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第338話

Author: 歩々花咲
「おかしいな。確かにこっちへ行くのを見たんだが……」

永良はそう呟き結局背を向けて去っていった。

足音が完全に消えるまで、蒼真はようやく苑を離したが手はまだ苑の腰に軽く添えられていた。

「戻るべきだ。でないと疑われる」

苑は頷きわずかに乱れた襟元を整えた。

「あなたの方は準備いかがですか?」

「万事抜かりない」

蒼真の唇の端がわずかに上がった。

「面白い見世物が始まるのを待つだけだ」

苑の緊張に比べて蒼真はひどく落ち着いているように見えた。

「俺がいる」

蒼真は苑の不安を見抜きふと頭を下げて苑の額にそっとキスをした。

「大丈夫だ」

その突然の親密な仕草に苑はその場に固まった。

苑が我に返った時蒼真はすでに背を向けて去って、ただすらりとした後ろ姿だけが残っていた。

苑はキスされた額に触れた。

そこにはまだ蒼真の唇の温度が残っているかのようだ。

苑は深呼吸をして心臓の鼓動を落ち着かせそしてようやく宴会場へと戻った。

会場の入り口に着くと永良がドアのそばにもたれかかっているのが見えた。

顔には意味ありげな笑みを浮かべている。

「姉さんさっきはどこへ?ずいぶん探したぞ」

苑は顔色一つ変えなかった。

「お手洗いです」

「そうか?」

永良は首を傾げその視線が苑のわずかに乱れた髪をかすめた。

「どうして俺は見かけなかったんだろうな?」

苑は冷ややかに永良を見た。

「あなたが見張っていたのですか?」

「まさか」

永良は無邪気に笑った。

「ただ姉さんのことを心配しただけだ」

永良は一歩前に出て突然声を潜めた。

「でも姉さん、あなたと天城さんの関係は……本当に親密なんだな」

苑の瞳孔がわずかに収縮したがすぐに平静を取り戻した。

「あなた私たちの関係を知らないのですか?」

永良は軽く笑った。

「知っている。だが姉さんは彼を捨てたのではなかったか?」

彼を捨てる。

その数文字はなかなか心を刺す。

幸い蒼真はいない。

永良はさらに近づきその息がほとんど苑の顔にかかりそうだった。

「なあ、もし父さんがあなたと天城さんが密かに何かを企んでいると知ったらどうなると思う?」

企む?

永良は何も聞いていないはずだ。

どうしてこの言葉を使えるのか?

しか言わざるを得ない彼はわざと試しているのだ!

苑は永良の目を直
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