間違い人生のトリガーを破壊して新しい人生を謳歌します!

間違い人生のトリガーを破壊して新しい人生を謳歌します!

last updateLast Updated : 2026-06-22
By:  吉乃婆婆Updated just now
Language: Japanese
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東雲翔月(しののめかつき)と契約結婚をした若桜凛華(わかさりんか)は夫やその友人達、そして義妹の若桜楓香からの嫌がらせを受け流しながら、あと僅かに迫った離婚成立を心待ちにしていた。しかし、離婚後も彼らの支配下の生活が続くと知って絶望してしまった。その日の夜、失意の中義妹が指示した交通事故に遭い意識を失った。目覚めて見ると凛華は3歳を目前にした幼児に戻っていた。前世の不本意な人生のトリガーとなった出来事を回避しながら今度こそ自分らしく生きようと奮闘していく。その結果、前世で結婚を強いられた年齢になった凛華の周りを彼女の心を得たいと望む男達が取り囲む。悔いなく生きたいと望む彼女の選択は……。

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Chapter 1

第1話

「1週間後の友人達との集まりはSKホテルでする事になった。準備はお前がやれ。当日は客が来始める3時頃までには準備を終えて、お前は東区のマンションに帰れ。俺がいいと言うまで数日間はそっちで過ごせ。」

社長であり、夫の東雲翔月(しののめかつき)が書類に目を向けたまま、秘書であり、妻の凛華(りんか)に命令をした。

「承知しました。失礼します。」

凛華は淡々と返事をした後、一礼して社長室を後にした。以前ならば、

「私も同席させていただけませんか。」

とか、

「何日くらいで家に戻れるのですか。」

などと尋ねてきたのだが、今日は返事だけしかなかった。

不審に思い顔を上げると、彼女は既に部屋を出てドアが閉まる所だった。

「どうせまた後でつまらない小細工を仕掛けてくるに違いない。」

翔月は秘書室長の神崎に内線で指示をした。

「1週間後に仲間たちと若桜楓香(わかさふうか)の誕生日パーティーをやる事にした。準備はアイツにさせるが、また余計な小細工をしない様に見張っておけ。」

「承知しました。」

神崎にとって上司の東雲翔月という男は、仕事に関して言えば、知識も判断力も社交性も優れている方だと思う。現に、グループ内の数社の代表を勤め、全て順調に業績を上げている。

しかし、私生活に関しては全く理解できない男だ。

無口ではあるが、温和で優しく事務能力も高い妻がいながら、なぜか派手好きで裏表の激しい義妹を優先する。しかも、社内では凛華が妻であることは自分を含め極少数の者にしか知らせていない。

何でも、楓香は子供の頃から共に過ごした幼馴染で、ずっと想い続けた初恋の女性らしい。

さっき彼が言った、<アイツ>とは妻の凛華の事だが、余計な小細工をするのはいつも義妹の楓香の方だった。

下手に進言すればとばっちりがくる。

前任の秘書室長もそれで移動になったと聞いた。

今回は彼も二人が接触しない様に指示をしたようだが、それならいっそのこと準備も全て関わらせなければいいのに…。

ああ、やっぱり自分には名家のご子息の考えは理解できない。

義妹さんよ、頼むから面倒を起こさないでくれ。

凛華はパーティー当日休暇を取った。

ホテルで誕生日会の準備をする為だ。ほとんどは指示が済んでいる。会場や料理や飲み物などの最終確認や、来客達の急な宿泊の為の部屋の確保など細かい事まで確認した。友人の集まりとはいえ、それぞれそれなりの地位や人脈を持つメンバー達だ。決して手は抜けない。

