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第889話
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植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1183話
彼は息子をベッドから抱き上げ、額に指先をそっと当てた。「パパが家を空けたのはたった二日だろう？どうしてこんなに蚊に刺されちゃったんだ？」そう言って少し間を置き、三浦に目を向ける。「蚊よけはしてなかったのか？子ども用に蚊帳を用意してやれ」「蚊よけはしましたし、昨日蚊帳も買いました。これから取り付けるつもりでした」三浦が答えた。蒼は小さな手で奏のシャツのボタンをつまみ、おもちゃ代わりに夢中で遊んでいる。「旦那様、一昨日の夜帰ってこられなかったことで、レラはすぐ疑いを持ちました。あの子はまだ幼いですが、この年頃は何でも分かります」三浦は諭すように言った。「子どもの気持ちを一番に考えてください。そうでなければ、後から心を取り戻すのは難しくなります」一方その頃。弥は大島弁護士と対面して、落ち着かない様子で辺りを見回す。待ち合わせの場所は高級カフェ。午前のこの時間、客はまばらだった。「先生、奏はそんなに怒ってますか？正直に教えてください。祖母の顔を立てて、僕の命まで狙ったりしませんよね？」弥は声を潜めて尋ねた。弁護士は眼鏡を押し上げ、困ったように笑う。「弥さん、その問いには答えようがありません。常盤様から頼まれたのは、あくまで株式譲渡の件だけ。他のことは何も知りません」弥は大きく息を吐き、胸を撫で下ろした。「なら安心しました。これが罠だったらどうしようかと思いましたよ。あまりに順調すぎて、逆に怖かったんです」ちょうどそこへ店員がコーヒーを運んできた。弁護士はカップを手に取り、軽く口をつける。だが弥はコーヒーを飲む気になれず、身を乗り出して言った。「先生、株の譲渡について僕の方で準備するものをリストにしていただけませんか？僕に譲渡するなら簡単ですけど、今回は違いますから。だって黒介は銀行口座すら持っていないんです」「黒介？」弁護士は思わず聞き返した。「ええ。黒介は僕の叔父です。ニュースを見ていたならご存じでしょう？あのとわこが僕と父を憎んでいて、それで株を黒介に渡すしかないって言ったんです」弥は眉をひそめる。「もちろん、叔父に渡すのも僕に渡すのも同じことです。僕と叔父は家族ですから」弁護士は呆然とした。奏からは「株を弥に譲渡する」としか聞いていない。黒介の名など一度も出てこなかったのだ。混乱した彼はすぐに立ち上がった
植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1182話
常盤家。昨夜レラは泣き腫らしたせいで、今朝は目が赤く、元気もなく見えた。そこでとわこは、二人の子どもを外へ連れ出すことにした。「レラ、この前遊園地に行きたいって言ってたでしょう？今日行ってみない？」娘を少しでも元気づけようと、とわこは声をかけた。レラは首を横に振った。「遊園地なんて行きたくない。弟だって小さすぎて何も乗れないし」「じゃあ、どこに行きたい？」とわこは汗取りガーゼを取り、娘の背中に当ててやった。レラはソファにうつ伏せになり、ふてくされたように言った。「どこにも行きたくない。どこに行ってもつまんない」「じゃあ外を少し散歩する？それか、欲しいものがあったら一緒に買いに行こう」とわこは娘の横にしゃがみ込み、優しくなだめる。「前に新しいシールが欲しいって言ってたじゃない？」「もう持ってる。友だちがくれたの」「じゃあ、ちょっとしたプレゼントを買って、その友だちにあげたらどう？」「いいよ、いらない。ママが出かけたいなら付き合ってあげるけど、出かけたくないなら家にいよう」レラは力なく答えた。とわこは娘の頭を撫でながら、そっと尋ねた。「パパのこと、恋しくなった？」「ふん、そんなことない！お兄ちゃんに会いたいだけ」レラは強がって言った。けれど本当は、恋しかった。ここ数週間、休日はいつもパパが遊んでくれていた。それが急にいなくなり、これから先も一緒に過ごせないのかもしれないと思うと、涙がこみ上げる。