Mag-log in「私は誰も助けないし、誰の優しさにも縋らない」 前世で理不尽に殺され、異世界で「忌み子」として冷遇される王女・アインに転生した桜。 自由なセカンドライフを勝ち取るため、彼女は己の魂を削り、切り札となる「勇者」リヒトをでっち上げる。 だが、召喚されたのは前世の因縁を追う、最悪で最強の「暗殺者」だった——。 言語の壁を盾に彼を飼い慣らそうとするアインと、彼女の正体を見抜き、不敵に笑うリヒト。 「ひねくれてるアンタのそういうところ、嫌いじゃないぜ」 互いの利益のために国を欺く、偽りの共犯者となった二人。 これは、誰も信じない冷徹な王女が、絶対的な味方と出会い自由を掴むロマンスファンタジー。
view more最後に見た景色は、冷たい雨に濡れる歩道橋。
その手すりにそっと添えられた、誰かのための白い花束だった。 不意に、背中に受けた強い衝撃。 舞い上がる傘。 遠ざかる意識。 (……ああ、私は、誰かに突き飛ばされたんだ——) 情報の濁流に呑まれながら、視界の端に映った「自分の死体」を見て、私は心の中で猛烈に毒づいた。ふざけないでよ。
十五年しか生きていない前世の記憶なんて、ただの未練と呪いに過ぎなかったのに。
私はあいつのために——。 ——プツンと、世界が消えた。 *** 「ふふふん、ふふふ〜ん♪」 私は今、すこぶる機嫌がいい。この世界に転生し、物心ついてから十数年。
私を「政略結婚の駒」か「子供を産む道具」としか見ない腐ったガルムス王国の片隅で、隠れて磨き続けた私の最高で最強の武器。それがようやく形になろうとしている。
「これはアイン王女殿下。本日はご機嫌なようで何よりです。いつ見てもその見事な銀髪はお美しい。アイン様の燃えるような緋色の瞳が、実に映えますな」
王宮の中庭に続く廊下で声をかけてきたのは、長く白い髭を蓄えた老人。宮廷魔術師筆頭であり、私の魔術の師でもあるマーリンだ。前世の映画に出てくる偉大な魔法使いを絵に描いたような風貌をしている。
「……ねえマーリン。私の髪と目のこと、私がどれだけ呪わしく思っているか知っていて言ってる? 次それ口にしたら、一ヶ月は口をきいてあげないからね」
私がジロリと睨むと、マーリンは「おっと」という顔で大裟裟に身をすくめた。
このガルムス王国において、銀髪と緋色の目は『不吉な魔術の申し子』として忌み嫌われる特徴だ。王族でありながら私が第十王女として冷遇され、日陰に押し込められている最大の理由でもある。
「い、以後気をつけます……。しかし殿下、その抱えられている箱は?」
「ふふ、聞いて驚かないでね? やっと手に入れたのよ。——ほら、転移コウモリの羽!」小瓶に詰められた幻の魔法素材を見せると、マーリンは驚愕のあまり白髭を震わせた。
「まさか、本当に仕留めなさるとは。見つけた瞬間に空間を跳ぶあの厄介な魔物を、どうやって……」
「私の召喚術の前には、空間の壁なんて無意味だってこと。……まぁ、高度数百メートルの上空に強制転移させられた時は、本気で二度目の死を覚悟したけどね」
私はこう見えて、王国内では存在を隠匿されている『稀代の天才召喚魔術師』なのだ。「これで『時空花』と『転移コウモリの羽』が揃った。あとは私の私室にある『空創の断片』さえ合わせれば、ついに……異界から“勇者”を召喚できるわ」
私の胸の中で、心臓が爆ぜるように高鳴る。
前世では理不尽な逆恨みにあい、不遇な死を迎えた私。
今世でも誰にも愛されず、疎まれて生きてきた私。
そんな私の人生を、この閉塞した王室から救い出し、私の存在すべてを肯定してくれる——そんな「理想の勇者」を、私は召喚術でこの世に引っ張り出すのだ。
「絶対に召喚する。あっちの世界から、私だけを見つめて、私のために戦ってくれる最高の盾を。
