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第766話

Auteur: 結奈々
「二つ目。この件を報道しないでほしい。俺の行動が、あの親子の生活に影響するのは避けたい」

その言葉を聞き終えると、常和の表情が険しくなった。それでも彼は迷うことなく口を開いた。「分かった。問題ない」

柚香の表情は少しも変わらなかった。

こんなことを承輝が自分から言い出すなんて、信じられない。

この男が土壇場で本当に考えるのは、自分の身を守ることだけだ。

今このタイミングでこんなことを言うのも、こちらの警戒心を解くために決まっている。

「そんな話、信じるわけないでしょう」康平は面白がるように口を挟んだ。

「犬と猫が子供を作れるって言われたほうが、まだ信じられますね。あなたが家族のことを考える人間だなんて、絶対に信じません」

「本当に自分の子供のことを考えてるなら、一方では奏汰を公的な組織に放り込もうとしながら、裏ではあんなに違法なことをしてたわけないでしょう」凛音は容赦なく承輝の嘘を暴いた。

慎吾も頷いた。「そうです」

承輝は腹を立てる様子もなかった。「今の俺が何を言っても、君たちが信じないことは分かってる。時間が経てば、すべて分かる」

常和には、その言葉も態度もす
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  • 手遅れの愛、妻と子を失った社長   第769話

    「これは個人的な仕事です」康平がすぐに説明した。「正式な任務とか、そういうのじゃないです」「じゃあ、二人が隊長に会ってから私に話して」柚香はあっさりと言った。康平と慎吾は頷いた。三人が話し終えたところで、リビングにまだ常和が座っていることに気づいた。常和は複雑そうで、申し訳なさそうな目で柚香を見ていたが、口を開いても一言も出てこなかった。しばらくして。ようやく柚香に声をかけた。「柚香……」柚香の態度は何も変わらない。「何でしょう?」「承輝があんなことをするなんて、俺は知らなかった」常和は本当に想像もしていなかったのだ。「すまなかった」「常和さんも大変だったでしょう」柚香は温かいお茶を一杯注いで差し出した。その口調はどこまでもよそよそしかった。「早めに帰って休んでください。承輝のことは、もう気にしなくていいです」常和は胸が詰まるような思いだった。もし承輝がここまで執念深い人間だと知っていたら、柚香を敵に回してまで彼を庇ったりはしなかった。せっかく少しずつ和らいでいた関係まで、こんなにこじらせることもなかった。「君が俺を恨んでいるのは分かっている」その瞬間の常和は、何歳も一気に老け込んだように見えた。「だが、君の父親は本当に君を大切に思っている。このところずっと、君のために俺と対立して、あちこちから証拠を集めて、君にきちんと説明しようとしていた。黒崎家に戻りたくないなら、それでもいい。だが、あいつとはちゃんとうまくやっていけないか?」ここまで来て、常和にはもう分かっていた。自分がこれまでしてきたことも、今していることも、あまりにも間違っていた。結末が決まってしまったのなら、せめて息子のためにできることをしてやろう。「他に用がなければ、もう帰って休んでください」柚香はその話題を避けた。「承輝が逮捕されたことは、もう黒崎家にも伝わっているはずです」常和は、柚香がそれ以上話すつもりがないことを察した。無理に話を続けようとはしなかった。「……分かった」「康平」柚香はいつものように淡々と指示を出した。「常和さんを送ってあげて」「送らなくていい」常和はさっきよりずっと疲れた顔をしていた。「車は外にある。自分で帰れる。今日は本当にすまなかった。まさか承輝が君にまで手を出すとは思わなかった」

