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第590話

Author: かんもく
直美はこの状況でも奏がとわこを庇うとは思いもよらず、胸が締め付けられるような切なさと悔しさを感じた。気づけば涙が頬を伝っていた。

子遠が急いでオフィスに入り、ソファに座るとわこを引っ張り立たせた。

「直美が突然来るなんて、僕も知らなかった」子遠は真剣な顔で説明し、「とにかく下まで送るよ」

「いらないわ」とわこは子遠の手を振り払い、大股でエレベーターに向かった。

彼女の心は今、複雑な感情でいっぱいだった。

確かに瞳の件で奏を訪ねたのは事実だが、彼を叩くつもりはなかった。

彼に挑発されたとはいえ、叩いてしまったのは事実だ。

彼は短気で口論も多かったが、これまで彼女に手を出したことは一度もなかった。

エレベーターを降りると彼女は駐車場に向かって歩き、車に乗り込んで会社に向かって車を走らせた。

その途中瞳から電話がかかってきた。

「とわこ、あなたが私のために奏を叩いたって聞いたわ......あれほど彼を探さないでって言ったのに!」瞳はこの話を聞いて驚きすぎて、顔の痛みすら感じなくなった。「よくそんな度胸があるわね!彼に叩き返されるのが怖くなかったの?」

瞳にとって、女性や子供に手を出す男性は何をしてもおかしくない存在だ。

とわこは嘘をついた。「仕事の件で彼に会いに行っただけよ」

「あなたと彼の間にどんな仕事の話があるの?今、彼を叩いたら、これからどう顔を合わせるつもりなのよ?」瞳は想像するだけで息苦しくなった。

「別に彼に会う必要はないわ」とわこは冷静に言った。「あなたはしっかり休んで、辛いものは控えてね」

「ぷっ!とわこ、もうかなり回復してきたのよ。それに、今日あなたが私の恨みを晴らしてくれたおかげで、全身がスッキリしてる!」瞳は笑って言った。「顔が治ったら、おいしいものをご馳走するわ」

「うん」

電話を切ったあと、とわこは会社に到着した。

悪い話は伝わりやすい。

奏を叩いた話は、なんと事が起きてから半時間も経たないうちに会社中に広まっていた。

会社に入ると、受付の視線がどこかおかしいことに気づいた。

オフィスに入ると、マイクがすぐに姿を現した。

「とわこ、手は痛くない?」マイクは机に両手をつき、その明るい碧色の瞳で彼女の顔を見つめた。「子遠によると、君が彼の
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