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第104話

Author: 歩々花咲
職務怠慢の一言で、硝煙が立ち込める争奪戦は茶番と化した。

チャリティオークションは続くが、苑も天城家も、そして蓮の方も、それ以上は手を出さなかった。

苑は適当な理由をつけて会場を後にし、直接舞台裏へ向かった。

彼女は職務怠慢などという寝言を信じていなかった。

きっとオークションの担当者が急に気が変わったのだ。

理由は不明だが、お金とは無関係なはずだ。

十億円も出してあのネックレスを買うなんて、もう卸売ができるくらいの金額だ。

まさかネックレスの持ち主が、朝倉家と天城家の争奪戦に巻き込まれて、最終的に誰かの恨みを買うのを恐れたのだろうか。

苑は理解できなかったし、考えたくもなかった。

ただあのネックレスが欲しかったのだ。

蒼真が苑を見つけた時、彼女は舞台裏でスタッフと交渉していた。

「あのネックレス、私が買います。いくらでも構いません」

「申し訳ございません、天城夫人。あのネックレスは本当にチャリティオークション対象外でして、お金の問題ではございません」スタッフは終始この言葉を繰り返した。

苑は諦めなかった。

「ネックレスの持ち主の方とお話ししたいのですが」

「そちらも申し訳ございません」スタッフは腰を半ばかがめ、申し訳なさそうに言った。

その態度を見て、苑はあのネックレスを手に入れるのは難しいと悟ったが、彼女は決して諦める人間ではない。

「一つお願いしてもよろしいでしょうか」

苑は新任の天城夫人だ。

先ほどの宴席で美桜が彼女を連れて会場中を挨拶して回ったことが何を意味するか、誰もが知っていた。

スタッフは恐れ多くて逆らうこともできず、すぐに頷いた。

「天城夫人、どうぞおっしゃってください」

「あのネックレスの持ち主の方に伝言をお願いします。もし再び手放すお気持ちになられたら、どうか私に一度機会をいただけませんか。亡くなった母に贈りたいのです」苑はそこまでしか言わなかった。

嘘ではない。

なぜならあのネックレスは、彼女が当時の男性を見つける手助けとなり、母へのけじめとなるかもしれないからだ。

「かしこまりました、天城夫人。必ずお伝えいたします」スタッフは再び苑に頭を下げ、額の汗を拭って立ち去った。

苑は失意のままその場に立ち尽くしていた。

蒼真は彼女の落胆と、あのネックレスへの強い渇望を感じ取っていた。

たった一
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