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第103話

Author: 歩々花咲
欲しいからには、ちまちまと値を付ける必要はない。

苑の提示額は、琴音の倍以上だった。

元々注目の的だった二人が、今度は一本のネックレスを巡って競り合い始めたことで、あまり盛り上がっていなかったチャリティーオークションの雰囲気は一気に熱を帯びた。

会場中の視線が一斉に彼女たちに注がれるだけでなく、ひそひそと囁き合う者まで現れ始めた。

琴音も、苑が自分とネックレスを争うとは思ってもみなかった。

これは意図的に自分の顔に泥を塗る行為ではないか。

以前の「親友」というキャラクター設定を覆すつもりなのだろうか?

心の捻くれた人間は、とかく人を悪い方に解釈したがるものだ。

琴音はまさにそのタイプで、彼女に言わせれば、苑はわざと自分に恥をかかせようとしているのだ。

今、自分は必死に苑に取り入ろうとしている立場であり、本来なら譲ってもよかった。

しかし、苑のこの行動がそれを許さなかった。

ここで引けば、自分が気弱だと思われるだけでなく、居並ぶ貴婦人や令嬢たちの笑いものになるだろう。

「一億二千万円!」

琴音は意地になって叫び続けるしかなかった。

その声が落ちるやいなや、美桜が苑の方へ体を傾けた。

「大胆にいきなさい。彼女なんかに負けてはだめよ!」

見栄の張り合いで、この天城夫人が誰かに気後れしたことなどない。

そして苑は、自分自身と天城家を代表しているのだ。

苑も手に入れたいからには手加減するつもりはなく、いざとなれば自分のお金で払うつもりだった。

そこへ美桜からの後押しも得て、彼女は直接次の値段を叫んだ。

「二億円」

琴音の顔が青ざめる。

「二億四千万円」

苑は平然と応じる。

「三億円」

琴音の顔が紫色に変わる。

「三億六千万円」

苑が告げる。

「四億円」

琴音の手は震えていた。

これ以上競り合わなければ恥をかく。

続ければ、このネックレスが到底その価値に見合わない。

「四億―」

「六億円!」

新たな声が会場に響き渡った。

琴音が振り返ると、そこには蓮がいた。

彼はスモークグレーのスーツを纏い、大股で歩いてくる。

その視線は琴音には一切向けられなかったが、その力強い一声が、彼女のすべての支えとなった。

「蓮」

蓮は彼女の隣に腰を下ろした。

その取りつく島もないオーラに、会場は一瞬にして静まり返った。

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