……クフフ、あははは!」「で、殿下、高笑いが完全に悪役のそれでございますぞ……」
マーリンが呆れたように息を吐く。
しまった。また王女らしくない顔をしてしまったわ。
その時、廊下の向こうから嫌な足音と、ツンと鼻を突く高級な香水の香りが近づいてくるのが分かった。 橙色の豪奢なドレスを纏い、これでもかと宝石を着飾った美女。私の異母姉、シルヴィア姉様だ。
「アイン? 何よその薄汚い格好。卑しい身なりでうろつかないで頂戴。王宮の空気が穢れるわ」
「……申し訳ありません、シルヴィアお姉様」
私は手ぐしで髪を整えながら、形式的に頭を下げた。
シルヴィアは私を『床を這う虫』とでも言うような目で見下してくる。
「貴女みたいな呪われた者でも一応は王族の端くれなのだから、最低限の品位くらい弁えなさい。例え、十番目に生まれた出来損ないの末端だとしてもね」「はい、シルヴィアお姉様。有り難きお言葉、胸に刻みます」
シルヴィアはフンと鼻を鳴らして、私の横を通り過ぎざまに、扇子で口元を隠しながら冷酷に言い放った。
「貴女ももうすぐ成人ね。いくら魔術の才能があろうと、十番目の王女の役割なんて一つしか用意されていないわ。王家のために、少しでも値打ちのある殿方の目に留まること。
その貧相な身体でも、男の子の一人くらいは産めるでしょうからね。
せいぜい、高く売れるといいけれど」
去っていく彼女の背中を見つめながら、私はドレスの裾を破れんばかりに強く握りしめた。(……絶対に、全員まとめて後悔させてやる)
それが、私が産声をあげた瞬間から決まっていた、この世界の絶望的なルール。
元女子高生の精神を持つ私に、顔も知らない男に買われて世継ぎを産むだけの奴隷のような生き方が、受け入れられるわけがない。
無理、絶対に拒絶する。人生が詰んでいるなら、世界のルールごとひっくり返してやる。
私には、それを可能にする『力』があるのだから。
シルヴィア姉様の足音が完全に遠のいたことを確認し、私はようやく荒い息を吐いた。震える指先を隠すように、胸の奥から溢れ出る熱い感情を爆発させる。
「——お喋りはここまでよ、マーリン。私は今すぐ儀式を始めるわ。来なさい、ポチ!」
開け放たれた中庭に向けて左手をかざすと、瞬間、不可思議な紅蓮の光の紋様が円を描き、直径三メートルを超える巨大な魔術式が瞬時に組み上がった。
「グルゥウァアアッ!!」
咆哮とともに中空から現れたのは、見るものを圧倒する赤肌の巨大な翼竜。
伝説級の魔物ですら、私にとってはただの飼い犬であり、私の手足だ。この圧倒的な暴力だけが、理不尽な世界の中で私を繋ぎ止めてくれる唯一の味方。「ポチ、私のテラスまでひとっ飛びよ!」
「グルゥア!」愛らしい名前に似つかわしくない猛々しい翼が広がり、地を蹴って一気に大気へと踊り出る。
激しい風の中に身体を預けながら、私はゾクゾクとするような高揚感に唇を歪めた。
(待っていなさい、私の勇者様)
王家が私を道具にするというのなら、私は異世界から『最強の運命』を召喚して、この国の喉元に刃を突きつけてやる。
冷たい風を切り裂きながら、私はどこまでも高く、天へと昇っていった。
——これから召喚するその男が、まさか自分の前世の因縁をすべて握る「最悪の男」だとも知らずに。離宮の見張り塔ほどもある高さだろうか。 私は今、我が離宮の北側にそびえる『賢者の塔』のバルコニーへ向け、ポチの背に乗って上空から降下している最中だった。「あら。本当に走って来ているわね」 城の私室からここまで、庭園の小道を全速力で駆けていく哀れな人影を視界の端に捉えたけれど、特に気にかけることもなくポチをバルコニーへ着陸させる。 吹き抜けの広大なバルコニーは、四方を優美な柱で囲まれているだけで、遮る壁も窓もない。私はそのまま、堂々と塔の内部へと足を踏み入れた。「これはこれは、アイン様。