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第153話

作者: 歩々花咲
夜は深く静かだった。

久しぶりに眠れない。

苑は星空をぼんやりと見上げていた。

隣では蒼真が深い眠りに落ちている。

蒼真は苑の方を向いて横になっている。

その美しい横顔は枕に押し付けられてわずかに形が崩れていたが、それでも蒼真の美貌を損なうには至らない。

苑の脳裏に蒼真と過ごした些細な出来事が次々と浮かんでくる。

特に意識して記憶しようとしたわけではない。

だがそれらは、まるで刻み込まれたかのように鮮明に、そして深く脳裏に蘇り、胸の奥を締め付けた。

ある種の感情は抗おうとしても、やはり心に入り込んでくる。

だというのに、それは許されないことなのだ。

そう思うと苑はますます眠れなくなった。

この感覚はひどく消耗する。

苑は静かに身を起こすと病室の外へ出た。

そして壁にもたれかかり、頭上の明かりをぼんやりと見つめた。

やがて苑は携帯を取り出し、健太にメッセージを送った。

【寝た?】

すぐに返信があった。

【まだ】

苑はその一文字を見つめ、またメッセージを打ち込んだ。

【進展は?】

【少しだけな】

【どういうことですか】

【急いでるのか】

苑の指が画面の上を滑る。

【できるだけ。早い方が、いい】

【了解】

苑は【お疲れ様】と打ち込み、送信しようとした。

だがその前に健太からメッセージが届いた。

【こんなに遅くまで、どうした?眠れないのか?】

ある種のことは、たとえ信頼する相手であっても明かしたくはない。

苑は打ち込んだばかりの文字を消し、打ち直した。

【もう寝ます】

【早く寝ろよ】

【あなたも】

ラインを終え、苑は携帯をしまった。

そしてしばらくそこに立ち尽くしてから、病室へと戻った。

すると先ほどまで気持ちよさそうに眠っていたはずの男が布団をはだけさせ、その手を頭の上に乗せている。

ちょうど傷口のあたりに。

苑は慌てて駆け寄りその手をどかせてやると、布団をかけ直した。

身を引こうとしたその時、不意に腕を掴まれた。

その手は蒼真によって蒼真の胸元へと引き寄せられる。

どうやっても引き抜くことができない。

「蒼真、離してください」

苑は蒼真に呼びかけてみた。

だが蒼真は眉をきつく寄せ、苑の手をさらに強く握りしめた。

その横暴さは、眠っていても少しも変わらないらしい。

苑はどうしよう
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