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第5話

Auteur: 睦月 レイ
俺は淡々と二人を一瞥し、背を向けて立ち去ろうとした。

十九歳の美桜はもう二度と戻ってこない。俺ももう、あの二人に義理立てする必要はない。

だが二歩も歩かないうちに、美桜の声が響いた。

「海人、待って……行かないで」

もしかすると、その声がまだ俺の心に多少なりとも響いたのかもしれない。彼女が何を言おうとしているのか、少しだけ気になった。

俺が足を止めたのを見て、美桜の表情がパッと明るくなった。

「海人、ごめん、私が忘れてたの。すぐに人を呼んで準備し直させるから、ね?

海人、私が悪かったわ。許して」

だが、美桜のそんな言葉は滑稽でしかなかった。謝罪している時でさえ、彼女はまだ亮司の手を握りしめていたのだから。

俺の視線に気づいたのか、彼女はハッとして慌てて亮司の手を離した。

美桜は追いすがろうとしたが、亮司に腕を引かれて何かを囁かれ、また足を止めた。

彼女が何を言い、何をしようと、俺はもう振り返らなかった。十九歳の美桜が消えたあの瞬間、俺とこの女はもう赤の他人になったのだ。

家に戻りベッドに横になったが、寝返りを打つばかりでなかなか寝付けなかった。

正直なところ、
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