新婚初夜あなたは妹のベッドにいた

新婚初夜あなたは妹のベッドにいた

last updateÚltima atualização : 2026-04-15
Por:  雫石しまAtualizado agora
Idioma: Japanese
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真希(妹)と瑞希(姉)は双子の姉妹。二人には陸斗という幼馴染がいた。真希は生まれつき足が悪く体が不自由だった。そんな彼女を支える瑞希と陸斗は距離を縮め、結婚した。新婚初夜、医師である陸斗に救急の連絡が入る。仕方なく、一人見送る瑞希。ところが、陸斗は真希の家にいたのだった。

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Capítulo 1

結婚披露パーティー

「どうしてそんなに聞き分けがないんだ!」

 

乾いた音がパーティー会場に響き渡った。

次の瞬間、瑞希の体はよろめき、純白のウエディングドレスの裾が大きく広がりながら床に崩れ落ちた。

頬に熱い痛みが広がる。

指の跡がくっきりと浮かび上がるほど、陸斗の平手打ちは容赦なかった。

会場にいた全員が息を呑んだ。

シャンパングラスの音、軽やかな笑い声、祝福の拍手——それらが一瞬で凍りつき、和やかだった空気が鋭い刃物のように張りつめた。

瑞希は床に片手をついたまま、腫れ始めた左頬を震える指でそっと押さえた。

白い薔薇のヘッドドレスから一輪の花びらが、まるで彼女の涙を先取りするように静かに落ちた。

 

「……聞き分けがないなんて……あなたが、真希のことばかり構うから……」

 

声が震え、嗚咽が混じり始める。

純白のドレスに包まれた瑞希の細い肩が、小刻みに震えていた。

涙が頰を伝い、化粧を崩しながら顎の先で滴り落ちる。

陸斗はまだ怒りに肩を上下させながら、すぐそばの車椅子に視線を移した。

そこに座るのは、真希——瑞希と瓜二つの顔をした双子の妹だった。

黒いレースのドレスを纏い、膝の上に丁寧に折りたたまれたブランケット。

足が悪い彼女は、今日も車椅子から離れられない。

陸斗は慌てて真希の肩に優しく手を置き、守るように体を寄せた。

 

「真希は足が悪いんだ! それは瑞希だっているだろう!?」

 

陸斗の声は大きく、会場中に響いた。まるで自分こそが正義であるかのように。

真希は青ざめた顔で陸斗を見上げ、弱々しく首を振った。

けれどその瞳の奥には、ほんのわずかな——誰にも気づかれないほどの、満足げな光が瞬いていた。

 

「陸斗……今日は、私たちの結婚式なのよ……?」

 

瑞希は立ち上がろうとして、再びよろめいた。ドレスの裾が絡まり、膝をつく。

白い手袋をした手が、床の冷たい大理石を掴む。

指先が白くなるほど力を込めても、立ち上がる力はもう残っていなかった。

ウェディングケーキは、まだ誰もナイフを入れていない。

純白のクリームが、部屋の熱気で少しずつ溶け始め、甘い雫を垂らしていた。

あたかも、瑞希の代わりに泣いているかのように。

会場にいる親族や友人たちは、互いに顔を見合わせ、誰も声を上げられない。

ただ、双子の姉妹と幼馴染だった新郎の間で、長い年月かけて積もってきた何かが、今この瞬間、音を立てて崩れ落ちていくのを、ただ見つめているだけだった。

瑞希はゆっくりと顔を上げ、陸斗と真希の姿を——二人が寄り添う姿を、涙で滲む視界の中で捉えた。

瓜二つの顔。

なのに、今日この瞬間、二人は完全に別の人間に見えた。

 

「……どうして……」

 

瑞希の唇が、小さく動いた。

 

「どうして、私じゃなくて……真希なの……?」

 

その言葉は、誰の耳にも届かないほど小さかった。

けれど、それはこれから始まる、長い長い惨劇の、ほんの最初のひび割れだった。

 

 

 

 

 

 

 

