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第496話

Penulis: 夏目八月
玄武は尾張と有田先生を伴って夜のうちに城を出発した。同時に、万華宗に伝書鳩を飛ばし、師匠の助力を求めた。

玄武が出立した後、紫乃はさくらを隣の部屋に誘って一緒に寝ることにした。誰かと寝る習慣があるから、急に一人になると寂しいだろうという口実だった。

「全然寂しくないわよ」さくらは紫乃の頭を軽く叩いた。「あなたが退屈なだけでしょう?棒太郎のところへ行けばいいじゃない」

「あの人なんて絶対イヤ。今じゃ私兵の頭になって、雄鶏みたいな歩き方してるもの」紫乃はベッドに腹這いになり、両手で頬を支えた。「退屈でも寂しくもないわ。ただおしゃべりがしたいだけ。そうそう、この先面白いことになりそうよ。北條涼子が平陽侯爵の側室として嫁ぐんですって」

さくらは両手を頭の下に組んで横たわった。「ええ、知ってるわ。でも今は別のことを考えているの」

「何を考えてるの?儀姫が怒り死にしそうだってこと?」紫乃は顔を横に向け、意地悪そうに笑った。

「違うわ。あなた、あの家のゴシップばかり気にしてるの?」

「いいえ、承恩伯爵家のことも気になるわ」紫乃は足を後ろに上げて、くるくると動かした。「梁田と煙柳は最近調子に乗ってたけど、世子の地位を失って泣き崩れるかしらね」

さくらは淡く微笑んだ。「さあ、どうかしら」

「あら、最近あまり笑わなくなったわね」紫乃はさくらの眉間を指でつついた。「もっと楽しまなきゃ。面白いことがあるし、笑い話もあるし、不運な人を踏みつけることだってできるのよ」

さくらは横向きになって紫乃を見つめた。「紫乃、一つ聞きたいの。もしあの時、私たちが戦場に行く前にあなたが結婚していて、戦死したと思われたけど......実は捕虜になっていて、帰ってきたら夫が再婚していた......そんな時、悲しんだり怒ったりする?」

紫乃は少し考えて答えた。「想像できないわ。私には夫がいないもの。あなたには夫がいるんだから、あなたが想像してみたら?そうすれば分かるでしょう」

「今、想像してみたの」さくらは物思わしげに言った。「もし玄武が私が戦死したと思い込んで、数年後に再婚したとしても......悲しいけれど、理解はできると思う。誰かのために一生を捧げるなんて、そんな無理なことは誰にも求められないもの」

「そんなことを考えて気を滅入らせてたの?だから暗い顔してたのね」紫乃は仰向けになり
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    西連寺内侍は藩札も茶葉も懐に収めたものの、口元は固く閉ざされたままだった。「参内なさればおのずと分かることです。誥命を賜った方なのですから、礼を失することなどございますまい」「はい、ごもっともでございます」執事は笑みを浮かべながら答えたが、内心では舌打ちをしていた。よほどの重大事でもなければ、これほど頑なに口を閉ざすことはあるまい。さくらは今日、女学校に赴くつもりだった。斎藤礼子がまた何か騒動を起こしたらしく、昨夜、国太夫人から使いを寄越され、収めるようにとの依頼があったのだ。ところが、屋敷を出たところで天方家の駕籠が急ぎ足で近づいてくるのが目に入った。何か重要な用件があるらしい。さくらは足早に駆け寄り、「天方家の方ですか?」と声をかけた。簾が開き、天方夫人が慌ただしく顔を出した。「王妃様、裕子叔母様が皇后様にお召しになりました。斎藤家四男家の礼子と十一郎の縁談のことかと……母は皇后様が降嫁の勅命を下されるのを懸念しており、どうかお力添えを」「斎藤礼子?雅君女学の?」さくらは初耳で、思わず目を丸くした。「はい、雅君女学の。昨日、縁談の話が持ち込まれまして、叔母様は承諾しかねると」天方夫人は焦りを隠せない様子で答えた。事態を察したさくらは、すぐに紫乃を呼び寄せ、太后様に御機嫌伺いに参内すると告げ、二人で馬を走らせた。一方、裕子は既に西連寺内侍と共に馬車で宮中へ向かっていた。さくらと紫乃は裕子より一足早く、太后の御前に伺候した。太后は皇后と王妃たちへの配慮から、通常は朔日と十五日の参内のみを求めていた。清和天皇は既に早朝の御機嫌伺いを済ませ、退出されていた。さくらの報告を聞いた太后は、思わず舌打ちをした。「縁結びを勝手に仕組むとは。あの方の魂胆が分からぬとでも?」所詮は十一郎の兵権を利用して、大皇子の後ろ盾になろうとする魂胆に過ぎなかった。あの日以来、大皇子が潤を見下したことで、太后は心中穏やかではなかった。子供とは言えども、もう幼くはない。師匠に礼儀作法を習っているというのに、礼儀知らずで気ままな振る舞い。鼻高々で、誰を見ても上から目線なのだ。あの一件以来、天皇と皇后も大分躾に力を入れ、太后への御機嫌伺いの際も、形式通りに振る舞うようになった。しかし、幼い心の内などはお見通しだった。形だけの礼儀作法の裏に

