Short
あなたたちからの新居祝いはいらない

あなたたちからの新居祝いはいらない

By:  ジャイアンKumpleto
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
9Mga Kabanata
0views
Basahin
Idagdag sa library

Share:  

Iulat
Buod
katalogo
I-scan ang code para mabasa sa App

新居の内装を整え始めて半年。 婚約者の高橋蓮(たかはし れん)は「仕事が忙しい」、兄の佐倉悠真(さくら ゆうま)は「出張続き」、親友の小川花乃(おがわ はなの)は「家の事情で手が離せない」と言い、誰一人として手伝いに来てくれなかった。 ところが入居を翌日に控えた日、三人は突然私に目隠しをして、「絶対に想像もつかない人が祝いに来た」と、新居へ連れていった。 ドアを開けると、何年も会っていなかった幼なじみの白石莉奈(しらいし りな)が、私のスリッパを履いて笑顔で飛びついてきた。 「美月(みづき)、びっくりした?」 確かに、驚いた。 けれど、本当に驚いたのはそのあとだった。 莉奈が何気なく口にした。 「最近ほんと助かったんだ。蓮にはマットレス選びに付き合ってもらったし、悠真くんには引っ越しを手伝ってもらって、花乃にはカーテンまで一緒に選んでもらってね」 私の顔から、ゆっくりと笑みが消えた。 そういうことだったんだ。 みんな忙しかったわけじゃない。 ただ、私のために使う時間がなかっただけ。 私は寝室のドアを開けた。 私が選んだベッドリネンは別の色に替えられ、ドレッサーには莉奈の私物がずらりと並び、クローゼットも半分を彼女に占領されていた。 「……莉奈がここに住むなら、私はどこに住めばいいの?」 蓮が眉をひそめた。 「莉奈は婚約破棄されたばかりで、今かなり参ってるんだ。 美月はとりあえず2週間くらい、悠真さんのところに泊まればいいだろ」 兄まで私をなだめるように言った。 「俺たち、みんな小さい頃から一緒だっただろ。そんな他人事みたいな言い方はやめなさい」 花乃も笑いながら、その場を取りなそうとする。 「莉奈、最近ついてないことばっかりだったんだし。しばらく美月の新居に泊まれば、少しは幸せにあやかれるかもよ」 私は三人の顔をしばらく見つめ――ふっと笑った。 そして玄関へ向かい、スマートロックの暗証番号を変更した。 蓮の顔色が変わる。 「美月、何してるんだ?」 「別に。ただ、急に思い出しただけ」 私は設定を終えたスマートロックのキーパッドから手を離した。 「この家――名義は私一人だったなって」

view more

Kabanata 1

第1話

蓮はスマートロックをしばらく見つめると、なぜか笑った。

「はいはい。家主様がお怒りってわけね」

そう言いながら靴箱の一番下から予備のスリッパを取り出し、足元へ放る。

「とりあえず履き替えなよ。今日一日、サンプル選びに建材屋を回ってたんだろ。

足、痛くないか?」

あまりにも自然な口調だった。

私の靴のサイズも、胃薬をどこにしまっているかも、カフェラテには砂糖を入れないことも、蓮は全部覚えている。

それなのに――そんなことを全部覚えたまま、別の女を私たちの新居に住まわせることもできるらしい。

莉奈は目を赤くしながら、慌ててキャリーケースに手を伸ばした。

「美月が嫌なら、私ホテルに戻るよ。本当は美月をびっくりさせたかっただけなの。

でも、まさかこんな空気になるなんて思ってなくて……」

蓮が彼女のキャリーケースの持ち手を押さえた。

「こんな重い荷物持って、また移動する必要ないだろ」

私は蓮を見た。

「帰ってもらって」

蓮の笑みが少し薄れた。

「美月、莉奈は婚約破棄されたばっかりなんだぞ」

「だから?」

「だから今、莉奈はかなりつらいんだよ」

「それは彼女の問題でしょ」

蓮の眉間に一瞬でしわが寄った。

私がそこまではっきり言うとは思っていなかったらしい。

先に口を挟んだのは、兄の悠真だった。

「子どもの頃、莉奈の両親が喧嘩するたびに、お前の部屋に泊めてやってただろ?

