我慢の限界です。喜んで国外追放されましょう!

我慢の限界です。喜んで国外追放されましょう!

last updateDernière mise à jour : 2025-06-23
Par:  satomiComplété
Langue: Japanese
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侍従であるマイケル=コロン視点と侯爵家長女であるアンリーヌ=ラドの二つの視点で書いています。マイケルの方は仕える主人がワガママ王子、アンリーヌは義妹がワガママ放題。一応アンリーヌはワガママ王子の婚約者です。 アンリーヌは王子に国外追放を言い渡されるのですが、それを喜んで承諾。二人の国外での生活はどうなる事やら?

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Chapitre 1

1.俺の主人…

1.

 麻雀のプロにはいくつかの種類がある。

 リーグ戦などで切磋琢磨する競技麻雀のプロ。

 大きな賭場で稼ぐバクチ打ち。よくある麻雀店で働くスタッフ。健康麻雀の講師など。

 他にも麻雀を生業にしている人間は様々いる。

 ――そして、ここにも。特殊な働き方を選んだ麻雀プロがいた。

────

(好形イーシャンテンですね……)

二四六七④⑤3456778 三ツモ

(ドラは4索……この手からは後に危険になりそうな3索を今のうちに捨ててテンパイ時に安全性が高そうな8索を捨てるのが手順です。でも、だからこそ私の仕事的には……)

打8

「よーし、リーチだ!」

「(来ましたね。待ってましたよ)ここは私も降りられませんね」

打6

「ロン! 一発だから満貫!」

「チュンさーん。どんな手から勝負しちゃったのー?」

「いい手でしたよー。テンパイですし」

チュン手牌

二三四赤伍六七④⑤34577

「ああ、三色変化を待ちつつのタンピン系ダマ満貫か。これは6索放銃も仕方ないねー。ていうかもうリーチしちゃっても良かったんじゃないの?」 

「チュンさんっていい手作りしてるけどチョイチョイ大物手に放銃しちゃってるよね」

「アハハ、あまり守備が上手くないんで」

「不思議だなー。いつもけっこういいポジションにいるのにね」

(私は気持ちよく麻雀をしてもらえれば、それが仕事ですからね。上手に点数を分配するためには最初はある程度集める必要がありますし)

────

──

「ああ、今日の麻雀も楽しかった! チュンさん、また明日ね!」

「ええ、また明日。リベンジさせて下さい(ふう、今日もなんとか任務完了ですね)」

 これは、接待麻雀という打ち方を生業に選んだ特殊な麻雀打ちの物語――

麻雀家政婦『紅中』〜接待麻雀専門家〜

「では、行ってまいります」

「任せたよ。気を付けてね、チュン」

「はい。お任せ下さい」

 そう言うと大きな荷物を背負い事務所の扉を開けて彼女はお勤めに出た。

 ここは特殊な専門知識を持つ家政婦のみが採用される特別な家政婦の集まる場所。

『特化家政婦専門事務所 アズマ』

 家政婦派遣いたします。料金は応相談。サービスに対して高いということは決してございません。顧客満足度97% 初回はお試し価格。東京都と東京隣接地域ならほぼ全箇所出向きます。

 表向きはここまでの情報しかない。いったい何について特化した家政婦がいるのかその謎は実際に雇った者だけが知ることが出来る。

◆◇◆◇

その1

第一話 その名は紅中

(『井之上』……ここだ。早すぎたかもしれないけど、時間調整するような喫茶店も何も無いわね、仕方ない)

ピンポーン

『はい』

「ごめんください、わたくし『アズマ』の紅中(ホンチュン)と申します。お時間少し早くなりましたが、よろしいでしょうか」

『あ、大丈夫です。今開けますね』

ガチャ

「今日はありがとうございます。どうぞお上がり下さい」

「いえ、こちらこそご依頼ありがとうございます」

 それなりに片付けてはある玄関口だが、わずかに異臭がある。そして、所々に散らばるゴミ。なるほど、家政婦を頼るのは賢明な判断だ。おそらくこれはこれでも頑張って片付けた状態なのだろう。しかし異臭は自分の鼻が悪くなっていると完全に消すことは出来ないものだ。

