登入前世で人生の全てを失った王女アインの目標は、誰にも縛られず、自力で自由かつ優雅な人生を送ること。そのために「完璧な勇者」を召喚しようとするが、現れたのは性格も素行も最悪な「欠陥勇者」だった。 アインは彼を「仮の勇者」として冷徹にこき使うと決めるが、泥沼の権力争いや戦争を共に生き抜くうちに、二人の間には計算外の強い絆が芽生え始める。 彼のストレートな好意を「従属刻印のバグ」だと必死に否定しつつも、理想と現実の間で揺れ動くアイン。これは、運命を書き換えようとした王女が、最悪なはずの勇者との間で計算外の「愛」に気づいていく。 異世界で私を待ち受けていたのは、ただの初恋だった。
查看更多——篠崎エリカ。 私を、殺した女。 冷たい風が、前世の記憶をなぞる。 イジメられていた春野美咲を助けた高揚感。 無条件で私を過大評価し、縋り付いてくる彼女との関係は、当時の私にとって唯一の安らぎだった。 美咲は、物語のヒロインを地でいくような純粋で抜けている少女。 私は、自分が勇気のある「ヒーロ」だと思っていた。 けれど、現実は甘くなかった。 イジメの中心人物ミオたちに呼び出され、私は……物理的にも精神的にも満身創痍にされた。 この時、私は悟ったのだ。 物語の主人公のように颯爽と人を助けるなんて、生半可な覚悟でできることではない。 私の心は、手遅れな程バキバキに折れていた。 学校に行く勇気もない。 友達に合わせる顔も、ない。 そんな私に、ある時何も知らない美咲が助けを求めてきた。「イジメがエスカレートしている、助けてほしい」と。 その時、口からこぼれたのは救いの言葉ではなく、最低な男が口にする言い訳のような台詞。「——正直、重い。もう関わりたくない」 私はヒロインを追い詰めるだけの、「悪役」だった。 数ヶ月後、美咲は————歩道橋から身を投げて死んだ。 事件後、美咲の「親友」を自称して現れた篠崎エリカに、私は責め立てられた。「あんたがミサキを殺した。責任取ってあんたも死になよ」と。 彼女はいつも美咲の近くにいた風を装っていたが、実際は美咲がエリカの名前を口にしたことなど一度もなかった。 彼女は、私の孤独と罪悪感をエサにして、私を破滅の淵へと突き落とした。 あの日、雨の降る歩道橋。 勇気を出して外に出た私は、美咲が身を投げたという『現場』へと足を向けた。 階段を上り切り、花を添えようと屈んだところで背中を強く押された。 体が宙に浮く。 激しい痛みと共に転げ落ちる最中、不思議とゆっくり流れた私の世界で不気味な笑みを浮かべたエリカと、視線が交差する。 私の手は空を泳ぎ、階下へ転がり落ちていく自分の身体を、「今の私」はエリカの隣で見下ろしている。 あの時の、彼女の満足げな笑みを、私は今も忘れない。「ぁ」 激しい戦慄とともに目を覚ますと、そこには湿り気を含んだ、王宮の夜の空気があった。 額からは滝のような汗が流れている。「アイン様! お目覚めになられましたか!?」 至近距離で顔を覗き込んできたのはマーリ
「……ッ、ぐぅッ!」 心臓を抉り取られるような激痛。魔力だけでなく、私の生命そのものが霧散していく感覚。 意識がプツリ、プツリと途切れる中、私は最後の魔力を絞り出した。(今度こそ……今度こそ、私を救ってくれる“運命”を……ッ!) その時、私を包み込んだのは柔らかな温もりだった。 起きたマーリンがこの絶体絶命の儀式を察知し、魔力を注ぎ込んでくれたのだ。「マーリン、ありがとう」「何をこれしきっ、あまり無理をなさらんでください」 眩い光の粒子が収束し、魔法陣の中心から現れたのは。 息をのむほどに端正な容姿を持つ、黒髪の男だった。(……っ!! 綺麗な顔、前世でもあんな整った顔の人、見たことない) あまりの魔力消費に視界が激しく明滅し、今にも倒れ伏しそうになりながらも、私は完璧な召喚の成功に歓喜の笑みを浮かべようとした。 だが、その刹那。 男の群青の瞳が、冷酷な獣のように私を捉えた。「——っ!?」 魔力の揺らぎも、気配すら一切ない。 物理的な法則を無視したかのような無音の踏み込み。 私が悲鳴を上げる暇すらなく間合いを詰められ、気付けば私は床に組み伏せられていた。 同時に、私の首筋に冷たく、鋭利な感触が走る。 それは、私が護身用にドレスの袖口に忍ばせていた、薄刃のナイフ。 いつの間に奪われたのかすら、私の目では追えなかった。『お前は何者だ、どうやって俺をここに連れてきた?』 低く、よく響く日本語の声音。 けれどその温度のない響きと、一切の躊躇なく急所を押さえてみせた異常な手慣れ方に、私の生存本能が全力で警鐘を鳴らしていた。(この男、絶対に普通の人間じゃない……っ!)『俺を元の場所に戻しやがれ!! やり残した“仕事”がある!!』(な、何よこれ……。私の勇者召喚、大失敗じゃない……!!) 首筋に突きつけられた冷たい刃の恐怖と、押し寄せる圧倒的な魔力枯渇の疲弊。 私は最悪の救世主(仮)の顔を見上げたまま、今度こそ完全に意識を手放し、暗闇へと堕ちていった。 *** ——夢を見た。 いつも見る、明らかに夢だとわかる夢だ。 私は今、異世界の豪華絢爛なドレスを着た美少女『アイン』の姿のまま、前世の私『姫神桜』を見つめている。 当然、前世の私から今の私は見えていない。 まあ、地味な日本の女子高生の記憶の中に、こんなドレッ