  • 手遅れの愛、妻と子を失った社長   第768話

    「当ててみろ」康平は答えなかった。啓介は興味なさそうに言った。「興味ない」康平は顎を上げ、承輝を指差した。「こっちは興味あるだろ」「蒼海市警察署の藤堂啓介です。こちらは逮捕状です」啓介は淡々とした口調で逮捕状を取り出し、承輝に見せた。「あなたには、違法な資金集めによる詐欺や手形詐欺など、複数の容疑がかかっています。これより法律に基づいて逮捕します。こちらの指示に従い、無駄な抵抗はしないでください」「来るな!」承輝は、呆然としている間に自分が警察に囲まれていたことに気づき、声を荒らげた。「それ以上近づいたら、こいつを殺すぞ!」啓介は承輝の後ろにいる警察官に目配せした。承輝がこれで相手をひるませたと思った、その瞬間だった。刃物を握っていた手を、背後から素早くひねり上げられた。同時に、真正面に立っていた啓介も動いた。その動きはあまりにも速かった。五秒もかからないうちに、承輝の手には手錠がかけられていた。「さすが啓介隊長」康平は親指を立てた。「仕事が早いな」「あなたたちの隊長は、三日後に蒼海市へ来る」啓介の話し方は、慎吾と同じように抑揚がほとんどない。ただ一つ違うのは、啓介には表情の変化があることだ。「彼女から伝言を預かっている。まだ終わっていない任務があるなら、急いで片づけろ」康平「……」慎吾「……」「この人、俺たちの隊長と知り合いなのか?」慎吾は無表情のまま尋ねた。康平「聞いたことないな」慎吾「隊長の出張先は機密だろ。どうしてこいつが知ってるんだ?」康平「一つ、大胆な推測がある」慎吾「言ってみろよ」康平は、啓介のすっきりとした顔立ちと、光を弾くような白い肌を見ながら言った。「まさか、隊長が言ってた『顔だけはやたら綺麗なのに、感情がまるでない、幼なじみであり宿敵でもある男』って、こいつじゃないか?」慎吾「隊長は、幼なじみの宿敵について『俗世離れしているかのように淡々としていて、繊細な心の持ち主』って言ってた。目の前のこの人と、確かに少し似てる」康平「だろ?」康平が言うと、慎吾も頷いた。二人の会話を聞いていた啓介は、表情を変えることなく、淡々と一言だけ告げた。「撤収する」警察官たちは承輝を連れて、その場を後にした。外へ連れ出される間も、承輝はずっと喚き続けていた。

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    「そんな……ありえない……」承輝は、目の前の光景を信じられない様子で見つめた。あまりにも短い距離だった。それなのに、あまりにも速かった。普通の人間に、あの刃を受け止められるはずがない。常和も驚きを隠せず、顔にはまだ動揺が残っていた。「君!なんて馬鹿なことをしたんだ!」承輝を助けるために、どう頭を下げて頼めばいいかまで考えていた。そのためなら、人に借りを作ることさえ厭わなかった。それなのに、まさかこんなことになるとは。「俺がこんなことをするのは、そんなにおかしいか?」承輝はすべてをぶちまけるように、常和を睨みつけた。「お兄さんが会社の経営権を息子に渡したから、俺はこんな惨めな立場になったんだろうが!」「会社の経営権は、取締役たちの投票で決まった。俺が勝手に決めたわけじゃない」まさか二十年以上経った今でも、まだそのことを根に持っているとは思わなかった。「自分の力不足を恨むんだな」「力不足、ね」承輝は笑った。常和は眉をひそめる。「じゃあ、どうして君が先代の黒崎グループを任されることになった?」承輝は一歩ずつ常和に近づいていく。「俺たち二人を比べたら、どう考えたって俺のほうが能力は上だろ。それなのに、どうしてお兄さんが選ばれた?ただ、お兄さんのほうが俺より二十年近く早く生まれたからか?」常和は、言いかけた言葉を失った。策を巡らせることなら、承輝のほうが上だった。だが、会社を長く続けていくことに関しては、自分のほうがずっと上だった。「今さらそんなことを言っても仕方がない」承輝の目つきが、ふっと険しくなる。「だったら、昔俺から奪ったものを、今度は返してもらう」そう言い終わると同時に、承輝は突然、常和の目の前まで迫り、ナイフを常和の首元に突きつけた。海外で追われていた一件のあと、帰国して真っ先に用意させたのがこのナイフだった。何かあったときに備えるためだ。「何をするつもりだ!」常和の顔に、初めて明らかな焦りが浮かんだ。柚香の目にも緊張が走った。まさか、こんな展開になるとは思っていなかった。「心配するな」康平が柚香に声をかけ、外へ視線を向けた。「何も起きない」「もうすぐ死ぬ身だ。何だってやれるさ」承輝は常和を押さえつけながら、最初から自分の目的を見失ってはいなかった。「今すぐ昭彦に電話しろ。俺に専用

