Share

第168話

Author: 楽恩
おじいさんが亡くなったあの日──

「宏はいつか必ず真実を知る。あの親子に一生騙され続けることなんて、できるわけがない」

そう言っていた。

だから、遅れて知るくらいなら、早く知った方がいい。

宏がこれ以上、あの母娘に欺かれ続けないように。

……なのに。

予想外だったのは、電話の向こうで、土屋じいさんがまるで他人事みたいに口を開いたことだった。

「若奥様……そのお話、どちらで聞かれましたか?」

目の前が暗くなった気がした。

宏の、氷のように冷たい視線が私を射抜いていた。

「……おじいさんが言ってたのよ」

私は、一瞬、自分の記憶を疑った。けれどすぐに首を振った。

違う、間違えてなんかいない。

「土屋じいさん、覚えてないの?あの日、書斎で……おじいさんが――」

「……それは、若奥様の思い違いでは?」

食い気味に、土屋じいさんが遮った。

言葉を失った。信じられなくて、思わず口を開いた。

「そんな、大事なことを……私が、間違えるわけない……」

「清水南!」

横からアナが口を挟んできた。さっきまであんなに不安そうだったくせに、急に勝ち誇ったような笑みを浮かべて。

「まさか、土屋さんに嘘の証言をさせようとしたわけ?でも残念だったね。彼はおじいさんが一番信頼してた人よ。あなたみたいな人間と、グルになったりなんかしない!」

「土屋じいさん……」

私は諦めきれず、もう一度問いかけようとした。

だが次の瞬間、宏が無言で私のスマホを取り上げ、そのまま病室を出て行った。

何を話しているのかはわからない。でも──

彼が戻ってきた時の目は、嵐の前の深海のように暗く、冷たかった。

「まだ……言いたいこと、あるか?」

「宏……」

温子が、どこか理解ある大人のような表情で口を開く。

「清水さんはね、きっとあなたがアナを特別に扱うのが不満なのよ。それで、私たちを引き裂こうとして……でもね、それも女心。あんまり怒らないであげて?」

ああ――

気づいた。私は完全に、仕組まれた詰みの中にいた。

最悪の場所で、最悪の形で。

私は手のひらをぎゅっと握りしめ、ただ宏を見た。

「……信じなくてもいい。でも、私が言ったことは、本当よ」

「もういい加減にしろ!」

怒鳴り声が飛んできた。

「これだけ揉めて、まだ足りないのか?」

私の話を信じるどころか
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (3)
goodnovel comment avatar
千恵
土屋叔父さん、今言わなきゃいけないだろ!! また悪どい母娘に温情を与えるだけだわ。
goodnovel comment avatar
竹ぱる
いやいや、知らんがな 子どもを自分で殺したのは事実なんだから向き合えばいいけど母親の死はそれとは別だろ
goodnovel comment avatar
yas
今回のそれは単なる自業自得じゃん
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1250話

    「うん、今回の件で、きっと諦めると思う」「どうしてそう思うの?」来依が聞いた。海人は答えた。「自分で自分を刺したことで、紀香に対して過去にしたことの代償は、半分くらいは払ったんじゃないかな。それに、紀香に会いに行ったのは、しつこく迫るためじゃない。彼女が自分を恨んでいて、助けてくれることはないと分かってたから。だから、見殺しにされたことも、これでおあいこだと思ってるんだ。もう彼女を追うことはしない。あとは体が限界を迎えるのを待つだけだ」来依は複雑な気持ちで言った。「本当にもう手遅れなの?治らないの?」海人は頷いた。「由樹が治らないって言ってる以上、もう誰にも治せない」「でも、藤屋家が清孝の死を紀香ちゃんのせいにするんじゃ?」来依が心配そうに言った。海人は来依の頭を撫でて、落ち着かせるように言った。「しないよ。たぶん紀香ちゃんは、何か動きを見せるはず。俺たちは見守ればいい」「あの子が無事ならそれでいい。私は手を出さない」*紀香は心にたくさんの思いを抱え、夜通し眠れずにいた。夜明け前に起きて海人にメッセージを送り、そのまま空港へ向かい、石川行きの飛行機に乗った。朝食の準備をしていた海人は、そのメッセージを来依に見せた。「……本当に、完全にけじめをつけたんだな」──紀香は藤屋家に到着すると、何も言わずに庭に向かい、大きな剪定鋏を手に取った。かつての思い出が詰まったブランコのロープを切り落とし、さらに金槌で木枠を壊した。そのあと、以前住んでいた部屋に入り、清孝からもらったものすべてを庭に持ち出し、火鉢に放り込み、火をつけて燃やした。火の手が上がった頃、春香が駆けつけてきた。ただ黙って、炎の前に立つ紀香の姿を見つめるしかなかった。物音を聞きつけて、清孝の父と清孝の母も外に出てきた。紀香は藤屋家の祖霊堂へ行き、藤屋家の祖父の位牌の前で三度深く頭を下げた。「藤屋のおじいさま、清孝とは今世、縁がありませんでした。あなたのご厚意に応えられず、申し訳ありません」「香りん……」春香が近づこうとしたが、紀香はそれを拒んだ。「春香さん」そう呼び、清孝の父と母に視線を向ける。「おじさん、おばさん」「ええ……」清孝の母が反応する。紀香は彼らに深く一礼し、口を開いた。

