LOGIN攻略完了後、私は攻略対象・高槻蒼介(たかつき そうすけ)と結婚した。 新婚初夜、私は彼に告げた。「システムから九十九粒の『後悔の薬』を授かった。あなたが私を裏切るような真似をするたび、私はそれを一粒飲むわ」と。 そして、薬が尽きた時、私は完全に彼の世界から消え去るのだと。 彼は胸を痛めたように私を抱き寄せ、「君を後悔させるようなことは二度としない」と誓った。 しかし結婚から三ヶ月後、彼の幼馴染が帰国した。 彼が初めて無断外泊をし、私が一度だけ泣き喚いた後に黙って薬を飲む姿を見て、彼は味を占めたようだった。「なんだ、その程度か」と。 それ以来、彼の態度は日に日に増長していった。 そして十周年の結婚記念日。蒼介の幼馴染である保科里美(ほしな さとみ)が、またしても自殺未遂騒動を起こした。 彼は躊躇うことなく私を置き去りにして出て行った。 翌日、首筋に無数のキスマークを残したまま帰宅し、許しを請う彼に対し、私は泣きも喚きもせず、ただ伏し目がちに尋ねた。 「後悔の薬を、一粒飲んでもいい?」 彼は悪びれる様子もなく答えた。「好きにすればいい。どうせまだ沢山あるんだろう?」 私は微笑み、彼がその幼馴染を家に連れ込むのを黙認した。 彼は知らない。箱の中の薬は、残りあと三粒だということを。 チャンスを使い果たせば、私は彼を捨てる。
View More結末は既に出ている。今更、かつて一瞬だけ存在したかもしれない希薄な情愛を確認して、何の意味があるというのか。彼はまだ何か言いたげだったが、私は警備員に目配せをして彼を追い払った。同じ場所、同じ季節。だが、人の境遇は二度と同じではない。前科者となり、身体も不自由な蒼介を雇う場所などないだろう。彼はこのまま人波に飲まれて消えていくと思われた。しかし、大晦日の夜、ニュースで彼の訃報が流れた。意外だった。彼の実家にはまだ多少の土地と家屋が残っていたはずだ。細々と暮らせば、食うに困ることはなかったはずなのに。真相を知ったのは、警察が里美を逮捕した時だった。拘置所の面会室で会った彼女は、髪が白髪混じりになり、かつての美貌は見る影もなく老け込んでいた。「あなたが……蒼介を殺したの?」彼女は顔を上げ、虚ろに笑った。「ええ、そうよ。もう自白したわ」「でも、彼はもうあなたにとって脅威ではなかったはずよ。彼が自然死するのを待てば、遺産だって少しは入ったでしょうに」彼女は拳を握りしめた。拳の震えが止まらない。「あいつ……気づいたのよ。あの子が、自分の種じゃないってことに……」私は息を飲んだ。彼女がそこまで大胆だったとは。「じゃあ、あの夜、あなたたちは……」彼女は私をじっと見つめ、首を振って笑った。「優子、あなたって本当に純粋ね。あの夜、彼と何もなかったら、どうやって子供をネタに脅せるっていうの?……ただ、計算違いだったのは、お腹の子が彼の子じゃなかったってこと。あんなことになるなら、あの夜、別の男と……」彼女は言葉を濁し、深い溜息をついた。「今のあいつは完全に狂ってた。もしバレたら、私も子供も殺されていたわ。私が味わった地獄を、あの子にだけは味わわせたくなかった!」里美に判決が下った日、外は大雪だった。裁判長の木槌の音が響いた時、彼女の顔には不思議と安堵の色が浮かんでいた。刑務所こそが、彼女にとって唯一安全なシェルターなのかもしれない。この世界は、女性にとってあまりにも過酷だ。もしシステムという力がなければ、私もここまでは来られなかっただろう。過去を振り返る。不平や不満、あるいは幸運を喜ぶ感情が湧くかと思ったが、私の心は凪いだ湖のように静かだった。翌年の春。私は有名な古刹へ参
「久しぶりだね、優子」闇の中から蒼介が姿を現した。彼は別人のように痩せこけ、眼窩が落ち窪み、瞳には狂気が宿っていた。彼は蛇のような冷たい指で、私の頬を撫でた。「優子、どうしてそんなに聞き分けが悪いんだ?こんな手を使いたくはなかったのに。お前が持っているもの、その地位も名誉も、本来は俺のものだ。どうして俺を捨てたりしたんだ?」私は嫌悪感を露わにして顔を背けたが、彼は無理やり私の顎を掴んで自分の方を向かせた。「優子、俺の子を産めば、もう二度と離れられないだろう?」彼はそう言うと、私のブラウスに手をかけた。しかし私は暴れることもなく、ただ静かに笑った。「警官さん、今の証言、お聞き取りましたね?」ドアが蹴破られ、刑事たちがなだれ込んできた。蒼介は態勢を整える暇も与えられず、あえなく制圧された。「この性悪女!夫を刑務所に送るつもりか!?昔のお前はこんなじゃなかった!この悪魔!」私は起き上がり、乱れた服を整えて彼を見下ろした。「昔の私は、くだらないルールのせいで『良妻』を演じなければならなかっただけ。でも今は自由よ。……言ってみれば、今の私があるのはあなたのおかげね、高槻社長」蒼介は呆然とし、まるで初めて見る他人を見るような目で私を見つめたまま、警察に連行されていった。高槻グループは崩壊寸前だったが、社長による拉致・強姦未遂という致命的なスキャンダルがトドメとなり、完全に破産した。蒼介の実刑は三ヶ月ほどだったが、彼が再起するチャンスは永遠に失われた。そのニュースを一番喜んだのは里美だった。彼女はしぶとく生き残り、ついに出産を終えた。彼女は蒼介が獄中で死ぬことを願っていた。そうすれば、永遠に怯えずに済むからだ。……冬が去り、春が来た。私は郊外に一軒家を買い、保護猫や犬たちと穏やかに暮らしていた。里美の友人によれば、里美は母親になってから憑き物が落ちたように穏やかになったという。年の瀬、蒼介が出所した。刑務所での生活は過酷だったようで、彼は右手の指を二本失い、足を引きずっていた。彼は私のオフィスの前に現れ、面会を求めた。警備員を伴って彼の前に立つと、彼は惨めな笑みを浮かべた。「優子、これで満足か?俺がこんな姿になったことで、お前への償いになっただろうか?」私は