  • 桜華、戦場に舞う   第1173話

    哉年は刑部での任務に就いた。当初は父王のことを詮索されるのではないかと戦々恐々としていたが、数日経っても玄武に会うことすらなく、誰一人として尋ねてくる者もいなかった。次第に、その緊張も薄れていった。むしろ、刑部大輔の今中具藤が時折声をかけてくれた。今中は温和な性格で、何かと指南を買って出てくれる。哉年も深く感謝し、分からないことがあれば、職制を超えて今中に助言を求めるようになっていた。これまでまともな仕事など経験したことのない哉年は、司獄としての職務を全うしようと必死だった。学ぶべきことは山積み、配下の獄卒たちの統率も必要で、毎日が慌ただしく過ぎていった。玄武は今中に指示を出していた。今は彼を追及せず、まずは職務に専念させよ。分からないことがあれば助け、成功体験を積ませ、自ら進むべき道を選択させるのだと。冬至を過ぎると、天方家には仲人が続々と訪れるようになった。裕子は息子の十一郎の嫁探しに心を砕いていた。子孫繁栄はさておき、せめて身の回りの世話をしてくれる良き伴侶が必要だと考えていた。息子が死の淵から生還して以来、裕子は子孫のことをさほど重視しなくなっていた。この先、穏やかな人生を送れさえすれば、それで十分だと。親房夕美の一件もあり、今度は嫁選びに際して、何より人柄を重視することにしていた。以前話の出ていた六品官の娘は、才徳兼備だったものの、親房夕美と村松光世の一件が露見してから、話は立ち消えになってしまった。今では縁談が増えてきたが、裕子にはそれぞれの娘の人柄を即座に見極めることはできず、じっくりと調べようと思っていた矢先、斎藤家から縁談が持ち込まれた。斎藤礼子、斎藤家四男の末娘で、裳着の儀を済ませてまだ半年、十六にも満たない。裕子は人柄を知る以前に、年齢があまりにも若すぎると感じた。これまで候補に挙がっていた娘たちは、みな十八を過ぎていた。確かに十八を過ぎても未婚の娘は少なかったが、家の喪中で婚期を遅らせている者や、一度婚約が破談になった者もいた。もちろん、破談に至った事情も詳しく調べる必要があった。再婚の女性も候補に入れていた。裕子は決して再婚を忌避してはおらず、相性が合えばそれで良かったのだが、残念ながら適当な人は見つからなかった。斎藤家には「身分が釣り合いませんし、礼子様はお若すぎます。うちの息子