「ポチ、ここでいいわ。終わったらまた呼ぶから、塔の周りで適当に遊んでいて。あっ、塔の職員やマーリンは食べちゃダメよ?」「グルゥ、グルゥア」 私がバルコニーへ降り立つと、赤炎竜ポチは喜ぶように空へ駆け出した。 賢者の塔。マーリンの私邸であり、私の秘密の実験場だ。 かつて、王家から疎まれ、将来の全てを絶望に塗りつぶされていた私に「魔術」という唯一の武器を授けてくれた恩師。 私が無詠唱の才を隠し持っていることを知る、世界で唯一の理解者でもある。「おお、アイン様! 赤炎竜がまるで愛玩動物のようですな。常人があれを召喚すれば数十人の術士が命を懸けても成功するかどうか……恐れ入ります」「あら、教え方が良かったおかげよ。……それより、魔石の準備はできている?」 マーリンは恭しく頷き、祭壇へと案内してくれた。 国王も、兄も、姉たちも、私を単なる「十番目の出来損ない」としか見ていない。 有用性が認められている間だけ、こうして自由に外出が許されている……いわば、私は王家の飼い殺しだ。 だが、今の私には「それ」で十分だ。 彼らが私を甘く見ているうちに、私は伝説の勇者を召喚する。 そして、私だけを愛し、私だけを守ってくれる「絶対的な運命」を手に入れるのだ。(王家の権威なんて、勇者様さえいればひっくり返せる。私は、もっと高い場所へいく。あの無能な五番目以上の王族たちが、私に跪く未来を掴み取るのよ)「準備はよろしいですぞ、アイン様」 祭壇には、私が数年かけて集めた『転移コウモリの羽』と『時空花』、そして古の遺跡で読み解いた『空創の断片』が整えられていた。 これを煮詰め、魔石に刻み込む。それは廃れてしまった魔術体系であり、私とマーリンにしか扱えない禁忌に近い技術だ。「……いくわよ。私の人生をかけた、最初で最後の博打なんだから」 台座に魔石を置き、私は前世の記憶から引き出した「理想の勇者」のイメージを、限界まで膨れ上がらせた魔力に乗せて注ぎ込んだ。 マーリンが額の汗を拭いながら、封印の魔術を重ねていく。「……出来ましたぞ、四個目。……はぁ、本当に四回もやるのですか」「当たり前でしょ? 一度で本命が来るとは限らないもの。価値観が合わなかったら即リリース。ストックは重要よ」 顔は絶対に大事、中身も当然大事。 私の召喚に妥協の二文字はないわ! 召喚して
最後に見た景色は、冷たい雨に濡れる歩道橋。その手すりにそっと添えられた、誰かのための花束だった。 舞い上がる傘。 遠ざかる意識。 情報の濁流に呑まれながら、視界の端に映った「自分の死体」を見て、私は思わず苦笑した。 ああ、本当にあっけない人生だった。十五年しか生きていない前世の記憶なんて、ただの呪いに過ぎなかったのに。 ——プツンと、世界が消えた。 ***「ふふふん、ふふふ〜ん♪」 私は今、すこぶる機嫌がいい。 十五年かけてようやく辿り着いたのだ。 この閉鎖的で、私を「子供を産む道具」としか見ない腐った王国の片隅で、私が手に入れた最強の武器。「これはアイン王女殿下。本日はご機嫌なようで何よりです。いつ見てもその見事な銀髪はお美しい。アイン様の燃えるような緋色の瞳が、実に映えますな」 声をかけてきたのは、長く白い髭を蓄えた老人。 宮廷魔術師筆頭であり、私の師でもあるマーリンだ。前世の映画に出てくる偉大な魔法使いを絵に描いたような風貌をしている。「……ねえマーリン。私の髪と目のこと、私がどれだけ呪わしく思っているか知っていて言ってる? 次それ口にしたら、一ヶ月は口聞いてあげないからね」 私がジロリと睨むと、マーリンは「おっと」という顔で大袈裟に身をすくめた。 このガルムス王国において、銀髪と緋色の目は『不吉な魔術の申し子』として忌み嫌われる特徴だ。 王族でありながら私が冷遇されている理由の一端でもある。「い、以後気をつけます……。しかし殿下、その抱えられている箱は?」「ふふ、聞いて驚かないでね? やっと手に入れたのよ。——転移コウモリの羽!」 瓶詰めにされた幻の素材を見せると、マーリンは驚愕のあまり白髭を震わせた。「まさか、本当に仕留めなさるとは。見つけた瞬間に空間を跳ぶあの厄介な魔物を、どうやって……」「私の召喚術の前には、空間の壁なんて無意味だってこと。……まぁ、高度数百メートルの上空に強制転移させられた時は、本気で二度目の死を覚悟したけどね」 私はこう見えて、王国内では密かに『稀代の天才』と噂される召喚魔術師なのだ。「これで『時空花』と『転移コウモリの羽』が揃った。あとは『空創の断片』さえあれば、ついに……異界から“勇者”を召喚できるわ」 私の胸の中で、心臓が爆ぜるように高鳴る。 前世で誰にも必要とされなかっ