凛華は全ての準備を終えて2時過ぎにはホテルを出た。

駐車場で自分の車に乗り込んでようやく安堵のため息をついた。

『これでやっと解放される。』

翔月と凛華は契約結婚だ。

期間は2年間。婚姻中は、その事実を公表しない。正確には、翔月の妻が凛華であることを公表しない。

翔月の妻は若桜家の娘で、身体が弱いためほとんど外出はしないらしい。と、世間では思われている。

あと2週間後には晴れて離婚してこの屈辱の日々から解放される…はず。

東区にあるマンションは2LDKの間取りで、凛華専用の家だ。

家に帰り着いてから楽な服装に着替えて、さて今日はこれからどうしようかと寛いでいると、携帯が鳴った。

嫌な予感がしながらも画面を見てみると、案の定翔月からだった。仕方なく電話に出ると、

「ちゃんと準備しろと言ったのに、なぜ手を抜くんだ。会の一つもまともに用意できないのか。」

「すみませんでした。何か不具合がありましたでしょうか。」

「ベビーシッターが足りない。」

「…?。遥翔(はると)君の為のシッターは待機させていたはずですが……。」

「楓香がママ友三人とその子供たちを招待した。」

「今初めてお聞きしました。」

「それくらい予測しろ。」

「(そんなの無理でしょ。)考えが至らず申し訳ありませんでした。何人必要でしょうか。ホテルの方へ対応の依頼はされたのでしょうか。」

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第1話
「1週間後の友人達との集まりはSKホテルでする事になった。準備はお前がやれ。当日は客が来始める3時頃までには準備を終えて、お前は東区のマンションに帰れ。俺がいいと言うまで数日間はそっちで過ごせ。」社長であり、夫の東雲翔月(しののめかつき)が書類に目を向けたまま、秘書であり、妻の凛華(りんか)に命令をした。「承知しました。失礼します。」凛華は淡々と返事をした後、一礼して社長室を後にした。以前ならば、「私も同席させていただけませんか。」とか、「何日くらいで家に戻れるのですか。」などと尋ねてきたのだが、今日は返事だけしかなかった。不審に思い顔を上げると、彼女は既に部屋を出てドアが閉まる所だった。「どうせまた後でつまらない小細工を仕掛けてくるに違いない。」翔月は秘書室長の神崎に内線で指示をした。「1週間後に仲間たちと若桜楓香(わかさふうか)の誕生日パーティーをやる事にした。準備はアイツにさせるが、また余計な小細工をしない様に見張っておけ。」「承知しました。」神崎にとって上司の東雲翔月という男は、仕事に関して言えば、知識も判断力も社交性も優れている方だと思う。現に、グループ内の数社の代表を勤め、全て順調に業績を上げている。しかし、私生活に関しては全く理解できない男だ。無口ではあるが、温和で優しく事務能力も高い妻がいながら、なぜか派手好きで裏表の激しい義妹を優先する。しかも、社内では凛華が妻であることは自分を含め極少数の者にしか知らせていない。何でも、楓香は子供の頃から共に過ごした幼馴染で、ずっと想い続けた初恋の女性らしい。さっき彼が言った、とは妻の凛華の事だが、余計な小細工をするのはいつも義妹の楓香の方だった。下手に進言すればとばっちりがくる。前任の秘書室長もそれで移動になったと聞いた。今回は彼も二人が接触しない様に指示をしたようだが、それならいっそのこと準備も全て関わらせなければいいのに…。ああ、やっぱり自分には名家のご子息の考えは理解できない。義妹さんよ、頼むから面倒を起こさないでくれ。凛華はパーティー当日休暇を取った。ホテルで誕生日会の準備をする為だ。ほとんどは指示が済んでいる。会場や料理や飲み物などの最終確認や、来客達の急な宿泊の為の部屋の確保など細かい事まで確認した。友人の集まりとはいえ、それぞれそれなりの
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第2話
