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結婚、幸せの絶頂に暗雲 2

Author: 水守恵蓮
last update Last Updated: 2025-03-11 14:25:50

披露宴を終えて、友人たち主催の二次会まで参加して、私たちがホテルの部屋に戻った時、午後十時半を回っていた。

そして、迎えた、結婚初夜――。

アメリカで、一年間の同棲生活を経ての結婚だ。

『結婚初夜』なんて言っても、気分的に、いつもとちょっと違うだけ。

いつだって、颯斗に抱かれると幸せだし、甘く蕩けてしまいそうになることに、変わりはない。

そう思っていたのに。

お互いに、よく知り尽くした身体。

触れ合って、どんな反応をするかも、予想できる。

なのに、肌に馴染んだ体温に、彼の指や唇の感触に、なぜかいつもよりも、猛烈にドキドキして……。

 

 

気怠い微睡み、覚醒に向かう途中から感じていた、心地よい温もり。

一夜明け、同じベッドで目覚めてみると、すごく特別な朝を迎えた実感が湧いた。

今、私の身体に回っている、彼の逞しい腕。

その左手の薬指には、私とお揃いのマリッジリングが嵌められている。

二人で選んだ、シンプルなデザインのプラチナリングを目にしただけで、私の胸はとくんと淡い音を立てて跳ねた。

ああ――。

私、本当に颯斗と結婚したんだなあ……。

なんだか感無量で、気恥ずかしくて、ほんの少し身を縮めた。

と、同時に、私を囲っていた腕に、グッと力がこもる。

「おはよう。葉月」

「っ」

彼のサラサラの前髪に、頬をくすぐられる。

薄い男らしい唇が耳を直接掠めて、私はドキッとして身体を固まらせた。

「……どうした?」

私の反応に、颯斗がやや訝しげに訊ねてくる。

「お、おはよう。颯斗」

慌てて強張りを解き、肩越しに挨拶を返す。

目が合うと、颯斗は綺麗な切れ長の目を細めて、ふんわりと微笑んだ。

「ん」

短く頷いて、背中半分の長さがある、緩く波打つ私の髪に指を通した。

後頭部に回った大きな手に誘われ、軽く触れるだけのキスを交わす。

唇を離すと、

「……んーっ」

颯斗が、私をぎゅうっと抱きしめた。

「わっ。颯斗」

彼の引き締まった逞しい胸板に、顔をムギュッと押しつけてしまい、私の心臓はドクッと跳ねる。

頭上から、クスクスと愉快げな笑い声が降ってきた。

「感無量……」

「え?」

一瞬、心の内を見透かされたのかと思った。

「結婚して、一日目の朝。やっと葉月が、全部俺のものになった。これから先はずっと、俺の人生に君がいるんだなって」

「はーっ」と深い息を吐いたのが、胸の動きでもわかる。

私はドキドキと鼓動を加速させながら、「やっとって」と苦笑した。

顔を上げると、顎を引いて見下ろしていた彼と視線が絡む。

「やっとで間違ってないだろ。こっちは日本ではずっと片想いだったし、東都大を離れた時は、史上最凶の失恋した気分だったんだから」

わずかに口をへの字に曲げてボヤくのを聞いて、私もうっと言葉に詰まる。

去年の夏――。

私は、過去の失恋を引き摺って、『イケメン嫌い』を公言していた。

そうやって、好意を寄せてくれた颯斗と新しい恋に踏み出せない、臆病な自分を誤魔化していた。

そんな時、彼が古巣であるペンシルベニア州の大学に移ることになり、一度は離れる覚悟を決めた。

だけど、私と颯斗を見守ってくれた同僚たちが、私の背中を押してくれて……。

「まさか、さらば日本……!って時に、空港まで追いかけて来るとは……」

あの時のことが、よほどツボなんだろう。

颯斗は横隔膜を震わせて、くっくっくっと含み笑いしている。

「もう……。また、その話」

さすがに照れ臭くて、私はむっと頬を膨らませた。

でも、彼がなにかにつけて、くどいくらいぶり返すのも、まあ仕方がない。

私だって、今振り返れば、人生最大の非常識をやらかした……という自覚はある。

いくら、大好きだったからって。

離れたくない人だったからって。

颯斗を空港まで追いかけて、そのまま一緒に渡米してしまうなんて――。

「……あり得なかった……!」

今さらながら、激しい羞恥心に駆られる。

思わずベッドに顔を突っ伏す私を見て、颯斗が「ぶっ」と吹き出した。

「えー。俺は最高に嬉しかったけどな。なんか、昔のドラマみたいで」

