Share

第8話

Auteur: 金稼
一方その頃。

優奈が無事だと聞いた圭吾は、ベッドから飛び起きて彼女の会社へ駆けつけ、上司の千夏を探し出した。

優奈が心を許している相手なら、きっと行き先を知っているはずだと思ったのだ。

「私も知らないのよ。五日前に仕事を辞めて、その後は広告撮影の仕事があったから残ってただけ」

辞めた?そんな大事なこと、なぜ一言も教えてくれなかったんだ。

胸がざわめき、ふと彼は病院で眠っていた彼女の姉——森下友香(もりした ゆか)のことを思い出した。きっと姉のそばに行ったのだ、と。

慌てて病院に駆け込むと、医師はこう答えた。「森下さんにお見舞いですね?昨夜、妹さんが退院の手続きをされました。どこで治療を続けるかまでは、こちらも存じません」

圭吾は立ち尽くした。どうして。

黙って姉を連れ出したのは、きっと昨夜の出来事で自分に失望したからだろう。だが、五日前の時点でもう会社を辞めていたなんて。

出張から戻った後の彼女の冷たい態度を思い返し、背筋を這い上がるような恐怖に襲われた。

「圭吾くん!」息を切らした美鈴が追いつき、腕をつかむ。「起きたばかりなのに、何で走り回ってるの。さあ、病院に戻るのよ」

「邪魔するな!」苛立った圭吾は、彼女を乱暴に振り払った。

これまでそんな扱いを受けたことのない美鈴は、呆然と立ち尽くし、すぐに涙で目を潤ませた。「頭おかしくなったの?来週には私たちの婚約式なのに!なのにあなたは何をしてるの。あの女のせいで吐血して自殺未遂までして……今度は狂ったように探し回って……私を何だと思ってるの!」

足を止めて振り返った圭吾は、涙を浮かべる美鈴を見つめた。

この瞬間、彼自身も不思議に思った。かつて少年の頃に心から愛した女性が目の前に立ち、自分のしたことに傷ついて涙を流しているのに、心には何の波も立たなかった。ただ、見知らぬ人を眺めているかのように感じていた。

彼は何も言わず、再び歩き出した。

その夜、圭吾は優奈の知り合いという知り合いを片っ端から訪ね歩いたが、誰も居場所を知らなかった。

翌朝十時半。執事がやって来て圭吾に言った。「西川家の婚礼がまもなく始まります。奥様からのご命令で、今すぐご出席を」

圭吾の表情が沈んだ。

中村家と西川家の仲は悪くはない。だが幼い頃から、彼と律人は犬猿の仲だった。子どものころは殴り合い、大人になれば仕事で
Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application
Chapitre verrouillé

Latest chapter

  • 朝も夜も、もうあなたはいない   第19話

    二人が食卓に戻ったとき、執事が入ってきた。「奥様がまだ外に立っておられます。中に入ろうとされず、大雪の中でずっと待っていて……このままでは倒れてしまいかねません。お正月にそんなことがあったら縁起でもないので……」優奈はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。「……行って、会ってくる」玄関に出ると、里穂が駆け寄ってきた。「瑠莉、やっと会ってくれたわね、私の娘!」中村瑠莉(なかむら るり)――それは里穂が娘に名付けた名前だ。大切な宝物という思いを込めて。「……私は瑠莉じゃない。おばあちゃんの姓を名乗ってるの。森下優奈っていうの。だからもう来ないで。私はあなたを母とは思わないし……大嫌い」その言葉に、里穂の呼吸が詰まった。胸が押し潰されるように痛み、目に涙が溢れる。「……悪かったわ、あの時は本当に分からなかったのよ。あなたが私の子だって気づけなくて……ごめんなさい。きっと圭吾のことが許せないんでしょう?でももう二人とも家から追い出したわ。戻ってきてくれるなら、この家も財産も全部あなたのもの。失った年月を、必ず埋め合わせるから!」優奈は振り返らずに歩き出した。「……帰って」里穂の必死の声が背中を追いかけてきた。「瑠莉!……優奈!」連休が終わると、律人の祖母はまた世界一周の旅へ出発した。優奈も姉を連れて市を離れ、各地を巡りながら心を休めた。二年後、ようやく戻ってきた。帰国の二か月前、見知らぬ番号から短いメッセージが届いていた。【ごめん、愛してる】その数日後、圭吾が亡くなったと友人から聞かされた。あの日、母に家を追い出され、彼は歩けない体を抱えて転げ落ちるように生きてきた。苦しかったのはお金ではなく、かつて中村社長と呼ばれた自分が一気に谷底へ落ち、人々の嘲笑にさらされ続けたこと。精神的な苦痛のほうが、よほど耐え難かった。美鈴はそばにいて、望むならすべてを差し出す覚悟だったのに、彼は一度も受け入れなかった。最後の数年は、十数平米の汚れた安アパートで過ごしたという。自ら命を絶ったわけではなく、長く病を抱え、二年耐えた末の死だった。生命力が強いとさえ言えた。訃報を聞いても、優奈の心は静かだった。ただ一つ思ったのは、あの過去は、ようやく完全に終わったのだということ。これで本当に過去を手放せる。そして、新しい