困りますなぁ。このマーリンが施した『反魔結界』を、毎回こうも易々とすり抜けられては。ワシ、その度に自信をなくして泣いてしまいそうなのですぞ」 魔術式を言葉ではなく「感覚」で構築できる私にとって、この程度の結界をすり抜けるのは、飛んでくる風船を避けるくらい容易いことなのだ。「あら、ごめんなさい。結界があることすら忘れていたわ」「忘れて……。ワシ、今日はもう立ち直れそうにありませんじゃ」 どんよりとした精神的な暗雲が老魔術師の周囲に漂っている気がするけれど、面倒なので無視することにする。「マーリンも大変よね。かつては宮廷魔術師の筆頭だったのに、こんな離宮の隅の塔に追いやられて。 ……半分は、私のせいでもあるのだけれど」「何を仰います。住み慣れればここも素晴らしい場所ですぞ。並の侵入者では辿り着くことすら困難な造りゆえ、夜も安心して眠れます。おかげでこの通り、お肌もツヤツヤですぞ!」 両手を頬に添えて年齢不詳な老魔術師のお肌のツヤをアピールされても、誰に対する需要もない。「……へえ、うん、すごいわね」 こんな人でも、私にとっては数少ない恩人だ。 内心で「気持ちが悪い」などと切って捨てるのは流石に心が痛む。……それ以上クネクネされると本当に、少々、大分気持ちが悪いけれど。「アイン様、表情が青ざめておりますが如何なされ――む、今度はワシの反魔結界に何かが引っかかったようですな」 途端に鋭い眼光を宿したマーリンが全身に濃密な魔力を纏わせ、颯爽と塔のバルコニーから階下へと身を躍らせた。「ああ――それは……」 この塔には実質、まともな出入り口が存在しない。 適切な手順を踏んで結界を解除しなければ、あらゆる殺意を孕んだ防衛機構が侵入者を迎撃する、かつての『重
「お兄様? 起きてください、お兄様」「んぁ……? ここは……アイン? はっ! 勇者様は!?」 私の、どこまでも柔らかく慈愛に満ちた声に目を覚ましたアルフレッドお兄様は、意識を取り戻すと同時にガバッとその場で飛び起き、 狼狽した様子で周囲に視線を巡らせた。 だが、今の彼の視界には、穏やかな笑みを湛える美しい妹の姿以外、何も映っていないはずだ。「勇者……様、が……?」「何のことですか? お兄様」 お兄様の背後、ベッドの上でのたうち回っている、シルクのシーツを幾重にも巻き付けられた人型の「す巻き」など、決して視界に入ってはいない。「い、いや……なんでもない、な」 底の知れない穏やかな笑みを浮かべたまま佇む私を見て、流石に察してくれたのだろう。 アルフレッドお兄様はそれ以上何も追及することなく、引きつった笑みを浮かべて私だけを見つめていた。それ以外の余計なものには一切視線を向けない、という明確な意思表示を伴って。「ところでお兄様? 先ほどのお話ですけれど」「ん? ああ、いや、やはり兄として、妹に縋るなどというのはあまりに――」「お受けいたしますわ」「へ?」 静かに即答して完璧な笑顔を向けた私に、アルフレッドお兄様はポカンと間の抜けた声を漏らした。「お兄様の危機ですもの。私にできることがあるのなら、喜んでお役に立ちたいですわ。 勿論、私だけでは戦場では力不足ですから、勇者様に同行してもらうという形で……。 お父様には私の方からお話を通しておきますわね。『勇者としての見聞を広める目的』と、今後のために『功績を立てる好機』だと説明すれば、きっと納得してくださるでしょう」 ――だから、後のことは分かるわね? そう無言の圧力を込めて微笑みかける私に、お兄様はゴクリと緊張に喉を鳴らした。「僕としてはこれ以上ない有り難い話だが……ただでさえ戦況は最悪だ。 そんな泥沼の状況に勇者様を送り込んで、もしものことがあれば……。 勇者様を召喚したという威光は、予想以上に我が国の貴族たちにも多大な影響を及ぼしている。 国王や上層部が、そんな貴重な人材をみすみす危険な場所に送り出すだろうか」 ……最初から勇者の武力をアテにして私を頼ってきたのでしょうに。 もしかして本当に、私個人に助けてもらうつもりだったのかしら? だとしたら、この人の中での私
