Masuk東雲翔月(しののめかつき)と契約結婚をした若桜凛華(わかさりんか)は夫やその友人達、そして義妹の若桜楓香からの嫌がらせを受け流しながら、あと僅かに迫った離婚成立を心待ちにしていた。しかし、離婚後も彼らの支配下の生活が続くと知って絶望してしまった。その日の夜、失意の中義妹が指示した交通事故に遭い意識を失った。目覚めて見ると凛華は3歳を目前にした幼児に戻っていた。前世の不本意な人生のトリガーとなった出来事を回避しながら今度こそ自分らしく生きようと奮闘していく。その結果、前世で結婚を強いられた年齢になった凛華の周りを彼女の心を得たいと望む男達が取り囲む。悔いなく生きたいと望む彼女の選択は……。
Lihat lebih banyak「1週間後の友人達との集まりはSKホテルでする事になった。準備はお前がやれ。当日は客が来始める3時頃までには準備を終えて、お前は東区のマンションに帰れ。俺がいいと言うまで数日間はそっちで過ごせ。」
社長であり、夫の東雲翔月(しののめかつき)が書類に目を向けたまま、秘書であり、妻の凛華(りんか)に命令をした。 「承知しました。失礼します。」 凛華は淡々と返事をした後、一礼して社長室を後にした。以前ならば、 「私も同席させていただけませんか。」 とか、 「何日くらいで家に戻れるのですか。」 などと尋ねてきたのだが、今日は返事だけしかなかった。 不審に思い顔を上げると、彼女は既に部屋を出てドアが閉まる所だった。 「どうせまた後でつまらない小細工を仕掛けてくるに違いない。」 翔月は秘書室長の神崎に内線で指示をした。 「1週間後に仲間たちと若桜楓香(わかさふうか)の誕生日パーティーをやる事にした。準備はアイツにさせるが、また余計な小細工をしない様に見張っておけ。」 「承知しました。」 神崎にとって上司の東雲翔月という男は、仕事に関して言えば、知識も判断力も社交性も優れている方だと思う。現に、グループ内の数社の代表を勤め、全て順調に業績を上げている。 しかし、私生活に関しては全く理解できない男だ。 無口ではあるが、温和で優しく事務能力も高い妻がいながら、なぜか派手好きで裏表の激しい義妹を優先する。しかも、社内では凛華が妻であることは自分を含め極少数の者にしか知らせていない。 何でも、楓香は子供の頃から共に過ごした幼馴染で、ずっと想い続けた初恋の女性らしい。 さっき彼が言った、<アイツ>とは妻の凛華の事だが、余計な小細工をするのはいつも義妹の楓香の方だった。 下手に進言すればとばっちりがくる。 前任の秘書室長もそれで移動になったと聞いた。 今回は彼も二人が接触しない様に指示をしたようだが、それならいっそのこと準備も全て関わらせなければいいのに…。 ああ、やっぱり自分には名家のご子息の考えは理解できない。 義妹さんよ、頼むから面倒を起こさないでくれ。 凛華はパーティー当日休暇を取った。 ホテルで誕生日会の準備をする為だ。ほとんどは指示が済んでいる。会場や料理や飲み物などの最終確認や、来客達の急な宿泊の為の部屋の確保など細かい事まで確認した。友人の集まりとはいえ、それぞれそれなりの地位や人脈を持つメンバー達だ。決して手は抜けない。 凛華は全ての準備を終えて2時過ぎにはホテルを出た。 駐車場で自分の車に乗り込んでようやく安堵のため息をついた。 『これでやっと解放される。』 翔月と凛華は契約結婚だ。 期間は2年間。婚姻中は、その事実を公表しない。正確には、翔月の妻が凛華であることを公表しない。 翔月の妻は若桜家の娘で、身体が弱いためほとんど外出はしないらしい。と、世間では思われている。 あと2週間後には晴れて離婚してこの屈辱の日々から解放される…はず。 東区にあるマンションは2LDKの間取りで、凛華専用の家だ。 家に帰り着いてから楽な服装に着替えて、さて今日はこれからどうしようかと寛いでいると、携帯が鳴った。 嫌な予感がしながらも画面を見てみると、案の定翔月からだった。仕方なく電話に出ると、 「ちゃんと準備しろと言ったのに、なぜ手を抜くんだ。会の一つもまともに用意できないのか。」 「すみませんでした。