  • 桜華、戦場に舞う   第1172話

    「飛騨」という一言に、玄武とさくらは宴もそこそこに親王家へと急いだ。議事堂に広げられた地図には、濃州の一角に飛騨の地が示されていた。かつては離王の封地であり、その離王は文利天皇の弟。今では世襲で、影森天海が鎮国将軍の称号を受け継いでいた。もっとも、鎮国将軍は名ばかりの称号で、軍権は持っていない。天海は皇家の領地を賜り、朝廷からの俸禄で暮らしているが、この代になってその恩恵は半分以下に削られていた。以前の調査では、確かに飛騨は裕福な土地ではあったものの、燕良州や牟婁郡からは遠く離れており、軍を移すには手間がかかりすぎると判断していた。加えて、影森天海という男は、大それた野心など微塵もない男だった。賭博に溺れ、遊里に入り浸る有様で、先祖代々の家業をほぼ食い潰してしまっている。諜報によると、正妻一人に対し三十二人の側室、さらに五、六十人もの美人たちを抱え込んでいるという。気に入った女を見つければ、金で買い、騙し、それでもダメなら力づくで奪い取る。そのため、地元の役所とも険悪な仲だった。一年で百件を超える騒乱や婦女誘拐の訴えが持ち込まれるという始末。しかし飛騨は彼の封地。追い出すこともできず、とはいえ鎮国将軍の称号がある以上、強く出ることもできない。役所は頭を抱えていた。飛騨の府知事は三年任期で交代するが、皇族の面子を慮って告発状を上げることは控えめだった。皇室への配慮を優先する陛下の裁定で、自身の仕途に傷がつくことを恐れ、できる限り黙認する方針を取っていた。そうして彼の非道な振る舞いは、飛騨の地で野放しにされていた。「彼には顕著な特徴がございます。貧しくても横暴なことです」有田先生が指摘した。玄武は物思わしげに言った。「極限まで貧しく、かつ横暴な者は、必ず金策を考えるはず。しかし、この数年で飛騨での友好関係はほぼ皆無。実権も持たず、金を借りることすらままならない。彼の私有する庄園や山林を徹底的に調べよ」有田先生は調査記録の帳面を繰りながら答えた。「庄園は一つか二つを残すのみ。良い場所の山林は皆、人に貸し出されております。残っているのは、地形が複雑で、貸し手もなく、作物も果樹も育たぬような場所ばかり」「密偵を送り込め」玄武は額に指を当てながら言った。「私から陛下に話を通し、哉年に何か任務を与えよう。どの程度の情報を明かすか、様

  • 桜華、戦場に舞う   第1171話

    「哉年、跪きなさい!」榮乃皇太妃は突然声を張り上げた。「不埒者め。王妃に許しを請いなさい。王妃はあなたの従妹であり、また義理の姉でもありますよ。王妃が許してくだされば、あなたの母上の御霊にも申し上げられるというものですわ」哉年が膝を折ろうとした瞬間、さくらは冷たい眼差しを向けた。「私に跪こうなどと、よくもそんな真似を」その凍てつくような声に、哉年の曲がりかけた膝は瞬時に強張った。さくらは立ち上がった。「他にご用がなければ、これで失礼いたします」大股で出口へ向かうさくらの背中に、皇太妃の切迫した声が追いかけた。「王妃、どうか、これからどんなことが起ころうとも、私の孫たちをお守りください」さくらは足を止め、鋭く振り返った。「皇太妃様は実に慈悲深いお方。ただ残念なことに、その慈悲は叔母様には届きませんでした。今となっては、誰かの慈悲や庇護など、もう彼らには必要ないでしょう」「王妃!」皇太妃は涙ながらに叫んだ。「同じ親戚ではありませんか。哉年たちは王妃の従兄妹なのです。見捨てないでくださいませ」「身を慎んで暮らしていれば、誰かの世話になど必要ありません」さくらの声は冷たく響いた。「皇族の血を引く者が、まさか物乞いにまで落ちぶれるとでも?皇太妃様のご心配は余計かと。もし、ただの取り越し苦労ではなく、何かご存知のことがあるのでしたら、それはこの私ではなく、あなたの孫たちに申し上げるべきことではありませんこと?」言い終えるや否や、さくらは大股で部屋を出た。「従妹上、お待ちください!」哉年が慌てて追いかけ、さくらの前に立ちはだかった。「私はあなたの実の母の子ではありません。従妹などと呼ばないで」さくらは特に彼への憎しみを隠そうともしなかった。燕良親王の三人の息子の中で、最も憎むべきは彼ではなかったかもしれない。だが、女中の子でありながら、育ての母である前王妃に一片の孝行も尽くさず、生前は冷たくあしらい、死後になって後悔の涙を流すなど、あまりにも卑しい。「ただ、心からお詫びを申し上げたかっただけです。他意はございません」哉年はさくらの鋭い眼差しを避けながら、おずおずと言った。「私に謝られても何の意味もない。育ててくださった方に申し上げることでしょう」さくらの目は氷のように冷たかった。「どきなさい。邪魔です」「私にも何も出来なかっ