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結婚披露パーティー
「どうしてそんなに聞き分けがないんだ!」乾いた音がパーティー会場に響き渡った。次の瞬間、瑞希の体はよろめき、純白のウエディングドレスの裾が大きく広がりながら床に崩れ落ちた。頬に熱い痛みが広がる。指の跡がくっきりと浮かび上がるほど、陸斗の平手打ちは容赦なかった。会場にいた全員が息を呑んだ。シャンパングラスの音、軽やかな笑い声、祝福の拍手——それらが一瞬で凍りつき、和やかだった空気が鋭い刃物のように張りつめた。瑞希は床に片手をついたまま、腫れ始めた左頬を震える指でそっと押さえた。白い薔薇のヘッドドレスから一輪の花びらが、まるで彼女の涙を先取りするように静かに落ちた。「……聞き分けがないなんて……あなたが、真希のことばかり構うから……」声が震え、嗚咽が混じり始める。純白のドレスに包まれた瑞希の細い肩が、小刻みに震えていた。涙が頰を伝い、化粧を崩しながら顎の先で滴り落ちる。陸斗はまだ怒りに肩を上下させながら、すぐそばの車椅子に視線を移した。そこに座るのは、真希——瑞希と瓜二つの顔をした双子の妹だった。黒いレースのドレスを纏い、膝の上に丁寧に折りたたまれたブランケット。足が悪い彼女は、今日も車椅子から離れられない。陸斗は慌てて真希の肩に優しく手を置き、守るように体を寄せた。「真希は足が悪いんだ! それは瑞希だっているだろう!?」陸斗の声は大きく、会場中に響いた。まるで自分こそが正義であるかのように。真希は青ざめた顔で陸斗を見上げ、弱々しく首を振った。けれどその瞳の奥には、ほんのわずかな——誰にも気づかれないほどの、満足げな光が瞬いていた。「陸斗……今日は、私たちの結婚式なのよ……?」瑞希は立ち上がろうとして、再びよろめいた。ドレスの裾が絡まり、膝をつく。白い手袋をした手が、床の冷たい大理石を掴む。指先が白くなるほど力を込めても、立ち上がる力はもう残っていなかった。ウェディングケーキは、まだ誰もナイフを入れていない。純白のクリームが、部屋の熱気で少しずつ溶け始め、甘い雫を垂らしていた。あたかも、瑞希の代わりに泣いているかのように。会場にいる親族や友人たちは、互いに顔を見合わせ、誰も声を上げられない。ただ、双子の姉妹と幼馴染だった新郎の間で、長い年月かけて積もってきた何かが、今この瞬間、音を立てて崩れ落ちていくのを、た
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幼馴染
三人は、いつも一緒にいた。小さな頃から、瑞希、真希、陸斗の三人は、近所の公園の大きな桜の木の下が定位置だった。瑞希は活発で、木に一番高く登るのはいつも彼女だった。スカートをたくし上げ、笑いながら「見て見て!」と手を振る。真希は足が弱く、地面に座ったまま姉の姿を羨ましそうに見上げていた。陸斗は、そんな真希の隣にいつも座り、「瑞希、危ないぞ」と声をかけながらも、結局は真希の肩に自分の上着をかけてあげていた。「陸斗くん、真希の足、今日はどう?」「うん、大丈夫だよ。瑞希が元気すぎるだけさ」「俺、大きくなったら医者になって真希の足、直してやるよ」そんな会話が、毎日のように交わされた。真希が小学校でいじめられた日、最初に駆けつけたのは瑞希だった。けれど、真希を抱きしめて泣いている姉の背後で、陸斗はそっと真希の手を握っていた。「大丈夫だよ、真希。俺がいるから」その瞬間、瑞希は初めて胸に小さな棘が刺さるのを感じた。自分は守る側なのに、守られているのはいつも真希。そして、真希を守るのはいつも陸斗。中学生になる頃には、関係は少しずつ形を変えていた。瑞希は陸斗と同じバスケ部に入り、汗だくになってボールを追いかけた。真希は観客席の車椅子から、二人を静かに見つめていた。試合が終わると、陸斗は必ず真希のところへ行き、水筒を渡し、タオルを肩にかけてあげた。瑞希が近づくと、陸斗は笑って言った。「瑞希、お前は強いから大丈夫だろ。真希は俺が守ってやるよ」その言葉が、瑞希の心に深く突き刺さった。「強いから大丈夫」——それは、守らなくていいという意味に聞こえた。