  • 朝も夜も、もうあなたはいない   第18話

    「ちょっと、先に離して……息ができない」優奈がそう言うと、律人は我に返ったように腕をゆるめた。彼は深く息を整え、里穂が会社に押しかけてきた件を話す。「……会ってみる気はある?」優奈は首を横に振った。この十数年、親がどんな人なのか考えたことは何度もあった。けれど初めて再会したその日に、カードを投げつけられ「うちの息子に近づくな」と突き放されるなんて想像もしなかった。二度目に会ったときは、自分の息子がどんな罪を犯したか知っていながら庇い、逆に自分を平手打ちにした。そして「捨てられるのも無理はない」などと言い放った。そんな母親を受け入れることなんてできない。必要もない。「分かった。そう伝えるよ」少しの沈黙のあと、律人が問いかける。「……お姉さんも目を覚ました。これからどうするつもり?」「契約通りなら、一年は夫婦を演じて、そして離婚する。その後は姉さんと一緒に、国内をいろいろ回ってみたい」「その契約書、俺の分はもう破いた」「……え?」「つまり、君は自由だってこと。行きたい時に、行きたい場所へ行けばいい。契約なんて気にしなくていいし、祖母のことも心配いらない。連休が終われば、また長い旅に出るから」優奈はしばらく彼を見つめ、言葉を失った。二日後、大晦日。彼女は西川家の本宅で新年を迎えた。外では白い雪が舞い、夜空には花火がきらめいていた。家の中では、大勢が集まって年越しのごちそうの最後の一品を仕上げていた。優奈は、こんなふうに幸せを感じたのは本当に久しぶりだった。鍋からはいい匂いが漂い、姉と律人の祖母は並んで座り、窓に飾る切り絵を作っていた。その間、優奈と律人はベランダに出て、外で盛大に打ち上がる花火を眺めていた。しばらく花火を見つめたあと、優奈がふいに口を開く。「……あなた、私のこと好きなの?」思いがけない言葉に、律人は一瞬ぽかんとし、心の中で苦笑する。彼女の鈍さなら、この答えに気づくまで十年はかかると思っていたのに。だが同時に知っていた。優奈の前の恋は、ただの失敗ではなく、人生を壊しかねないほど痛ましいものだった。圭吾は彼女の全てを傷つけた。あの影を完全に手放すには、時間と勇気がいる。彼女に重荷を背負わせたくなくて、否定しようとした瞬間。「おばあさんに聞いたわ。あなた、嘘をつく時いつも鼻を

  • 朝も夜も、もうあなたはいない   第17話

    心のつかえが解けたことで、優奈の表情は明るくなり、笑顔も増えていった。けれど圭吾の日々は、地獄のように重かった。生きる気力はとうに尽きていた。それでも自ら命を絶たなかったのは、優奈との約束を破りたくなかったからだ。彼女が今、この世で一番自分を憎んでいると分かっていても。「圭吾くん、ご飯少しでも食べて」美鈴は食事を並べ、箸を差し出した。けれど圭吾は彼女を見ようともせず、手の中の写真を指でなぞっていた。それは彼が安アパートで見つけた、幼い頃の優奈の写真だった。「俺たちの婚約はとっくに解消されてる。もう俺のところに来て時間を無駄にする必要なんてない」美鈴は長く黙り込んだ後、低い声で言った。「圭吾くん、私たち六歳のときから知り合いよね。あなたが二十年以上も好きでいてくれたのに……私はずっと、あなたを都合のいい彼氏みたいに思ってた。婚約解消されたら、きっとまた政略結婚させられる。なら、知らない誰かより、あなたと一緒になればいいって。ずっとそんなふうに考えてたの。「でも帰国した時、あなたの隣にはもう別の人がいた。その時、どうしようもなく嫉妬して、悔しくて仕方なかった……最初はただ私の彼氏を誰かに取られたのが悔しいんだと思った。でも、あなたがこんなふうになってしまった今、それでも一緒にいたいと思ったの。……その時やっと気づいたの。私、本当にあなたを愛してるんだって」圭吾の目は揺れなかった。何十年想われた告白でさえ、彼にとっては「今日は天気がいいね」と同じ程度の響きにしかならなかった。「美鈴……もう昔のことだ。俺はもう、君を愛していない」美鈴は顔を伏せ、涙をこぼした。「……うん、分かってる。私たち、ほんとに馬鹿ね」彼女が自分の想いに気づいた時、彼はすでに別の人を愛していた。そして彼が優奈を愛していると自覚した時には、すべてを壊す過ちを犯した後だった。できることといえば、これ以上失わないように嘘で塗り固めることだけで、挽回の余地などどこにも残されてはいなかった。二人の愛は、いつもすれ違っていた。美鈴が去った後、里穂が病室を訪れた。生気を失った長男の姿に、ほんの少し胸が痛んだ。だがそれ以上に腹立たしかった。どうしてこうも情けないのか。彼女には分からなかった。なぜ優奈がここまで彼を、そして西川家の息子まで夢中にさせるのか

