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第16話

作者: みっつ
ちょうど休みだった智紀も、一緒に来てくれた。

花音は、智紀によく懐いていた。

智紀は、花音を患者だからと甘やかすことも、子どもだからと話を聞き流すこともなかった。

花音の話をきちんと聞き、5歳の花音にも分かる言葉で説明してくれた。

「花音ちゃんは、そんなに弱くないよ。今は、少しゆっくり動けばいいだけ。元気になったら、走ったり跳んだりできるようになるからね」

花音の目が輝いた。

「じゃあ、ダンスもできる?」

「もちろん。でも、まずママと先生に聞いてからにしようね」

花音はすぐに私を見上げた。

「ママ、花音、ダンスやりたい」

「元気になったら、一緒に習いに行こう」

うれしさのあまり跳びはねそうになった花音の肩へ、智紀がそっと手を添えた。

「今は、ゆっくりね」

「分かってるよ、智紀先生」

花音は照れたように笑った。

その光景を見ながら、こんな穏やかな毎日でいいのだと、初めて心から思えた。

激しい恋も、誰かひとりだけを頼りに生きることも、もう必要なかった。

ただ、私の気持ちを尊重し、気遣い、きちんと向き合ってくれる人がいる。

それだけで十分だった。

午後は
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    ちょうど休みだった智紀も、一緒に来てくれた。花音は、智紀によく懐いていた。智紀は、花音を患者だからと甘やかすことも、子どもだからと話を聞き流すこともなかった。花音の話をきちんと聞き、5歳の花音にも分かる言葉で説明してくれた。「花音ちゃんは、そんなに弱くないよ。今は、少しゆっくり動けばいいだけ。元気になったら、走ったり跳んだりできるようになるからね」花音の目が輝いた。「じゃあ、ダンスもできる?」「もちろん。でも、まずママと先生に聞いてからにしようね」花音はすぐに私を見上げた。「ママ、花音、ダンスやりたい」「元気になったら、一緒に習いに行こう」うれしさのあまり跳びはねそうになった花音の肩へ、智紀がそっと手を添えた。「今は、ゆっくりね」「分かってるよ、智紀先生」花音は照れたように笑った。その光景を見ながら、こんな穏やかな毎日でいいのだと、初めて心から思えた。激しい恋も、誰かひとりだけを頼りに生きることも、もう必要なかった。ただ、私の気持ちを尊重し、気遣い、きちんと向き合ってくれる人がいる。それだけで十分だった。午後は、湖の近くにあるレストランへ入った。花音はテーブルの奥側に座り、絵を描いていた。智紀は私が座る椅子を引き、冷たいものは避けたほうがいいだろうと、温かい飲み物を頼んでくれた。「最近、胃の痛みはどうですか?」思いがけない質問に、一瞬返事が遅れた。「だいぶよくなりました」「花音ちゃんのことだけでなく、葉月さんも自分の体を大事にしてください」智紀が笑みを浮かべた。私はカップへ目を落とし、思わず口元をゆるめた。そのとき、背後で椅子が床をこする大きな音がした。振り返ると、少し離れた場所に和弘が立っていた。スイスへ着いたばかりなのか、傍らにはスーツケースがあり、腕には上着を掛けたままだった。顔には疲れがにじんでいた。和弘は、智紀が私の皿へ取り分けた料理に目を落とし、それから私を見た。その目が、みるみる赤くなっていった。「葉月」押し殺した声だった。「何をしている?」眉をひそめた。「見れば分かるでしょう。食事をしているの」和弘は智紀をにらんだ。「そいつと?」「和弘。そんな言い方はやめて」私の声は聞こえてないようだった

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    弁護士から連絡をもらったその日、私はただ、家の窓から湖を眺めていた。花音は帽子をかぶり、テラスの椅子に座って絵を描いていた。術後の経過は順調で、頬にもようやく血色が戻っていた。定期診察に来てくれた智紀が、花音の前へかがんで絵をのぞき込んだ。「これは、ママ?」花音がうなずいた。「ママと、おじいちゃんと、おばあちゃん」「隣の犬は?」「いつか飼いたい犬だよ」智紀は笑った。「先生も入れてもらえる?」花音は少し考え、絵の隅へ小さな人を描き足した。「うん。智紀先生も描く」智紀は、うれしそうに目を細めた。その様子を見ているうちに、私も久しぶりに自然と笑っていた。和弘と離れて初めて、暮らしは待つことと失望することだけではないと知った。朝は、窓から陽が差し込む。午後には、温かいお茶をゆっくり飲める。夜になると、花音は安心した顔で眠っている。つながらない電話を、何度もかけ続けることもない。インスタに並ぶ写真を見て傷つくこともない。自分の何が足りないのかと、何度も問い続けることもなかった。ようやく、当たり前に息ができるようになった。それでも、和弘は諦めなかった。離婚届へ署名したあとも、何度もスイスへ来た。そのたびに、人形や色鉛筆、ワンピース、絵本を持ってきた。花音が贈り物を受け取ったのは、一度だけだった。許したからではない。断るのは悪いと思っただけだった。けれど、あとになって私へ言った。「ママ。和弘さんに返して。花音、これいらない。もう、たくさん持ってるから」「本当に、いらないの?」花音はうなずいた。「前は、パパがくれたから喜んだの。でも今は、もうパパじゃないから、もらってもうれしくない」その言葉に、胸が痛んだ。5歳でも、何も分かっていないわけではない。大人が、子どもには分からないと思い込んでいるだけなのだ。和弘は訪ねてくるたび、家の中へ入ることを断られた。ときどき花音が会ってもいいと言うと、それだけで和弘の表情は明るくなった。けれど花音は、いつも「和弘さん」と呼んだ。スイスで初めてそう呼ばれたとき、和弘の目はすぐに赤くなった。「花音。パパって呼んでくれない?」私の隣に座る花音は、静かに首を横へ振った。「花音には、

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