INICIAR SESIÓN十歳の頃から、二宮凪(にのみや なぎ)の傍にはいつも中島渉(なかじま わたる)がいた。 彼女の青春時代の想いも、結婚への憧れも、そのすべては渉に向けられていた。 たとえ渉が他の女のために凪を蔑ろにし、傷つけても、凪はいつか渉と結ばれて幸せになれると信じて疑わなかったのだ。 しかし、結婚式の前夜、その信頼は脆くも崩れ去った。渉は別の女を抱き、二人の新居で夜を明かしたのだ。 この裏切りによって、凪はついに自分の幻想から目を覚ました。 彼女は渉との連絡を一切断ち、長年離れていた鬼の棲家――実家へと戻る。 そして、子供を授かりにくい体質の黒崎家の三男と電撃結婚を果たした。 自分を傷つけた者たちを、一人残らず見返した。 凪は、母が遺したものを一つずつ着実に取り戻し始めた。 さらには、狂ったように復縁を迫る渉を冷酷に突き放したのだった。 だがある夜、夫である黒崎家の三男にベッドに押し倒され、凪は衝撃の事実に気づいてしまう。 互いの利益のための、愛のない契約結婚だと思っていたこの関係が、まさか、この男による十五年にも及ぶ、ただひたすらな想いの果てに仕組まれたものだったとは。
Ver más突然書類を叩きつけられた葵は、何が起きたのか分からないまま慌てて拾い上げた。目に飛び込んできたのは、例の海外企業が大規模な投資に乗り出したというニュースだった。しかも、どこから漏れたのか、その投資資金を提供したのが二宮グループだという情報までネット上に流れている。さらに、離島リゾート開発事業で巨額の損失を出した件まで経済ニュースに取り上げられ、わずか2時間のうちに個人投資家の売りが殺到。二宮グループの株価は一気に急落し、最安値を更新していた。葵の瞳が大きく見開かれる。「そんな……ありえない!あの会社は、凪のお金を引き出すのに協力するって約束してくれたもの!それなのに、どうしてこんなことになってるわけ!」葵が取り乱すのを見て、大地も慌てて立ち上がり、書類を確認したのだが内容を読み終えた途端、目の前が真っ暗になった。そして、次の瞬間には、怒り狂った株主たちに胸ぐらを掴まれる。「二宮グループがここまで落ちぶれたのは、お前が無能だからだろ!」「会社が順調だった頃は、お前たち親子が多少好き勝手やっても見て見ぬふりをしてきたが、ここまで損失を出した今、黙ってると思うなよ!俺たちの損失を何とかしろ!」「そうだ、弁償しろ!あれだけの金を全部無駄にしやがって!経営する能力がないならさっさと退け。二宮家の中から、もっとまともな人間をトップに据える!」その言葉に大地の怒りも爆発し、目の前にいた男の頬を、いきなり殴った。「俺を降ろすだと!?ここまで二宮グループを立て直したのは俺だ!何年もお前たちに散々儲けさせてやっただろ?高級車に乗って豪邸で暮らせるのも誰のおかげだ?それが少し失敗した途端、俺を引きずり下ろそうっていうのか!ふざけるな!」「俺を殴ったな!この野郎!」それをきっかけに、社長室は一気に修羅場と化した。数人の株主が大地につかみかかり、殴り合いが始まる。駆けつけた警備員たちが総出で取り押さえ、どうにか全員を引き離した頃には、室内はすっかり荒れ果てていた。葵も泣きながら何度も海外企業へ電話をかけ続けていたが、相手は一向に出ない。とうとう苛立ちに任せて携帯を壁へ叩きつけ、半狂乱になって叫んだ。「どういうことよ!ちゃんと話はついてたじゃない!なのに、なんで電話にも出ないの!?こんなことして、訴えられるのが怖くないわけ!?