  • 朝も夜も、もうあなたはいない   第16話

    病室の外で待っていた里穂は、入口に立ち尽くす匠真を見て、不思議そうに声をかけた。「どうして入らないの?入口で立ってるだけなんて」「母さん、中には優奈がいるから……俺は遠慮しておくよ」その答えに里穂は一瞬きょとんとしたが、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴った。「まさか……優奈を呼んだのはあなたなの!?この馬鹿息子!」彼女がドアを開けようとした時、タイミング悪く優奈が笑顔で出てきた。「お久しぶりですね、中村さん」匠真は母がなぜ急に怒ったのか分からなかった。だが病室を覗いた瞬間、ベッドの上で血を吐く兄の姿を見て愕然とした。「兄さん!どうしたんだ!」慌てて医者を呼びに走る。病室の外では、里穂が優奈の頬を思いきり平手で打ちつけた。彼女は圭吾に対して母子の情などほとんど持っていなかった。だが、十数年かけて育て上げた後継者であり、いつか娘を見つけた時には、その支えとして残しておくつもりだったのだ。それを今の状況で駄目にされたのだから、怒りを抑えられるはずがなかった。「分かってるのよ!あなたがあの夫婦をそそのかして圭吾に復讐させたんでしょ?全部、昔あの子が恭介に住所を漏らした報いを受けさせるために!」優奈は唇の血を拭うと、逆に里穂の頬へ手を振り抜いた。「彼がこうなったのは自業自得よ。私はただ真実を伝えただけ。恭介の両親には知る権利があるでしょう?」そう言って背を向けると、背後から里穂の罵声が飛んだ。「やっぱり捨てられるはずだわ。そんな冷酷で意地の悪い女、親だって怖くて育てられないわよ!」優奈は振り返り、氷のような視線を投げた。もう一度、彼女の頬を打ってやりたい衝動が湧いたその時。不意に携帯が鳴り、画面に「病院」の文字。「森下さん、あなたのお姉さんが……今、目を覚ましました!」一瞬、呆然とした。だがすぐに我に返り、何もかも忘れて駆け出した。三年間眠り続けた姉が、ようやく目を覚ました。病室のベッドの上、彼女はまだ言葉がたどたどしく、記憶も三年前で止まったまま。「……おばあちゃんは?おばあちゃんはどこ?」優奈の胸が締めつけられる。祖母は若い頃、夫の暴力に耐えかねて身を投げようとした時、川辺で捨てられていた赤ん坊――姉を拾った。それがすべての始まりだった。祖母は姉を抱きしめ、村を出て、都会で最も過酷で給料の安い仕事をしながら必死に育てた