でも泣いてしまえばママが悲しむから、必死にこらえているのだ。「行きたくないなら、無理に出かけなくていいわ」とわこは受け入れた。「今日は天気もいいし、お庭で遊ぶのもいいかもね」「何して遊ぶの？」「木の苗を買ってきて、植えてみるのはどう？」「じゃあママ、お花も買ってきて花瓶に飾ろうよ！」レラの顔に、ようやく明るさが戻った。「いいわね！一緒に買いに行きましょう」娘が少しでも興味を示すと、とわこの表情も和らいだ。レラはすぐに頷いた。「じゃあ弟は置いていこう？すぐ帰ってくるんだし」「そうね」とわこはバッグを手に取った。間もなく、ボディーガードの運転する車に乗り、母娘は出かけて行った。そして彼女たちが家を出て間もなく、奏が帰ってきた。三浦は彼を見て、驚いたように目を瞬いた。どうやら、わ
植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1181話
「ママが私と弟を連れてお兄ちゃんのところに行くのに、パパは連れて行かないなんて、それって十分怖いことじゃないの？」レラは悲しげな顔で問い詰めた。「二人は離婚するんでしょ？」「違うのよ」とわこはティッシュで娘の涙を拭った。「ママとパパはまだ結婚届を出していないの。だからもし別れるとしても離婚じゃなくて、別れるだけ」「えでも、それって同じことじゃないの？うわああ！」説明を聞いたレラは、余計に涙を激しく流しはじめた。「レラ、泣かないで。ママの話を聞いて」とわこは柔らかく声をかけた。「ママとパパがどうなっても、私たちはあなたと、お兄ちゃん、弟をずっと愛してる。ママは必ず、ずっと一緒にいるから」「私、ママとパパが喧嘩するの嫌い！」レラの瞳は涙でいっぱいになった。「でも、二人はいつも喧嘩してる！」とわこは返す言葉を見つけられず、沈黙した。一分、二分と経ちレラは母の顔を見つめ、ふと心が和らいだ。「ママ、ごめんなさい。そんな大きな声で言っちゃいけなかった」「いいのよ。悪いのはママとパパだから」「パパは悪いけど、ママはいい人。ママは絶対に、私とお兄ちゃんと弟のそばにいてね」レラは母に抱きつき、しゃくり上げながらそう願った。夜、子どもたちを寝かしつけた後、とわこは疲れ切った身体で部屋を出た。そのまま大股で主寝室に向かい、扉を閉める。このままじゃ駄目だ。結菜や黒介のことを置いても、奏の逃げ続ける態度は、子どもたちに悪影響が大きすぎる。とわこは子遠に電話をかけた。「子遠、奏は今どこにいる？会って話したい」彼女は冷静な声で告げる。「とわこ、すまない。今日探しに行ったけど、会えなかった」子遠は苦い顔をした。「一郎さんにも聞いたけど、彼も知らない」「じゃあ彼は、あなたたちにも連絡を取らず、会社のことも放ったらかし？」「そうなんだ。今まで、こんなことは一度もなかった」子遠は眉間に深いしわを寄せた。「まさか、ずっと逃げ続けるつもりじゃ？」とわこは深く息を吐き出した。「私、自分の過ちをもう分かってる。別れるつもりなら、それで構わない。協力するつもりだし」「まあ待ちなさい。二人が別れるなんて、そう簡単にいく話じゃない」子遠は強い口調で言った。「少し辛抱してみて。僕の勘だけど、来週には必ず決着がつくと思う」「決着？」「そう
植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1180話
二階に上がったとわこは、まず主寝室へ入り、彼のクローゼットを開けた。中には、彼の服がほとんどそのまま残っていた。「とわこ、旦那様は荷物をまとめに来たんじゃないよ」三浦が後を追ってきて、クローゼットの前に立つ彼女を見て言った。「黒い袋に少しだけ物を入れて持って行かれただけ」「そうよね。生活用品なんて、どこでもすぐ買える。わざわざ持ち出す必要はないわ」とわこは扉を閉め、彼の書斎へと向かった。「何か言っていなかった？」「特には」「一言もなかったの？」とわこは信じられないという顔をした。「そうでもない。奥様が昨夜遅くまで待っていたと伝えると、『子どもの世話だけしていればいい。あとは関わるな』とだけ」三浦は正直に答えた。「とわこ、私にできるのは蒼をしっかり見ていることだけ。他のことは助けてあげられない」「蒼の面倒を見てくれるだけで、もう十分感謝している。