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第962話

Author: 楽恩
立春を迎えたばかりの空気はまだひんやりしていて、週末の今日は小雨がぱらついていた。

午前中、大半の人は布団の中でスマホをいじっていた。

――#鳥取炭鉱事故

このハッシュタグが、まさにその時、トレンドのトップに踊り出た。

世論操作に長けた青城に倣い、海人も同じ手口を使った。

前者は検索トレンドから消そうと動き、後者は金を投じてトップの座をキープした。

河崎清志のあの動画は、逆にほとんど注目されなかった。

皆が炭鉱事故関連のトピックに殺到し、話題の熱量は瞬く間に10万を突破した。

しかも今なお、伸び続けていた。

青城は焦りを覚え、村長に電話をかけた。

村長は、遺体が埋められた場所には誰も近づいていないと言った。

だが、彼の張り詰めた神経はそれでも緩まなかった。

信頼できる何人かにも電話をかけた。

どの人間も、海人の関係者が村に現れた形跡はないと答えた。

「いくら海人でも、死人に口を利かせることはできんだろう?」

青城の顔色を伺いながら、青城の父が恐る恐る問いかけた。

自分が過去に多くの過ちを犯してきたことは、彼自身もわかっていた。

今は、青城の足を引っ張るわけにはいかない。

青城は疲れ切った目を押さえながら、問い返した。

「でも、もし海人にそれができるとしたら?」

青城の父はさすがにそれはないだろうと思ったが、反論はしなかった。

「お前なら、なんとかできるよな?」

だが今の青城には、それをはっきりと断言する自信がなかった。

相手が別の人間なら、まだ可能性はあったかもしれない。

けれど――海人だけは、違った。

「当時、生き残った者はいないって、本当に確かなんだな?家族全員死んだって?」

「確かだ。赤ん坊まで、誰一人残ってない」

青城は、眩しいほどに輝くトレンド一位の文字を睨みつけた。

もし海人が、ただ世論を操作し、炭鉱事故を公に晒し出しただけなら――

そしてその世論の力で、政府に調査を促しているだけなら――

それなら、まだ対応のしようはある。

だがその裏に、さらなる罠が潜んでいるとしたら。

……

来依たち三人も、トレンドを目にしていた。

紀香が言った。

「もし道木家が本当に炭鉱事故のことを隠してたんなら、もう終わりね」

来依と南は、肯定も否定もしなかった。

これだけ多くの命が失われたのだ。事実が明ら
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