私を見た瞬間、蒼介の顔から凶悪さが消え失せ、代わりに慌てふためいた表情と、気色の悪いほどの親愛の情が浮かんだ。「優子!?来てくれたのか!怪我はないか?」私は冷ややかに彼を見下ろした。「見直したわ、蒼介。ただの主体性のない能無しだと思っていたけれど、こんな残虐な一面も持っていたなんて」蒼介は鼻を鳴らした。「全てはこのアマが仕組んだことだ。自業自得だよ!優子、戻ってきてくれ!お前さえ戻ってくれば、この女も腹のガキもすぐに追い出す。高槻家を継げるのは、優子、お前が産む子供だけだ!」彼の薄情さは知っていたが、ここまでとは。それを聞いた里美も、もはや猫を被るのをやめた。彼女は血を拭い、嘲るように言った。「ハッ、笑わせないでよ蒼介。優子があなたに未練があると思ってるの?彼女、離婚届を手に入れた瞬間、嬉々としてサインしたのよ……」バシッ!蒼介が裏手で里美を殴り飛ばした。彼女は再び床に伏し、血を吐いた。蒼介は私にすがりつき、涙を流して懺悔し、戻ってきてくれと懇願した。だが今の私にとって、彼の言葉は犬の遠吠えと何も変わらない。私は最後に言い残した。「高槻グループは今、風前の灯火よ。この上、社長が身重の妻を虐待したなんてスキャンダルが出れば、再起の可能性はゼロになるわ」……私のスタジオの名声は高まり、出版した小説や脚本はネット上で社会現象となった。私は東都市のビジネス界にも進出し、わずか数ヶ月で多くの企業の株主となった。その背後には政財界の有力者との繋がりもあり、今の私には蒼介など手出しできない。ある日、商談の帰りに、田舎から出てきたらしき中年夫婦に髪を掴まれて引きずられている若い女性を見かけた。よく見ると、以前スタジオに来た里美の友人だった。彼女は経済的に困った実家の出身で、以前は里美の援助があるおかげで、何とか親の要求をかわしたり、口を挟ませないようにしてきた。しかし、その資金源が途絶えた今、両親はまるで「金の切れ目が縁の切れ目」とばかりに、彼女を実家に連れ戻そうとしているらしい。私は警察を呼んで彼女を助けた。彼女は涙を流して感謝し、恩返しを誓った。そして、里美の過去について語ってくれた。以前、里美の両親が健在だった頃、里美は何不自由ない暮らしを送っていた。しかし、実家の商売が破綻し、両
里美は疑わしげな顔をした。「どうして信用できるの?それに、どうやって蒼介にサインさせるっていうのよ」私は彼女の膨らんだ腹に視線を落とした。「他人には難しいでしょうけど、保科さんの『腕』があれば、きっと私を失望させない結果を出せるはずよ」去り際、里美は捨て台詞を残していった。「優子さん、約束は守りなさいよ。離婚が成立したら、二度と蒼介に近づかないで」……三日後、里美の友人が、署名済みの離婚届をこっそりとスタジオに持ってきた。紙面には酒の染みがついており、蒼介の署名と捺印が乱雑に記されていた。泥酔させて書かせたのだろう。里美の友人は高慢な態度で言った。「これは里美が苦労して手に入れたのよ。さっさとサインして。証拠としてコピーをもらうわ」私は眉を上げた。なかなかの用心深さだ。だが、その心配は無用だ。「里美によろしく伝えておいてね」私は躊躇なく署名し、コピーを渡した。友人は満足げに帰っていった。手元に残った離婚届を見て、私はこの世界に来て初めて、心の底からの笑顔を浮かべた。これで全てが終わった。システムのルールに従い、私と蒼介の縁は完全に切れた。彼の「好運」も、これで尽きる。半月後、高槻グループがトップニュースを飾った。コスト削減を焦った蒼介が、公共事業である小学校の建設プロジェクトにおいて、指定業者を排除し、格安の建設会社に発注した件だ。その結果、利益を優先した手抜き工事が行われ、耐震偽装が発覚。校舎が崩落し、百名以上の負傷者と十数名の死者を出す大惨事となった。メディアは連日高槻グループを糾弾し、当局の強制捜査が入った。巨大なビジネス帝国は、一夜にして瓦解の危機に瀕した。予想通りだった。蒼介は元々、優柔不断で分別のない男だ。これまでは私が傍にいて舵取りをしていたから、大過なく過ごせていただけなのだ。高槻グループが嵐の中にある今、蒼介に私を構う余裕はない。私のスタジオは順調に成長を続けた。もう二度と関わることはないと思っていたが、里美の友人が、髪を振り乱し、顔を腫れ上がらせて私のスタジオの前に現れた。かつての威勢は見る影もなく、彼女は地面に頭を擦り付け、助けを乞うた。無視しようかとも思ったが、通行人が足を止めて見ており、これ以上騒ぎになれば私のビジネス