Share

第10話

Author: 喜々(きき)
今度は、朱里からの返事がしばらく来なかった。たぶん、こっちの気持ちを察したんだろう。

もう少し間を置いて、一つのスタンプが飛んできた。

【朱里:(ぎゅー)】

【澪:大丈夫】

【朱里:昨日さ、凛也と本邸に戻ったんでしょ。なにもなかった?】

【澪:もう離婚した。なにが起きるっていうの】

【朱里:男ってさ、愛と体はべつで動くものだから。とにかく、損だけはしないで】

【澪:平気】

短く返して、澪は画面を閉じた。次の瞬間、内線が鳴った。

受話器を取ったとたん、早川編集長の声が耳に突き刺さる。

「西園寺。ちょっと来い」

「はい、編集長」

電話を切って、澪は椅子を押し出す。

編集長室のドアをノックして入ると、デスク前に誰かが立っていた。編集長は、その相手と話している。

「ようこそ。入社おめでとう」

編集長の顔つきは、いつもの冷えたそれとは別人みたいだ。営業スマイルを貼りつけ、まるで福の神でも迎え入れるみたいに。

相手は上品に笑った。

「これから、よろしくお願いいたします。編集長にも、いろいろご指導いただけると嬉しいです」

「いやいや。神崎社長がいるんだ、俺がどうこう言える立場じゃない。むしろ、こっちが頼りたいくらいだよ」

そんなやり取りの途中で、早川編集長が澪に気づいた。手で呼んで、笑いながら声を上げる。

「西園寺。紹介する。こちら、新しく来たチーフ記者の牧野晴香(まきの はるか)さん」

続けて、晴香に視線を移し、澪のほうへ手を向けた。

「で、こっちは西園寺澪。これまでチーフを張ってきた。これからは二人で、週刊ルミナスを回してもらう。看板だからな。頼むぞ」

二枚の看板、二本の腕。

言い方は立派でも、空気は正直だった。

「左腕」扱いの自分より、「右腕」扱いの晴香のほうが優先されているらしい。

編集長が目で促す。先に挨拶しろ、と。

晴香が振り向いて、二人の視線が絡んだ。澪は口元だけで、薄く笑う。

「お久しぶりです」

「澪ちゃん。ひさしぶり」

仲良さげに聞こえるのに、どちらも手を差し出さない。

さっき同窓グループをざわつかせていたあの「主役」、凛也の初恋相手はまさにこの晴香だ。

椅子に座ったままの編集長が、今さら気づいたように目を丸くして、笑みを浮かべた。

「……まさか、知り合いなのか?」

「同窓です」

澪はさらっと答えた。

「それは助かる。知ってる仲なら、仕事もやりやすいだろ」

編集長が場を和ませるように軽く言葉を添えてから、澪に顎をしゃくった。

「じゃあ西園寺、記者部へ案内してやってくれ」

チーフ記者の個人オフィスは一つだけ。案の定、晴香の席は一般記者の島に用意されていた。

編集長室を出て、廊下を歩くと、晴香がさらりと切り出した。

「編集部のみんな、澪ちゃんの家柄って知らないの?」

エレベーターのボタンを押しながら、澪は答える。

「知らないです」

「じゃあ、凛也と結婚してたことも?」

澪は顔だけ向けた。感情は見せない。

「もう離婚しました。昨日、協議書にサインしてもらいました」

その言葉に、晴香の笑みが一瞬だけ固まった。

知らなかったのか。知らないふりなのか。晴香はすぐに申し訳なさそうな顔を作る。

「ごめんね。凛也が私にも言ってなくて……」

「大丈夫です」

胸の奥で、冷たく笑った。

離婚の話も知らないくせに、空港ではあれだけ派手にやってくれたとは。

価値観がズレてるのか、わざと挑発しているのか。

まあ、どっちでもいい。凛也という男を、もういらない。それだけだ。

ほどなくエレベーターが開き、二人が乗り込んだ。澪が行き先のボタンを押した。

背後から、晴香の声が聞こえた。

「澪ちゃん、今日の夜って時間ある?凛也が歓迎の食事会、用意してくれたの。よかったら、来てほしいんだけど」

Patuloy na basahin ang aklat na ito nang libre
I-scan ang code upang i-download ang App

