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第189話

作者: 楽恩
宏の表情がますます不機嫌になる。

「君、本当に気にしてるんだな?」

「違うわよ」

私は笑みを浮かべた。

「さっきアナを捕まえてた愛人2号、あの子だよ。江川宏、あなたの初婚、再婚、三度目の婚約まで、もう全部スムーズに接続できるわね」

「……は?」

彼の眉間がきつく寄った。

「そんなわけない」

「どうして?信じられないなら、アナに聞いてみたら?」

言い終えた時には、すでにアナの姿はなかった。ロビーをぐるりと見渡すも、義父の姿もない。

嫌な予感が走った私は、咄嗟に言った。

「お腹が痛い、ちょっとトイレ行ってくる!」

そう言い残して、私はその場を飛び出した。

山田家の旧邸は広く、トイレ付近を探しても人の気配はない。ならばと私は裏庭の方へ向かった。

二階は家主の私的エリア、普通の客が上がることはない。つまり彼らが消えたなら、きっとこの庭のどこかに──

外は冷たい風が吹き抜け、人々は皆、暖かい宴会場で人脈作りに忙しい。庭には誰の姿もなかった。

足音を忍ばせてしばらく歩いてみるも、自分の考えが突飛だったことに気づき、少し笑ってしまう。

──まさか、他人の家の祝いの席で、そんな真似をするとは思えない。

そう思い、踵を返しかけた時だった。

ふいに猫の鳴き声が耳に入る。誰かが飼い猫を外に逃がしたのだろうかと思い、抱いて戻そうと歩み寄ると、今度は低くくぐもった声が木立の向こうから聞こえてきた。

男性の、やけに荒く熱を帯びた吐息──

「大丈夫、誰も来やしない。すぐに終わる」

それは、義父の声だった。

そして、か細く押し殺したような女性の声が続く。

「……お父さん、やめて。ここはまずいよ。もし宏にバレたら……私たち、終わっちゃう……」

その声を聞いた瞬間、私は息を飲んだ。

間違いない。アナだ。

初めて、こんな現場を目撃することになった私は、心臓の音がうるさいくらいに高鳴り、息を殺してスマホを取り出し、震える手で録画を始めた。

「そんな格好で来ておいて……心配いらない、寒いし誰も出てこないさ。こういうのが、一番……興奮するんだよ」

義父はそう言って、彼女に口を寄せたようだった。

「……わからないのか?あのバカは、離婚する気なんかないんだ。最初から、君を妻にするつもりなんか──」

「んっ……」

アナの吐息が混じり、明らかに拒む気配と
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コメント (1)
goodnovel comment avatar
蘇枋美郷
何でこのヤッてるとこを録画なり写真に撮るなりして証拠を残さないの?この女、口ばっかりで頭悪過ぎ!
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