大人になった途端、数日泊めるくらいでそんな他人事みたいな言い方をするのか?」

花乃も私の腕を引いた。

「莉奈はもともと、美月の結婚式のために帰ってきたんでしょ?少しくらい早く入居したっていいじゃん。新居も賑やかになるし」

私は莉奈を見る。

「いつからここに泊まってる?」

「……五日前」

「誰が泊まっていいって言った?」

莉奈の視線が反射的に蓮へ向いた。

蓮はもう隠そうともしなかった。

「俺」

私は笑った。

「この半月、ずっと仕事が立て込んでるって言ってなかった?」

「仕事はちゃんとやってるよ」

「マットレスは?」

蓮が一瞬黙った。

「……ついでに付き合っただけ」

「カーテンは?」

花乃が小さな声で答えた。

「それは……私が一緒に選んだ」

最後に兄を見る。

悠真は観念したように口を開いた。

「俺の何回かの出張も……莉奈の前の部屋を引き払って、引っ越しを手伝うためだった」

三人。

三つの「用事」。

そして――三つの嘘。

この半年間、私は一人で建材屋を回った。

タイルのサンプルを抱えたまま電車に乗って、夜中までの棚の色を悩み、グループチャットに写真を送った。

翌朝になって、ようやく返ってきた蓮の言葉はいつも同じだった。

「美月の好きなのでいいよ」

忙しくて時間がなかったわけじゃなかった。

三人の時間は――全部、莉奈に使われていただけだった。

莉奈はまだ言い訳を続けていた。

「私が言わないでって頼んだの。美月はもうすぐ結婚するし、私のこんなことで余計な心配かけたくなかったから……」

Palawakin
Susunod na Kabanata
I-download

Pinakabagong kabanata

Higit pang Kabanata
Walang Komento
9 Kabanata
第1話
蓮はスマートロックをしばらく見つめると、なぜか笑った。「はいはい。家主様がお怒りってわけね」そう言いながら靴箱の一番下から予備のスリッパを取り出し、足元へ放る。「とりあえず履き替えなよ。今日一日、サンプル選びに建材屋を回ってたんだろ。足、痛くないか?」あまりにも自然な口調だった。私の靴のサイズも、胃薬をどこにしまっているかも、カフェラテには砂糖を入れないことも、蓮は全部覚えている。それなのに――そんなことを全部覚えたまま、別の女を私たちの新居に住まわせることもできるらしい。莉奈は目を赤くしながら、慌ててキャリーケースに手を伸ばした。「美月が嫌なら、私ホテルに戻るよ。本当は美月をびっくりさせたかっただけなの。でも、まさかこんな空気になるなんて思ってなくて……」蓮が彼女のキャリーケースの持ち手を押さえた。「こんな重い荷物持って、また移動する必要ないだろ」私は蓮を見た。「帰ってもらって」蓮の笑みが少し薄れた。「美月、莉奈は婚約破棄されたばっかりなんだぞ」「だから?」「だから今、莉奈はかなりつらいんだよ」「それは彼女の問題でしょ」蓮の眉間に一瞬でしわが寄った。私がそこまではっきり言うとは思っていなかったらしい。先に口を挟んだのは、兄の悠真だった。「子どもの頃、莉奈の両親が喧嘩するたびに、お前の部屋に泊めてやってただろ?大人になった途端、数日泊めるくらいでそんな他人事みたいな言い方をするのか?」花乃も私の腕を引いた。「莉奈はもともと、美月の結婚式のために帰ってきたんでしょ?少しくらい早く入居したっていいじゃん。新居も賑やかになるし」私は莉奈を見る。「いつからここに泊まってる?」「……五日前」「誰が泊まっていいって言った?」莉奈の視線が反射的に蓮へ向いた。蓮はもう隠そうともしなかった。「俺」私は笑った。「この半月、ずっと仕事が立て込んでるって言ってなかった?」「仕事はちゃんとやってるよ」「マットレスは?」蓮が一瞬黙った。「……ついでに付き合っただけ」「カーテンは?」花乃が小さな声で答えた。「それは……私が一緒に選んだ」最後に兄を見る。悠真は観念したように口を開いた。「俺の何回かの出張も……莉奈の前の部