この場にいるはずのない、あまりにも聞き慣れた男の声。 私は全身の毛が逆立つような衝撃に、弾かれたように背後を振り向いた。 同時に、恐怖に顔を白くしたアルフレッドお兄様が、あろうことか私の背中に隠れるようにして後ろから覗き込んでくる。 ——仮にも王族で、しかも一応兄が妹を盾に隠れるのは如何なものかしら。 そんな内心の毒づきさえ、次の瞬間の光栄によって消し飛んだ。 視線の先——ついさっきまで私が微睡んでいた天蓋付きのベッドが、モゴモゴと怪しげに蠢いている。 直後、豪奢なシルクのシーツが勢いよく撥ね除けられ、そこから一人の男が姿を現した。 「ぷはっ! やっとあの骨の地獄から生還できたぞ……! よぅ、アイン様? サプライズは成功したか?」 全身傷だらけで、衣服はボロ布のように裂け、もはや裸同然の格好をしたリヒトが、悪戯っぽく白い歯を見せて笑っていた。 なぜ、ここにリヒトがいるのか。……いや、考えるまでもない。 彼の影に潜む黒い思惑の気配——コクライの仕業だ。 この際、彼の言葉が酷く流暢なこちらの言語になっている驚きすら、今は後回しにするしかなかった。 最悪の状況だ。 「ゆう、勇者……様? 勇者様がなぜ、そのような……破廉恥な格好で、アインのベッドから……。まさか、お前たち、既に——」 アルフレッドお兄様の顔から完全に血の気が引き、哀れなほどに唇を震わせている。 私は即座に、彼の言葉を遮った。 「いたしていません! 断じて、何一つ、指一本たりとも! そのような不埒な事実はありませんわ!!」 声音に冷徹な魔力を乗せ、真っ直ぐに兄の瞳を射すくめる。 「あ、ああ、わかった……。信じる、信じるよ、アイン……」 お兄様は凄まじい勢いで視線を泳がせながら、チラチラとリヒトの無駄に引き締まった半裸の肉体を気にしている。 ——だめだわ、この男、一ミリも信じていない。 婚姻を控えた王族の乙女が、自身の私室のベッドに、半裸の異性を囲っている。 この事実だけでも、この世界の厳格な社交界の常識に照らし合わせれば一発でアウトだ。 最悪の場合、王室の不名誉として幽閉、あるいは永久追放すらあり得る。 「なぁ、あんたがアイン様の兄貴か? 俺は一応勇者だが、それ以上にアイン様とは『召喚』という深い、血よりも濃い絆で心も身体も結ばれて——ゴフゥッ!?
真っ白な転移の視界に鮮やかな色彩が戻れば、そこは見慣れた私の離宮の私室だった。「到着、と。 ……はぁ、なんだか疲れたわ。ぽん太、ありがとう。また呼ぶけれど、それまで休んでいてちょうだい」「キィッ」 短く愛らしい鳴き声を返したぽん太が、フッと虚空へ溶けるように消えていく。 空間転移——前世の常識からすれば、あまりにも超常的で便利な魔術だ。 行ったことのない場所へは跳べないという制約こそあるものの、そんなものは常識の範疇であり、ぽん太の持つ能力の驚異的な価値をいささかも損ねるものではない。 実際、魔術という不可思議な概念が満ち溢れているこの異世界だが、馴染んでしまえば案外普通というか、想像していたほどの「万能」というわけでもなかった。「少し、休憩ね……」 贅沢な弾力を持つ天蓋付きのベッドに腰掛ければ、柔らかな反発が私を優しく包み込む。 この肌触りも、前世の記憶にあるものと大差ない。 いや、前世の私の部屋にあった狭いシングルベッドとは雲泥の差だが、あるべき場所にはありそうな、調度品の一つに過ぎないのだ。 食べ物も、文化も、特に致命的な違和感はない。 日常生活を支えていた前世の科学技術が、そのまま魔術というエネルギーにシフトしただけ、という感覚だった。 