「これを飲めば、もう口から汚い言葉なんて出てこなくなるさ」「うっ……」その言い方が気持ち悪かったのか、それとも水から漂う妙な臭いに耐えられなかったのか、葵は口元を押さえ、その場から逃げ出そうとした。だが、すぐに隆に肩を押さえられる。「社長のご命令ですので、大人しく従ってください。これ以上手間をかけさせるなら、別の方法を取ることになりますよ」「別の方法って何よ!?私は凪の妹なのよ!私に何かしたら……」「どうやら口が悪いだけじゃなく、少し頭までおかしくなっているようですね。せっかく用意したお清めの水も飲めないとなると……本格的にお祓いしてもらったほうがよさそうです」隆はにこやかに言った。葵はぎょっと目を見開いた。祈祷師の背後から、白い面をつけた者たちが何人も現れたのだ。手には細い枝を束ねたものや、見るからに怪しい濁った水の入った桶まで持っている。彼らはじりじりと葵へ近づきながら、声を揃えた。「祓いたまえ、清めたまえ!」「いやぁ――!」甲高い悲鳴が辺りに響き渡った。少し離れたレストランで待っていた凪にも、かすかに何か聞こえた気がしたので、振り返ろうとしたのだが、その時、ちょうどスーツ姿の空がちょうど視界を遮るように立った。「行こう」「え?まだ10分しか経ってませんよ?」あまりの早さに驚いた凪は、さっきの悲鳴のことなどすぐに忘れてしまった。「もともと話はほとんどまとまってたからな。それより、今日は例の海外企業と契約したのか?」空の視線が、凪の手に握られた契約書に向く。「うん」凪は頷き、自信ありげに口元をほころばせた。「ミツキホールディングスが契約したのは、ちゃんと海外本社ですから、問題ありません」普段の空なら、世の中に絶対などないと念を押していたかもしれない。だが、すべて思惑どおりだと言わんばかりの凪の顔を見て、今回は何も言わなかった。柔らかなソファから立ち上がる彼女を見つめ、その判断を信じることにする――凪は、やはり他の誰とも違う。……それから2日間、葵はひどい腹痛と吐き気に悩まされた。朝、ハイヒールを履いてオフィスへ入ってくる足取りにも、いつもの勢いはない。目の下にはうっすらと隈ができ、胃は今も時折むかむかする。何かよく分からない枝で叩かれたところに大した痕は残らなかったもの
薄暗い街灯に照らされた空が、石畳の上を歩きながら、凪たちの方へ近づいてきた。その冷たい視線が、まっすぐ葵の背中に突き刺さる。額に冷や汗を浮かべながら、葵はぎこちなく振り返った。次の瞬間、肩先を黒い影が横切る。空は葵の横を通り過ぎ、そのまま凪を庇うように隣へ立った。すれ違っただけなのに、背筋が凍るような威圧感に、葵はしばらく身動きすらできない。やがて恐る恐る振り返ると、長身の空が凪のそばに立っていたのだが、その瞳からは感情を読み取れなかった。ただ、低く落ち着いた声だけが響く。「俺が黒崎家にいる限り、黒崎家はずっと凪の味方だ。そんなに凪が父親のところへ泣きつく日を待ち望んでるってことは、つまり、俺に早く死んでほしいってことだな?」その言葉に、葵は顔色を変え、慌てて弁解しようとした。だがその前に、凪が空の袖を掴む。「ただの口喧嘩なんですから、そんな縁起でもないこと言わないでください。空さんにはこれからもずっと元気で、長生きしてもらわなきゃ困るんですから」言霊というくらいだから、口にした言葉が本当になってしまうことだってある。凪は明らかに不満そうな顔で、空の袖を掴む手にも少し力を込めて言った。葵の弁解も、完全に行き場を失う。一方、先ほどまで冷え切っていた空の表情は、凪の言葉を聞いた途端に和らいだ。「確かに、縁起でもないことを言うべきじゃなかったな。ごめん」それを聞いて、ようやく凪は満足したように手を離した。しかし、宏介と葵が驚愕の目で見ていることには、まるで気づいていない。あの黒崎社長が、素直に謝った?葵は慌てて首を振った。今はそんなことに驚いている場合ではない。さっき自分が口にした言葉を、空に全部聞かれていたのだ。葵はすぐさま言い訳を始める。「わ、私はただ、お姉さんと口喧嘩してただけで……それに、空さんには何の恨みもありませんし、死んでほしいなんて思うわけが……」「姉である凪に、あんな暴言を吐くんだな」空が冷たく遮った。ちょうどその時、料亭の支配人が慌ててこちらへ駆け寄ってくる。空は軽く手を上げると、何でもないことのように告げた。「この近くに、よく効くお祓いをしてくれる人がいるそうだな。ちょうどいい。妻の妹を連れていって、少しその口を清めてもらってくれ。二度と人を不快にさせるようなことを言