「3人だ。手配はお前の仕事だ。今すぐこっちに来て不手際を楓香に謝れ。」「………。わかりました。今から向かいます。」甘かった。あの妹が私を甚振る絶好の機会を逃すはずがなかった。凛華はすぐにホテルに連絡してシッターの派遣を依頼した。二人はすぐに向かえるそうだ。あと一人は1時間後ぐらいになるという。それまではスタッフを派遣して対応してもらうことにした。こんなに簡単なことなのに、なぜ自分でしないのか。その上、皆の前で楓香に謝らせるつもりらしい。それだけで済めばいいが。翔月は何かに付けて人前で凛華に横柄な態度を取る。それに対して彼女が従順に従う姿を見せることで、自分がいかに彼女に愛されているのかを見せつけたがる。あくまでこの結婚は、凛華が翔月を好きすぎて割り込んだ結果だと周囲に思わせる為らしい。楓香もまた、凛華を使用人の様に扱う。若桜家での自分と彼女の立場の違いを知らしめる為だろう。実際は、翔月についてはそれが契約内容の一つだから。楓香については子供の頃からの習慣だから。それだけの理由で言われるがままに従っているに過ぎないのだが。しかし、彼らに親しい者たちにとっては、何らかの手を使って二人の間に割り込んで翔月と結婚した図々しい女。それが凛華への評価だった。そのせいで傷ついた楓香は大学を辞め、親の勧める政略結婚をして子供を産んだ。が、相手の家族とうまくいかず先月離婚して子供を連れて実家に戻ってきた。これが表向きの事情となっている。実際は、楓香が酔って男友達と関係を持ち妊娠してしまった。まだ学生だった彼女は、気づいても言い出せず隠しているうちに中絶出来る時期が過ぎてしまった。それで仕方なく産むことになった。そこで、地方で産むために架空の結婚話を創り上げて街を離れた。若桜家としては、楓香が翔月と結婚して得られるはずの資金援助が諦めきれずに、もうすぐ卒業する凛華を取り敢えず嫁がせることにした。翔月には、学生の内に子供を産むような娘など東雲家が受け入れてはくれないだろう。しかし、翔月との子供を堕ろすのは忍びない。なので、地方で無事に産みたいと申し出た。その間、縁談を避ける為に凛華と契約結婚をして待っていて欲しい、とも。何とも図々しい申し出を翔月は受け入れた。翔月は幼い頃の命の恩人が楓香だと信じているから。そんな事情を知らない 友人達の凛華への当た
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第3話
そこまでの様子を見守っていた翔月の友人の一人が、「まぁそう言わずに。せっかく来たのだから一緒に楽しんで行けば?」と言い出せば、別の一人が、「そうだよ。凛華からの楓香へのプレゼントも披露してよ。」と、また意地悪そうな笑みを浮かべて言い出した。全く面倒くさい。と、思いつつも、「大した物は用意できていないのです。皆さんに披露するまでもないですよ。」と、断りを入れてみた。しかしそこで引き下がるはずもなく、「そんなに謙遜しなくても。同じ若桜家のお嬢さんですし。今や東雲家の若奥様でもあるのだからそれなりの贈り物を用意されているはずでしょう?」と言い募ってくる。何を用意しても何だかんだと難癖をつけるつもりの面々に心底不快感を感じながら、精一杯表情を取り繕って、「本当に大した物ではないのです。皆さんのお時間をいただくには及びません。どうぞ、皆さんでご歓談をお続け下さい。」もう一度固辞してみた。これは、彼女を嘲笑うチャンスと見た楓香が更に催促をしようとした時、会場の入り口が開いて新たな客が入って来た。「遅れてすまない。皆で楽しそうにしてるようだが、何の話だ?」口調は穏やかだが、目付きは鋭く彫像のように整った顔立ちの男が入って来た。男は見るからに高級そうなスーツを身に付けて、圧倒的なオーラを纏いゆっくりと主役の楓香の方に向かって行った。その男を見て、一同は気まずそうな表情になった。「大した事ではないですよ、颯生(さつき)さん。楓香へのプレゼントを披露し合っていただけです。」翔月が男を出迎えた。「そうか。では、俺も参加させて貰おう。」颯生が後に控えていたもう一人の男に目線で合図すると、その男が前に出て、楓香へ紙袋を差し出した。その袋に印刷されたロゴを見て、皆ゴクリと息を飲んだ。誰もが知る有名ブランドだ。ここの商品は何にせよケタが一つ違う。楓香が嬉しそうに受け取った。「ありがとうございます、颯生お兄様。来てくださっただけでも嬉しいですのに。早速見せていただいてもいいですか。」「ああ、気に入ればいいのだが。」そう言うと、颯生はさっさと凛華の方に行ってしまった。颯生は翔月の従兄弟で、東雲グループの総帥だ。父親達が兄弟で、颯生の父親が兄でグループの会長に、翔月の父親が弟で副会長に就いている。自分の誕生日会に、この2人が参加してくれたとあり、得
