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第780話

Author: 夏目八月
椎名青露は淡い青磁色の質素な衣裳を纏っていた。広袖の直垂の羽織は、彼女の姿を一層軽やかに見せていた。

三児の母でありながら、肌は真珠のように白く透き通り、目尻には一筋の皺もない。雲のように黒い髪は珠の髪飾りで結い上げられ、真珠を散りばめた扇形の簪が頭頂と両脇を飾り、高山に咲く白花のように清らかな趣を醸し出していた。

その佇まいからも、国公邸で贅沢な暮らしを送り、生活の苦労を知らないことが窺えた。

間違いなく、寵愛を一身に受けていたのだ。

上原さくらは他の庶出の娘たちにも会ってきたが、彼女だけが人生の辛苦を知らない様子で、掌中の珠のように大切にされた甘やかさが全身から漂っていた。

部屋に入ると礼儀正しく一礼し、男性たちと適度な距離を保って控えめに立った。

さくらが「椎名青露」と呼びかけた時も、彼女の表情は変わらなかった。まるでこの日が来ることを知っていたかのようだった。

すぐに跪き、顔を上げると、その瞳には諦めの色が浮かんでいた。「その通りでございます。私は椎名青露と申します。決して身寄りのない者ではなく、東海林椎名が父で、大長公主家と東海林侯爵家が実家でございます」

その言葉は、正堂に落ちた一筋の稲妻のように、在席の者たちを凍りつかせた。

衛利定の瞳が震え、血走った目で叫んだ。「何だと?お前は東海林椎名の娘なのか?」

「旦那様、申し訳ございません!」青露は地に額をつけた。涙は見せずに。「私が皆様を欺いておりました」

「お前は......」衛利定は手を上げ、平手打ちを加えようとしたが、椎名青露の赤らんだ目を見た途端、その激情は消え去った。

結局、彼女は最愛の側室であり、二人の息子の母なのだ。

彼が静かに手を下ろした時、山田鉄男が禁衛と綾園書記官を伴って入ってきた。さくらは綾園書記官に記録を取らせ、先ほどの言葉を復唱させた。

それから衛国公に向かって言った。「国公様、私の言葉に一字たりとも誤りはございませんでしたか?」

衛国公は呆然となった。上原さくらの厳かで冷静な面持ちを見つめ、言いようのない恥じらいを覚えた。

思い返せば、彼女が最初に門を叩いた時から、国公邸の者たちは猿のように騒ぎ立てていた。その怒りの渦の中で、自分が常々物足りないと思っていた長子だけが、弱々しくも筋を通そうとしていた。

だが誰が耳を貸したというのか。

「相違ござ
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  • 桜華、戦場に舞う   第1213話

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