何か不具合がありましたでしょうか。」 「ベビーシッターが足りない。」 「…?。遥翔(はると)君の為のシッターは待機させていたはずですが……。」 「楓香がママ友三人とその子供たちを招待した。」 「今初めてお聞きしました。」 「それくらい予測しろ。」 「(そんなの無理でしょ。)考えが至らず申し訳ありませんでした。何人必要でしょうか。ホテルの方へ対応の依頼はされたのでしょうか。」箱の中には、三色の綺麗な硝子の小瓶がびっしり入っていた。数えてみると、30個もある。しかも一つ一つ工夫を凝らした手作りのようだ。驚いて瓶を見つめる凛華に父が、「気に入ったかい?一足早いクリスマスプレゼントだよ。工房長に頼んで作ってもらったんだ。出来上がったと連絡をもらったので早速君に見せたくて届けに来たんだ。」「凄いです!とっても素敵です。ありがとう、お父さん。そうだ!もう出来てる香りがあるんです。ぜひ、試して見てくれませんか。」「いいのか。」「もちろん!」凛華はすぐに既にできている凛華のレシピのを持ってきた。そして、グドムンドの手首にひと吹き吹きかけた。辺りに爽やかな香りが広がる。以前試したのよりもすっきりした感じがする。「どうですか?お水を替えてみたんです。それと、精油の産地を替えてみたりもしたんです。」「うん。爽やかさが増して普段でも使えそうだ。」「ふふっ。ちょっとお父さんに合うかなって思ったのでそう言ってもらえて嬉しいです。」「……僕?僕をイメージしてくれたのか?」グドムンドのあまりの喜びように、少し慌てて、「いえ、ただ、ちょっと、合うかなって思っただけですけど……。」「ちょっとでも思い浮かべてくれただけで嬉しい。プレゼントを届けに来たのに逆にプレゼントをもらった気分だよ。ありがとう、凛華。あっ、この香り、芙美華にも感想を聞かなくては!早く帰らなきゃ。じゃ、凛華またな。無理をしてはいけないよ。」父はお茶も飲まずに慌ただしく帰ってしまった。少しイメージしたと言っただけで、あんなに喜んでもらえるなんて予想もしなかった。もし、颯生さんに最初からあなたをイメージして創りました、なんて言ったらどんな反応をするのだろう。ただの知り合いの妹のような存在からそんな事を言われたら……、やっぱり迷惑に思うのだろうな。これは絶対に秘密にしなくては…と密かに心に決めた。マリア達とは、学園のミーティングルームを借りてそこで集合した。「凛華、アルフ、久しぶりね。どう?満足のいくものができたかしら。」「はい。今の私にとって最高の物ができたと思います。」「僕もだよ。この3カ月間、とっても楽しかった。」三人で近況報告をした後、それぞれの作品を交換して鑑賞し合った。「同じようなレシピなのに材料や成分の僅かな差でこんなに印象が違ってくるのね。」「
「確かにそれは心配ですね。」てっきりグドムンドを諌めてくれると期待していた凛華と芙美華は驚いて颯生を見た。グドムンドもまた、同志を得たとばかりに颯生を見て、「分かってくれるか!だから芙美華の家みたいにして、凛華も家族も安心して思う存分に好きな事をさせてやりたいんだ。」『えっ?若桜家の離れってそんな理由で建てられたの?』凛華と颯生と勇真は驚いて、一斉に芙美華を見た。芙美華はばつが悪そうに視線を反らした。『『『そうだったんだ……。』』』「まぁ、取り敢えず今は叔父様に紹介してもらった工房の部屋をお借りできてるから充分です。先のことはまたそのうちに……と思っています。」凛華は話題を変えるように言った。「ところで、お姉様はお元気でしたか。確か今年は中学部になられたんですね。」「ああ、彼女は呑気に学校生活を楽しんでいるようだよ。音楽部に入ってバイオリンの練習を頑張るそうだ。」「そうなんですね。じゃあ、今度帰ったら一緒に演奏してみたいなぁ。」「凛ちゃんもまだピアノの練習しているの?」勇真が意外そうに聞いた。「いえ、ピアノは数年で止めてしまいました。三年ほど前からチェロの練習を始めたんです。寮にいた時は音楽室を借りて練習していたんですが、この家に住むようになって家で練習できるようになって嬉しいです。」凛華が答えると、「君たち、凛華のチェロを聴いたことないのかい?