極道の孫娘×若頭×時空を超えた王子!? お嬢を巡るトライアングル・ラブコメディ! 如月流華は、極道一家の組長を祖父にもつ“筋金入りのお嬢”。 護衛兼世話係の若頭・龍之介とともに、世間とはちょっとズレた毎日を過ごしていた。 そんなある日――お風呂から、見知らぬ男が現れた!? しかも彼は、時空を超えてやってきた“王子様”で、なぜか私のことが大好きらしい。 突如始まる王子との共同生活。 次々と現れる“時空を超えた訪問者”たちに、私の平穏な日常は大混乱! そして気づけば、今まで“家族同然”と思っていた龍のことが、どんどん気になってきて……? 壮大で予測不能な恋と運命が交錯する、はちゃめちゃラブコメディ開幕!
View More「んー、いい気持ちっ」
お風呂の湯舟の中で、うんと伸びをする。
ちょうどいい具合のお湯に肩まで浸かり、手でお湯をすくうとそれを顔にかけた。鼻歌が自然とこぼれる。
楽しいメロディーが響き渡り、風呂場を包み込んでいく。 立ち込めた湯気に癒され、目をつむる。 靄がかかった空間で、どこか夢ごこちにぼーっとするのが好きだった。しかも私の家のお風呂は檜風呂。
床も壁も天井も湯舟も、全てが檜でできている。 息を吸い込むと檜の匂いがして気分がいい。見た目にも、やはり木は心が和むように感じられる。
この檜風呂はおじいちゃんの趣味だ。
私の祖父は極道一家、如月(きさらぎ)家三代目組長、如月大吾(だいご)。泣く子も黙るって言いたいけど、今は孫に甘い普通のおじいちゃん。
昔はそうとう尖ってたみたいだけど、私の親が死んでから、丸くなったって組の人から聞いた。普段はすごく明るくて、ふざけることも多いから、本当にこの人極道の組長なのかって疑いたくなるけど……。
まあ、そこは目をつむろう。私の母は、おじいちゃんの愛娘。
もともと体が弱かったせいもあり、私を生んですぐに死んでしまった。 私の記憶の中に、母はほとんどいないけれど。父や祖父が母のことをたくさん聞かせてくれたから、私の心の中で母は生き続けている。父はもともと一般人だったが、母と結ばれ極道の道へと足を踏み入れた。
母は始め、父と駆け落ちして家を出た。 祖父に二人の関係を反対されたことと、父の性格上、極道は無理だと判断してのことだったらしい。 まあ、無理だと思う。私の父は優しい性格だから。しかし、しばらくして祖父のことをどうしても放っておけなくなった母が、父と共にこの家へ戻ってきた。
父はあまり極道の世界に馴染めていなかった。
とても優しく温和な人だったから、誰が見ても不釣り合いだったそうだ。 それでも父なりに、一生懸命に祖父の言うことを聞き、忠実に仕事をこなしていった。ところが私が幼いとき、敵対する組との抗争中に、私が人質に取られてしまったことがあった。
父は命がけで私を守り、亡くなった。と祖父から聞かされている。私はそのとき眠らされていて、詳細はわからない。
組の誰に聞いても、はぐらかされ、皆口を閉ざした。 子どもながらに、このことは聞かない方がいいと判断した私は、自分の胸にそっとしまっておくことにした。思い出の中の父は、とても優しく、いつもめいいっぱいの愛を私に注いでくれた。
それだけで、十分。両親が亡くなってからというもの、祖父が親代わりとして、一生懸命に私を育ててくれた。
祖父のことが私は大好きだ。いつも前向きで、明るくて、私のことを大きな愛で見守ってくれる。
時には厳しく時には甘く。どこか達観していて、人生のアドバイスなんかもしてくれる。 まあ、ちょっとふざけ過ぎるときもあるが、それも祖父のいいところだと思っている。祖父には、いつか恩返しができたらいいな、と思う今日この頃。
コンコン、と浴室の扉を叩く音がする。きっと龍(りゅう)だ。
「お嬢、もうそろそろあがらないと。またのぼせますよ」
「わかってる! もうすぐあがる」私ももう十五歳、高校一年生。年頃の女性だ。
なのに、なんでお風呂入っているときに、脱衣所に男がいるのかって?
