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第2話

Auteur: 深夜の蝋燭
録画の中で、若い女性が一枚の紙を男性の前に差し出した。

「誠、DNA鑑定の結果が出たの……これ、私たちの子供よ」

少年の目は見開かれ、その言葉を何度も繰り返し咀嚼しながら、声はかすかに震えていた。

「早苗(さなえ)、これが俺たちの子供だって……ありえない……どういうことだ?」

少女は胸を痛めながらも、なお静かに問いかけた。「そばにいてくれない?」

少年の目には嫌悪の色があふれ、怒鳴るようにして不満を爆発させた。「子供なんてこれっぽっちも欲しくない!結婚なんてもっとごめんだ!勘弁してくれ!」

「わかった。でも、これは一生の借りだからね」

録画はここで突然終わった。

里奈はスマホの画面を見つめ、心が長い間静まらなかった。

若き日の無軌道で奔放な振る舞いが、彼に五年もの間悔やみ続ける結果をもたらしたのだ。

彼が常に身に付けているあの十字架は、祈願のためではなく、守り切れなかったあの子への後悔の証だった。

かつて彼が失ったこの娘は、この五年間で、きっと彼の心の中に深く根を下ろし、もう抜けなくなっていたに違いない。

里奈は明け方まで眠れず、カーテンの隙間からの光がベッドの端まで這い上がってきた時、ようやく隣の寝床がすでに冷めきっていたことに気づいた。

ベッドサイドには押し紙が置かれていた。【姉ちゃん、会社に急用が入った】

今日は彼女の誕生日だというのに、前もって休暇を取っていた彼が、これほど急いで立ち去り、言い訳すらろくに整えていない。

時刻はまだ早く、五時半を回ったばかりだ。

五年間、彼は一度も早起きしたことがなく、出勤は常に時間ぎりぎり、休日なら尚更、彼女を引き止めて一緒に朝寝坊をしていた。

彼は以前からよくこう言っていた。「早起きは死ぬほど辛い。今までそれを覆す価値のあるものなんてなかった」

里奈はスマホでイヤホンの位置情報を開くと、小さな赤い点が空港ターミナルで点滅している。

答えは明白だ。

会社に行くわけがなく、明らかにあの「子猫」を出迎えに行っているのだ。

胸がぐっと締め付けられ、溺れるような絶望感がまた押し寄せてきた。

彼女はまた裏切られたのだ。

ふと、十年前の恋を思い出した。青春も真心も全てを注ぎ込んだのに、二十八歳の時、彼に「実家が遠距離の結婚に反対している」という一言で、あっさり捨てられたのだ。

彼女は丸二年間痛みに苦しみ、毎晩バーに通っては酒に溺れていた。

あの日、数人のチンピラに因縁をつけられ、無理やり車に引きずり込まれそうになった瞬間、誠が駆けつけてきた。

男は潮風の爽やかな香りをまとっていた。彼は暗闇を切り裂く一道の光のように突然現れ、彼女を背後に護ると、目の前のチンピラどもを起き上がれない程に殴り続けた。

彼女はその場で気を失い、三日間高熱に苦しんだが、彼は病室のベッドサイドで三日間付き添っていた。

それ以来、彼女の灰色の日々に、熱情溢れる青年が現れた。

彼はいつも彼女に寄り添い、笑いながら「姉ちゃん、俺を養ってよ」と口にした。

そうして五年が過ぎた。

仮に子犬を飼ったとしても、情が移るものだ。ましてや彼女はとっくに本心を揺さぶられていた。

三十五歳の誕生日となった今日、一言の祝福も、ひとつの抱擁もなく、彼女は空っぽのリビングで一人、明け方から暮れ方までただ座り続けていた。

玄関で突然笑い声が響き、誠はホットパンツ姿の女性に支えられながら入ってきた。

里奈が口を開くより早く、その女性が甘ったるく「白野先輩」と呼びかける。

普段誠に倣って「里奈」と呼んでいる仲間たちまで、この時ばかりは恭しく「白野先輩」と呼んだ。