細かい利便性を言えば、インフラの整っていた前世の方が圧倒的に勝っているが。 だが、生活する分には困らない。 電気もガスもないが、魔術の灯火は夜を照らし、蛇口をひねれば温かな湯が出る。 風の魔術を応用した『魔道具』を使えば一瞬で髪は乾くし、その気になれば空だって飛べる。 ——もっとも、飛行魔術は一部の限定的な才を持つ者か、私のように「手段」を持つ者に限られるけれど。「……退屈だわ」 ただ一つ。この世界には、決定的に娯楽が欠如している。 かつて貪るように消費していたゲーム、漫画、アニメ、ドラマ。 そして、それらすべてを内包していた電子の文明。 掌の上の小さな画面がもたらしていた、あの果てしない娯楽の海。 それらが存在しないということこそが、私にとって何よりの不自由だった。 先ほどの転移にしても、確かに便利ではあるし、一個人が容易に所有できる技術ではない。 私の使役する『転移コウモリ』は世界でも超絶な希少価値を誇る魔獣であり、普通は捕獲して使役するなどという発想にすら至らない
ここぞとばかりに言語の優位性を最大限に活かし、言外に「この勇者は私が管理する」と突きつけた私に、しかし国王は大手を振って喜び、玉座から立ち上がった。 「おお、まことか! 勇者殿が我らの味方となってくださるとは心強い! これで魔族との長い争いも終わりに——」「ちょっと待て。待ってくれよ、親父殿」 まとまりかけた空気を無遠慮にぶち壊したのは、今まで不機嫌そうに無言を貫いていた第三王子ヨシュアだった。 「……チッ」『おいおい、露骨に不快そうな顔をしているぞ。スマイル、スマイル』 うるさいわね。 あんたのせいでこっちはもう表情筋が限界を迎えているのよ。 それにしても、よ
私は一呼吸おいた後、目の前に座る麗しい容貌の男——我が勇者(仮)に向け、ふんわりと極上に可憐な微笑を湛えて日本語で語りかけた。 『改めまして、先ほどはお見苦しいところを。 突然の状況に混乱されていると思いますが、まずは自己紹介をさせてください』『……』 軽く会釈をして謝意を表情に表しつつ、可憐な王女を演じて低姿勢に言葉を紡ぐ。 見れば、男の端正な眉が僅かに跳ね上がった。意外そうな顔をしている。 (フフ、この見知らぬ異境で、唯一言葉が通じる可憐な美少女が手を差し伸べてくれたのだもの。 先ほどの無礼は水に流してあげるから、このまま私を頼り、私に心を委ねてくれ
私が前世の凄惨な経験から学び、今世を生きる上で魂に深く刻み込んだ決意が三つある。 一つ、人は絶対に助けない。 一つ、自分の利益以外は何も考えない。 一つ、自分の決断からは決して逃げない。 我欲に塗れた悪女だと謗られようが、知ったことではない。私のこの決意に文句があるなら、あの雨の日に逆恨みされ、歩道橋の階段から突き落とされてみればいいのだ。 あの、内臓まで凍りつくような死の恐怖は、二度と御免だ。 誰かのために自分が不幸になるのも、人生をめちゃくちゃにされるのも、理不尽な暴力を振るわれるのも、背後から突き落とされるのも、本当にすべて、金輪際勘弁だった。 だから私は、この先の人
——篠崎エリカ。 私を、殺した女。 冷たい風が、前世の記憶をなぞる。 イジメられていた春野美咲を助けた高揚感。 無条件で私を過大評価し、縋り付いてくる彼女との関係は、当時の私にとって唯一の安らぎだった。 美咲は、物語のヒロインを地でいくような純粋で抜けている少女。 私は、自分が勇気のある「ヒーロ」だと思っていた。 けれど、現実は甘くなかった。 イジメの中心人物ミオたちに呼び出され、私は……物理的にも精神的にも満身創痍にされた。 この時、私は悟ったのだ。 物語の主人公のように颯爽と人を助けるなんて、生半可な覚悟でできることではない。 私の心は、手遅れな程バキバキに折