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第4話
「わかっています。あと2週間、外面的には完璧で従順な妻でいます。夫以外の異性と親しくしません。もし破ったら若桜家からの独立はあきらめます。財産分与は一切なしで東雲家を出ていく事に同意します。あなたも忘れないでください。私が約束を守ったら、契約通り2週間後には正式に離婚してください。慰謝料として、自立に必要な家と現金三千万をいただきます。」「もちろんわかっている。お互いに望む所だからな。」二人でそんな話をしている間、他の者たちは楓香を中心にパーティーを楽しんでいた。この異常な婚姻関係を結ばざるを得なかった原因はこの楓香なのに、と思うと無性に腹が立つが仕方ない。六歳のあの時、自分のひと言が状況を一変させてしまったのだから。それまでは母がいて、自分は確かに若桜家の実の娘だった。だが急に母がいなくなり、父から告げられた。「凛華、よく聞け。お前は本当は養女だ。お前が今まで母だと思っていた女は元は家政婦だった。」父は話を続けた。「あいつはこの間、体調を崩して療養する為にこの家から出て行った。本当の若桜家の女主人は、世話係をしてくれていた千登勢(ちとせ)だ。そして、千登勢の娘の楓香が本当の若桜家の娘なのだ。」幼いながらも、父は一体何を言っているのだろうと思った。そんなバカなことがあるものか。若桜家の事業を継いだ叔父は母の事を『姉さん』と呼んでいた。そんな人が家政婦なものか。「お父さん、それは違うよ。」「違わない。俺がそう言うのだから、これからはそれが事実だ。」「そんなのおかしい!叔父さんに聞いてみる!」と言うと、「父親の言うことが聞けない奴はお仕置きだ。事実を認めるまで部屋から一切出さない。」その言葉通り、一ヶ月もの間自分の部屋から一歩も出して貰えなかった。栄養失調と不衛生な環境の為に部屋で倒れているのを見かねた執事が父に進言して、やっと病院に運ばれた。目が覚めた時にはもう逆らう気力もなく、従う事になってしまった。誕生日会場では、集まった友人達が次々と楓香に祝いの言葉や、離婚への慰めの言葉を掛けていた。楓香は悲しげな陰のある笑顔を浮かべながら、「大丈夫よ。」「ありがとう」と健気を装って対応していた。翔月はそんな彼女を支えて、ずっと寄り添っていた。凛華は、こんな所に長居してはどんな災難が降ってくるか分からないのでさっさと会場を後に
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第5話
凛華は元は東雲グループのイベント企画会社に就職していた。しかし、就職間もなく楓香の事情に巻き込まれて翔月と契約結婚する事になった。その時、どうしても働き続けたいと言う凛華の意向を受けて、翔月は監視を兼ねて彼が社長を務める商社の秘書室に出向させた。結婚の話が出た時、東雲家からは会社は辞めて家で家事に専念するように言われた。が、そんな事をしたら離婚後また若桜家に戻って家政婦のように働かされ、その内誰かと政略結婚をさせられるに違いない。凛華としてはそれは絶対に避けたかった。そのためにはちゃんとした仕事を確保しておく必要があった。離婚後こそは自立してようやく自分らしく生きていくのだ。3日後、待ちに待った辞令が下りた。喜んで内容を確認した後、凛華は呆然としてしまった。『東雲凛華 秘書室より総務部への異動を命ず 』一体どういう事?約束が違う。凛華はすぐに社長室へと向かった。社長室前に着いた時、部屋の扉は少し開いていた。念の為ノックをしようと手を伸ばすと、中から声が聞こえてきた。「姉さん今頃びっくりしてるでしょうね。本当に大丈夫?」「大丈夫に決まっている。あいつは俺の言うことには逆らわない。」「だといいのだけれど。今さら颯生さんの管轄の会社なんかに行かれたら不安で仕方ないもの。」「いろいろ聞かれたくない事があるからな。遥翔の事もだが、契約の事も、若桜家の内情も、東雲の本家に知られたら僕たちは結婚できない。」「本家は本当に気づいていないの?」「わからない。でも、公にする者がいなければ今さら口出しはしないはずだ。」「だったら何としても姉さんが騒ぎ立てないようにしないとね。若桜家の思惑を知ったら騒ぐに決まってる。」「だから目の届く所に置いておく必要がある。」凛華は二人の会話を聞きながら、驚きもしたがやはりな…、と言う気もした。今さら抗議してもどうにもならないと言うことか。結局私は今の若桜家から逃れられない。絶望的な気持ちになって、二人に気付かれないうちに社長室から離れていった。この時、社長室の開いたままのドアのすき間から楓香がその後姿を見ていたことに凛華は気づいていなかった。凛華は、もう離婚も異動もどうでもよくなった。どうせ周囲の言いなりになるしかない。就業時間が終わるとすぐに退社して東区の家に向かった。最寄りの駅で降りてマンションまで歩