Magbasa pa
第2話
蓮がすぐに続ける。「ほら、聞いただろ?莉奈だってお前に気を遣ってたんだよ」私は蓮を見た。「じゃあ私、莉奈にお礼でも言えばいい?」言葉に詰まった蓮は、それでもすぐに笑って、私の頭を撫でようとした。「はいはい、俺の言い方が悪かった。だからそんな怖い顔で見るなって」私はその手を避けた。蓮は気にした様子もなく、莉奈のキャリーケースを持ち上げた。「分かった。ホテルまで送ってくる」私の横を通り過ぎる瞬間、声を落とす。「帰りに甘栗買ってくるよ。昔からあれ食べたら機嫌直ってただろ。今さら効かないとか言うなよ」二人が出ていったあと、私は一人で寝室を片づけ始めた。ベッドサイドテーブルの裏に、一枚の引っ越し見積書が挟まっていた。日付は5日前。出発地はホテル。届け先は、この家。備考欄には――【長期居住予定。荷物多数。取り扱い注意】【依頼人――高橋 蓮】裏返すと、引っ越し業者が赤ペンで一文を囲っていた。【寝室の家具は撤去済み。そのまま搬入してください】私は、その文字をじっと見つめた。5日前。私はグループチャットで、【新居の片づけ、みんな何日なら来られる?】と聞いていた。三人とも、【忙しい】そう答えた。つまり――最初から「莉奈が帰ってきたこと」がサプライズだったわけじゃない。三人はとっくに、私の知らないところで全部決めていた。あとは私が笑って受け入れる。そう思っていただけなのだ。三日後。私の26歳の誕生日。午後6時40分。蓮は時間どおりに現れた。私の好きな白いチューリップの花束を抱え、もう片方の手にはケーキ。「ほら、約束の時間通りだ。遅刻してお前の機嫌を損ねるなんて、俺には到底できないからね。これで、お前の笑顔を拝めるかな?」思わず、少しだけ笑った。蓮が眉を上げる。「やっと笑った。お前、この数日ずっと、暗い顔してたぞ」兄と花乃も時間どおりにやって来た。蓮がプレゼントを私の前へ差し出す。ずっと欲しかったブレスレットだった。「この前、店の前を通ったとき、ずっと見てただろ。あれで分かった」蓮は自分の手で、私の手首にブレスレットをつけた。指先がそっと肌に触れる。「美月、お前は男変えないほうがいいぞ。だって、こんな面倒くさいクセだの習慣だ
Magbasa pa
第3話
ドアが閉まった。30分が過ぎた。1時間が過ぎた。店員が入ってきて、席の利用時間が残りわずかで、料理を下げてもいいかと尋ねてきた。「お願いします」店員がケーキまで片づけようとしたそのときだった。慌てた様子で戻ってきた店員の後ろに、配達員が一人ついてきた。「佐倉様、申し訳ございません。同じお店で同じアカウントから二つご注文が入っていたのですが、こちらでお届け先の備考を取り違えてしまったようで……こちらの10号のケーキはホテル宛てで、佐倉様のものは4号のほうでした」テーブルに置かれた10号のケーキには、何枚ものチェキが飾られていた。中央には、チョコレートのプレート。【莉奈、おかえり。嫌なことは全部忘れて、これからは俺たちがいるから】【――高橋 蓮】その瞬間、スマホの画面が明るくなった。花乃がSNSを更新していた。莉奈はパーティーハットをかぶって真ん中に座り、兄がグラスに酒を注ぎ、花乃がその肩を抱いている。そして莉奈の後ろには蓮が立ち、傾いたハットを直してやっていた。添えられていた言葉は、たった一言。【過ぎたことは忘れて、新しいスタートを】私は手首の銀色のブレスレットに目を落とした。