  • 手遅れの愛、妻と子を失った社長   第766話

    「二つ目。この件を報道しないでほしい。俺の行動が、あの親子の生活に影響するのは避けたい」その言葉を聞き終えると、常和の表情が険しくなった。それでも彼は迷うことなく口を開いた。「分かった。問題ない」柚香の表情は少しも変わらなかった。こんなことを承輝が自分から言い出すなんて、信じられない。この男が土壇場で本当に考えるのは、自分の身を守ることだけだ。今このタイミングでこんなことを言うのも、こちらの警戒心を解くために決まっている。「そんな話、信じるわけないでしょう」康平は面白がるように口を挟んだ。「犬と猫が子供を作れるって言われたほうが、まだ信じられますね。あなたが家族のことを考える人間だなんて、絶対に信じません」「本当に自分の子供のことを考えてるなら、一方では奏汰を公的な組織に放り込もうとしながら、裏ではあんなに違法なことをしてたわけないでしょう」凛音は容赦なく承輝の嘘を暴いた。慎吾も頷いた。「そうです」承輝は腹を立てる様子もなかった。「今の俺が何を言っても、君たちが信じないことは分かってる。時間が経てば、すべて分かる」常和には、その言葉も態度もすっかり本物に思えた。常和にとって、道を踏み外した人間が心を入れ替えることほど、喜ばしいことはない。承輝が自分の間違いに気づいて、本気で改めようとしているのなら、まだ遅くはない。「あなたが証明するのを待ってます」柚香も、もちろん信じてはいなかった。「康平、慎吾。お帰りいただいて」二人はすぐに前へ出た。承輝が顔を上げる。「待ってくれ」その場にいた全員の視線が、彼に集まった。承輝が柚香に向かって二歩ほど歩き出す。だが、三歩目を踏み出す前に、康平と慎吾がすぐさま彼の前に立ちはだかった。進むのを阻むだけでなく、柚香の姿まで見えないようにする。「ただ、柚香にちゃんと謝りたいだけだ」承輝は一言一言、噛みしめるように言った。「謝ったら、そのまま自首する」「うちのお嬢様、耳はちゃんと聞こえてますから」康平は腕を組み、少しふざけたような口調で言った。「さっきの場所に立ったまま話しても、ちゃんと聞こえますよ」以前、柚香を襲った前例がある。そんな男を、お嬢様のそばに近づけるわけにはいかない。悪巧みをしているのは、見え透いている。もしかしたら、隙を見てお嬢

  • 手遅れの愛、妻と子を失った社長   第765話

    「君がどう思うかは関係ない。だが、俺はこれまで自分が犯した愚かな行いについて、きちんと謝らなければならない」承輝はすべての感情を押し込め、落ち着いた声でそう言った。「事故を仕組んで人を雇って殺そうとしたことを、『愚かな行い』の一言で済ませるわけにはいかないでしょう」康平が柚香に代わって言った。承輝は康平と目を合わせた。「要求があるなら、何でも言ってくれ」柚香が口を開いた。「警察に自首して、自分がやったことを一から十まで全部話してください。あとは裁判所の判断に任せます。それが私の要求ですよ」「承輝が君の言う通りにしたら、遥真と安江にも他のことは追及しないよう説得してくれるのか?」常和は単刀直入に尋ねた。柚香は答えた。「全部話してくれるなら、私はそれ以上追及しません」その「全部」という二文字を、柚香ははっきりと口にした。常和も承輝も、その意味を理解していた。柚香が求めているのは、承輝に警察へ自首して殺人を依頼したことを話させるだけではない。これまでに犯した経済犯罪や密輸に関わることまで、すべて自分の口から明かせということだ。それでは、自分の命をあらかじめ警察に差し出すのと何が違う。「とはいえ、彼は君のおじいさんにあたるんだ。家族の人間なんだから、少しくらい大目に見てやることはできないのか?」常和は、柚香に一歩も引くつもりがないのを見て、少し不安になった。「常和さん、冗談はやめてください」柚香は黒崎家に対して、これっぽっちも好意を持っていなかった。「私は橘川家の人間です。黒崎家とは何の関係もありません」何度も自分のところへ来るくせに、本気で自分のしたことを悔やんだことなど、一度もない。そんな家族に、これ以上不愉快な思いをさせられる筋合いはない。常和は眉間に深い皺を寄せた。「お兄さん、俺のために口を出さなくていい。これまでのことは、俺が愚かだった。俺が間違っていた」承輝には、感情の揺れがまったくなかった。淡々とした口調で続ける。「柚香が俺に死んでほしいと思うのも当然だ」「いやいや、そこは訂正してもらいますよ」康平がすぐに言い直した。「うちのお嬢様が死んでほしいと思ってるんじゃありません。あなたがやったことを、法律が見逃してくれないだけです。お嬢様に変な罪をなすりつけないでください」慎吾も頷いた。「その通

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