「よくアズマにご連絡を下さいました。今なら私1人でも全て美しい状態にする事が可能です。私にお任せ頂けますか」

「ええ、それはもちろん」

 すると紅中と名乗る女性は背負っていた大きな荷物を降ろしてその中から様々な掃除道具を取り出した。

「全ての部屋を掃除することも可能ですが。どうしましょうか? 全部屋やってしまいますか?」

「はい、お願いしま「いやいやいや! 父さん勝手に決めんなよ。おれの部屋はいいから。おれは自分でやるからほっといて!」

「そうですか。わかりました。どの部屋でしょう」

「2階の手前の部屋! そこ、おれの部屋だからやらないでいいよ。よろしくね」

 長男の宏(コウ)は高校1年生だ。さすがに自分の部屋に他人を上げたりはしない。まして見ず知らずの女性なんて思春期真っ盛りな宏が散らかした部屋に上げるわけがなかった。

「僕はやってもらおうかなぁ。部屋を綺麗にする才能が僕には無いみたいだしー。2階の奥が僕の部屋だからお願いしていい?」

「承知いたしました。坊ちゃまのお部屋は掃除してよい、と」

「うん。お手伝いできることがあればやるよ」

「いえ、私にお任せ下さってけっこうですよ。お仕事ですので」

「そう? ありがとう。でも坊ちゃまは恥ずかしいからやめてね」

「なんとお呼びすれば……」

「士郎でいいよ。シロー。名前気に入ってるからさ。そう呼ばれたいんだ」

「なるほど、良いお名前ですね、士郎様」

「えへへ。そうだろ? あと『様』も要らないからね?」

 次男の士郎は中1だ。コミュニケーション能力は高くて、明るいが基本的におとなしめで柔和な子である。

「旦那様の部屋は……?」

「ああ、私の部屋とかそういうのは無いから。強いて言うなら本の部屋がそれだけど、本当に本があるだけだからね。ちなみにそこだけは整頓してるからやるっていっても少し拭き掃除するくらいしかやる事はないと思うよ」

「書斎……ということでしょうか」

「そんな格好いいもんじゃないさ。半分以上漫画だし、本当にただの本棚だよ。……私は漫画が好きなんだ。漫画家になりたいと思って若い頃はチャレンジしたくらいでね。担当さんもついたんだけど、それが全然売れなくてねぇ。諦めて別の道を選んだわけですが、漫画が好きな気持ちは今でも人一倍だというわけです」

「担当さんがついたなんてすごいです! プロじゃないですか」

「鳴かず飛ばずじゃダメさ。そんなのプロって言っていいのか……なんにせよ、昔の話ですよ。今は陶芸一本。それが私の進むべき道だったようです」

「それも素晴らしいことですね。アートの世界に生きる方を私は尊敬します」

「嬉しいこと言ってくれるね〜。ええと、ごめん、お名前は何さんだっけ」

「『紅中(ホンチュン)』です。と言っても『チュン』で構いません」

「チュンさんね。……チュンさん、どうもありがとう」

「いえ、そんな……」

 少しリビングを見て回ると麻雀大会準優勝の盾が飾られていることに気付いた。

「! この盾はどなたが?」

「ああ、これは生前に妻が獲ったものです。下手の横好きでしたが作家枠で呼ばれた麻雀大会で決勝戦まで残り、優勝にあと一歩というところまで行った。その準優勝の盾ですね」

「奥さまはお亡くなりでしたか……それで私どもに……」

「そうなんです。私なりに必死になってやってきたつもりですが、恥ずかしながら家事は任せきりだったということを妻を失ってから認識しました。彼女には家事と育児と任せていて、それで仕事もさせていたなんて、どうして私はそんな事をさせてしまったんだって……今は後悔しかないです。ストレスも軽減させていたら彼女の運命は違っていたのかもと考えると本当に……もう」

(奥さまはストレス性の原因がある病でお無くなりになったのかしら……いや、詮索は今はやめよう。余計な事は聞かない方が賢明)

「チュンさん。私はね、恥ずかしながら洗濯機もまともに使えなかったんです。その事にも妻を失ってから気付きました。……全くもって情けない」

「でも今は頑張ってここまでやってらっしゃるではないですか」

「これは人を呼ぶからなんとか出来る限り、失礼の無いように必死に掃除してこれなんです。頑張ったつもりですが、妻がいた頃とは比較にならない。稼ぎだって妻の方があったのに。私はダメな夫だったんです」