  • 桜華、戦場に舞う   第1170話

    そのとき、榮乃皇太妃からの使いが参り、さくらを個人的に招かれているとの伝言があった。さくらは太后の許可を得てから、その招きに応じることにした。榮乃皇太妃は文利天皇の妃であった方で、本来なら息子の封地で安寧な暮らしを送るはずだったのに、今は宮廷の片隅の殿で孤独に暮らしていた。高松内侍に導かれて寧寿殿に足を踏み入れた時、さくらは身を切るような寂寥感に包まれた。祝いの雰囲気など微塵もない。まるで他の殿舎とは数棟の距離だけでなく、天と地ほどの隔たりがあるかのようだった。冬の訪れと共に榮乃皇太妃の容態は重くなり、燕良親王の息子である影森哉年が都に残って祖母の看病をしていた。今日も参内し、祖母の傍らで付き添っていた。さくらの姿を認めると、彼は立ち上がって礼を述べた。「王妃様、よくお出でくださいました」さくらは冷ややかな目線を送った。「哉年様もいらしたのですね」「はい、祖母の看病に」哉年はさくらの前では頭が上がらず、まともに目を合わせることすらできなかった。さくらは彼には目もくれず、榮乃皇太妃に御機嫌伺いの挨拶をした。寝台に横たわる皇太妃は、錦織りの柔らかな枕を二つ背に当て、蝋のように黄ばんだ青ざめた顔色で、目は窪み、髪も結わず、白髪交じりの髪は肩に散らばっていた。寝たきりの生活で、髪は乱れたままだった。皇太妃はさくらを見つめ、一つ咳をしてから言った。「王妃、どうぞお座りなさい。堅苦しいことは無用です」その声は遅く、力なく響いた。宮女が寝台の傍らに椅子を運んでくると、高松内侍が「王妃様、どうぞこちらへ。皇太妃様はお声が弱くていらっしゃいますので、お近くでないと」と勧めた。ありがとうございます」さくらは皇太妃に礼を言って腰を下ろすと、「お具合はいかがですか」と尋ねた。「もう良くなることはないでしょう」皇太妃は乾いた唇に薄く紅を引いていたが、それは顔色を良くするどころか、かえって蝋のように青白い顔を際立たせていた。「ゆっくりお養いになれば、きっと」さくらは優しく声をかけた。殿内は炭火で温められ、さくらにはむしろ暑いほどだった。それでいて煙一つ立たない。さすがに上質な白炭を使っているのだろう。清和天皇は、彼女が燕良親王の生母だからといって粗末に扱うことはなかった。「王妃をお呼びしたのは、影森茨子の代わりに上原家の方

  • 桜華、戦場に舞う   第1169話

    恵子皇太妃は参内するや否や、淑徳貴太妃と斎藤貴太妃を誘い、庭園へと急いだ。今日の紅玉の頭飾りが肌の色を一層引き立てることを、誰もが、特に二人に見てもらいたかった。玄武はさくらと共に、太后の御殿で御機嫌伺いをしていた。太后との歓談の最中、次々と内外の貴婦人たちが集まってきた。折しも、十一郎の母、村松裕子も太后への御機嫌伺いに訪れた。太后は思いがけなくも、これだけの貴婦人たちの前で、十一郎の縁談について尋ねられた。裕子は胸に苦い思いを抱えながらも、太后の前では一言も漏らすまいと、笑顔を作って答えた。「はい、縁とは急いで参るものではございませんので」「お気の毒なことです」太后は溜息をつかれた。「いわれのない災難に巻き込まれて。天方家はこれ以上ないほど温厚な家柄というのに、よからぬ輩に掻き回されて、すっかり……」裕子はその時悟った。太后が突然この話題を持ち出されたのは、十一郎と天方家の名誉を守ろうとされてのことだと。感動で目に熱いものが溢れ、声を詰まらせながら答えた。「やはり、十一郎の福運が浅かったのでしょうか……」「とんでもない」太后は即座に打ち消された。「彼は我が大和国の勇将。陛下の御恩を深く受けているお方です。どうして福運が浅いなどということがありましょう。定められた縁は、必ず巡り会うときが来るものです」裕子は慌てて深々と御礼を述べた。「太后さまのお心遣い、誠に恐れ入ります」その場にいた貴婦人たちの視線が、一瞬にして変化した。先ほどまでは嘲笑を隠しきれない目付きで裕子を見ていた。あれほどの醜聞が起きた以上、誰も無実を主張できないと思っていたのだ。だが、太后さまのお言葉が全てを変えた。しかも、どのような言葉で呼ばれたことか。「大和国の勇将」である。太后さまは決して朝廷の事など口にされない方。それなのに、十一郎のためにこのような言葉を。座に連なる者たちは皆、只者ではない。その言外の意味を聞き漏らす者などいようはずもない。これからは誰一人として天方家を軽んじることなどできまい。まして、噂話など口にする者などあるまい。太后は必要以上の言葉は付け加えず、さりげなく各家の様子を尋ねられた。斎藤夫人の姿が見えないことに目を留められると、折よく吉備蘭子の使いが参上し、「体調を崩されており、太后さまにご病気がうつることを懸念され、改め

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