高校生になると、三角関係はより明確になった。瑞希は陸斗に告白した。桜の木の下、夕焼けの中で。「ずっと好きだった。陸斗の彼女になりたい」陸斗は少し困った顔をして、こう答えた。「……ごめん、瑞希。俺、真希のことが好きなんだ。 あいつ、足が悪い分、俺がいないとダメなんだよ」瑞希は笑った。無理やり笑った。「そっか……じゃあ、仕方ないね。私も真希のこと、大好きだから」その夜、瑞希は一人で公園の桜の木の下で泣いた。枝の隙間から見える星が、ぼやけて二重に見えた。それから陸斗と真希は付き合い始めた。瑞希は「いいお姉ちゃん」でいようとした。真希の車椅子を押してあげ、陸斗とデートに行く真希の髪を
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真希と瑞希
結婚式の喧騒が遠のいた後の、控室の薄暗いソファー。瑞希は腫れた左頬に冷たいタオルを当てたまま、ぼんやりと天井を見つめていた。化粧は完全に崩れ、白いドレスの胸元に涙とファンデーションが混じった染みが広がっている。彼女の心の奥底で、ずっと封じ込めていた「棘」が、今、ゆっくりと蠢き始めていた。――私は、最初から「余計な存在」だったのかもしれない。瑞希のトラウマは、幼い頃から刻み込まれていた。生まれた時から、双子として「一心同体」だと周囲に言われ続けた。けれど現実には、妹の真希の足が不自由だったせいで、二人はすぐに「強い姉」と「弱い妹」に分けられた。瑞希は三歳の頃から、公園で真希の車椅子を押す役目を 担わされた。「瑞希ちゃんは元気いっぱいだから、真希ちゃんの分まで頑張ってね」大人たちのその言葉が、彼女の小さな胸に深く突き刺さった。「頑張ってね」――それは「自分の痛みは我慢しなさい」という意味だった。瑞希が膝を擦りむいて泣くと、母はこう言った。「真希ちゃんより痛くないでしょ? お姉ちゃんだから我慢して」陸斗が現れたのは、そんな日常の延長だった。彼はいつも真希の隣に座り、瑞希の活躍を「危ないぞ」と窘めながら、真希の肩を抱いた。瑞希は走り回り、笑い、叫び、存在を主張した。なのに、陸斗の視線はいつも真希に注がれていた。「守りたい」という言葉は、瑞希には決して向けられなかった。「強いから大丈夫」という言葉は、愛情ではなく「放っておいていい」という免罪符だった。それが瑞希の最初のトラウマ――「愛されるためには、弱くなければいけない」という、根深い自己否定。彼女は陸斗を好きになるたび、自分を殺した。告白を飲み込み、「いいお姉ちゃん」でい続けた。真希の髪を結い、デートの弁当を作り、笑顔で二人を送り出した。そのたび、心のどこかで小さな自分が叫んでいた。「私も、足が悪かったら……陸斗は、私を見てくれた?」結婚式の平手打ちは、その叫びを一気に表面化させた。頬の痛みは、幼い頃から積み重ねてきた「見えない痛み」の、たった一つの形だった。瑞希は今、初めて認めた。自分は双子として生まれたのに、「姉」であること自体が、永遠の罰だったのだと。───一方、真希は会場から少し離れた別室の車椅子に座り、膝の上のブランケットを指で弄んでいた。彼
last updateÚltima atualização : 2026-04-13
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スイートルーム
「さっきは怒鳴って悪かった……」タキシードのボタンを外しながら、陸斗は重い足取りでベッドに近づいた。ホテルのスイートルームは広すぎて、二人をますます小さく見せていた。シャンデリアの柔らかな光が、瑞希の腫れた左頬を浮かび上がらせる。陸斗はためらいながら手を伸ばし、指先でその熱を持った肌をそっと撫でた。「痛っ……」瑞希が小さく息を詰め、顔を背けた。バスローブの襟をぎゅっと握りしめ、膝を抱えるように体を縮める。「……ごめん。真希のことになると、頭に血が昇るんだ。自分が自分でなくなる」陸斗の声は低く、どこか疲れていた。謝罪の言葉とは裏腹に、彼の瞳にはまだ苛立ちの残り火がくすぶっている。瑞希はそれを見逃さなかった。幼い頃から何度も見てきた——真希を守るために自分を「正義」に変えてしまう、陸斗の顔。