「旦那様、そんな事はございませんよ。私たち家政婦のご依頼主には2つのパターンがあります」

「パターン……ですか」

「はい、1つはどうせ家政婦に片付けてもらうんだからと全くそのままにしているパターン」

「そんなひどい人いるんですか」

「全然いますよ。お金払うんだからいいでしょという考えです。それももちろん間違いではありませんし」

「そういうものですか」

「はい、もう1つは旦那様のようになるべく片付けてからやってもらおうと思うパターン。どちらもお客様ですから、私は働くのみですが、やはり片付けてからやってもらおうと思う旦那様のようなパターンですとこちらも気持ちよくお仕事に取り掛かれます」

 そういったリスペクトのある関係で仕事をするのが素晴らしいな。と思う紅中ではあったが、そこは言わなかった。自分をリスペクトするべきだといった意味に取られる可能性のある発言はしないあたり、さすがのサービス精神である。

「こんなのでもそう褒めてもらえると片付けた甲斐があったよ。ありがとう」

「いえ…… 感謝をしてるのは私の方でございます」

「ハハ、そうだった。でも、言わせて欲しいんだ。ありがとうと。多分、妻にはこういう時に感謝を言えなかったから……そういうのも良くなかったなって、反省しているんだよ」

「チッ……死んでから反省したって何もかも遅せーんだよ!」

「宏……」

「喉渇いた。なんか飲み物あったっけ」

「あー、切らしてるかもな」

「来客があるのに飲み物を切らしてるなんてお母さんならありえなかった」

「ゴメンな……宏」

(やれやれ、これはまず長男の宏さんのやり切れない怒りをなんとか鎮める所からですか。少し骨が折れそうです)

