さくらは守に一目で見抜かれたことに内心驚いたが、大したことではないとも思った。外祖父や叔父たちがこの場にいない以上、露見することはないだろう。彼女は紫乃たちを促してその場を離れると、亡骸の処理を急いだ。子の刻を過ぎる頃、七つの大穴はすべて埋められ、土が被せられた。将兵たちは皆、その場で黙祷を捧げた。声もなく涙を流す者、悲しみに打ちひしがれる者、やり場のない怒りに拳を握りしめる者……九条将軍は皆に宿舎へ戻って休むよう命じると、自身は持ち場へと戻っていった。犠牲になった者たちの名を戦死者名簿に記帳するためだ。兵士たちは三々五々、無言のまま帰路についた。誰もが口を閉ざしている。さくらは、守と琴音の少し前を歩いていた。ふと、後ろからひそひそと話す声が聞こえてくる。「あの方が、あなたが求婚したという上原さくら?見間違いじゃないの?あのような高貴な家の娘が、戦場なんかに来るものかしら」「いや、間違いない。彼女だ」守が静かに答えた。「ふふっ」琴音は鼻で笑った。「何をそんな顔をしているの?求婚を断られて、あなたに見向きもしなかった女じゃない。今さら感傷にでも浸っているのかしら」「違う!これだけ多くの仲間が犠牲になったんだ。悲しまずにいられるか!」守の声に、苛立ちが混じった。その会話を耳にしながら、さくらは違和感を覚えていた。「未来」の記憶によれば、守と琴音はこの関ヶ原で恋に落ちたはずだ。だとすれば、今の彼は、琴音の独立独歩な様に強く惹きつけられているはずではなかったか。だが、彼らの事情などどうでもいい。今回の目的は、あくまで鹿背田城で起きる悲劇を阻止することなのだ。後ろからは、まだ二人の会話が聞こえてくる。不満をぶちまけているのは琴音だった。「本当にそうよ。あなたも私も、れっきとした官位を持つ武官でしょう。それなのに死体の埋葬だなんて。こんなのは後方支援の兵卒がやるべきことだわ」「後方支援の兵など、どこにいる? 皆、前線に出払ってしまっただろう」守が低い声で言った。「もうその話はやめてくれないか」「関ヶ原は兵力が足りなすぎるわ。これじゃあ、多勢に無勢じゃない。どうやって戦えと言うの?朝廷はもっと援軍を送るべきだわ」紫乃が肘でさくらをつついた。「あんた、本当にあの二人を知ってるの?どういう知り合い?」「一度か二度、顔を合
血で血を洗う戦いは丸一日続き、日暮れとともに、平安京の兵は甕城から退却していった。しかし、甕城の門も城壁もすでに破壊され、もはや敵を阻む役目は果たせない。彼らが今退いたのは、日が暮れて戦いに不利になったからに過ぎず、明日には必ずや態勢を立て直して攻めてくるだろう。退却の際、彼らは戦死した兵士の亡骸を運び出すことなく、その場に油をまき、火を放った。燃え盛る炎は、平安京の兵だけでなく、関ヶ原の兵士たちの亡骸にも襲いかかる。佐藤大将は慌てて兵に命じ、彼らが敵兵と共に灰になる前にと、亡骸を炎の中から運び出させようとした。だが、油がまかれていたせいで炎の回りはあまりに早く、救い出せたのはごく少数だった。戦死した兵士の大半は、この大火の中で黒焦げとなり、もはや誰が誰だか見分けがつかない。平安京の兵か、大和国の兵かも判別できず、共に埋葬するしかなかった。戦の後、三郎はあの勇敢な若き兵士を探したが、見つけることはできなかった。おそらく、亡骸の埋葬に駆り出されているのだろうと考えた。実際、さくらたちは埋葬作業にあたっていた。この仕事は彼女にとって初めてではなかったが、他の者たちは皆、初めての経験で、すぐにはその現実を受け入れられずにいた。