その夜、凪と宏介は個室のある高級料亭を選び、リーナを食事に招いた。不安で仕方のない葵は、こっそり後をつけていた。凪たちとリーナが個室へ入ってから、およそ2時間。ようやく出てきた双方の手には、それぞれ署名済みの契約書があった。凪は笑顔でリーナと握手を交わす。「これからよろしくお願いします」「こちらこそ、よろしくお願いします」リーナもにこやかに応じると、契約書を手に大地へ電話をかけた。「すべて予定どおりです」物陰でそれを聞いていた葵は、嬉しさを抑えきれなかった。これで離島リゾート開発事業で空いた資金の穴を埋められる!凪だって大したことないじゃない。結局、まんまと騙されたんだから!「こんなところで何してるの?」背後から冷たい声がして、葵はびくりと肩を震わせた。慌てて振り返ると、そこには凪が立っている。「そ、それはこっちの台詞よ!私は明日の食事の店を予約しようと思って来ただけ。ミツキホールディングスの社長ともあろう人が、私みたいに毎日レストラン探し?それとも、ミツキホールディングスって、あなたが寝てるだけでお金が入ってくる会社なの?」そう言いながら、葵は下世話な想像を滲ませるように、意味ありげな視線を凪へ向けた。男である宏介にも、その嫌味が何を指しているのかはすぐ分かった。「ミツキホールディングスは社長のもと、すべての業務が滞りなく進んでいます。仕事とプライベートは一切関係ありませんので」「あら、あなたもこの女の虜なの?」葵は鼻で笑うと、わざとらしく拍手までしてみせた。「上では空さんを味方につけて、下ではあなたみたいな幹部まで手玉に取って働かせるなんて。さすがお姉さん、男の扱いが上手いんだね」計画がうまくいったと思っているせいか、数日前まで泣き腫らしていたのが嘘のような勢いだった。凪はそんな葵を静かに見つめる。ずぶ濡れになって取り乱していたばかりなのに、今日はもう自分に噛みつく余裕があるらしい。ずいぶん強気になったものだ。凪は手にしていた書類を宏介へ渡すと、冷ややかに葵を見た。「自分が男一人つなぎ止められないからって、私にこんな優秀な部下がいるのがそんなに羨ましい?私の周りを妬んでる暇があるなら、まず自分の男が今どこにいるのか探したら?そもそも、海外まで追いかけていけるのかも怪しいけど」
達也が不意に言った。「二宮さん、松浦グループに来る気はありますか?あなたには……」彼が言い終わる前に、凪はきっぱりと断った。「ありません!」その華奢な後ろ姿を見つめる達也の瞳に、特別な感情が宿った。それは感心であり、少しのときめきでもあった。……メモに書いておいた用事が、また一つ片付いた。凪はホテルで半日休んでから、家に戻った。庭はひどく荒れていた。直美が、彼女の服を着て、高そうなショールを羽織っていた。そして、まるで家の女主人のように、使用人たちに大切に育てられた花を根こそぎ引き抜けと指示していた。凪が車から降りるのを見て、直美は得意げな表情を浮かべた
「水でも飲んで。直美がまだ目を覚まさないから、そばを離れられないんだ。凪ちゃん、いい子だからさ。俺も疲れてる。これ以上、わがまま言って俺を困らせないでくれるか?」電話は、一方的に切られた。ツー、ツー、という無機質な音が耳に突き刺さり、凪は目の奥がツンと熱くなった。昔、胃穿孔で手術を終え目覚めたとき、渉は彼女を抱きしめて長いこと泣いていた。ベッドのそばにひざまずき、大きな体を丸めて、まるで迷子になった大型犬のように彼女の首筋に顔をうずめていた。その声はひどく嗄れていた。「凪ちゃん、俺も辛かった。お前が手術室にいた時、胸が張り裂けるほど苦しかったんだ。分かるか?お前は、俺の命そ
渉の目に一瞬、気まずそうな色が浮かんだ。「凪ちゃん、直美のマンションがリフォーム中で、ペンキの匂いがひどくて、体に良くないから……」凪の心はきつく締め付けられた。もう気にならないと思っていたのに。でも、息が詰まるほどの痛みが、全身に広がっていく。「ホテルに泊まるお金もないっていうの?」直美は目を赤くしながら、バイオリンを片付け始めた。「私のせいで喧嘩しないで。今すぐ出ていくから」彼女は慌てて荷物を取りに行こうとして、テーブルの角に体をぶつけた。「痛っ」と声を漏らし、胸を押さえる。その息遣いは、か弱くて艶めかしい。「大丈夫か?なんて不注意なんだ。どこをぶつけた?薬
今回は文章はなく、写真だけだった。それは、眠っている渉の写真だった。男は後ろから直美を抱きしめ、腕の中にすっぽりと収めて、深く眠っていた。直美は恥じらうような笑顔を浮かべている。唇は腫れあがり、開いたネグリジェの襟元からは、キスマークがいくつも見えていた。昨夜、何があったかは言うまでもない。凪と渉は五年付き合って、一番深い関係には一度もならなかった。付き合い始めの頃、気持ちが抑えきれない渉は、凪を強く抱きしめてこう言った。「凪ちゃん、早く大人になって……」その後、渉はもうそんな風に凪を抱きしめることはなく、ただ、結婚してからにしようと、なだめるだけだった。凪はず
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