僕はもう何回か聴かせてもらったよ。中々の腕前で感動したよ。君たちはまだ聴けていないんだ。それは残念だね。」グドムンドが自慢げに話し始めた。複雑な表情の二人を見て芙美華がグドムンドを諌めた。「グム、大人げないわよ。どんどん親バカになってきちゃって、ごめんなさいね。」「いえ、今度聴かせて貰う楽しみが出来たので大丈夫ですよ。そうだ、凛ちゃんそのうちに同じ曲を練習して一緒に演奏しないか?」「ええ、いいですよ。来栖さんはピアノですよね。」「ああ、三人で弾ける曲を探して連絡するよ。」「楽しみです。」「僕もビオラなら弾ける。」話がまとまりかけた所で、颯生が参加の意思を示した。「へぇ〜。珍しいな。じゃあ翔月にも連絡しとく?」「そうだな。一人だけ知らなかったら寂しがるかもな。」どんどん話が膨らんでいく三人を、芙美華とグドムンドは微笑みながら見守っていた。9月に入っていよいよ医療実習が始
二人は何事かと真剣な顔になり、マリアの話の続きを待った。 「私ね、二人のそれぞれの作品は素晴らしかったって心から思っているわ。それは確かなの。だからかしら。二人のレシピを元に別の材料を使って私なりの香りを作ってみたいの。レシピの盗用になっちゃうけど、素敵な香りだからこそ自分風にアレンジして作ってみたいの。わがまま言ってごめんなさい。」 「「………。」」 二人は暫く考えていた。 先に口を開いたのは凛華だった。 「素敵です!私も自分のをそうやって作り直してみたいとは思っていました。それをマリアさん風にやってもらえるならぜひお願いしたいです。ただし、完成したら必ず私にも分けてください。それから、マリアさんのレシピを使うことを許してくれたらもっと嬉しいです。」 「もちろん、構わないわ。だけど、私も必ず分けてね。」 「ちょっと!僕を仲間外れにしないでよ。その案、僕も参加するよ。今日の3種類の香りが9種類になるんだね。楽しみだ!ねぇ、いつ頃までにできそう?取り敢えず次に集まる日だけでも決めておこうよ。」 実習発表の日は、3人の次の段階へのスタートの日となった。 凛華は発表会のあった日、両親と夕食を取りながらその日の出来事を報告した。そして二人に調香の作業ができる部屋と設備が欲しいとお願いした。 するとグドムンドは、 「分かった。早速秘書に連絡して凛華専用のアトリエを用意させよう。」 と言い出した。しかし芙美華がすぐに止めた。 「ちょっと待って。いきなりそれはだめだと思うわ。まずはどこかに間借りして、どんなアトリエにしたいかを考えてからでないと。後からいろいろ変更が必要になると思うわ。」 「そうなのか?だったら兄に相談してうちの系列の工房にでも頼んでみるか?」 「そんなのもあるの?」 「あるよ。」 「ところで凛華。まずはあなた達の作品を披露してくれないかしら。さっきからずっと気になっているの。」 芙美華に言われてようやく気づいた凛華は、 「あっ、忘れてた。」 と言って横に置いていたポーチから3つの小瓶を取り出した。 「えっと、これが……。」 「待って、凛華。どれが誰のか当てさせてくれない?」 「それは面白そうだ。僕も挑戦したい!」 二人はいそいそとリビングに移動して準備を始めた。
「そうなんですね。今まで何か作業する時は一人だったので気づきませんでした。そう言えば、知らない間に凄く時間が経ってしまってたことがよくありました……。」 「これからは気を付けた方がいいわよ。タイマーをかけておくとか、誰かに声をかけてもらうように頼んでおくとか。」 「はい。気を付けます。」 「さて、じゃあ今日はもうおしまいって事でみんなで帰ろう!」 それからも三人で相談したり、教え合いながらようやくそれぞれの作品が完成したのは実習終了の四日前だった。 その翌日、早速担当指導員のスヴェンと、工房長とオーナーの三人が集まり、ちょっとした発表会が行われることになった。 「スヴェンから今回の実習生は優秀だと聞いてね。いつもは彼の判断だけで成績を出していたのだが、ちょっと興味が出てきて私達も参加させて貰うことにしたんだ。」 工房長のフレドリクに続いて、オーナーのソフィアも、 「私もよ。