受け入れられないのは、彼らだけではない。久しく戦場から遠ざかっていた守でさえ、その心は重く沈んでいた。そう、彼らは共に大きな穴を掘り、将兵たちの亡骸を埋葬していたのだ。さくらは彼が守で、隣にいるのが琴音だと気づいていた。だが、彼らが泥にまみれた兵士をさくらだと気づくことはなかった。篝火が、黒焦げになった一体一体の亡骸を照らし出している。もはや顔の判別はつかず、衣服と皮膚は溶けて一つになり、肉の焦げる臭いと血の腥い臭いが混じり合った、むせ返るような悪臭を放っていた。大きな穴はすでに掘り終え、あとはこの亡骸をすべて運び入れるだけだった。だが、中には諦めきれず、どうにかして関ヶ原の兵士だけでも見分けられないかと、亡骸に見入っている者もいた。さくらたちもまた、その光景を黙って見つめていた。その時、琴音の声が響いた。「探すだけ無駄よ。さっさと埋葬して、宿舎に戻って休みましょう」さくらが顔を上げると、亡骸の山の中で何かを探している守の姿と、その後ろから彼の腕を引く琴音の姿が見えた。守の声は、重く沈んでいた。
三軍が整列する中、佐藤大将が兵の前に立ち、士気を鼓舞するための演説を始めた。老将は熱弁を振るい、最後に声を張り上げた。「我が大和国の将兵よ!艱難を恐れるな、犠牲を恐れるな!国土の一寸たりとも、民の一人たりとも、死してこれを守り抜け!」将兵たちの心は沸き立ち、皆、こぶしを突き上げてそれに呼応した。「艱難を恐れるな、犠牲を恐れるな! 国土の一寸たりとも、民の一人たりとも、死してこれを守り抜け!」さくらもまたその列に加わり、共に腕を振り上げ、声を張り上げていた。彼女の立つ場所は外祖父から遠く、その表情まではっきりと見ることはできない。だが、風にはためく陣羽織を纏ったその姿は、威風堂々としており、まさしく大将の風格そのものであった。さくらは覚えていた。「未来」において、外祖父はこの籠城戦で矢を受け、命の危機に瀕したことを。七番目の叔父はこの戦で命を落とし、三番目の叔父も北條守を救うために片腕を失った。自分一人の力で、そのすべてを覆せる保証はない。だが、必ずや、全力を尽くしてみせる。攻撃の合図を告げる太鼓の音と角笛の響きが、関ヶ原全土を震わせた。城門の両脇にある通用門が開かれると、将兵たちは武器を手に、次々と城外へ殺到した。さくらは長槍を手に、袖には短刀を忍ばせている。棒太郎たちもそれぞれの得物を握りしめ、その瞳に固い決意を宿して、先鋒の部隊に続いて突撃した。棒太郎にはすでに戦場の経験があり、さくらに至っては前世の記憶がある。だが、紫乃たちにとって、これほど凄惨な光景を目の当たりにするのは初めてのことだった。それでも、「勇敢」という二文字が胸にある限り、恐れるものなど何もなかった。その瞬間、金属がぶつかり合う甲高い音と、兵士たちの鬨の声が戦場に満ちた。さくらは長槍を翻すや、敵兵の鳩尾を正確に貫いた。そのまま力任せに押し込めば、その勢いで数人がなぎ倒される。槍は抜かず、その勢いを借りて跳躍すると、空中で敵兵の頭を踏みつけ、体勢を立て直すと同時に槍を引き抜いて前方を薙ぎ払った。槍の穂先が敵の首筋を掠め、鮮血が飛沫となって舞う。その一連の動きは、傍目にはいとも容易く人の命を奪っているように見えただろう。だが、彼らは知らない。敵を殺すという行為が、さくらにとってはすでに身体に染みついた記憶となっており、思考よりも早く身体が動くの