瑞希は腫れた頬を自分の冷たい指で押さえながら、静かに言った。「真希のことになると……いつもそうだったよね。 私より、真希が先。 私の痛みより、真希の不安が先。 私の気持ちより、真希の足が先」言葉が、部屋の空気を切り裂いた。陸斗は眉を寄せ、タキシードの上着をソファに放り投げた。「またそれか……。瑞希、お前はいつもそうだ。 真希が可哀想だって思う気持ちが、なんでそんなに悪いんだ? お前は強いんだから、少し我慢してくれよ」「強い……」瑞希は小さく、乾いた笑いを漏らした。その笑いは、バスローブの白い生地に吸い込まれるように消えた。「私、ずっと『強い』って言われてきた。 三歳のときから。 真希の車椅子を押しながら転んで膝を擦りむいても、 『お姉ちゃんだから我慢して』って。 陸斗が真希の肩を抱いて『俺が守ってやる』って言うのを、 横で笑顔で聞いていなきゃいけなかった。 ……それが『強い』ってこと?」陸斗は言葉に詰まった。彼は瑞希の隣に腰を下ろし、大きな手で彼女の肩を掴もうとした。けれど瑞希は、するりとその手を避けた。「さっきの結婚式で、私を叩いたとき…… あなたの中で、私じゃなくて真希が泣いている姿が見えたんでしょ? 私じゃなくて、真希の腫れた頬が見えたんでしょ?」陸斗の瞳が揺れた。「……違う」「違う? じゃあどうして、私の頬を叩いた手が、 真希の足を気遣う手と同じ温度だったの?」部屋に重い沈黙が落ちた。
last updateÚltima atualização : 2026-04-14
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急患
その時だった。テーブルの上で陸斗のスマホが短く震えた。深夜のスイートルームに、電子音が不吉に響く。瑞希は窓辺から振り返り、わずかに眉を寄せた。陸斗は素早い動きでスマホを掴み、画面をスライドさせた。次の瞬間、彼の顔色がサッと変わった。瞳が見開かれ、唇が固く結ばれる。「……どうしたの? 病院から?」瑞希の声は低く、腫れた頬の痛みで少し掠れていた。陸斗はスマホを耳に当てたまま、片手でタキシードのシャツを乱暴に羽織った。「急患だ。病院に行く」声はすでに医師のそれだった。感情を押し殺し、冷静さを装ったプロフェッショナルな響き。新郎の顔は一瞬で消え、大学病院で三本の指に入る若き外科医の顔に切り替わっていた。瑞希はバスローブの袖を握りしめたまま、ゆっくりと近づいた。「待って……今、こんな時間に?結婚式の夜なのに……」陸斗はスラックスを素早く履きながら、眼鏡のフレームを指で押し上げた。レンズの奥の瞳は、すでに遠くのオペ室を見ているようだった。「真希の担当医からだ。 容態が急変したらしい。 足の血流が……詳しくは行ってから」その名前を聞いた瞬間、瑞希の体が凍りついた。真希。また、真希。結婚式の夜、夫であるはずの男が、初めての夜を放り出して駆けつけるのは、いつものように双子の妹。瑞希は唇を噛んだ。腫れた頬がズキズキと痛む。「……真希の足が悪くなったからって、あなたはいつも飛んでいくのね。 今日が私たちの結婚式だってこと、忘れたの?」陸斗はネクタイを適当に緩めたまま、瑞希を振り返った。その視線には、苛立ちと、どこか哀れむような色が混じっていた。「瑞希、お前は本当に…… 真希が苦しんでるかもしれないんだぞ? 俺は医者だ。幼い頃からあいつに誓ったんだ。 『俺が医者になって、真希の足を治してやる』って。 有言実行した。今、俺にしかできないことがある」瑞希は静かに、しかしはっきりと息を吐いた。「誓い……ね。 私にも、今日、神様の前で誓ったわよね。夫婦になるって」陸斗の動きが一瞬止まった。けれどすぐに、眼鏡をかけ直し、コートを手に取った。「今はそんな話をしてる場合じゃない。 後でちゃんと話す。 お前はここで待っててくれ」瑞希はバスローブの前を固く閉じ、陸斗の背中に言葉を投げかけた。「待ってて、って……私は花嫁なの
last updateÚltima atualização : 2026-04-14
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一人で迎える朝