まあ、普通じゃないよね。 そう、彼はこの如月家の若頭、神谷(かみや)龍之介(りゅうのすけ)。通称、龍。
はじめて会ったときは、まだヤンチャ盛りの金髪ヤンキーという印象だった。
ちなみに、これは私の感想。今では、硬派な黒髪優男風に変化している。
見た目には、極道なんて無縁の人みたいに見える。普通に黙って立ってたら、よく女性からナンパされる程になかなかのイケメンだった。
私には、どこがいいのかさっぱりわからない。
まあ綺麗な顔立ちをしているし、スタイルも悪くないけど……。龍は、彼が十八歳の時に組に入ってきた。ちなみに私は十歳だった。
金髪だし、目つきは悪いし、図体もでかい。はじめは、なんだこの大男は、って思ったっけ。たった二年で、組の若頭の座に上り詰めた男。
今は、二十三歳という若さで、組をまとめる存在となっている。組の皆からも、時期組長候補と言われ、厚い信頼を得ていた。
そんな龍は、なぜか私の側から離れない。 来る日も来る日も私に付きまとい、早五年。 うざいくらいにいつも側にいて、私を守り付き従う。いや、若頭として他にやることあるだろって言うのに、おじいちゃんにも了承を得たからと言って、あまり仕事してる姿を見たことがない。
いや、龍のことだから、私の知らないところでささっとこなしているのかもしれない。
龍は相当できるって組の人たちいつも言ってるし。あのおじいちゃんでさえ、龍には一目置いているようだった。
祖父は、普段とぼけているように見えても、組のことになると厳しい。
かなり恐いらしく、組の者たちも祖父に恐れをなしているくらいだ。 そんな祖父が認めるんだから、きっと龍はすごい男なのだろう。 そうこう考え事をしていたら、本当にのぼせてきてしまった。もうそろそろあがりますか。
そう思った矢先、お湯の中から泡がポコッと一つ現れた。え? 何?
そして、次々に泡が生まれはじめる。
泡はボコボコと激しさを増していく。いや、これ、異常だよね?
マグマのように、目の前のお湯がボコボコと泡立っていく。
お湯が飛び散り、前方が全く見えなくなる。 頭上からお湯が大量に降り注ぎ、私はシャワーを浴びたようにびしょ濡れになってしまった。すると今度は、徐々に泡が少なくなっていき、先ほどの事態が嘘のように静まり返る。
と同時に、何か嫌な感触が足に触れた。え? これって人肌……のような。
閉じていた目を、恐る恐る開けていく。
目に飛び込んできたのは、金色の髪の毛。
湯船に浸かりながら、その人物は下を向いている。 髪からは水が滴り、金髪がぺちゃんこの状態だ。顔は見えないが、これは――。
「き、きゃーーーーー!!!」
私は大きな叫び声をあげ、湯舟から急いで脱出する。
「どうされました!」
龍が浴室の扉を乱暴に開け、風呂の中へ突進してくる。
「何勝手に入ってきんの!」
私が龍にパンチを繰り出すと、その拳を受け止めながら龍は反対の手でバスタオルをこちらへ手渡してきた。
「申し訳ありません、お嬢の裸は見ておりません」
確かに龍の視線はこちらへ向いていない。
バスタオルを受け取り、急いで体に巻いた。「お嬢! あいつはいったい……」
湯舟にいる人物を見つめながら、龍が怪訝な顔でつぶやいた。
「そうだった! あいつ、急にお湯の中から現れたのっ」
煙が立ち込めていてよく見えなかったが、よく見るとその人物は気絶しているようだった。
湯に浸かりながら、頭を湯船のふちにひっかけ寝息を立てている。「いったい……どうなってるの?」
私はまじまじと見つめる。
すやすやと気持ちよさそうに眠るその人物は、なんと男だった。絶句し、呆然と男を眺める私に、龍がそっと告げる。
「お嬢、あとは私が。お嬢は着替え、外でお待ちください」
龍に促され、私は混乱する頭を冷やしながら、いそいそと風呂場をあとにした。