ちょうど時間も空いていたし、楽しみにして来たの。」 と言ってにこにこしながら席に着いた。 ついさっきまでお互いの作品を楽しみにして燥いでいた三人は、少し顔を引き攣らせながら恨めしそうな目をスヴェンに向けていた。 『もっと早く言って欲しかった。』 三人に見つめられたスヴェンも戸惑いながら、 『僕だってさっき聞いたんだ。まさか本当に二人とも来るなんて…。』 と思いながらも、仕方なく三人の視線を無視して発表会を始めた。 最初はマリアの発表だった。 資料として既に三人のレシピはそれぞれの手元に用意されている。その上で、コンセプトや工夫点の説明をしていった。 そしていよいよ実際に香りを確かめることになった。 マリアが瓶の蓋を開けた途端、辺りに爽やかな香りが広っていく。 まず、試験官である三人がムエットで更に詳しく香りを確かめた。すると今まで気軽ににこにこしていた工房長とオーナーが、次第に真剣な表情になっていった。凛華たちも邪魔にならないように少し離れた所で香りを確認しながら小声で感想や説明を言い合っていた。 十数分して香りがトップノートからミドルノートに移って行くと、再び試験官三人が驚きと満足そうな表情になっていった。 「想像以上の出来だわ。後の二人の作品が楽しみね。」 「全くだ。本当にこの工房にあった材料で作ったのか?
「来月には凛ちゃんも3歳になるのよ。みんなでお祝いしましょうね。」「はい!ありがとございます。」そうか、今は4月か。前世で事故に遭ったのは3月だったから少し時間はズレているらしい。母がいる日は母と離れで過ごし、出掛ける日は母屋で過ごす日々の中で、更に状況が分かってきた。母にはお互いに想い合う恋人がいた。私を身籠った事をきっかけに、父は海外に住む家族に結婚の報告をするために帰って行った。その途中で事故に遭い長い間昏睡状態だったようだ。意識は戻ったものの今だに寝たきり状態らしい。母は経済的に自立して、父を養えるようになって結婚する事を目指している。私にはあの男ではなく、本当の父がい
冷たい水が口の中をすっきりさせて、喉の奥にスーッと流れ込んできた。するとさっきまでの不快感が消え去っていった。「ありがと。」凛華がお礼を言うと、その女性は安心したように微笑んで、「どういたしまして。今日の凛ちゃんはとってもお利口さんね。」と言ってまた優しく頭を撫でてくれた。凛華はこの女性を知っている。だが、自分の記憶にあるこの女性はもっと窶(やつ)れて暗い顔をしていた。声も小さく弱々しかった。今の白くてシミ一つない美しい肌も、大きくて澄んだ瞳もふっくらとした花びらのような唇も遠い昔のものだったはず。こんなふうに若々しく美しかったのは、まだ自分がほんの物心ついた頃のことのはず。
「辞令を見ても何も言わなかったじゃないか。」「言ったら撤回してくれたのですか?」「もう決まった事だ。しつこいとクビにして無一文で若桜家に送り返すぞ。それが嫌なら大人しく言うことを聞け。颯生さんにも余計なことは言うな。」「何で……何でいつも勝手に決めてしまうんですか!家でも会社でも命令ばかり!私にも心はあるんです。少しは尊重してくれてもいいんじゃないですか!」「そんなに契約違反をしたいのか。何なら明日にでも離婚して家に返そうか?ご両親の反応が楽しみだな。たっぷり躾けられた後何処かの爺さんの後妻にでも売られるんだろうよ。そう言えばお前まだ処女だったな。さぞかし高く売れるだろうよ。これが最
凛華は元は東雲グループのイベント企画会社に就職していた。しかし、就職間もなく楓香の事情に巻き込まれて翔月と契約結婚する事になった。その時、どうしても働き続けたいと言う凛華の意向を受けて、翔月は監視を兼ねて彼が社長を務める商社の秘書室に出向させた。結婚の話が出た時、東雲家からは会社は辞めて家で家事に専念するように言われた。が、そんな事をしたら離婚後また若桜家に戻って家政婦のように働かされ、その内誰かと政略結婚をさせられるに違いない。凛華としてはそれは絶対に避けたかった。そのためにはちゃんとした仕事を確保しておく必要があった。離婚後こそは自立してようやく自分らしく生きていくのだ。3日後、待ち