戦の準備と並行して、関ヶ原の関所近くに住む民を内陸部へと移住させる作業も進められた。戦火に巻き込まれるのを避けるためである。関所の外には、代々その地で暮らしてきた大和国の民が住まう村がいくつかあった。佐藤大将は以前にも、彼らに関所の内側へ移るよう説得を試みたことがある。だが、誰一人として首を縦に振らなかった。彼らにしてみれば、平安京との小競り合いは長年続いてきたが、自分たちの暮らしにまで火の粉が及んだことは一度もない。内陸へ移ることは故郷を捨てるに等しく、ここを離れるくらいなら死んだほうがましだとさえ考えていたのだ。今回、佐藤大将は自ら村へと足を運び、説得にあたった。そして、万一戦が起きて村が破壊された場合は、兵士たちが必ず再建を手伝うと約束した。民からの信望も厚い老将が、自ら出向いて半日をかけて諭した末、ついに彼らの心を動かしたのである。兵士たちも移住を手伝うことになり、さくらのいる部隊もその任に就いた。わずか数日で、すべての移住作業は完了した。さくらは覚えていた。「未来」で両国間の大規模な戦争が勃発した際、当初は民を殺めず、傷つけぬという不戦の約定があったにもかかわらず、ひとたび戦火が広がれば、略奪や追放は避けられず、結果として多くの死傷者が出たことを。だからこそ、村人たちを内陸へ移住させることは、彼らの身の安全を保障する最善の策なのだった。村の移住が完了したのと時を同じくして、赤野間将軍が率いる援軍が到着した。さくらの記憶では、本来の歴史において、関ヶ原は一度攻城戦に見舞われた後でなければ、朝廷から援軍が派遣されることはなかった。だが今は、平安京が本格的な攻撃を始める前に援軍が到着している。つまり、その到着時期は「未来」よりもずっと早まっていた。さくらは、守や琴音の姿を目にすることはなかった。所属する衛所が違ったからだ。そして、援軍が到着したまさにその翌日、平安京は関ヶ原に対し、猛攻を開始した。城壁の上には、大型の弩がいくつも据え付けられ、城外にうごめく黒々とした兵馬の群れに狙いを定めている。関ヶ原は、堅固な外壁と内壁の二重構造を持つ「甕城(おうじょう)」と呼ばれる造りだ。第一の城壁は分厚く、城門も鉄壁の守りを誇る。仮に平安京の兵が外壁を突破して甕城へ侵入したとしても、その先にはさらに高く堅固な第二の城壁
棒太郎は窪田峠の一戦で手柄を立て、百人隊長へと昇進を果たした。今や百の兵を率いる身である。昇進した棒太郎は九条将軍に、新兵の訓練を願い出た。しかも、配下に置く兵は、その新兵の中から選ばせてもらいたいと言う。九条将軍ははじめ、その申し出を渋った。棒太郎の比類なき勇猛さは、精鋭を率いる先鋒としてこそ最も活きると考えていたからだ。だが、棒太郎は自分がいわゆる武門の出であることを引き合いに出し、独自の訓練法があると主張した。その方法は新兵にこそ効果的であり、必ずや精鋭を育ててみせると言い切ったのだ。その証として、軍令状さえ差し出す覚悟があると言う。九条将軍とて、本気で軍令状を交わすつもりはない。これほどの逸材は得難い。大切に育て上げるべきだ。本人がそこまで言うのなら、一度新兵を任せてみるのもよかろう。それでうまくいかなければ、また戻ってくればいいだけのことだ。許可を得た棒太郎は、意気揚々と新兵訓練所へ向かい、兵の選抜を始めた。さくら、饅頭、紫乃、あかりの四人はもちろんのこと、その他にも、胆力のある者、思慮深い者、武芸に覚えのある者など、棒太郎が自ら見込んだ者たちが選ばれた。総勢百名。