病院の帰り道、夕陽に照らされた道を龍と二人で歩く。 私は今日起こった不思議な出来事を、龍に話して聞かせた。「へー、すごい偶然ですね。 ……でも、よかった。そのおかげでお嬢の気持ちが少しでも軽くなったなら、大吾様も嬉しいでしょうね」 龍が嬉しそうな笑顔を私に向ける。 思い詰めていた気持ちが少しだけ晴れやかになっている自分に気づき、私も自然に笑みがこぼれた。「ありがとう……皆には心配ばかりかけてるよね」 私が落ち込んだように下を向くと、龍が少しムッとした表情になる。「何を言っているのですか? 皆お嬢のことが大好きで大切だから心配するんですよ。 お嬢、もっと笑顔を見せてください。その方が皆幸せですから」 龍が満面の笑みを見せるので、私もつられて微笑んでしまった。「そうだね、うん……そうする」 私が龍を見つめると、龍はすぐに視線を外す。「どうしたの?」 「なんでもありません」 龍が目を合わせてくれないので、私は悔しくて少しむくれた。「なら、こうしてやるっ」 龍の脇をこちょこちょする。「ひゃ、や、やめてださい。ひっ、ひひ」 龍は体をうねらせながら、必死に笑いを押し殺している。 昔から龍の弱点の一つだ。私だけが知る、龍の秘密。「ごめん、ごめん。そういえば、龍の弱点って他にはないの?」 私はいたずらっ子の表情で、龍を覗き込む。 すると、なぜか龍はあきれた顔をして、私のことをじーっと見つめてきた。「それは……自分の胸に手を当てて、よーく考えてみてください」 「何よ、いじわる」 何だか嫌味なその言い方に、腹が立った私は龍にそっぽを向いた。 そして、さっさと歩き出す。「あ、お嬢! そんなに先に行かれては危ないですよ!」 慌てた様子のその声に、私はため息をつく。 本当に龍は過保護なんだから。 勢いよく振り返ると私は笑顔を見せる。
一週間後、私は彼の父親との約束を果たすため、病院へ向かった。 龍がどうしても付き添うと聞かないので、一緒に行くことにする。 人を連れて行くのは気が引けたが、龍の心配が痛いほど伝わってきて、無下にすることはできなかった。 病院の受付で私の名前を告げると、一人のスーツ姿の男性が迎えにきて私を病室まで案内してくれる。 龍は病室の外で待機するように指示され、私は一人で病室へと入っていった。 「やあ、流華さん、いらっしゃい」 病室にはベッドで寝ている青年と、その父親の二人だけだった。 父親がこちらへ笑顔を向ける。この前より柔らかなその表情に、私はほっと胸を撫で下ろした。「こんにちは。お邪魔します」 私は深く一礼すると、ゆっくりと歩みを進めた。 ベッドには安らかな顔で眠る青年、中村透真が眠っている。「彼の状態は、どうですか?」 「命に別状はないよ。だいぶ怪我も治ってきて、あとは意識がどうしても戻らないんだ。 医者もいつ戻るかわからないって。明日かもしれないし、何年後かもしれない」 少し寂しげなその表情に、胸が痛む。 私は父親に向かって土下座した。「本当に申し訳ありませんでした! どんなにお礼を言っても、謝罪しても足りません。 ……私は、どうすればいいですか?」 私は顔を上げることができず、床を見つめ続けた。 父親が慌てた様子で私の肩を持ち、立たせようとする。「やめてください! そんなこと透真も望んでいない。 ……透真は立派なことをした、私は誇りに思います」 「中村さん……」 私の瞳から大粒の涙がこぼれる。 父親は私を椅子に座らせると、優しい笑みで見つめてきた。 そして、思いもよらぬことを口にする。 「それに、これは運命なんですよ」 中村透真の父親は、遠い昔、私の祖父に救われたことがあるらしい。 嬉しそうに語る姿を見つめながら、私は驚き、
