第1171話

清孝の中で、もう何もかもが限界に達していた。

「俺はたとえ元夫でも、たとえ離婚していても、彼女は幼い頃から俺の家で育った。俺たちには兄妹関係だってあるんだ」

「ないわ」紀香はすぐに否定した。「私とあなたの間に何の関係もない。結婚すれば兄妹関係は自動的に消滅するし、離婚すれば夫婦でもなくなる。今の私たちはただの他人よ！」

清孝は怒りを必死に抑えていた。だが、手の甲の血管は浮き上がり、激しく脈打っている。

ついにその怒りが限界に達し、彼は彼女の顎を掴むと、無理やり唇を重ねた。

駿弥の瞳が鋭く光った。

彼はすぐに清孝の手首を捻り上げ、もう片方の手で紀香を自分の元へ引き寄せた。

そして、そのまま脚を蹴り上げて清孝に一撃を食らわせた。

一連の動作は流れるように一気に決まった。

清孝は身を翻してその蹴りを避け、冷笑を浮かべた。

「そんな動き、軍の出か？ 俺の嫁に近づいた目的が普通じゃないな」

「嫁じゃない！」紀香は怒りで涙を溢れさせた。

恥知らずにもほどがある。清孝はもう何を言っても、何をしても通じない。

ただ一方的に執着し、離れようとしない。

「もういい。あなたには何を言っても無駄。自分勝手なところ、死んでも直らないわ。だったら、私も伯父さんたちや春香さんの顔なんて、気にしない！」

そう言って彼女はスマホを取り出し、警察に通報しようとした。

番号を押す手が震えている。

彼女は小さく悪態をつき、深く息を吸い込んで、気持ちを落ち着かせようとした。

その時、力強い手が彼女の手元を支えた。

「ゆっくりでいい。俺がいる」

不思議なほど、紀香の動揺は静まった。彼女はすぐに通報し、状況を説明して電話を切った。

向かいに立つ清孝は、二人のやり取りとその空気感を見て、顔色が恐ろしいほど険しくなっていた。

それを見たウルフは、そっと二歩前に出た。

ここは海人が用意した特別フロアで、他には誰もいない。

それでも、清孝が理性を失う前に止める必要があった。

このままでは、二人の関係に残された溝は完全に埋まらなくなる。

紀香は状況を伝え終えると、すぐに通話を切った。

ちょうど来依が検査室から出てきた。彼女はあたりを見渡し、まず紀香に尋ねた。

「ケガはない？」

紀香は首を振った。

「大丈夫、この方が助けてくれたの。今から一緒に病院で診てもらおうと