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第6話
「辞令を見ても何も言わなかったじゃないか。」「言ったら撤回してくれたのですか?」「もう決まった事だ。しつこいとクビにして無一文で若桜家に送り返すぞ。それが嫌なら大人しく言うことを聞け。颯生さんにも余計なことは言うな。」「何で……何でいつも勝手に決めてしまうんですか!家でも会社でも命令ばかり!私にも心はあるんです。少しは尊重してくれてもいいんじゃないですか!」「そんなに契約違反をしたいのか。何なら明日にでも離婚して家に返そうか?ご両親の反応が楽しみだな。たっぷり躾けられた後何処かの爺さんの後妻にでも売られるんだろうよ。そう言えばお前まだ処女だったな。さぞかし高く売れるだろうよ。これが最後だ。大人しく言うことを聞け、凛華。」 翔月が放った”躾け“というひと言が瞬時にして凛華の心を凍らせた。ついさっきまで湧き上がっていた怒りも自由への渇望も瞬く間に消え去り、恐怖が全身を駆け巡った。今まで何度も反抗を試みた。しかしその度に躾けと称して厳しい虐待を受けて、耐えきれずに言いなりになるしかなかった。その記憶が頭に浮かび、凛華は、「わかりました。」とひと言言うと電話を切った。その低く悲しげな声を聞いて、翔月もさすがに言い過ぎたと感じた。しかしすぐに、『アイツは慣れているから大丈夫だろう。明日にでも家に呼び戻して埋め合わせをしてやろう。』と思い直し、自分の心に感じた痛みに気づかなかったことにした。凛華はその夜、中々寝付けなかった。仕方ないという気持ちと、これから先もこのままだとしたら……という不安が浮かんでは消えていく。11時を過ぎた頃、楓香からメッセージが入った。『お姉さん、話したい事があるので三十分後にマンションの前の道で待っていて。車で迎えに行きます。』こんな時間に…。不快な思いはしたが、これもいつものこと。こちらの都合は全くお構い無しで呼び出したり用事を言いつけたりする。今日はどうせ寝付けないし、仕方ないと起き出して支度を始めた。支度を終え、少し早いが外に出てみると道路に車の往来は全くなかった。左右を確認していると、左側の道路を挟んだ向こうの歩道で女性が手招きをしていた。楓香に似ているような気もする。周囲には自分しかいないのを確認して道路を横切り始めた途端、右側から大きなエンジン音と共にヘッドライトの明かりが猛スピードで近づいてきた。驚き
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第7話
冷たい水が口の中をすっきりさせて、喉の奥にスーッと流れ込んできた。するとさっきまでの不快感が消え去っていった。「ありがと。」凛華がお礼を言うと、その女性は安心したように微笑んで、「どういたしまして。今日の凛ちゃんはとってもお利口さんね。」と言ってまた優しく頭を撫でてくれた。凛華はこの女性を知っている。だが、自分の記憶にあるこの女性はもっと窶(やつ)れて暗い顔をしていた。声も小さく弱々しかった。今の白くてシミ一つない美しい肌も、大きくて澄んだ瞳もふっくらとした花びらのような唇も遠い昔のものだったはず。こんなふうに若々しく美しかったのは、まだ自分がほんの物心ついた頃のことのはず。物心付く頃って、2〜3才頃?今の私は……?辺りを見回してみる。残念ながら自分の姿を確認出来る物はない。キョロキョロしだした私を心配した女性が顔を近づけてのぞき込んできた。「凛ちゃん、どうしたの?」女性の方を見ると、その瞳の中にきょとんとした表情の幼児がいた。!、間違いなさそうだ。私、戻ったんだ。理解した途端、いろんな感情が溢れた。