Pinakabagong kabanata

  • 払拭できない、婚姻の色   第100話

    澪がそう断言するのには、当然理由があった。まず、彼女と沢の間にはほとんど接点がない。過去に恨みがあるわけでも、最近揉め事を起こしたわけでもない。沢が突然自分に興味を持つとも思えない。この二点を除けば、沢は現在凛也の下で働いている。沢が調査を始めた理由は一つしかない。凛也が彼に命じたということだ。電話の向こうの百合も合点がいった様子だった。「確かに、神崎社長ですね」澪も頷いた。「おそらく」「阻止しますか?」「彼が何を調べようとしているのか、様子を見てちょうだい」「分かりました」百合との電話を切ると、澪は唇を一文字に結んだ。凛也が何をしようとしているのかは分からない。だが直感的に、面倒なことになる予感がした。三十分後、澪は左庵に到着した。彼女はここの会員だ。以前、朱里に強引に連れて来られて会員になったのだ。最初は会員カードなんて何の役にも立たないと思っていたが、後にここが大人気となり、入会制限も厳しくなったことで、彼女の持っている会員カードの価値も跳ね上がった。ロビーに入ると、あのアシスタントの青年がすでに待っていた。ロビーマネージャーは澪を知っており、駆け寄ってきて愛想よく挨拶した。「西園寺様、いつもの個室でよろしいですか?」澪は頷いた。「ええ、お願いね」「さあ、こちらへどうぞ」澪は微笑んだ。「友人を連れて行くわ」そう言うと、澪は自分をじっと見つめているアシスタントの青年に手招きをした。青年は少し気後れした様子で、小走りで彼女の元へ来た。さっきここで入り口で止められたりして恥をかいたのかもしれない。青年は親しげに澪の腕に手を添えた。「西園寺さん」幼い頃から人の顔色をうかがって生きてきた澪は、人の心を掴むのは得意だ。「早く着いたなら連絡くれればよかったのに」「ここが会員制だって知らなくて……」「ごめんなさい、私が先に言っておくべきだったのですわね」二人が話していると、マネージャーも抜け目なく調子を合わせた。「最初から西園寺様のお連れ様だと仰っていただければよかったのですよ。西園寺様は当店の常連様で、専用の個室をお持ちですから」「はい……」マネージャーの何気ない数言で、アシスタントの心の中での澪の格付けは、

  • 払拭できない、婚姻の色   第99話

    その夜、凛也はベランダに立ち、沢に電話をかけた。沢は寝ぼけ眼で電話に出た。「もしもし、凛也さん……」「静江を調べろ」「静江さん?彼女の何を調べるんです?」「すべて洗え」沢はよく分からなかったが、とりあえず返事をした。「あ、はい」電話が切れると、沢はベッドの上で寝返りを打ちながらぶつぶつ言った。「静江さんを調べろって言ったって、結局は澪さんのこと調べたいだけでしょ……」……翌日。昨晩シャワーを浴びて早めに休んだ澪は、今朝は早く目が覚めた。早起きついでに、倫太郎のアシスタントの青年にメッセージを送る。【おはようございます。昨日買った絵、母にあげたらすごく気に入ってくれましたわ】相手からはすぐに返信が来た。【お母様、お目が高いですね】澪は身支度をしながら返信を打つ。【馬場先生の作品で、他におすすめはあります?】【ありますよ!今、まとめて送りますね】【お願いします】澪が洗顔をしてメイクをしている間に、相手から写真が次々と送られてきた。澪は一枚も見ずに音声メッセージを送った。「ごめんなさい、どれもピンとこないですわ」送信後、相手からの反応が途絶えた。数分後、ようやく返信が来た。【どんなのがお好きですか?好みを教えてくだされば、探してみますので】澪は再び音声メッセージを送る。「そうですね……言葉で説明するのは少し難しいかしら……」澪はわざと言葉を濁した。しばらくして、澪はメッセージを送った。【今日、時間あります?私がご馳走しますから、一度お食事でもしながらお話ししたいですわ。メッセージじゃうまく伝わらないですし】【夕方五時以降なら大丈夫です】【では、その時間で。また連絡しますね】【はい!】そのアシスタントを取り付けると、澪はバスルームからクローゼットへと向かった。くるぶしまで届く水色のロングドレスを選び、それに合わせてシャネルのバッグを手に取ってから、朝食をとるために階下へ降りた。その格好を見た京子は目を丸くした。「お嬢様、それは……」澪は口元を緩めた。「仕事のためよ」「あ、そうなんですか……」そう言うと、京子は感心したように笑った。「でも、やっぱりお嬢様はその恰好がお似合いですよ。いつもスーツば