フィクションだったらドラマティックで済むかもしれないけど、私にとっては痛いほどの現実だ。

「仕事も家もほっぽって海外移住なんて……。ほんと、美奈ちゃんや木山(きやま)先生がフォローしてくれなかったら……」

「ふふ。頼れる同僚でよかったな」

「他人事だと思って……」

むくれる私の頭を、颯斗が宥めるようにポンポンと叩いた。

「……あの時、俺、マジで生きててよかったって思った」

どこかしみじみとした口調にきゅんとして、顔を上げる。

強い意思のこもった、切れ長の目。

その奥の、とてつもなく優しい瞳にまっすぐ射貫かれ、私の頬の筋肉も緩んだ。髪を撫でてくれる手を、そっと捕まえる。

颯斗は、古巣であるペンシルベニア州の最大都市、フィラデルフィアにある大学医学部心臓外科医局の准教授で、大学附属病院に勤務している。

彼の専門は、アメリカでは普及している心移植。

私も日本で、この大きな手が、患者さんの命を繋ぐ様を目にしたことがある。

とても繊細に動くこの手、筋張った長い指に、私は憧れて憧れて……。

相変わらず彼の手に萌えてしまい、胸を高鳴らせている自分が恥ずかしい。

指を絡めて握りしめながら、彼の肩にコツンと額を預けた。

「……今は?」

「え?」

「『生きててよかった』の後。……私、昨日、『各務葉月』になったんだけど?」

質問で誤魔化し、照れ隠しをする。

上目遣いに窺うと、彼はきょとんとした目でパチパチと瞬きをしていた。

そして、小さなほくろがある、やけにセクシーな口角をふっと上げると……。

「嬉しすぎて、脳血管切れそうだな。鼻血出そう」

医師として、シャレにならないジョークを畳みかけてくる。

「ちょっ……!」

「全部冗談ってわけでもないよ。昨夜からずっと、沸々と沸く興奮が治まらない。……でもまあ、ここは真面目に。葉月のこれからの人生を預かって、身が引き締まる思いです」

「最初から、そっちで言って」

ニヤリと笑う彼に、私は軽く唇を尖らせる。

颯斗は悪びれずに、「ごめんごめん」とうそぶく。

誘うように頬を撫でられ、私も結局クスッと笑う。

「……『浮気』。したら、許さないから」

結婚式での揶揄を思い出して、釘を刺す。

「するかよ、バカ」

颯斗は憮然として言ってから、顔を寄せてきた。

喉を仰け反らせて、彼の男らしい薄い唇を受け止めた。

何度か唇を啄んだ後、柔らかく食む。

本当に食べられちゃいそうでトロンとしていると、彼の舌が唇を割って、容赦なく攻め込んできた。

「んっ……」

舌を搦め取られ、意思に反して、鼻にかかった甘ったるい声が漏れてしまう。

最後まで舌先を繋げたまま唇を離すと、颯斗が黒い瞳を潤ませ、左手を私の脇腹に滑らせた。

そのまま、下から持ち上げるようにして、私の胸の膨らみに触れる。

「えっ? ちょ、ちょっと、颯斗!?」

その手の動きに、確かな意図と情欲が込められているのがわかる。

私の胸をムニッと握る手を止めようと、慌てて彼の腕に手をかけた。

「なにしてるの」

「準備。しようかと」

「な、なんの?」

「……言わせる?」

蠱惑的に微笑まれ、心臓がドッキンと大きく弾んだ。

「朝だよ?」

「いいだろ。休暇中だし」

「だ、ダメ」

「君のダメは聞かない」

無意味な押し問答をしている間も、颯斗は私の身体に仕掛けてくる。

「はや……っ、あ、んっ……!」

「葉月の身体。全然『ダメ』って反応じゃないんだけど。……本当に、ダメ?」

私の胸に顔を埋め、そこからとんでもなく妖艶に細めた目で、底意地悪く探ってくる。

「ほ~ら。心臓の音も、すごい。壊れそう」

拒む言葉とは裏腹に、甘い快感への期待で胸が震えるのを、完全に見透かされた。

「し、心臓もたない。私が早死にしたら、絶対颯斗のせいだから」

顔を真っ赤にして、悔し紛れに独り言ちると、「んー?」と呟く彼の吐息が、敏感な部分をくすぐった。

「ひゃんっ……」

「安心しろ。俺が治してやる。メンテも欠かさない」

自信満々で不遜な言葉も、彼から言われると頼もしい限り。

「……もう」

こうなると、結局私は絆される。

昨夜だって、あんなに……と思いながら。

「一回、だけだからね」

両腕を伸ばし、颯斗のサラサラの髪に指を通して掻き抱いた。

 

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