 こうして、紅中による井之上家での仕事が始まった。

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1.俺の主人…
  俺…ではなく、私の名前はマイケル=コロンと申します。侯爵家で代々王太子の侍従をしているために、私もその有難い職業についているわけですが―――。 この国の王太子はワガママすぎるんじゃねーの?あれやれ、これやれって侍従とか侍女に言いたい放題。こっちはいい迷惑だよ。全く迷惑の分だけ、給金上がれば文句も出ないのだが…。 ゴホンッ、うろたえてしまいましたが。このようなストレスに日々耐えながらの生活をおくっているのです。*****「お姉ちゃ~ん、私の代わりに今度のお茶会で披露予定の刺繍刺しておいてくれない?ハンカチに刺すだけだもん。楽勝でしょう?」 楽勝だと思うなら、自分でやってほしいんだけど?私だって自分の分やりたいんだけど?しかもそのお茶会で刺繍について、「お姉様は私にやらせるのよ」とか言うんでしょうね。逆なのに。はぁ、面倒だけど。断るとお父様に泣きついて今度はお父様が「可愛い妹の頼みもきけないのか!」とか言ってきそうだし。 それなら、妹の小言で済むなら妹のセーラの要求を飲むわ。 私の名前は、アンリーヌ=ラド。侯爵家の長女です。 一応、王太子様と婚約はしているものの、その王太子様もなかなかのワガママ放題だし。なんだか前途多難な私の人生。 セーラは確かに妹だけど、義妹。 病弱なお母様が亡くなった後にお父様が連れてきた義母と義妹なんだけど…。 どうしてもお父様が病弱なお母様をよそにして不貞を働いていたようにしか思えない。義妹だけど、血が繋がってるような気がするのよね。 お茶会は王宮で行われるもの。 当然、王太子殿下もいらっしゃるわけでというか、王太子殿下が主催しているような?お茶かいなんてほぼ女性の文化なのに男性の王太子様が? こういうワガママをちょくちょくしてくるから胃が痛くなるのよ!セーラだって大人しく侯爵令嬢らしく振舞いなさいよ!王太子殿下はきちんと帝王学を学んでいるのかしら?社交なんてしなくていいから勉強しなさいよ!こっちはいつもいつもいつも…王子妃教育受けてるのよ? ホホホッ、いやだわ。取り乱しました。淑女にあるまじき作法だわ。ストレスが溜まったのかしら?「お姉様、早くしないと王宮に遅刻するわよ?」 誰のせいで遅刻しそうになってると思ってるのか?…いったん落ち着きましょう。深呼吸をして。「今、行くわよ。我が家の馬車なら遅刻す
last updateDernière mise à jour : 2025-06-14
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2.お茶会は茶番劇場
 全く、私の主人であるフィルナンド王太子殿下の婚約者殿は我慢強く、賢い方だといつも思う。先ほどの妹君の「お姉様は自分がすべき刺繍まで私にさせるのよ」発言は嘘だろう。自分の事だろう。おそらく、セーラ嬢が手にしているハンカチは姉のアンリーヌ様が刺繍を施したものだろう。ハンカチ2枚を刺繍したのか。頭が下がる思いしかない。 アンリーヌ様は刺繍の他にも王子妃教育に殿下が丸投げしたこのお茶会の準備などにも携わり、忙しくて睡眠時間を削ったのでは?そこまでして何故セーラ嬢の言う事を聞くのであろう? 私は不思議に思い、ラド家の内部事情を探らせていただきました。 なんということ!あのワガママ放題の妹君が厚遇されている?アンリーヌ様は王太子妃になられる方。後の国母になられる方だというのに!ラド家はどうなっているのだ? セーラ嬢が突出して美姫であるわけではない。確かに他の家の令嬢よりは良いかもしれないが、私の目にはアンリーヌ様の方が美しいと思う。 後妻の娘、それも血が繋がっている可能性が高い娘という事で猫かわいがりなんだろうか?それにしても、将来の国母と天秤にかければ貴族ならば明らかだろう? ……私は恐ろしいことを思ってしまった。ラド家当主は貴族なんだろうか?亡くなったラド家侯爵夫人は貴族として、そこに婿入りした下級貴族が現当主では?そして、現侯爵夫人は下級貴族もしくは平民…。 より深くラド家を探るように指示を出した。私の予想が外れているといいのだが…。 考え事をしていてもお茶会は進む。 お茶会をしている暇があるのなら、公務を少しでも片付けてほしい。「本日のお茶は……」 殿下は高々と言う。知らないはず。私は伝えていない。「奇をてらって東国のリョク茶ですわ」「そうそう、まぁ腐っても婚約者だし知っていて当然の知識だな」 腐った王太子殿下は知らないようですが?「苦みになれない人はちょっと苦手かもしれませんね。そのような方はお茶の澄んだ緑色でも楽しんではいかがでしょうか?」「「「そうね。アンリーヌ様の仰るとおりだわ」」」 さすがはアンリーヌ様。フォローまで完璧。 ハッキリ言って殿下には勿体ないと思ってしまう。「いい気になるなよ、アンリーヌ」 何故、感謝の意ではなくそのような事をアンリーヌ様に言うのか不思議です。「嫌だ、お姉様ってば殿下が仰ろうとしている所