  • 払拭できない、婚姻の色   第98話

    真夏の夜は、風が吹いても涼しくはない。凛也は言葉を発した後、瞬きもせずに澪を見つめていた。彼女が見せたわずかな表情の変化、そのすべてを彼は見逃さなかった。 あんなに従順だった彼女の顔に、嫌悪の色が浮かぶことがあるなんて知らなかった。しかも、実の母親に対して。しばらくして、凛也が澪は答えないだろうと思った矢先、彼女は赤い唇を開いた。「ありがとうございます、神崎社長」凛也の顔から笑みが消えた。数秒後、舌で頬の内側を押した。神崎社長……その呼び名はまるで越えられない境界線のように、二人の関係を一気に引き離し、固定してしまった。次の瞬間、澪はバッグを持って凛也の横を通り過ぎようとした。凛也は今夜かなり飲んでいて、頭がぼんやりしていた。澪が目の前を通り過ぎるのを見て、本能的に手を伸ばし、彼女の手首を掴んだ。澪は眉をひそめ、足を止めて振り返った。二人の視線が絡み合い、凛也は掴んだ手に力を込めた。「澪……」低く沈んだ声で名を呼んだものの、自分がいったい何を言いたいのか、彼自身にも分からなかった。彼が考えをまとめる前に、澪は口を開いた。「神崎社長、今後は勝手な真似は慎んでいただけますか?」凛也が不快げに眉を寄せる。彼が理解していないと察したのか、澪は言葉を重ねた。「私たちはもう離婚したんです。今後、母があなたに助けを求めても、きっぱり断ってください」そう言うと、さらに付け加えた。「恩に着るつもりはありませんから」澪の声は穏やかだったが、氷のように冷たかった。凛也はうつむいて彼女を見つめ、何も言わずにいたが、突然ふっと笑った。「余計なお世話だったようだな」「はい」澪の即答に、凛也の胸に煮えくり返るような不快感が溜まった。彼は目を細めて言い返す。「そんなに口が達者なら、なんでさっき羽田に言い返さなかったんだ?」澪は淡々に言った。「羽田がマウントを取って、釘を刺そうとしていた相手は……私ではありませんから」凛也は言葉に詰まった。確かに、羽田がマウントを取りたかった相手は澪ではない。凛也が言い返せずにいるのを見て、澪は彼の手から手首を引き抜き、歩き去った。本来なら自分の車に乗って代行を呼ぶつもりだった。だが、凛也と二人きりになるのは

  • 払拭できない、婚姻の色   第97話

    凛也が突然、個室に現れるとは誰も予想していなかった。室内の空気が一瞬で凍りつく。恒一はその場に立ちすくみ、立つべきか座るべきか分からず、わずか数秒で背中に冷や汗が滲んだ。客席に座っていた静江は、恒一の狼狽ぶりを見て、目元に勝ち誇ったような色を浮かべた。次の瞬間、凛也が大股で入ってくると、恒一はその足音に反応して全身を強張らせて立ち上がった。凛也は両手をポケットに入れ、不遜な笑みを浮かべていた。「羽田社長、俺の妻が淹れた茶は美味かったか?」個室にいるのは静江と澪以外、全員恒一の部下だ。しかし今、誰一人として彼のために口を開こうとする者はいなかった。恒一の冷や汗は止まらず、息をするのも忘れていた。彼が裸一貫からここまで這い上がってくるのは容易ではなかった。背景もなければコネもない。ここまで来られたのは、ひとえに頭の回転の速さと慎重さのおかげだ。今日、少し気を抜いて威張ろうとしただけで、こんな事を招くとは。恒一は必死に感情を整え、脇に垂らした拳を握りしめて、平静を装って凛也を見た。「神崎社長、誤解です」凛也は眉を上げ、前にある茶碗に目をやった。その一杯の茶は今や、触れれば爆発しかねない爆弾のようなだ。恒一は息を吸い込み、再び意を決して口を開いた。奥様が私のような者に目をかけてくださり、直々にお茶を注いでくださったのですが。私ごときが奥様の手によるお茶を頂くなど、恐れ多くてとても……」凛也は笑っているような、いないような顔をした。「……だろうな。お前にそんな度胸があるとは思えない」彼が不遜な態度を見せる時は、正真正銘、手が付けられない。家柄も背景も申し分なく、自身の能力もまた圧倒的だ。ましてや、彼にはさらにもう一つの隠された顔がある。その威圧感は生まれつきのものだ。恒一は冷や汗を流しながら、これ以上凛也と会話をする勇気がなく、静江に助けを求めるような愛想笑いを向けた。思う壺だ。静江は、まさにその時を待っていた。彼女はしとやかに立ち上がると、年長者としての余裕を完璧に作り込み、優しい声で言った。「凛也、友達と一緒なの?」静江の言葉に、凛也は彼女の方を向き、立ち込めていた殺気がわずかに和らぐ。「お義母さん」静江は微笑んだ。「友人のために、歓