照明を反射して、目に刺さるほど眩しく光っている。蓮は、私の好きなものを忘れていたわけじゃない。私へのサプライズを用意していなかったわけでもない。ただ――私が何を欲しがるかを覚えているのと同じように、別の誰かが、今何を必要としているのかも覚えていただけだった。翌朝。蓮は朝食を手に、家までやって来た。ドアを開けるなり、真っ先に私の足元を見る。「昨日、またあのヒール履いたの?」返事をする間もなく、その場にしゃがみ込んだ。案の定、かかとの皮が擦れて剥けている。蓮は眉をひそめ、絆創膏を取り出すと、傷口にそっと貼った。「何年経っても変わらないな。ヒール履くたびに自分の足いじめて」私はしゃがんでいる蓮を見下ろした。「昨日、何時に帰ったの?」蓮の手が一瞬止まった。「……3時前くらい」「30分じゃなかった?」「莉奈がずっと吐いてて、そのあと熱まで出したんだよ」そう答えて顔を上げる。私の表情を見た途端、蓮はいつものように笑った。「はいはい、俺が悪かった。佐倉様、
Magbasa pa
第4話
私は家の鍵をキーホルダーから外し、靴箱の上に置いた。兄の顔色が変わった。「何してんだ?」「言ったよね。私はもうすぐ蓮の家に嫁ぐんだからって」私はアルバムを抱き上げた。「だったら、ここは莉奈にあげればいい」兄が慌てて私の腕をつかんだ。「美月、さっきのは売り言葉に買い言葉だ。そんなつもりで言ったんじゃない」私は、腕をつかむ兄の手を見下ろした。「でも、あの壁が消えたのは本当でしょ」兄の手が、ゆっくり離れていった。背後の壁は、目が痛くなるほどの白だった。兄は何か言いかけた。けれど、「また元に戻すから」とは言わなかった。たぶん兄にも分かっていたのだ。父が残したあの印たちだけは、もう二度と元には戻せない。私は家を出た。10年以上使ってきた鍵を、靴箱の上に残して。今度こそ私は、自分がここへ戻るための理由を、無理に探すのをやめた。婚姻届を出す日。蓮は、私が一番好きな白いシャツを着てきた。結婚式のスーツを一緒に選びに行ったとき、私が選んだものだった。私の姿を見るなり、蓮は笑った。「どう?奥さんの言うこと聞く男って、ちょっと若く見えない?」そう言って、温かいカフェラテを差し出してくる。砂糖は入っていない。「婚姻届出したら、帰って好きなだけ怒っていいから。正座でも何でもするよ。美月の好きなほうで」兄と花乃も来ていた。花乃はわざわざスマホをマナーモードにして、バッグへしまった。私は思った。――これで最後。もう一度だけ、信じてみよう。私たちの順番まで、あと4組。そのとき、蓮のスマホが鳴った。莉奈からだった。蓮は出なかった。二度目。三度目。それでも鳴り続け、とうとう蓮は立ち上がって少し離れた場所へ行った。電話を終えて戻ってきたとき、さっきまで浮かんでいた笑みは消えていた。「……ちょっと出てくる」私は尋ねた。「どこに?」「莉奈が航平の家に荷物を取りに行ったら、あいつと奥さんが一緒にいるところに鉢合わせたらしい。今、廊下にしゃがみ込んで泣いてる」兄がすぐに立ち上がった。「俺が行く」花乃も続いて腰を上げる。けれど蓮は、もう車の鍵を手にしていた。「二人が行っても、あいつ聞かないだろ」私は蓮を見つめた。「あと4
Magbasa pa
第5話