last updateDernière mise à jour : 2025-06-15
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3.ラド家の闇
  私は探らせていたラド家の奥の方の情報を聞いた。 やはり現当主は下級貴族の婿入り。亡くなった侯爵夫人が見初めてどうにか結婚したらしい。 そして…現侯爵夫人は平民。ラド家当主は自分の子の気でいるかもしれないが、現侯爵夫人は平民時の男性関係が入り乱れ、一体誰の子なのか不明。 私はこの情報を聞いて、ため息が出た。 ラド家の正統な継承権を持つのはアンリーヌ様ということになるな。そのアンリーヌ様は王太子殿下の婚約者という事で、正統ではないが、ラド侯爵家の継承権が現当主の方に移るというわけか……。 事実上の侯爵家の乗っ取りだな。 この事実、陛下に奏上すれば何とかなるやもしれない。しかし私はただのしがない侍従だから陛下に奏上など畏れ多い。 そうこう思い悩んでるというのに、同僚から「殿下が公務を丸投げなさった」と報告を受けた。 公務くらいしてほしいものだ。王族の義務だろう? **********「――でね?お姉様ってば私に自分の分までハンカチを刺繍しろって言うのよ?」「アンリーヌ!セーラの可愛い指に穴でも開いたらどうするんだ?」 針で刺したくらいで穴なんか開かないわよ。どっちかというと、ハンカチが血で汚れないかの方が心配よ。「セーラは自分は刺繍が得意とお茶会で言っていましたよ?」「それとこれとは別だ!」 私が王子妃教育で忙しいのも別なんでしょうね。今回はお茶会の準備もあってかなりいそがしかったんですけど。それとこれとは別ですもんね。「刺繍は淑女の嗜みです。今度からは自分の分だけ(・・)は自分で刺繍をしますね。よろしいですよね?」「あ…ああ」 言質はいただきました。今度からは自分の分だけに専念しようと思います。イニシャルではなく、フルネームを刺繍しましょう。 テーブルの向こう側で悔しそうな顔をしたセーラが見えますが知りません。 またお茶会に招待されました。 前回のリョク茶がなかなかクセになってしまったというご婦人が主催したものです。「あんなののどこがいいの?」とセーラは言います。 ものの美しさを金銭でしか測れないようで、可哀想なことです。 今回もハンカチに刺繍をしたものを持参してください。と招待状にありました。 私は王子妃教育と殿下が丸投げした公務を片付けながらも刺繍を完成させました。 前の晩、予想通り、セーラが「私が刺した
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4.嵐の夜
 お茶会にて、セーラはよく頭が回るものだと感心してしまう。「あ、これ…お姉様の名前入り。これもお姉様に頼まれたのよ。それで、イライラしてお姉様が持っているハンカチを見て!ぐちゃぐちゃでしょ?ちょっと気分がね……」 上手いこと言うもんだ。 疑問に思わないのかな?最初から私をクロだと思ってるから疑問に思わないのかしら?「今日のお茶もこの間のお茶会で紹介されたリョク茶です。私はクセになっちゃって取り寄せることになったのよ~」 「どこがいいの?」とセーラの小声が聞こえたのは黙っておこう。 帰りの馬車、「ふぅ、お姉様ってばハンカチに自分の名前を刺すんだもの焦っちゃったじゃない」 自分の名前を刺すことは多くあるし、何も変なことじゃないわ。 それと、以前お父様と約束したように、私は自分の分だけハンカチを刺繍することにしたのよ。 前回と違って、睡眠時間が長く摂れて良かったわ。********** 今日も王太子殿下はご機嫌斜めのご様子。機嫌が良かろうが悪かろうが俺達侍従に仕事が回ってくるのは変わりませんが。「おい、今日の晩餐は何時だ?」「19時と伺っております」「私はお腹が減った。早く調理を始めさせろ!」 厨房の人たちはさっき昼飯を終えたばかりだろうに、殿下達の昼飯の後片付けもキチンとはまだ終わっていないかも。 あちらにはあちらの予定というものがあるのですが……といっても殿下には関係ないのですね。「おい、今日の湯浴みの湯からは何か匂いがするのだが?」「癒しの香りで殿下に疲れを癒していただこうという想いを込めました」「私は疲れてなどいない。この程度の動きで疲れるような年寄りではない!」 年寄りかどうかは別として、たいして動いていませんよね?「ただちにバスタブのお湯を取り替えろ!」 うーむ、殿下は簡単に仰いますが、お湯を無駄に使えるのは貴族だけですよ?「なんだ?この枕の下に置いてあるのは?」「リラックス効果のあるポプリでございます。殿下にリラックスして深い眠りに入っていただこうという侍従一同からのささやかな贈り物―――」「いらん!そんなものがなくても私の睡眠の質は良いものだ!ああ、枕もシーツもこの香りがする」 いいことじゃないか!「ただちに他の部屋を整えよ。私が就寝するのだ。今夜はその部屋で寝ることにする。今夜は一晩中窓を開け放ち
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5.夢の国外追放
