、心のどこかで思ってしまう。この子の胸の奥に、また一つ私への恨みが積み重なったんじゃないかって。眉をひそめて車に乗り込むと、四季は私のお腹を気遣うようにそっと撫でてくれる。ハンドルを握る遥輝は、信号を三つも無視して病院へ飛ばして、医者を呼んで私を診察させる。主治医の診察室の前に着くとき、私はそこに見覚えのある顔を見る。四季の目が一瞬で輝きを帯びる。ドアに掛かっているネームプレートを見て、やっぱりと思う。秋子だ。だから、四季は誕生日の夜に病院へ行きたがったんだ。秋子がいるから。ドアが開く瞬間、秋子の瞳孔が大きくなり、けれど遥輝は気づかず、私を支えながら言う。「先生、妻のお腹を診てもらえますか。胃腸の問題じゃなさそうで……」秋子は呆然として固まっている。それでも遥輝はさらに問いかける。「先生、どうしましたの?」バレたくないじゃないと、マジで彼に拍手送りたいくらいだ。これだけの演技力、映画賞も取れる。秋子は深く息を吸い、医者としての職業意識を取り戻したかのように私を診察した。それから理由をつけて私を一人だけオフィスに残す。「……おめでとう。妊娠してるわ」そう言って、彼女は検査結果を私の目の前に投
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