蓮は一晩中、ドアの外にいた。深夜2時になっても、まだドアを叩いていた。「一回だけ開けてくれ。中には入らない。二言だけ話したら帰るから。お前、胃弱いんだから、何も食べずに寝るなよ。甘栗、ドアの前に置いとく。もう冷めたなら食べるなよ」4時。ようやくノックの音が止んだ。代わりに、メッセージが届いた。【分かった。今は好きなだけ怒ってていい】【結婚式もキャンセルしたいならすればいい。機嫌が直ったら、またやり直そう】私はそのメッセージを、長い間見つめていた。蓮はまだ、私がただ怒っているだけだと思っている。翌朝。私は式場もホテルもカメラマンも、すべてキャンセルした。昼になると、蓮が私の会社まで押しかけてきた。目は真っ赤に充血していた。それなのに、最初に出てきた言葉は――「朝飯、食べた?」私は蓮の横を通り過ぎた。蓮がすぐについてくる。「なんで本当に結婚式までキャンセルするんだよ」「結婚しないから」「美月、昨日は俺だって好きにさせるって言っただろ?なのに、今度は何を意地になってるんだよ?」私は足を止めた。「……私が意地になってるように見える?」「じゃなきゃ何なんだよ!」蓮は苛立たしげにネクタイを緩めると、それでも怒りを抑えるように言った。「昨日の言い方が悪かったのは分かってる。謝るよ。でも俺が莉奈のところに行ったのは、本当に何かあったら困ると思ったからだ。それに、ちゃんとお前のところに戻っただろ?」私は蓮を見た。「誕生日は?」蓮が黙る。「新居の内装は?」返事はなかった。「莉奈を勝手に新居へ住まわせたことは?」蓮の眉間のしわが、どんどん深くなっていった。「その話、もうしただろ?莉奈は婚約破棄されたばかりなんだ。少しくらい俺が面倒見たっていいだろ。なんで終わった話まで一つ一つ掘り返して、俺を責めなきゃ気が済まないんだよ」そう言って、また私の手を取ろうとする。「美月。8年だぞ。結婚式なんて、キャンセルしたいならすればいい。気が済んだら、また俺が予約し直すから。今はいくらでも怒ればいいよ」蓮はそこで、ほんの少し口元を緩めた。まるで、最後には必ず同じ結末になると信じているように。「どうせ最後には、俺と結婚するんだから」以
Magbasa pa
第6話
新居に置かれていたマットレスは、莉奈が住み始めてから「硬すぎる」と言い出し、蓮が一緒に選び直したものだった。代金を払ったのも蓮だった。私はそのマットレスを返品することにした。返金は購入時の決済方法に戻されるため、蓮にもすぐに知られた。家具店で新しいマットレスを選んでいると、案の定、蓮がやって来た。二つ目を試していたところで、背後から声がしてきた。「彼女に、あんまり柔らかいの勧めないでください」店員が振り返った。蓮は私のところまで来ると、手のでマットレスを押した。「腰が弱いんです。柔らかすぎると、朝つらくなるから」店員が笑った。「ずいぶんお詳しいんですね」蓮は反射的に口元を緩めた。「8年ですから」そう答えた直後。蓮自身が、先に固まった。私はマットレスから立ち上がった。「これにします」蓮が手を伸ばす。「俺が払う」けれど、私はもう支払いを済ませていた。「もう払ったから」蓮の顔が曇った。「そこまできっちり俺と分ける必要ある?」「私の家に置くマットレスなんだから、私が買うのが普通でしょ」「前だって俺が――」そこまで言って、蓮は口をつぐんだ。以前なら、いつもこう言っていた。「ここは、そのうち俺たち二人の家になるんだから」でも今は、その言葉が喉につかえて、もう以前のようには口にできなかった。新しいマットレスがマンションに届いた頃、蓮のスマホが鳴った。管理会社からだった。マンションに残された莉奈の荷物を、今日中にすべて運び出していいかという確認だった。蓮は一言だけ答えた。「はい」その10分後。莉奈がキャリーケースを引きずりながら、マンションのロビーへ駆け込んできた。管理会社から連絡を受けて、そのまま飛んできたらしい。「蓮、本当に私の荷物、全部出させたの?」蓮が眉をひそめる。「前にも言っただろ。あの部屋はもうお前に住まわせないって」「なんで?ずっと空いてるんでしょ?美月との新居に住んでるわけでもないのに」「ホテルは手配してある」莉奈の目がたちまち赤くなった。「ホテルは嫌」「だったら、自分で部屋借りろ」莉奈は完全に言葉を失った。長い付き合いの中で、蓮にそんな突き放すような言い方をされたのは、たぶん初めてだ
