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第8話

Author: 苺まき
「そうだよ。お前、どうしたいわけ?あれだけ言ってたじゃん。『熱湯ぶっかけるくらいじゃ生ぬるい、あいつの傲慢さとプライド、根こそぎ潰してやる』ってさ」

「そうそう、舞台だって完璧だったのにさ。本気でやるつもりなんてなかったんだ。ただちょっとビビらせるだけで良かったのに、あの星良の怯えた顔、動画で見ただろ?あんなの初めてだよ。マジでスッとした!」

「まさか後悔してた?お前、星良に情が移ったとか言わないよな?紗耶があれだけの目に遭ったの、もう忘れたのかよ?」

壁にもたれたまま、誠は手にした煙草の灰を落とす。目はどこか陰りを帯び、声にも力がなかった。

「後悔なんてしてないし、情もない。ただ……ちょっとやり過ぎたかもしれないとは思った。星良の親父は、海外に行ってるだけで、死んだわけじゃない」

「安心しろって。もうあの親父とは連絡取れねぇから」

壁越しの会話に、星良は拳を握りしめた。全身が小刻みに震えている。胸の奥から湧き上がる冷たい怒りを、必死に抑えていた。

すぐにスマホを取り出し、父の番号を押す。

応答は、ない。

まさか、誠が紗耶のために、ここまで卑劣な真似をするなんて、思いもしなかった。

彼は、自分の性格を一番よく知っていた人だった。

その理解が、いまや刃となって、彼女の胸を深く貫いていた。

足が震えて、まともに立っていられない。物音が聞こえた瞬間、星良はよろめきながらベッドに戻り、意識を失ったふりをした。

やがてドアが開く音がして、入ってきたのは誠だった。

ベッドのそばに腰を下ろし、黙って星良のかすかな寝息に耳を澄ませる。病み上がりのように蒼白なその顔を見つめながら、誠の瞳には複雑な色がにじんでいた。

「お前が先に紗耶を傷つけたんだ。俺を責めるな……これ以上あいつに手を出さないなら、お前の欲しいものは全部やる」

立ち上がると、誠は部屋を出ていった。

星良はそっと目を開けた。

欲しいものって……?

――なら、今すぐ死ね。狩野兄弟も、悠人も、みんな揃って地獄に堕ちてしまえばいい。

星良は浴室に入り、冷水を何度も浴びた。

数時間後。震える体を拭きながら、電話を取る。

「お嬢様、あと少しで整います」

彼女は固く目を閉じ、凍りついた唇は紫に染まり、不気味なほどだった。

胸の奥に渦巻く憎しみは、抑えきれずどんどん膨れ上がっていく。

「……いいわ、急いで」

――

星良は在宅勤務中だった。パソコンに向かい、真剣な顔で業務をこなしていた。そんな彼女の姿を、部屋に入ってきた誠は黙って見つめていた。

かつて自分が知っていた星良とは、まるで別人だった。

昔の彼女は、いつも甘えてばかりで、何をするにも彼を頼りにしていた。瓶のフタ一つ、自分で開けられなかった。

誠は眉をひそめ、複雑な表情のまま立ち尽くしていた。

今の星良は、どこか別の顔を持っているように思えた。

星良は、とっくに彼の足音に気づいていた。やや冷たい目で彼を見つめた。

「……何の用?」

一瞬たじろぎながらも、誠は低い声で答える。

「例の男、捕まった。あとは俺が処理する。安心していい」

安心?

星良は心の中で冷笑した。

だが、口をついて出たのは「わかった」のひと言だけだった。

しばらくして、誠はその場を去ろうとはせず、立ち尽くしたままだった。星良が口を開こうとした瞬間、彼が先に言葉を発した。

「明後日の誕生日パーティーの件だけど、会場と招待リストは、もう送っておいた」

その言葉と同時に、彼のスマホが鳴る。

着信の名前を見た瞬間、何の迷いもなく応答ボタンを押した。

何があったのかも告げず、誠は書斎のドアを閉めることもなく、足早に出ていった。

その背中を、星良はこれまで何度も、何年も見続けてきた。

本当の諦めというものは、いつだって音もなく訪れる。

この前、雅信が星良のために海外から最高級のドレスとジュエリーのセットを取り寄せた。

誕生日パーティーの前日、取引先との面会を前に身支度を整えようとしたが、ドレスもジュエリーも見当たらなかった。

仕方なく、別の衣装を用意するしかなかった。

当日、秘書と共に面会場所で待ち合わせをしていたが、約束した相手は現れなかった。

「奥のホール、誰かの誕生日パーティーみたいですよ。見てください、あの高級車の列!」

「さすが、ホテルのオーナーの娘って噂は本当だったんですね。毎年ここでやってるらしいですよ」

「はあ、世の中には、生まれながらにして勝ち組みたいな人もいるんだよね」

「でもさ、金持ちって案外ケチだよね。聞いた話だと、明日もまたパーティー開くらしくて、今日使った備品をそのまま明日も使うんだって。食べ残しも道具も撤収なし。節約にもほどがあるって感じ」

――明日?

星良の誕生日は、明日なのに。

封鎖されているはずの会場、いったい誰が使っているのか?

星良は秘書を呼ぶこともなく、足早に奥の宴会場へと向かった。

案の定、そこは大勢の人で賑わっていた。

隼人、翔馬、悠人――皆がスーツ姿で、賓客たちと笑い合っていた。

東都の有力者の顔ぶれも、ちらほらと見える。

やがて鐘が鳴り響き、隼人がステージに登壇する。

そして、彼が、主役の名前を口にしたその瞬間。

会場の視線が一斉に注がれる中、二階からゆっくりと姿を現したのは、誠の腕に寄り添う紗耶だった。

彼女の身に纏われていたのは、まさしく雅信が星良のために選んだ、あの特注のドレスとジュエリーだった。

次の瞬間、星良の頭に血が一気に上り、耳の奥で何かが破裂するような音が響いた。
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