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第1079話

Author: 夏目八月
さくらは今、女学校の開校という重要な案件を抱えていた。紫乃に萬谷家の件を任せ、自身は教師陣の編成に力を注いでいた。

既に五名の教師が決まっていた。左大臣の孫娘である相良玉葉、清良長公主の義姉である越前夫人、土井国太夫人、深水青葉、そして清良長公主の昔の読書友であった武内家の長女だ。

武内家の長女は今年三十を迎えた。幼馴染みであった婚約者を、結婚の準備中に戦場で失って以来、再び縁談に応じることはなかった。

深水青葉は唯一の男性教師となる。だが、彼は大和国でその名を馳せた才人であり、その人格と高潔な品性は誰もが認めるところ。

むしろ、彼の名声によって、より多くの生徒が集まることだろう。

土井国太夫人は長らく社交界から身を引いていた。若かりし頃は才女として名を馳せ、夫と共に大和国の津々浦々を巡り、『山河志』を著した。今の大和国の地図は、夫である土井殿が主導して作り上げたものだ。

夫婦は大和国に大きな功績を残した。数年前まで各地を遊歴していたが、土井大人が仙界に旅立ってからは、その足を止めた。

今や七十を超えてなお矍鑠とした姿を保つ土井夫人だが、めったに人前には姿を現さなくなっていた。

さくらが訪れた際、土井夫人は快く引き受けてくれた。「目は霞んでおりますが」と老夫人は微笑んだ。「この胸に燃える炎だけは、まだ消えてはおりませぬ。この火種を、次の世代に託したいのです」

深水師兄の起用は、さくらの計算があってのことだった。その名声は多くの生徒を集められるはず。誰もが彼から学びたいと願うのだから。

現在、五名の教師で百名の生徒を受け入れる予定だ。

当初、さくらは生徒集めに苦労するだろうと考えていた。この時代、女性に才は不要とされ、名門の娘たちですら、女訓や貞女経を読む程度で十分とされているのだから。

ところが、募集を告知してわずか一日で、百名の定員が埋まってしまった。

学校の名は、太后が「雅君女学」と名付けられた。高尚にして雅やかな君子たる女性を育てる場として。

生徒の書類は全てさくらの手元に集められた。彼女は塾長の任を受けることになったのだ。多忙を理由に辞退しようとしたものの、天皇の任命となれば、断るわけにもいかない。

生徒たちは一様に官家の子女たち。高位も低位もまじっていた。

有田先生は書類に目を通しながら、「最初の生徒たちは、交際目的で来ると
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