一行は堂々たる列をなし、衛所へと向かう。ひとたび戦となれば、彼らもまた戦場へ送られることになっていた。衛所は前線に近いだけあって、情報の伝達が早い。棒太郎は九条将軍から、朝廷が関ヶ原へ援軍を差し向けたという報せを耳にした。援軍を率いるのは赤野間老将軍、そしてその麾下には北條守も名を連ねているという。棒太郎は、何やら声を潜めて続けた。「聞くところによると、今回は女将軍も一人いるらしいぜ。山賊討伐で何度も手柄を立てて、太后様からもお褒めの言葉を賜ったんだと」紫乃とあかりは興味津々といった様子で、その女将軍についてもっと詳しく教えてほしいと棒太郎に詰め寄った。「俺もそんなに詳しいわけじゃねえんだ。ただ、名は葉月琴音といって、幼い頃から武芸を叩き込まれてたらしい。父親はもともと上原洋平大将の麾下だったんだが、戦で片脚を失ってな。それで引退して、見舞金をもらったって話だ。その後、娘の琴音を軍に推薦したらしいが、最初は周りから侮られてたそうだ。ところが蓋を開けてみりゃ、めっぽう強くてな。山賊討伐じゃ賊の巣に真っ直ぐ乗り込んで、自ら頭目の首を獲ったって話だ。そう
さくらは、ようやく紫乃とあかり、そして饅頭と顔を合わせた。若々しいその顔ぶれは、いつもさくらの意識をあやふやにさせる。まるで、遠い前世の光景を見ているかのようだ。皆は新兵の訓練所に入り、ごく初歩的な訓練を受けている。その内容は、新米の兵士にとっては過酷なものだろうが、彼らにとっては準備運動にもならないほどだった。そんなわけで、一日の訓練を終え、他の新兵たちが兵舎の大部屋で疲れ果て、ぜえぜえと息を切らして転がっているような時でさえ、さくらたちは兵舎を抜け出してさらに走り込み、疲れれば砂の上に寝転んで今後の計画を練るのだった。広々とした星空の下、饅頭は一本の草を咥え、両腕を後頭部で組みながら、まだ腑に落ちないといった口調で言った。「なあ、さくら。俺はどうも、たかが夢一つでここまでやるのは納得いかねえんだよな。夢のためだけに、わざわざこんな遠くまで来て兵隊ごっこまでする必要、あんのかよ。まだ本格的な戦も始まっちゃいねえってのに」「あるわよ」紫乃とあかりの声が、同時に重なった。あかりは肘で饅頭の脇腹をつついた。「どこに納得いかない要素があるってのよ。これは仙人様がさくらに夢でお告げをくださったのよ。でなきゃ、あんたや私が見る夢なんて、どうしてそこらへんの鶏を盗むとか、そんな下らないことばっかりで、国の一大事なんて夢に出てきたりしないじゃない」紫乃が言う。「たとえそれがなくても、こうして見聞を広められるだけでも儲けものよ」確かに、紫乃の言うことには一理あると皆も思った。一年中、梅月山に籠もりきりで、滅多に外に出ることもない。この世の出来事など、一体どれほど知っているというのか。こうして軍に入り、見聞を広めるのも悪くはない。饅頭が尋ねた。「じゃあ、今は棒太郎が手柄を立てるのを待つってことか? でもあいつ、今は訓練してるだけだろ。どうやって手柄を立てて、隊長さんになるんだよ」さくらは言った。「焦らないで。両国はもう互いに探り合っていて、小競り合いも起きているわ。じきに必ずまた戦が始まる。棒太郎のいる部隊は、間違いなく戦場へ送られる。あの人の実力なら、敵を討って手柄を立てるのはたやすいことよ。彼が昇進するのを待って、この新兵訓練所から何人か引き抜いてもらう。そうすれば、私たちは彼についていける」饅頭がぶつぶつとこぼした。「ったく、面白