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第2話

Author: 凪波 舟
ようやくタクシーが捕まったのは、深夜2時を回った頃だった。

戻ってきた私に気づき、啓哉がソファから立ち上がる。

「さっき、どうして帰る方向が同じだって言わなかったんだ?言えば一緒に乗せて帰ったのに」

その悪びれない問いかけを聞いて、思わず言い返したくなる。

会社の人たちがあなたと彩夏をくっつけようとして、わざと割り込んで私を無視させたのが分からなかったの?

あなたから「送ってく」って、どうして言ってくれなかったの?

しかし、喉まで出かかったそれらの言葉は、結局そのまま飲み込んだ。

「……うっかりしてた」

そう言って彼に近づく。

ふと、彼がペアのルームウェアを着ていることに気がついた。

以前、突然の来客で怪しまれるのを気にするあまり、家の中でさえ啓哉は私とペアの服を着たことがなかったのに。

私は少し胸が熱くなる。

「ペアのものは絶対に使わないって言ってたじゃない」

啓哉が口を開きかけたその時、バスルームから彩夏が出てきた。あろうことか、彼とお揃いのルームウェアを身に纏って。

「私が着替えさせたの」

彼女は悪びれもせず、にこにこと笑っている。

「クローゼットの奥にペアのルームウェアが仕舞ってあるのを見つけて、つい借りちゃった。

私も似たようなの欲しいなって思って、メンズのサイズ感を見ておきたかったの。それで啓哉さんに試着してもらったってわけ」

私の表情は凍りつき、先ほどまで胸に抱いていたわずかな期待は跡形もなく消え去った。

彼がペアの服を着てくれたのは、私の退職届を見て、引き止めようと交際を公にする気になったからだと思っていたのに――実際は彩夏のためだった。

彼女は啓哉のルームウェア姿をまじまじと眺める。

「うーん、やっぱり私がメンズを着るにはちょっと大きいかな。

まあいいや、やっぱり買うのやめとく。どうせ彼氏もいないし、買っても着てくれる人いないもん」

その言葉に滲む残念そうな響きを感じ取って、啓哉はごく自然に言葉を返す。

「じゃあ、それを持って帰ればいい」

彩夏の目がぱっと輝いた。

「えっ、本当にいいの?」

啓哉は素っ気ない顔をしているが、その口元にはかすかな笑みが浮かんでいる。

「ああ。どうせ買ってから、薊は一度も着てないからな。置いといても場所を取るだけだ」

私はうつむいたまま、拳を固く握り締め、そしてまたゆっくりと開く。

たしかに、場所を取るだけだ。

ペアの服を一人で着て、何の意味があるというのか。

だからずっと、クローゼットの奥にしまいこんでいる。

いつか啓哉が私たちの関係を公にして、一緒に着てくれる日が来ると――そう信じて待っていた。

しかし結局、それは他人の手に渡ってしまった。

「持って帰って。どうせ私には着る機会もないから」

そう言うと、彩夏は嬉しそうにくるりと回る。

「薊、本当にありがとう!

そうそう、ここ数日台風で一人だと怖いんだけど、しばらくここに泊まらせてもらってもいい?

そんなに長居はしないから!」

私は靴を脱いで奥へ向かう。

「好きにすればいいよ」

どうせ自分もじきにここを出て行くのだ。彼女がどれだけ居座ろうと知ったことではない。

ベッドに横になると、啓哉が不意に口を開いた。

「今日はやけに大人しいな。

前は、使えないペアグッズを人にあげた時は、随分落ち込んでただろ?」

暗闇の中、私の体がビクッとこわばる。

彼と付き合い始めたばかりの頃、私は有頂天になってペアグッズをたくさん買い込んだ。

お揃いのマグカップ、スリッパ、傘、万年筆。

身の回りの目につくものをすべてペアのものに変えたのだ。

なのに、その翌日には、啓哉は自分のメンズ用を社内イベントの抽選景品として配ってしまった。

私が持っているものと、社長が配った景品が同じものだと気づいた会社の人たちは、陰で私のことを「社長に片思いしてる妄想女」と面白おかしく噂した。

私はすっかり社内の笑い者になった。

つらかったのは、彼がペアのものが苦手だと素直に言ってくれれば済むことなのに、よりによって一番傷つくやり方を選んだことだ。

しかもその後、彼は怪しまれるのを避けるため、エレベーターすら私と一緒に乗らなくなった。

それから数日、私は拗ねて口を利かなくなった。

すると啓哉は私を自宅のワインセラーに連れて行き、壁一面に並んだワインを指差してこう言ったのだ。

「ここにあるワインはすべて金には代えられない宝物だ。

なぜなら、これらはすべて君の生まれ年のヴィンテージで、俺たちの結婚式の日まで開けないつもりだから」

私はずっと、啓哉の愛は言葉にならないだけで、ただ表現が不器用なんだと思い込んでいた。

しかし今日、彼が酒を勧められる彩夏を庇い、彼女に料理を取り分け、彼女とお揃いのルームウェアまで試着する姿を見て、ようやく悟った。

愛というものは、本当に大切に思っていれば自然と行動に表れるものだ。

口先だけで取り繕った愛情など、しょせん見せかけにすぎない。

私は静かな声で言った。

「あれは使えないものだって、自分で言ってたじゃない。

使えないなら、誰に譲ったって構わないでしょ」

啓哉は黙り込み、それ以上何も返してはこなかった。

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