 翌日は姉妹で夜会に招待されました。 しかしながら、私は主催者側でもあるので早々と城の方へ行くことになりました。「お姉様、抜け駆けですの?ズルいわ!」 できるなら、私も夜会に向けてゆっくりと支度をしたいわよ。是非ともセーラと交代したいくらいだわ。 とは、言えないのでセーラを無視して城の方へと行くことにした。********** アンリーヌ様はまだ完全に夜会モードじゃないはずなのにお美しい。 イカン。うっとりとしている場合じゃない。 アンリーヌ様は(何故か)フィルナンド殿下の婚約者様。本当にどうしてなんだろう? 公爵家…には殿下と年齢的に合う女性がいらっしゃらずに、候補を侯爵家から選んだと聞いている。 その候補の中でもアンリーヌ様はスバ抜けて優れたお方だったので、陛下直々に正式に婚約者となったはず。 アンリーヌ様の幸せを考えると、婚約者などにならなければよかったのにと思ってしまう。  この国アイリア王国の行く末を思うと切ない。 あのワガママ王子が国王になる事を思うと、是非とも是非(・・)とも(・・)王子の手綱を握ってほしい。そう願っていたのに……。 国王陛下も皇后陛下も視察でいらっしゃらない。しかも宰相閣下までいらっしゃらないなんて時になんてことを仰るのだ。このワガママ王子は!********** 「私、フィルナンド=アイリアはワガママばかりで妹を困らせているアンリーヌ=ラドと婚約破棄をし、妹のセーラ=ラドと婚約をすることを宣言しよう‼ なんでもアンリーヌはワガママ放題なだけではなく、セーラへの嫌がらせも日常的に行われていたと証言が取れている!」 誰がそんな証言を? 私(アンリーヌ)がホールの端の方にいるお父様とお義母様を見ると、笑っている。最初からこのつもりだったの? ワガママを言う時間はあったかもしれないけど、嫌がらせをする時間は私にはなかったわよ。セーラのワガママの後始末に王子妃教育。これだけでも嫌だというのに、好きでもないフェルナンド殿下のワガママの後始末。もう何年やって来たかしら?お父様があの母娘を連れて来てから?「アンリーヌ、話は聞いているのか?お前は国外追放だ!」 私にとって、「国外追放」という言葉はなんとも甘美な言葉だろう? ワガママなセーラからも私を蔑むような家族からも厳しい王子妃教育からも、さらに
last updateDernière mise à jour : 2025-06-15
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6.国外追放の行く先
 大多数の貴族は納得したかもしれないが私は納得いかない。 どう考えても、アンリーヌ様の方が優れている。 セーラ嬢がフィルナンド王太子殿下に吹き込んだのだろう。 証言者はラド家の父母か?セーラ嬢が王家に嫁げば、ラド家は栄えるだろうな。下級貴族と平民なりにも。 恐ろしきは王家に平民の血が混ざるという事。 偏見はいけないが、セーラ嬢が突出して賢いわけでも、美しいわけでもない。 不安でしかない。 さらに、ワガママ王子に嫁ぐのが更にワガママ放題でアンリーヌ様を困らせていたセーラ嬢ということだ。 アイリア王国は大丈夫だろうか?********** 国外追放で喜んでいたけれど、国外に伝手はないわ。どうしましょう? 荷物をまとめて家を出てきたものの、困ったわ。 纏めるだけの手荷物になったのは、いつの間にやらセーラが私の部屋からドレスとか持ち出していたから。 幸い、アクセサリー類は残っていたので、換金とかしてなんとかしましょう。「お嬢さん、行き先にお困りですか?でしたら、是非とも我がカインド帝国に来ませんか?」 と、馬車からアヤシイお誘いが…。「いよっと」と、男は軽く馬車から降りると、名を名乗った。「私は隣国カインド帝国皇太子をしてますノービア=カインドと申します。貴女の賢さは国境を越えて我が国にも聞こえてきております。ですから、困っているのなら是非とも我が国に!」 えーと、これは皇太子様直々のお誘いかしら?「アンリーヌ様~‼‼アンリーヌ様が行くならば、私も行きます」「あら、貴方は確か王太子の侍従の……」「マイケル=コロンと申します。この国の行く先を考えるとお先真っ暗で、アンリーヌ様と是非とも共に行きたいと。そのためには、家名など捨てる所存です!」「マイケルと申すか。早くもスッキリサッパリ見切りをつけるところが天晴れ!とりあえず私の侍従として働かないか?」「有難き幸せ」 皇太子様の侍従なら家名が必要なんじゃないかしら?「家名はそのまま使えばよいだろう?お前が初代の当主だ!」 マイケルが感動してウルウルしている。「このマイケル!ノービア様に一生仕えます‼」「そういうわけで、アンリーヌ様。是非とも我が国に‼」 断りにくくなった。 流されるように隣国カインドに行くことになった。**********「「ほへぁ~」」 マイケル
last updateDernière mise à jour : 2025-06-16
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7.アンリーヌの事情