瑞希は一人で、眠れない夜を過ごした。クイーンサイズのベッドは広すぎて、彼女の体をまるでちっぽけな欠片のように浮かび上がらせていた。バスローブを着たまま膝を抱え、シーツの冷たさが背中に染み込んでいく。つま先が、ゆっくりと、容赦なく冷えていくのを感じながら、瑞希は天井のシャンデリアの影をぼんやりと見つめていた。「……この足が動かなかったら」声に出してみた言葉は、部屋の暗闇に吸い込まれて消えた。もし自分が車椅子に乗っていたら。もし足が動かなくて、毎日誰かに押してもらわなければいけなかったら。陸斗は自分を選んでくれただろうか。いや——瑞希は唇を噛んだ。この足が動いたからこそ、陸斗の両親に「花嫁」として迎えられたのだ。結婚が決まった日の記憶が、鮮やかに蘇る。陸斗の母は、瑞希の手を取り、にこやかに言った。「瑞希さんなら安心だわ。真希さんみたいに足が悪くなくて、しっかりしているから。 うちの家は跡取りが必要だし、陸斗も医者として忙しいでしょう? 家を守ってくれる強い子がいいのよ」瑞希たちの父も頷いていた。「真希には可哀想だが……あの子は陸斗くんに負担をかけるだけだ。 瑞希、お前が陸斗くんを支えてやってくれ」陸斗は、その場で何も言えなかった。両親に逆らえず、震える手で瑞希にエンゲージリングを渡した。ダイヤモンドが光るのを、瑞希はただ無表情で見つめていた。そのとき、部屋の隅に座っていた真希の表情を、瑞希は今でもはっきりと覚えている。絶望ではなかった。悲しみでも、なかった。真希の瞳の奥に浮かんだのは、静かな——勝ち誇ったような光だった。「ふふ……」小さく、誰にも聞こえないくらいの笑み。車椅子に座ったまま、膝の上のブランケットを指で優しく撫でながら、真希は姉の指に嵌められたリングを、じっと見つめていた。その目は、まるでこう言っているようだった。——結婚という形を結ばなくても、 私は陸斗と結ばれている。 あなたがどんなに頑張っても、 陸斗の本当の居場所は、私の隣なんだから。瑞希の口元が、醜く歪んだ。ベッドの上で膝を抱えたまま、彼女は自分の足をじっと見下ろした。健康で、よく動く、普通の足。この足が、彼女を「強いお姉ちゃん」にしてしまった。この足が、彼女を「家を守れる花嫁」にしてしまった。この足が、陸斗の愛を、永遠に
last updateÚltima atualização : 2026-04-14
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特別個室
大学病院の最上階、特別個室。深夜を過ぎても、モニターの小さな電子音だけが規則正しく響いていた。白い壁に囲まれた部屋は、消毒液と微かな花の甘い匂いが混じり、冷たい空気が肌に張りつく。真希は調整可能なベッドに体を預け、膝から下をブランケットで丁寧に覆っていた。足は相変わらず動かない。今日は特に、左足の血流が悪化し、時折鋭い痺れが走る。それでも彼女の表情は穏やかで、薄い唇の端には、誰にも見せない小さな微笑みが浮かんでいた。病室のドアが静かに開き、陸斗が入ってきた。タキシードのシャツを乱暴に羽織ったまま、眼鏡をかけた医師の顔。息が少し荒く、結婚式の余韻など微塵も感じさせない。「真希、大丈夫か? 連絡を受けてすぐに来た」陸斗はベッドサイドに膝をつき、真希の細い手を両手で包み込んだ。その手の温かさが、真希の胸にじんわりと広がる。真希は弱々しく微笑み、首を小さく振った。「……ごめんね、陸斗くん。 結婚式の夜なのに……呼んでしまって。 お姉ちゃん、怒ってる?」声はいつも通り、か細く、頼りない。けれど瞳の奥には、冷たい満足感が静かに灯っていた。陸斗は首を振り、真希の額にそっと手を当てた。「瑞希のことはいい。 お前が一番大事だ。 血流が悪化してるって聞いたから、心配で……」彼はすぐにカルテを確認し、点滴の量をチェックし始めた。プロフェッショナルな手つきで、真希の足を優しく持ち上げ、脈を測る。その仕草の一つ一つが、真希にとっては「愛」の証だった。真希は陸斗の横顔を、じっと見つめていた。——今頃、お姉ちゃんはあの広いスイートルームで、一人きりで膝を抱えているのだろう。 腫れた頬を押さえながら、私の名前を呪っているのだろう。その想像が、真希の心を甘く疼かせた。幼い頃から、ずっとこうだった。瑞希が走り回り、笑い、存在を主張するたび、自分は車椅子から「見上げて」いればよかった。陸斗の視線は、自然と下に——自分に向けられた。「お姉ちゃんは強いから大丈夫」その言葉が、真希を「守られるべき存在」にした。そして瑞希を「我慢できる存在」にした。真希はブランケットの端を指で摘まみながら、内心で静かに笑った。結婚が決まったあの日——陸斗の両親が瑞希を選んだとき、自分は絶望など感じなかった。むしろ、胸の奥で小さな勝利の歓声が上がった