懐かしい、無事で良かった、解放された、只々嬉しい。夢中で女性にしがみついて大声で泣いた。「うわぁ〜んっ!おかあしゃ〜ん!」母は少し驚いたようだが、優しく抱きとめて軽く背中をトントンしながら、「大丈夫よ、ずっとそばにいるからね。」と言って凛華が眠るまで寄り添い続けてくれた。再び目覚めた時、今、自分は何処にいるのか分からなかった。少し期待して、でも期待がはずれるのが怖くて中々周囲を見ることができなかった。そのままうとうとしていると、ドアが開いて、「凛ちゃん、起きた?」穏やかな母の声がした。『夢じゃなかった!』嬉しくてガバっと起き上がって声のした方を見た。昨日と同じで、美しく健康的な母がトレーを持って枕元に来た。「あら、元気が出てきたのね。良かったわ。温かいお粥を持ってきたのよ。食べられそう?」凛華は大きく頷いて、「うん!おなかしゅいた。」と言って大きく口を開けた。「ふふっ、甘えん坊さんね。ちょっと待ってね。」母は小さなスプーンにお粥を掬って息を吹きかけて冷ましてから、凛華の口元に運んでくれた。「ゆっくり食べるのよ。」と言いながら凛華が飲み込むのを待っては次のひと口、と根気よく口元に運んで、お椀の中全部を
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第8話
「来月には凛ちゃんも3歳になるのよ。みんなでお祝いしましょうね。」「はい!ありがとございます。」そうか、今は4月か。前世で事故に遭ったのは3月だったから少し時間はズレているらしい。母がいる日は母と離れで過ごし、出掛ける日は母屋で過ごす日々の中で、更に状況が分かってきた。母にはお互いに想い合う恋人がいた。私を身籠った事をきっかけに、父は海外に住む家族に結婚の報告をするために帰って行った。その途中で事故に遭い長い間昏睡状態だったようだ。意識は戻ったものの今だに寝たきり状態らしい。母は経済的に自立して、父を養えるようになって結婚する事を目指している。私にはあの男ではなく、本当の父がいたと言うことを知って救われたような気がした。前世では、実の父親にあんな虐待をされているのだと思っていた。なぜあそこまで非情になれるのか、あれほど嫌われるほど自分は駄目な子供なのか。そんな思いがどんどん自分を卑屈にしていった。何だ、そんな事を思う必要は無かったのか。そもそも虐待などするほうが間違っている。ただ、当事者はそれを理解できないほどに心が弱ってしまっている。今世を得た私は、もう間違わない。それにしてもますます解らない。母はなぜあんな男と結婚したんだ。5月に入り、新緑の頃となった。春の霞がかった空が爽やかな青色となり、若桜家の庭の樹木も鮮やかな緑があちこちに芽吹いていた。私の誕生日会を翌週に控えていた週末に、祖父母の友人夫妻が孫たちを連れて遊びに来た。子供たちは、9歳と5歳の男の子と、4歳の女の子の三人だった。以前にも会った事があるらしく、その日も一緒に遊ぼうと誘ってくれた。私は、大きなお兄様と小さなお兄様とお姉様という意味で、 おお兄ちゃま、ちい兄ちゃま、お姉ちゃまと呼んでいた。それ以外の記憶はほとんど無いためちょっと不安になりながら応接室に入って行った。すると入るなり、「凛ちゃん、こんにちは。」お姉ちゃまが、一番に声を掛けてくれた。「はい!お姉ちゃま、こんにちは!」と元気よく挨拶すると、「今日もかわいいわぁ!お人形さんみたい」と言って駆け寄ってきて抱っこしようとした。確かに今日の私は、ツインテールの髪にそれぞれリボンを結び、淡いピンクのワンピースを着て、更に白いフリルたっぷりのかぼちゃパンツを履いていたので、着せ替え人形のような姿だった
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第9話