 窓の外の女性、民族衣装かしら? 南に来たからかしら、露出が多いのは気のせい?「あの…ノービア様。窓の外の女性が着ているのは民族衣装ですか?露出が激しいと思うのですが?」「ああ、彼女は踊り子かな?この辺の劇場で踊っているんだな。カインド帝国の貴族もアイリア王国貴族と似たような服を着てるよ」「よかった。少し安心しました。あのような服を着るのかと思うと恥ずかしく」 年甲斐もなく赤面してしまう。赤面など少女がするものです。 皇城に到着です。 門番に留められるかと思いきや、顔パス?で皇城の門を通り過ぎた。「アンリーヌ嬢にはこの部屋を使っていただきたい。専属の侍女もつかせる」 そうノービア様が仰りながら、手を叩くと「お呼びですか?」と執事のような方が現れ、「私に数名の侍女を」というように手配をさせた。 ついでに、その方に私は「自分の客人だから丁重にもてなすように」という指示も与えた。 帝都といい、帝都以外の街の街並みといい、帝国の強さが感じられる。「初めまして。私は本日よりアンリーヌ様付きの侍女を拝命いたしましたレアと申します。懸命に尽くしますので、よろしくお願いいたします」 と、非常に丁寧なあいさつをされた。 実家では結構虐げられていたので、このような待遇でいるのはなんだかくすぐったいです。 このような丁寧な挨拶をもう一人、リリーからも受けた。「長旅の中でお疲れでしょうが、まずは湯浴みをしていただきましょう」 「馬車の中で寝ていました~」とは言い難い雰囲気です。 大人しく彼女たちの言う事を聞きましょう。「はぁ~、アンリーヌ様の肌はきめ細やかで美しく、さらにナイスプロポーションでいらっしゃいますね。羨ましいですわ」「今までは一人で湯浴みをしていたので、恥ずかしいですわ」 髪を洗ってくれたり、体を洗ってくれたりと、至れり尽くせりなんですけど、恥ずかしいです。 マッサージまでしてくれたようで…。 この辺から気持ちよく寝てしまいました。「ああっ、ごめんなさい!寝てたでしょう?」「ふふふっ。主人に心地よく思っていただくのが私達の仕事です。謝らないでください。成果が感じられて私達も喜ばしいですわ」 そういうものなのかなぁ? 湯浴み後は何やらドレスアップをされました。 今まで着たことがないような、美しいドレスを着、化粧を施され、高
last updateDernière mise à jour : 2025-06-17
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8.アンリーヌとノービア ①
「まぁ、我が国としてはノービアがそなたのように美しく賢い女性を連れて来てくれたので、問題はない」 ん?私…皇太子妃候補?「えーと、陛下が先ほど仰られたように、私の父は下級貴族ですが?」「そのことに余りある知力であることを、マイケルが証言している」「それと、皇太子妃候補って他に何人ほどいらっしゃるのですか?」「そなた一人だ!」 そんなキッパリハッキリ仰らなくても。 はっ、そう言えば…ぼーっとしていたけど、あの部屋は客間とかじゃなくノービア様のお部屋のお隣!部屋に扉があるのでは?「つまり、そなたは皇太子妃!是非ともノービアと婚約を!」 皇帝陛下に言われては、お断りなどできない。 それに、私も憎からずノービア様の事をお慕いしている。 あの地獄の中から救ってくれた、有難い方。「そのお話ありがたくお受けいたします」「ノービアなら今時間は庭で剣術の稽古か?一目見ておくといい。なかなか筋がいいと思う。皇太子じゃなかったら、騎士団に入れていた所だ」 陛下がそれほどベタ褒めするのだから相当なのだろう。 見ておこう。侍女のレアに連れて行ってもらった。「殿下はあちらで稽古をなさっておいでです」 殿下は…なんというか流麗ながらも力強く、稽古の相手をなぎ倒していった。「殿下にはすっかり敵いませんなぁ」「騎士団長が何を言うか!手を抜いていたんだろう?」 私にはわからない世界だ。************ アンリーヌ様にラド家の内情を調べていたことは伝えていなかったな。 陛下の口からアンリーヌ様に伝わってしまったが、悪手ではなかっただろうか? 正直なところ、アンリーヌ様に嫌われるのは辛い。 あの毒家族なら、アンリーヌ様も見限っているだろうか? まだアンリーヌ様は正式なノービア様の婚約者というわけではない。 陛下はかなりのプッシュだけど……。 アンリーヌ様もあの陛下の様子に絆されるだろうか? これまでのアンリーヌ様の働きを考えると、皇太子さまの婚約者になる事など、ごく普通。 王太子教育もしっかりと受けてらっしゃったのだから、外交もお出来になることだろう。 ただ……今まで忙しかった分ゆっくりとしていただきたい。という気持ちも同居していてなんとも難しいところだ。  アンリーヌ様がノービア様と婚約するか否かはノービア様の手腕にかかっている
last updateDernière mise à jour : 2025-06-18
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9.アンリーヌとノービア ②