last updateÚltima atualização : 2026-04-14
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芍薬の花
瑞希は朝の光がまだ柔らかい時間に、街角の小さなフラワーショップへ足を運んだ。白い芍薬の八重咲きを一束、丁寧にラッピングしてもらった。花びらは重なり合い、ふんわりと膨らんで、まるで恥じらうように首を傾げている。店主が「今日は特別に良い香りですよ」と笑ったが、瑞希は無言で代金を払い、ショップの紙袋を抱えた。花言葉は「はにかみ」。もう一つは「恥じらい」。……恥じらい?瑞希の口元が、冷たく歪んだ。真希にぴったりではないか。大人しいふりをした山猫。柔らかい毛並みと、大きな瞳で旅人を誘い、頭から丸呑みにしてしまう、静かな捕食者。旅人は陸斗。もうとっくに、山猫の牙に絡め取られ、逃げられない虜になっている。薬指の結婚指輪が、重く虚しく光った。昨夜、陸斗がはめたはずの指輪は、今も瑞希の手に嵌まったまま、まるで他人のもののように冷たい。瑞希は大学病院のエントランスを横切り、自動ドアをくぐった。消毒薬の匂いが鼻腔を刺す。白い壁の廊下を進むたび、足音がやけに大きく響いた。真希の病室は、最上階の特別個室。一泊六万円もする部屋だ。陸斗の医師としての地位と、両親のコネで用意された特別待遇。足に負担がかからないよう、特注の羽毛布団がベッドに敷かれ、車椅子の移動ルートにはカーペットまで敷き詰められている。瑞希は病室のドアの前で立ち止まり、白い芍薬の束を胸に抱き直した。腫れた頬はまだ熱を持ち、化粧で隠しきれていない。バスローブから着替えたシンプルなワンピースが、昨夜の結婚式の残り香をまとわりつかせていた。彼女は深く息を吸い、ノックもせずにドアをゆっくり開けた。病室の中は静かだった。真希はベッドに体を預け、羽毛布団を膝までかけ、窓の外をぼんやりと見つめていた。陸斗はまだそこにいた。椅子を引き寄せ、真希の細い手を握ったまま、うつらうつらと仮眠を取っている。眼鏡がずれ、結婚式の疲れがそのまま残った顔。真希が先に気づき、ゆっくりと視線を瑞希に向けた。「お姉ちゃん……?」声はいつも通り、弱々しく、甘い。けれど瞳の奥には、昨夜と同じ——静かな勝利の光が、ほのかに瞬いていた。瑞希は無言で病室に入り、ドアを背中で閉めた。白い芍薬の束を、ベッドサイドのテーブルにそっと置いた。八重咲きの花びらが、病室の無機質な光の中で、柔らかく揺れた。「真希。
last updateÚltima atualização : 2026-04-14
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離婚へのカウントダウン
芍薬の花を手渡した瑞希は昨夜の衝撃的な事実を思い出していた。新婦一人取り残されたスイートルーム。陸斗のスマホが、慌てて置いていったテーブルの上で、まだ画面が点灯している。通知が一つ、表示されたままだった。『父より:特別枠の更新確認。真希のデータ、明日理事長室へ提出。配偶者家族限定の条件は変わらず。研究予算の継続には婚姻状態が必須だ。くれぐれも瑞希さんを大切に。』……配偶者家族限定?私は思わずその文字を凝視した。大学病院の最上階——一泊六万円もする特別個室。あそこはただの「医師の特権」じゃない。陸斗の父が理事長を務める臨床研究プログラムで、「医師本人の配偶者およびその直系家族」にしか適用されない全額無料治療枠。希少疾患である真希の先天性運動機能障害に対する新薬投与、リハビリ、実験的血管治療まですべて病院負担。