  • 払拭できない、婚姻の色   第96話

    静江は冷笑した。「もっと大きな利益を引き出そうとしてるのよ。狡賢い古狸だわ」澪は黙っていた。「中に入ったら私の顔色をうかがって動きなさい。何とかして契約書にサインさせるのよ」澪の表情は凪いでいた。「はい」返事だけはしておく。成功するかどうかは、自分には関係のないことだ。数歩歩くと、静江が思い出したように言った。「そういえば、誠司から連絡はない?」澪は答えた。「ないわ」静江は嘲るように言った。「あいつ、この前自分で会社を立ち上げたらしいけど、すぐ潰れたそうよ。最近またうろちょろしてるから気をつけなさい。もし連絡があったら、すぐに私に知らせるのよ」澪は口元を引きつらせた。「安心して、母さん。もし連絡があったら、一番に知らせるわ」「あいつが昔やった汚いことときたら……」静江が言いかけた時、背後からゴマをするような挨拶の声が聞こえた。「西園寺社長」静江は言葉を飲み込み、顔色を変えて振り返ると、満面の笑みを浮かべた。「羽田社長!」ビジネス界の人間には共通の癖がある。会えばまず、笑みを作るのだ。 羽田恒一は今年四十過ぎ、一代で身を立てた男であり、独自の経営術と人たらしの手腕を持っていた。彼の後ろには六、七人の部下が控えており、静江よりも仰々しい取り巻きを連れていた。歩み寄って静江と挨拶を交わすと、視線を澪に向け、手を差し出した。「澪さんですよね。はじめまして」澪は微笑み、拒まずにて握手した。「はじめまして、羽田社長」二人の握手は、触れてすぐに離れる、ごく儀礼的なものだった。「澪、この方は私がいつも話している羽田社長よ。若くして成功を収めた、この街では有名なお方よ」澪は控えめに微笑んだ。「お噂はかねがね」「西園寺社長、大袈裟ですよ。私なんて若くして成功だなんておこがましいです。本当に若くして成功したと言えるのは、やはり神崎社長でしょう。三十にもならない若さで、神崎グループをこの街のトップ企業に押し上げたのですから」恒一は凛也を褒めているように見せかけて、実際には澪を値踏みするように観察していた。どいつもこいつも古狸だ。今回、神崎グループと羽田商事の提携は成立したが、彼はまだ澪の利用価値を測りかねているようだった。し

  • 払拭できない、婚姻の色   第95話

    静江との電話を切り、澪はしばらく車内でぼんやりとしてからハンドルを切った。帰りの道中、澪は朱里に電話をかけた。電話が繋がると、澪は自分の状況を伝えた。朱里は電話越しに大きなため息をついた。「これからのお祝いはおじゃんになったってこと?」澪は笑って答えた。「ええ、また今度ね」「しょうがないわね」そう言うと、朱里は舌打ちをした。「それにしても、凛也は何を考えてるのかしらね?」澪は黙っていた。正直なところ、彼女にも分からなかった。彼は私情を挟むような人間ではない。だが今回は……澪が黙り込むと、朱里は小馬鹿にしたように低く笑った。「……まあいいわ。あいつが何を考えてようと、関係ないものね」澪の笑みがわずかに陰った。「そうね」朱里との電話を切り、澪はアクセルを踏み込んで週刊NFへ戻った。彼女には彼女なりの流儀がある。どんなことがあろうと、仕事の予定に影響させてはならない。会社に戻り、澪は手元の資料を再整理した。彼女は先ほど、アトリエで「気が合う」という理由をつけて、あのアシスタントの青年と連絡先を交換していた。使ったのはサブのアカウントだ。サブアカウントのタイムラインには、時々グルメや旅行の写真が投稿されている。仕事の匂いは微塵もしない。誰が見ても、ただの「お嬢様」のアカウントだ。本物か偽物かは、見る人次第だ。手元の資料を整理し終えると、澪はスマホを取り出し、青年にメッセージを送って距離を縮めにかかった。【馬場先生の作品で他に良いのがあったら教えてくださいね】相手からはすぐに返信が来た。【分かりました、お任せください】【さっきのアトリエにいた人たちの中で、あなたが一番感じが良かったのですわ】【私もあなたみたいな人は大好きです】澪はすかさず食事に誘った。【今度、ご飯でも行きましょう】相手は澪の言葉を単なる社交辞令だと思ったのか、断ることなく即答した。【いいですね、ぜひ!】メッセージを送信し終えると、澪は画面をタップしてチャット画面を閉じた。若者の最大の武器は、誠実さ、無邪気さ、そして恐れを知らぬこと。そして若者の最大の弱点もまた、誠実さ、無邪気さ、そして恐れを知らぬことだ。退勤時間が近づき、澪は身支度を整えて静江が指

Higit pang Kabanata
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status