 下手に探りをいれて、アンリーヌ様に嫌われるようなことがあっては私は大地にめり込んでしまう。 王宮にはめり込むような土地はないけれど。花壇とかか? 私が肥料となってしまう。 お二人が上手くいくことが私の幸せである。********** はぁ、ノービア様は剣術にも秀でてらっしゃるのね。 陛下は私をノービア様の婚約者にもうプッシュしてらっしゃるけど、私でノービア様はいいのかしら? はぁ~。「いけません。アンリーヌ様!なにか悩みがあるのですね?そんな疲れは我々が癒してしまいます!」 そういうと私は湯殿に連行され、あれよあれよと衣服を脱がされ、湯浴みをし、全身マッサージを受けた。 気持ちいい…。「それで、アンリーヌ様は何をお悩みで?」「え~?ノービア様の婚約者に私なんかでいいのかなぁ?って~」 頭もなんだかフワフワとしています。「ノービア様は剣術も素晴らしいですし、私なんかと思っちゃって~」 それ以降の記憶も途切れました。 翌朝、サーっと背筋が凍る思いでした。 私は昨日、侍女に何を話したの?疲れているあまり、頭が朦朧として話をしたような…。「アンリーヌ様!ご安心ください。ノービア様はアンリーヌ様がいいのだと公言しています」 本当に、私は昨日何を言ったのだろう? ノービア様のお言葉はすごく嬉しいのですが、何でしょう?漠然とした不安があります。「なんでこの部屋を使ってる者がいるの?私以外に‼」 なんだかヒステリックな声が聞こえます。何でしょう?「アンリーヌ様はお気になさらずに。『自称・ノービア様の婚約者』でありますカインド帝国のジャニス公爵家長女であらせられます、クラウス様です」「クラウス様については……あくまでも自称ですし、殿下は相手にしていません。見ているとなんだか痛々し…言い過ぎかしら?」 『自称・婚約者』の方がいらして喚き散らしているのね?これは迷惑だわ。「いいえ、キチンと出迎えるのが筋というものです。着替えて出迎えましょう。 レアには湯浴みからのマッサージで整えられ、リリーにはその後の衣装や装飾品などで着飾らせされ、クラウス嬢と対峙するための見た目にはなった。「私達はこの後、お茶などを用意致しますね」 そう言い残し、二人はいなくなった。 心細いですけれど、これも試練と言えば試練です!「なんだか淑女とは思え
last updateDernière mise à jour : 2025-06-19
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10.アンリーヌとノービア ③
 やっぱりそうなるのかぁ。 今まで私がワガママ王太子の代わりにやっていた公務の一部が陛下の方に流れていったのかな? もしくは、マイケルみたいに辞職をする文官が増えた? 新しく採用してもすぐには使い物にならないでしょうし、陛下としては頭が痛い問題でしょうね。 しかもその原因が自分の息子で王太子。 勝手にセーラを王太子妃にするから、二人でワガママ放題なんじゃ? もうアイリア王国はぐっちゃぐちゃね。 マイケルは懸命な判断よ。 クラウス嬢は公爵家ということもあって、幼い頃から自分は皇太子妃になるのだと周りに洗脳されて育ったようだ。ある意味ご愁傷様。 このままではどこにも嫁ぎ先が見つからないだろうと、修道院に入れられた。 洗脳されて育ってしまったのなら仕方がないのかなぁ? 他の選択しなんか考えたこともなかっただろうし。 陛下は婚約式を早めるという話に大賛成。 私のドレスがどうとか、早くも動き始めた。「婚約式は結婚式とは違って白いドレスを着る必要はあるまい。互いの瞳の色を意識した衣装はどうだ?」 と、陛下が仰る。NOとは言えません。 えーと、ノービア様は金髪碧眼のTHE王子様なので、私のドレスは青かしら? ノービア様は、チーフとか各所ポイントポイントに私の瞳の色琥珀かしら?***************** ノービア様とアンリーヌ様が婚約なさるという事は実に喜ばしい! 気分としては‘天にも昇る’というのだろうか? ノービア様も美丈夫であられますし、アンリーヌ様は言わずもがな。 気が早いと咎められようとも私の想いは止められません! お二人の御子ならば、さぞかし賢く・可愛らしい御子なのでしょう!楽しみでしかたありません。陛下もそんな気なのでしょう! アイリア王国が潰れそう? そうでしょうね。あのワガママ王子とワガママ令嬢が国を動かすようになるのだから。 一貴族の家ならばとっくに貴族籍を剥奪するか、修道院に入れているでしょう。 それが王家に存在しているんだから不思議です。 アンリーヌ様が国外に追放されたと同時に私のような文官の多くが辞職。 仕事も回らなく、大変なことになっているでしょうね。 他国のことなので、知りません。 あまりの事は‘内政干渉’にあたってしまいます。 そんなことよりも今はお二人の婚約が! 嗚呼、なん
last updateDernière mise à jour : 2025-06-19
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