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1249話

    「なんて言ったの?」来依はすぐに食いついた。「清孝のこと、好きだったわけじゃないと思う。ただ小さい頃からずっと一緒にいて、それが恋だと勘違いしてただけって言ったんだ」来依は考え込みながら言った。「紀香ちゃん、たぶんそのときは自分のプライドもあったし、藤屋家と険悪になりたくなかったんじゃない?藤屋家の人たち、彼女のことすごく大事にしてたし」「その通りだよ」海人は言った。「清孝が結婚を拒否したとき、彼女がそのセリフを言った。だからやつは結婚に応じた。でもその後すぐ外地に転勤申請して、三年間ずっと冷たくしたんだ」来依は眉をひそめた。「……その行動、どういうロジックなの?全然理解できない」「まあ……病んでたとしか言いようがないよな」海人は清孝が酔っ払っていたときのことを思い出した。あの時は相当飲んでいて、話すことも途切れ途切れで意味不明だった。だが、嘘じゃなかった。「その話によるとさ、紀香が自分を好きじゃないなら、せめて祖父たちの望みを叶えるために、形だけでも結婚しようって思ったんだと。藤屋家のじいさんも、紀香のじいさんも、安心させてやりたかったらしい。だから、感情を持ち込まない契約のような結婚でいいって思ったみたい」来依は唇を噛んだ。彼女は自分なりに男の心理をわかっていると思っていた。でも、この話を聞いてもなお、清孝の真意が見えてこない。「……たとえ紀香ちゃんのことを好きじゃなかったとしても、あの時助けなかったのはさすがにひどいよね?それまで兄妹のような関係だったのは嘘だったってこと?」海人も納得はいっていなかった。幼馴染として育ったふたりなら、普通に結婚してもおかしくなかったはずだ。ここまでこじれるなんて。「見殺しにはしていないよ」「……は?」来依は手にしていた柿種を落とし、海人を睨んだ。「まさか清孝の肩を持ってるんじゃないでしょうね?」海人はすぐに右手を上げた。「違う。俺は誓うよ」「針谷たちにも手を出すなと言った。でも、小松楓には知らせてた」「……」来依はしばらく黙ってから、ぽつりと言った。「清孝って、性格めんどくさすぎない?」海人は頷いた。「当時は本当にこじらせてたからね。紀香のことをずっと妹としてしか見てなかったから、まさか自分が彼女に恋するなんて、思いもしなか