その後もしばらく、祖父は私を慰め続けてくれた。 そして、私が落ち着くのを待ってから部屋へと連れて行き、ベッドに入るのを見届けるとそっと部屋を出ていった。 祖父にはいつも感謝してもしきれない。 両親が亡くなってからというもの、惜しみないたくさんの愛を注ぎ、私を育ててくれた。 いつも広く大きな心で私を見守り、受け止め、励まし支えてくれる。 いい加減そうに見えるが、芯があって尊敬できる人間……それが私のおじいちゃんだった。 私がおじいちゃんへ想いを馳せていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。「お嬢……寝られましたか?」 部屋の扉を少しだけ開け、ひそひそと龍が声をかけてくる。「どうしたの? 起きてるよ、どうぞ」 私の声を聞き、龍がゆっくりドアを開ける。「邪魔をしてしまい、申し訳ありません。 でも、どうしても今日の内に伝えておきたいことがありまして」 龍は一礼してから部屋へ入り、私の側へゆっくりと歩みを進める。 私が見つめ返すと、彼のまっすぐな瞳と交わった。 じっと見つめてくる龍の顔が、真剣な表情へと変化していく。「私は、お嬢が無事で嬉しいです。 お嬢の笑顔や元気な姿を拝見でき、心からほっとしております。助けてくれた男性に、心から感謝しています。 お嬢は優しいから、きっと彼や彼の家族に悪いと思って自分を責めているのでしょうが……彼だって、お嬢を助けたくてやったこと。 お嬢が助かってよかったと思っています、絶対に。 ご両親だって、一時のお怒りだと思います。それだけ彼の事を愛しておられ、立派な方々かと。 ……すみません、大吾様と同じようなことしか言えなくて。 でも、これが私の正直な気持ちです」 龍の熱くまっすぐな想いが伝わってきて、私の鼓動が静かに音を立て始めた。 あたたかくて、優しい、龍の気持ち。 私はそっと胸に手を当て、それを感じる。 龍は一呼吸置いてから、また話し出した。
「ただいま……」 家へ帰った私は、玄関の扉を開け一歩足を踏み入れる。 すると、奥から物凄い勢いで血相変えた祖父が走り込んできた。「流華! どうしたんじゃ、こんな遅くまで。皆心配しておったんだぞ!」 祖父に抱きしめられた私は、緊張の糸が切れ、涙が溢れてきた。「おじいちゃん、私、私……っ」 「おう、どうした?」 祖父の胸で泣いていると、こちらへだんだん近づいてくる大きな足音が聞こえてきた。「お嬢ーーーっ!!」 玄関の外から勢いよく飛び込んできたのは、龍だった。 目を丸くして私を凝視すると、龍は感極まった様子で祖父もろとも私に抱きついてきた。「お嬢、心配しましたよ! こんな遅くまで連絡もせず、どこへ行っていたのですか!」 龍が渾身の叫びを上げると、祖父が笑った。「ほっほっほ。龍は心配して、おまえを探し回っていたんだよ。 他の連中もまだ探しているだろうから、皆に戻ってくるように連絡しなさい、龍」 そう言われた龍は、さっさとポケットからスマホを取り出し、いそいそと連絡を取った。 それから、私のことを隅々までチェックして、どこにも怪我がないかを確かめたあと、ほっと息を吐く。「はぁーっ、無事でよかった! お嬢に何かあったら、私はどうすればいいのか……生きた心地がしませんでしたっ」 そこで私の顔を改めて見た龍が、ぎょっとした表情で一歩後退する。 泣き腫らした私の目を見つめ、龍の目はこれでもかというほど大きく見開かれていく。「お、お嬢!? どうしたんですか? やっぱり何かあったんですか!」 龍がオロオロと、取り乱したように慌てふためく。 そんな様子を楽しそうに眺めつつ、祖父が優しい眼差しと声音で私に告げた。「まあ、とりあえずゆっくりお風呂にでも浸かってきなさい。 それから落ち着いて、話を聞こう」 祖父のおかげで落ち着きを取り戻した私は、涙を拭うと小さく微笑み頷いた。 私はお風