Magbasa pa
第7話
週末、兄から一枚の写真が送られてきた。【父さんの字だけは、俺には書き直せなかった】私はしばらく写真を眺めてから、【うん】とだけ返した。その日の夜、また兄からメッセージが届いた。【父さんが昔使ってたお茶碗、見つけた】結局、私は一度だけ顔を出すことにした。部屋は、以前とほとんど同じ姿に戻っていた。莉奈の荷物は跡形もなく片づけられ、寝具も元に戻されている。アルバムも、昔と同じ場所に置かれていた。そして、あの壁。消された身長の跡には、鉛筆で一本一本、丁寧に線が引き直されていた。きれいすぎるくらい、きれいに。だからこそ余計に昔とは違うものに見えた。後ろに立っていた兄が、おそるおそる尋ねる。「……前みたいに戻ったか?」私は答えなかった。兄はそれだけで察したのか、目を伏せた。「……だよな。戻るわけないよな」食卓には、豚汁が置かれていた。子どもの頃、私が熱を出すたびに父が作ってくれたものだ。兄が器によそって、私の前に置く。「飲んでみて」一口飲んだ。「……しょっぱい」兄が目を丸くした。「そんなに?」「うん」兄も自分で一口飲んだ。そして、ふっと笑った。笑っているのに、目だけが赤くなっていく。「父さんにもよく言われたな。お前は塩加減も分からないのかって」私は何も返さなかった。そのとき、兄のスマホが鳴った。画面に表示されていたのは、莉奈の名前だった。兄は反射的に私を見た。そして、そのまま着信を切った。10秒もしないうちに、また鳴る。二度目。三度目。兄はとうとうスマホをマナーモードにした。それから私を見る。何かを待っているようだった。私は気づかないふりをして、豚汁を飲み続けた。耐えきれなくなったのか、兄のほうから口を開いた。「……聞かないのか?」「何を?」「莉奈が、なんで電話してきたのか」「別に。お兄ちゃんのことでしょ」兄の顔から、すっと血の気が引いた。以前の私なら、きっと腹を立てていた。どうして莉奈から電話が来るのか。また何か頼まれたのか。今度は何をしてあげるつもりなのか。嫌味の一つや二つ、言わずにはいられなかっただろう。けれど今は、兄が目の前で莉奈の電話を切ってみせても、その理由を知りたいとすら
Magbasa pa
第8話
花乃はうつむいたまま、ミルクティーのカップを両手で握っていた。「最近、ずっと考えてたんだ。どうして私、美月の新居に莉奈を泊めてあげればいいなんて、あんな簡単に言えたんだろうって」私は黙っていた。「たぶん……美月なら、本気で怒ったりしないって思い込んでたから。私たち、もう20年の付き合いでしょ?これだけ仲がいいんだから、何を言っても、何を借りても大丈夫だって。勝手にそう思ってた」花乃は自嘲するように笑った。「美月がずっと私に優しかったから……その優しさに甘えて、美月の気持ちを考えなくても許されるって、どこかで思ってたんだと思う」その言葉は、ただ「ごめん」と謝られるより、ずっと胸に響いた。少なくとも花乃はようやく、自分が何を間違えたのか分かったらしい。「……今は分かった?」「うん」花乃は泣かなかった。ただ、新しく替えたカーテンに目をやって言った。「こっちのほうが、前のより似合ってるね」「私もそう思う」翌日の夜。花乃が帰ったあと、今度は蓮がやって来た。腕に抱えていたのは、一つの靴箱だった。中に入っていたのは、婚姻届を出しに行った日に履いていた、あのパンプス。かかとの部分は、靴擦れしないようにきれいに包み込まれていた。「これでもう、痛くならないから」私は靴を一度見ただけだった。「もう履かないよ」蓮の表情が固まった。