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1248話

    紀香はこくりと頷いた。「お姉ちゃん、ありがとう」「ぜんぜん平気よ」紀香がベッドに横たわるのを見届けてから、来依はそっと寝室のドアを閉めた。玄関に戻ると、海人が待っていた。彼女は反射的に玄関の扉を閉め、海人の手を引いて向かいの自宅へと戻った。ソファに座らせながら尋ねた。「何があったか、知ってるの?」海人は彼女を座らせ、自分も腰を下ろすと、小さな箱を差し出した。「これは、お前たちのお母さんの遺品。それからペアリング。もうひとつは清孝が持ってる。ふたりで競り落とした品らしい」来依は母の遺品だけを取り出し、中にある梨花のモチーフのアクセサリーを見つめて微笑んだ。「紀香ちゃんは、お母さんにそっくりだったの。見た目も、好みも。これは彼女に渡すわ。目が覚めたら渡す。リングの方はあんたに任せる」海人は女性用の指輪を回収し、続けた。「清孝、もう長くないかもしれない」来依の手が止まり、顔がこわばった。「今、なんて言ったの?」海人は針谷から聞いたすべての情報を彼女に伝えた。「由樹は言ってる。紀香が口を開かない限り、清孝は治療しないって。やつの好きにさせるって」来依は呆れたように言った。「清孝って、いつも自分の命を賭けて紀香ちゃんを脅すのね?でも、そもそも全部自分のせいじゃないの?」海人は、別に清孝の肩を持ちたいわけじゃなかった。ただ、この一件が来依の気持ちに影を落とすのが、どうしても嫌だっただけだ。二人の間に横たわるそれは――どう考えても棘だ。いつか、思いもよらぬ形で彼らを深く傷つけるかもしれない。「前に話したこと、全部本当だけど……いくつか伏せてたこともある」来依は特に表情を変えなかった。むしろ、それが海人を焦らせた。「わざとじゃないんだ。ただ、言いすぎると、俺が清孝の肩を持ってるように見えるかと思って……お前まで遠ざけてしまいそうで」来依は手を伸ばし、彼の顎をくいっと持ち上げた。「私、そんなに物事の区別もつかない女に見える?」「そんなわけない!」海人はすぐさま否定し、必死に言った。「お前の身体のことを考えて、自分勝手に判断しただけなんだ。今はその罪を償うつもり。どうかチャンスを──」「いいわ」来依は彼の服の襟をつかみ、ぐっと引き寄せた。海人は慌てて両手を

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1247話

    「お前が倒れた時、あいつが何もしなかったのは事実だ。でも、あいつがそれを喜んでたと思うか?当時、やつ自身も襲撃に遭って怪我してた。それでも毎日お前の病室の前に立ってた。お前が退院してからも、身体を顧みずにあちこちついて回ってたんだ。もともと、あいつの体はずっと不調続きだったのに、ちゃんと養生もしてない。このままだと、長くは生きられないだろうな」紀香はついに一言だけ口を開いた。「高杉先生、あなたは寡黙な方が信頼できる」由樹は呆れて笑った。こういう話をするのは、彼にとって本来面倒なことだった。清孝が自暴自棄になっていた時も、特に口を挟まなかった。けれど紀香には、随分といろんなことを話した。それでも、感謝されることはなかった。「いいさ。お前があいつにしつこく付きまとわれたくないって言うなら、ひとつ教えてやる。そのまま、ただそばで耐えてろ。好きに身体を酷使させておけ。最短なら一年も経たずに、あいつはあの世行きだ。そうなれば、お前は自由の身だ」「……」紀香はその言葉を信じなかった。由樹は優秀な医師だ。そんな彼が、清孝を治せないはずがない。清孝はもともと体が強かった。多少の不調があったとしても、命に関わるほどではないはず。──どうせ、私を揺さぶるための嘘に決まってる。由樹はしばらく彼女の反応を待ったが、紀香は一言も発しなかった。……なるほど。そこまで冷たいわけか。「由樹様……」針谷は由樹が立ち去ろうとするのを見て、慌てて呼び止めた。「うちの旦那様、まだ危険な状態です」由樹は紀香を一瞥し、低い声で言った。「清孝はかつて、人が死にかけていても手を貸さなかった。今回はそいつの大切な人が、やつに対して同じことをした。──これで、貸し借りはチャラだろう」針谷は口を開きかけたが、結局、紀香に助けを求める言葉は飲み込んだ。そのまま部下に命じて、清孝を石川に連れ帰らせた。紀香は元々、この場所で静かに物事を考えるつもりだった。だが清孝の乱入によって、あの男の気配がこの場所に満ちてしまった。もはや落ち着いて考えることなどできず、新しい場所を探そうとその場を離れた。……だが、歩いているうちに、自然と大阪へ戻っていた。彼女が帰ってきたことで、一番喜んだのは来依だった。「誕生日おめでとうっ