病院に到着すると、すぐに青年は手術室へと運ばれていく。 閉じられた扉を見つめ、私はどうすることもできずにただ青年の無事を祈り続けた。 しばらくすると彼の両親が到着する。「君が、透真が助けたっていう?」 彼の父親らしき男性が声をかけてきた。 その後ろでは、母親と思われる女性が物凄い形相で私を睨みつけている。 彼女は私の側へ駆け寄ってきたかと思うと、その手が高く振り上げられた。 パンッ! 静かな廊下に、乾いたその音だけがやけに鮮明に響いた。「あなたのせいで、透真はっ……」 声を震わせながら涙をこぼす母親の瞳には、恨みや怒りの感情が滲んでいた。 そんな母親の肩に手を置いた父親は、そっと彼女を抱き寄せる。「ごめんなさい、私……」 私の声も体も、震えていた。 頬が痛い……でも、心はもっと痛かった。 ゆっくりと視線を上げる。 私を憐れむように見つめた父親が、そっとつぶやいた。「もういい、君は帰りなさい」 「でも……」 私の言葉を遮るように、母親が叫んだ。「あなたの顔なんて見ていたくないのよ!!」 ズキン……。 言葉が刺さり、私の心は激しく痛んだ。 母親の言うことはもっともだ、私の顔なんて見たくないだろう。 そう思っても、帰ることなんてできるはずがなかった。 母親たちの視界から遠ざかった廊下の隅の方で、私は彼の手術が終わるのを待つことにした。 数時間後、手術室から出てきた医師が彼の両親と何か話している。 私はそっと医師の声に耳を澄ました。「手術は成功しましたが、彼の意識が戻りません。大変申し上げにくいのですが、いつ意識が戻るかわからない状態です」 「そんな……」 母親がその場に崩れ落ちると、その隣で父親も項垂れるように肩を落とす。 私はどうしていいかわからず、その場に立ち尽くしていた。 すると、まだ私がい
某病院の長い廊下を一人歩いていく。 時々看護師さんとすれ違うくらいで、あまり人の出入りは多くない。 シーンと静まりかえる廊下に、私の足音が鳴り響く。 床や壁に目をやると、新築同然のように光り輝く様子が目に入る。埃一つ落ちていない。 時折目にする壁に掛けられている高そうな絵画も、人の目に触れる機会は少なそうだ。 ここは都内でも有数の大病院。その最上階に、彼の病室はあった。 大きなエレベーターで最上階まで上がる。 エレベーターのドアが開くと、私は窓から差し込む太陽の光に目を細めた。 目の前に広がる前面ガラス張りの窓、そこからは街を見渡すことができる。 夕焼けに染まったオレンジ色の光が、街を照らしている様子が覗える。 最上階から見る景色は絶景だったが、そんなものを楽しむ余裕は私にはない。 慣れた足取りで、目的の病室へと向かっていく。 廊下のつきあたりに一つだけぽつんと存在しているのが、彼の病室だ。 病室の扉の前には黒服の男性が一人立っている。 その男性が私を一瞥すると、軽く頭を下げた。私も会釈をし、病室へと入っていく。 ベッドには男性が眠っている。 私は彼を一瞥すると、窓際にある花瓶を手に取った。それに水を汲んできて持ってきた花をそっと生ける。 花瓶を元の場所へ戻した私は、ベットの横にあった丸椅子に座り、彼の顔をじっと見つめた。 中村(なかむら)透真(とうま)。 やはり似ている……ヘンリーに。 ヘンリーを見たとき、心底驚いた。 だって、ヘンリーが現れる少し前に、私はこの男性に命を救われていたのだから。「あなたたちは一体、誰なの?」 目を覚まさない男性に向って問いかける。 当たり前だが返事はない。 彼は植物状態で、一か月程ずっと目を覚ましていなかった。 °˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖°°˖✧✧˖° あれは、一か月前のこと……。
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