この女はわざとやっているのだろう。

意図的に世代の差を見せつけ、彼女を自分の家でよそ者扱いされるように仕向け、少しずつその面目を潰していく。

「私、帰国したばかりで、誠がみんなを集めて歓迎会を開いてくれたのです。数杯飲んだだけですぐ酔っ払っちゃって。相変わらず酒癖は変わらないですね」

女性は笑いながら皆を見回した。「あの時彼が酔っ払ったこと、まだ覚えてる?」

「あったあった」と誰かが応じる。「早苗、お前あの時奥さんと間違えられて散々振り回されたじゃん」

「そうそう」ともう一人も笑いながら続ける。「彼はお前を抱きしめて『いい香りだ』って言いながら、しばらくキスしてたよね。翌日目が覚めて、何があったか分からなくてぼーっとしてただろう」

彼らは早苗を中心に話が盛り上がり、里奈はそうした断片的な話から、自分と誠の過去の繋がりを少しずつ紡ぎ出していた。

里奈は深く息を吸い、礼儀正しく割り込んで言った。「送ってくれてありがとう」

荒木聡(あらき さとる)が素早く反応し、さっと誠をソファに寝かせた。

「白野先輩、それじゃあ失礼します」

里奈は取り繕った笑顔を作ったが、早苗は帰り際に振り返り、親切心からかこう忠告した。

「誠は酔っているから、絶対に風呂に入れないでください。翌日必ず熱を出しますから。ハチミツ水を作ってあげて、蜂蜜1さじに水3さじ、多いと甘すぎるって文句を言いますよ。それに……」

里奈は耳の奥でブンブンという音が響いているようで、その後は一言も聞き取れなかった。

道理で誠は酔っ払った時でも、彼女が作ったハチミツ水を決して飲まなかった。無理に体を拭こうとした時も、強い拒絶を示したのだ。

これらの彼女の知らない習慣は、とっくに誰かに心に刻み込まれていたのだ。

そして恋人である彼女は、まるで部外者のように何一つ理解していなかった。

早苗は興味深げに彼女の動揺した様子を観察していた。

里奈は作り笑いで内心の動揺を誤魔化すしかなかった。「恋人だから、そんなこと言われる筋合いはないわ」

その一言で早苗の表情は一変し、長いまつ毛が涙で濡れながら震えた。「白野先輩、誤解してるんじゃないですか?私と誠はただの親友で……」

親友?

あの録画での争い、アイコンのベッド写真は一体何だったんだ?

そんな言い訳は、里奈にただ嫌悪感を抱かせるだけだった。

「本当に親友なら」彼女は顔を上げ、声のトーンを冷たく落として言った。「二人のベッド写真をアイコンの背景に使うか?」

「何をバカなことを言ってるんだ!」

ソファで酔ってぼんやりしていた誠が、ふらつきながら立ち上がり、手を伸ばして掴んだのは早苗の手首だった。

里奈は一瞬固まり、早苗の手首に視線が釘付けになった。

あのダイヤのブレスレットが、眩しくてたまらない。

この前、宝石店で目にして気に入ったあのデザインだ。ダイヤの光が肌によく引き立つと思い、何気なく誠に「好き」と伝えておいた。

店からとっくに配送通知は届いてるが、彼からの誕生日の贈り物だと思い込んでいた。まさか……

胸が締め付けられる思い出、喉が詰まる感覚が幾度も押し寄せた。誠の目が赤く、顔には見たことのない慌てた様子があった。

「白野里奈!あいつは俺のだいじな仲間だ!赤の他人じゃない!そんな風に彼女のことを言うのは許さない!」

酒臭い息が顔にかかった。「白野里奈」という呼び方が胸に重く響いた。

彼がフルネームで彼女を呼んだのは、これが初めてだ。

「早苗をいじめる奴は、誰であろうと絶対に許さない!あの子をまた追い詰めるわけにはいかない。俺が認めない!

里奈、謝れ!」
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