「……なんで?」「見るたびに、あの日のこと思い出すから」蓮はしばらく靴を見つめていた。やがて、ゆっくりと箱の蓋を閉める。「……わざとやってるのか?」私は眉を寄せた。蓮が顔を上げる。その目には、抑えきれない苛立ちが滲んでいた。「莉奈のことには、もう口を出してない。部屋だって引き払わせた。悠真さんにも、ちゃんと話した。結婚式だって、美月が中止するって言うから、無理に止めたりしなかった。なのに俺が何をしても、もう遅い、意味がないって……」とうとう感情を抑えきれなくなったのか、蓮の声が荒くなった。「美月、じゃあ俺はどうすればいいんだよ?」私は蓮を見た。「別に、何もしてほしいなんて言ってないよ」「じゃあ、なんで――」「蓮」私はその言葉を遮った。「まだ分からない?私が怒ってるのは、蓮が正しいことをしてくれるのを待ってる
Magbasa pa
第9話
ドアが閉まりきる、その直前。蓮がぽつりと言った。「今日、母さんに聞かれたんだ。……花嫁さんは、まだ来ないのって」私の手が、一瞬止まった。「言えなかった、俺が、自分で花嫁を失くしたなんて」そう言って、蓮は一歩後ろへ下がった。昔の蓮は、この家に入るのにノックなんてしなかった。冷蔵庫を勝手に開けて水を飲み、私の人生にだって、自分自身の居場所があって当然だと思っていた。でも今は、ドアの外に立っている。つま先ひとつ、敷居の内側へ入ろうとはしなかった。私はドアを閉めた。背後では料理の香りが漂い、同僚たちの笑い声が聞こえていた。その日は結婚式ではなかった。それなのに私は初めて、何かを失ったような気がしなかった。半年後。私は部屋の内装をすべて終えた。デザイナーに聞かれた。「二人でお住まいできるよう仕上げますか?」「いえ」私は答えた。「もう、その必要はありません」寝室のマットレスは、自分で寝心地を確かめて選んだ。カーテンの色も、自分で決めた。玄関に、男性用の靴を置くスペースを空けておく必要もない。ダイニングテーブルだって、わざわざ六人掛けにする必要はなかった。一人で暮らす家なのだから、いつか誰かが帰ってくることを前提にして、無理に余白を残しておく必要なんてない。莉奈はその後、この街を離れた。引っ越す前、長いメッセージが一度だけ届いた。最初の一文は――【美月。私たち、子どもの頃はあんなに仲がよかったから、少しくらい美月のものを借りても気にしないと思ってた】そこまで読んで、私は画面を閉じた。莉奈は最後まで、本当の意味では分かっていなかった。貸せるものもある。でも――譲れないものもある。兄からは、ときどき、【今度、飯食いに帰ってこないか】と連絡が来る。ある日、こんなメッセージが届いた。【豚汁、今度は塩分控えめにした】私は、【また今度ね】と返した。兄はそれ以上、何も言わなかった。ただ、【分かった】とだけ返してきた。花乃も、以前のように頻繁には連絡してこなくなった。誕生日や年末年始になると、短いメッセージが届く。私も、ときどき返す。やり取りはどんどん短くなっていった。それでも昔の、「ずっと親友だからね」「何があっても私たちは
Magbasa pa
Galugarin at basahin ang magagandang nobela
Libreng basahin ang magagandang nobela sa GoodNovel app. I-download ang mga librong gusto mo at basahin kahit saan at anumang oras.
Libreng basahin ang mga aklat sa app
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status