祖父母たちが話をしている間、子供たち四人で庭の散策へと向かった。 彩愛が凛華の手を引いて、つつじや花水木などの花を楽しみながら歩いて行く。その後ろを颯生と翔月が見守るようについて行った。一行は暫く歩いて一番奥にある藤棚の下で休憩する事になった。 今年、例年以上に美しく咲き揃った薄紫のカーテンは とても見事だった。 「とってもきれいねぇ。私、こんな髪飾りが欲しい!」 一枝の花を指さして彩愛が言った。 「とっても似合うと思うよ。」 眩しげに目を細めながら翔月が言う。 そんな話をしている間に使用人たちがお茶の用意をしてくれた。颯生以外の三人は温かい果実水を、颯生は緑茶を飲みながら庭を眺めていた。 すると、四人の視界の端で何かが動いた気がした。何気なくそちらを見ると、池の縁を小さな女の子が池の中をのぞき込みながら歩いていた。危なっかしいなと思いながら見ていると、案の定足を滑らせた女の子は池に落ちてしまった。颯生はすぐに立ち上がり、 「みんなはここにいて!」 と言うなりそばにいた使用人たちと池の方に走って行った。子供たち三人で心配しながら様子を見ていると、凛華の後ろから 「うっ!」 と言ううめき声がした。驚いて声の方を見ると、翔月が喉元を押さえ顔を顰めて苦しそうに俯いていた。 凛華は椅子から飛び降りて、 「お姉ちゃま、お背中トントンして!」 と言い、自分は翔月の口の中に小さな指を入れて翔月の舌の真ん中を押した。 「ちい兄ちゃま、ペッするの!誰か!たしゅけて!」 と甲高い子供の声で叫んだ。 異変に気づいた大人たちがすぐに駆けつけて来た。 幸い翔月はすぐにお菓子の欠片を吐き出し大事には至らなかったが、念の為池に落ちた女の子と共に病院へ運ばれて行った。彩愛も一連の騒動でショックを受けて座り込んでしまい、大人たちに母屋へ運ばれて行った。 残った颯生は凛華の前で膝をつき、目線を合わせて凛華の様子を伺いながら、 「君は大丈夫?」 と気遣わしげに声をかけた。 朧気な記憶が頭に浮かび、ぼぉっとしていた凛華は、綺麗な黒目がちの瞳に間近で見つめられ驚いて我に返った。 「びっくりした。」 その言葉を颯生は勘違いしたのか、 「確かに驚いたね。でも、みんな無事で良かった。」 と凛華の頭を撫でて、 「凛ちゃんも偉かったね。翔月を助けてくれてありが
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第10話
同じくその日の夜、病院のベッドの上では楓香が泣いていた。その脇の椅子に座った千登勢が不機嫌そうな顔で言う。「全く。役立たずな娘(こ)ね。せっかく東雲家の将来のトップたちが来ていたのに。助けてくれた颯生にしがみついてでもつながりを作れば良かったのに。使用人に助けられてそのまま病院送りなんて、情けない。」千登勢と楓香は若桜家の居候のような立場だ。千登勢は地方の出身で、父親が若桜家の関連会社の幹部だった。優秀な人物で、社内でも重要な役割を担っていた。その娘の千登勢が地元の名家の次男の子供を妊娠した。”産みたい“、“堕ろせ”の騒動となり、助けを求めて来た父親の顔を立てて一時避難として本家で預かることにした。ところが、一時的な対応だったはずが何かと理由を付けて今だに居座っていると言うのが現状である。「あなたの父親は思った以上にケチなろくでなしだったの。ここにいられる内にもっといい後ろ盾を捕まえなくちゃ私たちの将来は真っ暗よ。今度はもっと頑張りなさい。」池に落ちて、まだぐったりしている楓香に容赦なく言い続ける。「いい、1週間後の凛華の誕生日パーティーに何とか出席させてもらう許可は取ったから。今度こそ、颯生か翔月に気に入られるように頑張るのよ。」しょんぼりしながら楓香は頷いた。1週間後、凛華の誕生日パーティーはホテルの一室を借りて行われた。若桜家としては本来ならば、幼児の誕生日パーティーをこんなに大々的に行うつもりはなかった。しかし今回は、祖父母が若桜家と交流のある人々を招待して芙美華の人脈作りを応援するためにこのような形にした。その為、凛華は祖母や叔母と過ごし、母は祖父や叔父と来客への挨拶回りに忙しかった。凛華たちの元へは、子供を連れた客たちや祖母や叔母と親交のある人達が挨拶にきてくれるくらいなので終始穏やかな時間が流れた。凛華は、客の挨拶も途切れたので果実水で喉を潤しながら何気なく会場を見回していた。そして、急にピタリと動きを止めて1点を凝視した。凛華の様子の変化に気づいた祖母の華織(かおり)は、「凛ちゃんどうしたの?」と声をかけた。が、凛華はそちらを見たまま反応しない。今度は叔母の清麗(すみれ)が、「凛ちゃん、大丈夫?」と肩をトントンしながら声をかけた。凛華は相変わらず1点を見たまま、「おばさま、あの人たちだあれ?」と視線の先の
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