その条件の裏側は、製薬会社からの巨額研究費を確保するための「家族ぐるみの協力体制」らしい。倫理審査を通すための方便だと、陸斗が以前ぼんやりと漏らしたことがあった。つまり、私と陸斗が結婚している限り、真希は無料で最先端治療を受け続けられる。離婚すれば——即座に枠から外され、月百五十万円を超える治療費が私たちの、いいえ、真希の実家にのしかかる。胸の奥が冷たくなった。新婚初夜に夫が駆けつけたのは、愛する妻のためではなく、「配偶者」という地位が保証する治療枠を守るためだったのか。私はゆっくりとベッドに視線を移し、うたた寝をする陸斗を見下ろした。「陸斗……あなたは、私と結婚したんじゃない。真希の治療を継続させるために、私と結婚したのね」そこで彼は目を覚まし、瑞希の存在に気づき顔色を変えた。「陸斗。お父様からのメッセージ、見たわ。『配偶者家族限定』って、どういうこと?」陸斗の肩がわずかに震えた。彼はゆっくりと振り返り、ため息をついた。「……説明するつもりだった。でも、タイミングが悪くて」「今、説明して。全部」陸斗はモニターのデータを指でなぞりながら、淡々と語り始めた。「うちの病院の『希少運動機能障害臨床研究プログラム』だ。父が理事長として製薬会社から年間数億円の研究費を引き出している。条件は厳しい——医師本人の配偶者とその家族にしか、全額無料の治療を提供できない。真希の場合、幼い頃からの誓いもあって、俺が主治医を続けている。婚
last updateÚltima atualização : 2026-04-15
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義父との対面①
鹿威しの澄んだ音が、静寂を優しく、しかし執拗に刻んでいた。こおん……と、竹が石を打つその響きは、まるで時を嘲るように規則正しく庭に満ちる。ここは陸斗の父——大学病院理事長が住まう邸宅だ。 樹齢百年の赤松が大きく枝葉を広げ、地面に濃い影を落としている。広い庭にはドウダンツツジの鮮やかな垣根が整然と続き、瓢箪池の水面では美しい睡蓮が白とピンクの花弁を広げ、流線型を描く錦鯉がゆったりと尾を揺らめかせていた。ここは何度来ても息を呑むほど美しい。だが、その美しさはいつも私を小さくする。まるでこの庭園そのものが「完璧な家族の象徴」であるかのように。健康で強く、子を産み、家を守れる妻。そして、研究予算を確保するための「配偶者」という役割を、静かに、冷たく要求する場所。鹿威しの音が、再び響いた。こおん……。水が溜まり、竹が傾き、緊張が解ける瞬間。私はいつも思う。この音は、ただの風情ではない。私の結婚もまた、鹿威しのように——少しずつ水が溜まり、いつか一気に傾いて、すべてを叩きつける音を立てるのではないかと。義父の邸宅の玄関に足を踏み入れると、いつものように冷たい視線が私を迎えた。「瑞希さん。今日はどうしたのかね」理事長の声は穏やかだったが、その奥に隠された計算は、赤松の影より濃い。彼にとって私は、息子の妻であると同時に、真希の治療を継続させるための「鍵」であり、研究費数億円を呼び込むための「家族特別枠」の条件そのものだ。私は微笑みを浮かべ、腫れの残る頰を意識しながら言った。「少し、お話がしたくて参りました。……特別枠のことについて」鹿威しの音が、また一つ、庭の奥から響いてきた。こおん……。まるで、私の決意を、静かに、しかし確実に刻みつけるように。瑞希は奥の応接室に通された。エミール・ガレのランプが柔らかな光を落とし、黒光りする本革の椅子が重厚な威圧感を放っている。義父はすでにその椅子に深く身を預け、足を組んで私を見つめていた。大学病院理事長らしい、隙のない姿勢だ。「座りなさい」促されるまま、私は向かいの椅子に腰を下ろした。革の冷たさが、スーツのスカート越しに伝わってくる。「失礼します」給仕が静かに紅茶を運んできた。アールグレイの香りが、部屋に甘く立ち上る。緊張で張りつめた私の神経に、その香りさえも絡みつくようだっ
last updateÚltima atualização : 2026-04-15
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