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1246話

    あの頃、彼女はまだ十二歳で、ちょうど恋愛ドラマに夢中になっていた。ちょうど藤屋家には広い庭があり、ブランコを置くには十分なスペースがあった。彼女は清孝に頼み込んで、ブランコを作ってもらった。なぜなら、彼がとてもかっこよくて、まるでドラマの主人公のように見えたから。主人公なら、ヒロインにブランコを作るべき──そんな風に思っていた。当時の清孝は、まだ若くて落ち着きもありながら、少年らしい無邪気さも残していた。黒いスポーツウェアに、短く整えられた髪型。すでに形の見え始めた広い肩と細い腰、うっすらとした筋肉、彼女よりも一回り高い身長──どこをとっても、胸をときめかせる存在だった。彼は小さなハンマーを手にして、庭でトントンと音を立てながら作業していた。その一音一音が彼女の胸に深く響いた。陽光が降り注ぎ、少年の姿を明るく照らしていた。彼が振り返ってこちらを見たとき──眉目に浮かんでいたのはどこまでも自由で、無邪気な笑みだった。そして、ブランコは出来上がった。「香りん、どうやってお礼してくれるの?」紀香はブランコに座り、少年がほんの少し力を入れるだけで、彼女は高く空へと舞い上がった。彼女は笑っていた。軽やかに、心から満足そうに。あの頃は、本当に何の悩みもなかった。彼女は信じていた。清孝と、ずっとこうしていられるのだと。……「香りん」名前を呼ばれて、紀香は記憶の中から現実に引き戻された。無意識に顔を向けると、彼と視線がぶつかった。「ちょっと手伝ってくれ」紀香は少し躊躇ったが、結局彼を無視して小屋の中へ戻った。果物をかじりながら、黙って時間を潰した。屋根の上の清孝は苦笑を浮かべ、自分で必要な物を取りに降りた。昼になるころには屋根の補修が終わった。清孝は料理の準備を始めた。この場所は条件が限られていて、彼が持ってきた食材も、荷物の重さを考慮した最低限のものばかりだった。加熱できるものも少なく、あるもので何とか食事を作った。紀香は彼に一切構わなかった。果物を食べ終えると、背を向けてそのままベッドに横になった。清孝は簡単な料理を用意して声をかけたが、紀香は無視した。だが、彼女の腹がグゥと鳴った。「……」清孝は低く笑った。「俺とケンカするのはいい。でも、自分

  • 慌てて元旦那を高嶺の花に譲った後彼が狂った   第1245話

    春香はその場に立ち尽くしたまま、しばらく考え込んだ。そして最終的に、海人の言葉を信じて従うことにした。紀香は三日間、隅っこで丸くなって過ごしていた。その三日間、雨は止むことなく降り続いていた。粗末な小屋は雨に耐えきれず、外は土砂降り、中はしとしとと雨漏りしていた。だが、彼女は気に留めなかった。まるでカタツムリのように、ただ殻に閉じこもるだけだった。誰かが現れて、目の前に立ったとき──紀香は一瞬、言葉を失ってしまった。来訪者は彼女を抱き上げ、ベッドにそっと寝かせ、手足を取って動かせるか確認し、無事だとわかって安堵の息をついた。「……お腹すいてないか?」その馴染みのある声に、紀香は突然我に返った。そして、ベッドから起き上がると、いきなり相手に平手打ちを食らわせた。清孝は打たれた頬を押さえ、少し笑って言った。「契約はまだ終わってない。君がいなくなったから、当然、俺は追いかける」紀香は何も言わず、ベッドから飛び降りて荷物を手に取り、外へ出ようとした。──秘密基地が誰かに知られてしまった時点で、もはや「秘密」ではない。そんな場所では思考に集中できない。彼女はまた新たな場所を探すつもりだった。清孝は彼女の腕を掴んで引き止めた。「俺がどうやってここを見つけたか、聞かないのか?」紀香は聞きたくなかった。だが清孝は、話さずにはいられなかった。「香りん……俺は確かに君が苦しんでる時に何もしなかった。三年間、一度も手を差し伸べなかった。でも、何もしていなかったわけじゃない。君が歩いた場所、俺も全部歩いた。この場所も一度取り壊されかけたが、俺が止めて残した。もちろん、こんな話をするのは功績をアピールしたいわけでも、許しを乞いたいわけでもない。俺はただ──契約を履行したいだけだ」紀香は彼の手を振り払った。「清孝、もし本当に許しを求めていないなら、そんな話、最初から口にしないでよ。許しがいらないなら、なんでそんな契約なんて交わしたの?結局はさ、私に許してもらって、また結婚したいだけでしょ?」清孝は再び、出ていこうとする紀香の腕を掴んだ。「香りん……俺は確かに復縁したいと思ってる。でもそれ以上に、ただ、君を愛して、大事にするチャンスが欲しい。もし許されるなら、もっと欲を出したい。もう一

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status