  • 朝も夜も、もうあなたはいない   第15話

    数日後、優奈はニュースで恭介の両親の名前を見た。彼らは車で中村家の長男の車に突っ込み、大事故を起こしてその場で死亡。圭吾は重傷を負い、病院に運ばれたが生死は不明だという。優奈はニュースを消し、つまらなそうに吐き捨てた。残念、死んでなかったのね。翌日、姉の様子を見に病院へ行くと、医者から「順調に回復していて、目を覚ます可能性が高い」と聞かされた。優奈は毎日、昏睡した姉に語りかけに通っていたが、その日、廊下で匠真に呼び止められた。彼は疲れ切った様子で、充血した目を潤ませながら言った。「優奈……お願い。兄さんに会ってやってくれないか」優奈が無表情で通り過ぎようとすると、彼は頭を掻きむしり、今にも泣き出しそうな声を絞り出した。「兄さん、事故にあって命は助かったけど……両脚を切断したんだ。生きる気力を全部なくしてて……頼む、会ってやってくれよ」その言葉に優奈は足を止め、口元に笑みを浮かべた。「そうなの。可哀そうね。それじゃ、一緒に行ってあげる。ちゃんと励ましてあげなくちゃ」「……ほんとに?」匠真の顔に喜びが広がったが、その奥には寂しさも混じっていた。彼にとって兄は恋敵でもあったが、一緒に育った家族だ。だからこそ、愛する優奈に頼んででも兄に生きる希望を与えたかった。けれども、彼女が素直に頷いたことで、心の奥底に嫉妬が芽生えた。ここまで関係がこじれてしまったのに、兄が事故に遭ったと聞いた優奈は、憎まれ口を叩くどころか見舞いに行くと応じた。彼は思った。優奈はかつて、本当に兄のことを愛していたのだろう、と。複雑な気持ちを抱えながら、彼は優奈を連れて中村家の私立病院へ向かった。病室の扉を開けた瞬間、コップが飛んできて壁にぶつかった。低く押し殺した声が響く。「出ていけ、今は誰にも会いたくない」閉まる音が聞こえないことに気づき、圭吾はいら立ったように顔を上げた。「……優奈?」その瞬間、瞳が大きく揺れ、光が宿った。「来てくれたんだな……やっぱり、まだ俺のことを想ってくれてるんだ」だが次の瞬間には慌てて布団を引き寄せ、自分の体を隠した。「見るな!……」この姿を……記憶に残すな……優奈は鼻で笑った。「前に言ったわよね。私がもう一度チャンスをあげるなら、何だってすると。じゃあ一つだけお願いがあるの。何があっても、生き続けるって

  • 朝も夜も、もうあなたはいない   第14話

    あの時、車で祖母を轢き殺した犯人の名前は藤原恭介(ふじわら きょうすけ)だった。恭介の両親は息子を甘やかして育て、裁判の前には死刑を免れようと、優奈に嘆願書を書かせるためにあらゆる手を使った。だが結局、恭介はその場で死刑を言い渡された。逆上した両親は刃物を手に優奈に襲いかかり、道連れにしようとしたが、警察に取り押さえられて数年の刑を受けた。今年、ちょうど刑期を終えて出所したはずだ。優奈は彼らの居場所を調べ、手紙を送って午後に会う約束を取りつけた。二人は承諾した。当日、優奈は一時間前にカフェに到着した。経験豊富なボディーガードを数人雇い、隣の席に座らせる。落ち着いたところで、小さな花束を抱えた少女が近づいてきた。「お姉さん、隣のお兄さんが渡してって」優奈は受け取らず、少女の視線を追った。カフェのピアノのそばに圭吾が立っていて、彼女をじっと見つめていた。あふれそうな想いを隠そうともせずに。優奈の体は一瞬で硬直した。全力で抑え込まなければ、目の前のナイフを掴んで刺してしまいそうになる。「優奈……」圭吾が近づく。「少し話をさせてくれないか」その時、助手が小さな箱を持ち込んだ。圭吾は中身をひとつずつ取り出す。蓮の形をしたランプ、パズル、手編みの安物のミサンガ――すべて二人の記憶に結びついたものばかりだった。「最初、君と一緒にいた時、俺は確かに美鈴の代わりだと思っていた」言い終えるより早く、熱いコーヒーが二杯、彼の顔に浴びせられた。優奈の本音は、コーヒーをかけるどころか、本当にその場で殺したいほどだった。顔を焼く痛みに耐えながら、圭吾はかすかに笑う。だが心の痛みの方が何倍も強い。「でも……君が一緒に借金を返すと言ってくれたあの瞬間から、俺の気持ちは本物だった。この品々が証拠だ、俺たちは確かに愛し合っていたんだ」「証拠?」優奈は冷たく笑う。彼女は机の上の品を一つずつ箱に放り込み、ボディーガードに命じて暖炉へ放り込ませた。火はすぐに燃え広がり、圭吾が気づいた時にはほとんど焼け落ちていた。彼は慌てて駆け寄り、手を火に突っ込んでかき出そうとしたが、助けられたのは黒く焦げた蓮のランプだけだった。「俺のランプ……」圭吾は震える手でそれを抱えた。そのランプを優奈は奪い取り、床に叩きつけ、靴で粉々に踏み潰し

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status