私と奏のことは、私たち自身で解決する」とわこはそう言いながら、書斎の扉の前に立ち、扉を押し開けた。「じゃあ、私は下に降りるね」三浦は一言残して、階下へ去った。とわこは照明をつけ、明るくなった書斎に足を踏み入れた。机の上は整然としており、ノートパソコンもそのまま。壁一面の本棚にも、特に変化は見られない。もしかしたら、彼が持ち出したのは金庫の中の物かもしれない。とわこは机の奥にある金庫へと歩み寄る。暗証番号は覚えていない。ただ、彼は以前、紙に書いて渡してくれたことがある。そのメモはバッグの内ポケットに入っているはずだ。だが、足が鉛のように重く、動けなかった。たとえ中身を確かめたところで、どうなるというの。彼の心がもうこの家になければ、去ろうとするのを引き止められはしない。とわこは彼の椅子に腰を下ろすと、思わず想像してしまった。もし今日の昼、ちょうど自分が家にいたら、二人はどうなっていただろう。激しく言い争ったのか。それとも、腹を割って話し合い、これまでのように幾度となく衝突しては仲直りしたように、また元へ戻れたのか。どうか後者であってほしい。夕食の席。レラはふさぎ込んでいた。とわこもまた、食欲がなかった。「レラ、今日学校は楽しかった？」理由は分かっていた。娘がなぜ元気をなくしているか、知っていた。けれど、どうすることもできなかった。
植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1179話
とわこはうつむいたまま、答えなかった。「とわこ、そんなに落ち込まないで」瞳はそれ以上追及せず、彼女の背中を軽く叩いた。「美味しいものを食べに行こうよ。何があっても、あなたならきっと乗り越えられる。私の目には、あなたほど強い人はいないんだから」「食欲がないの」「食べないなんてダメでしょ。じゃあ出前を頼む？」瞳はスマホを取り出した。「実はね、最近妊活を始めたの。もしあなたが食べないなら、私も食べられない」「妊活するなら、裕之に禁煙禁酒させなきゃ」とわこが言った。「もう言ったわよ。夜更かしも禁止。けどね、夜がちょっと辛いの。なかなか眠れなくて」瞳はぼやいた。「慣れれば平気よ」「そうだね、慣れれば大丈夫。それにしても、もし本当に奏と別れることになったとしても、世界が終わるなんて思っちゃダメ。あなたたち、今まで何度別れ話を繰り返したと思ってるの。もし本当に世界が崩れるなら、とっくに何度も崩れてるわ」その一言に、とわこの口元にようやく笑みが浮かんだ。そのころ。常盤家。突然の奏の帰宅に、千代と三浦は驚きを隠せなかった。彼女たちは夫婦喧嘩のことを知っていた。昨夜、奏は家に戻らず、とわこに連絡すら入れなかった。それだけでも十分なサインだった。しかも、今こうして戻ってきても、顔色は険しい。蒼を見ても、これまでのように優しく微笑むことはなかった。「旦那様、とわこは昨夜ずっとお待ちでしたよ」三浦はおそるおそる口を開いた。奏は冷ややかな表情で、厳しい声を放った。「君たちは子どもを見ていればいい。他のことに口を出すな」三浦はすぐに頭を下げた。奏は大股で階段を上っていった。夕方、とわこは小学校にレラを迎えに行き、一緒に家へ戻った。その姿を見た三浦は、どこか気まずそうに視線をそらした。レラが蒼の手を引いて洗面所に向かった後、とわこは小声で尋ねた。「奏、帰ってきたの？」三浦はうなずき、すぐ首を横に振った。「お昼頃に一度戻られたわ。けれど水を口にする間もなく、すぐに出て行かれて」「何のために？どうして知らせてくれなかったの？聞きたいことがあるのに、彼は徹底的に私を避けている。これじゃ何も解決できないじゃない」とわこの声は低く沈んでいた。「奥様がお待ちだと伝えました。でも、旦那様は……」そこで言葉を切
植物人間だった夫がなんと新婚の夜に目を開けた 第1178話
館山エリアの別荘。とわこがリビングに入ると、マイクもついて来た。「もう帰って。ここで少し一人になって、静かにしたいの」そう言われ、マイクはうなずいた。「じゃあ、昼にまた連絡する」そう言い残して外へ出た。車に乗り込むと、彼はすぐに瞳へ電話をかけた。「瞳、あとでとわこに電話してくれ。遊びに誘うとか、君が会いに行くとか、とにかく彼女を一人にさせないようにしてほしい」マイクはとわこのことが気がかりで仕方がなかった。「とわこに何かあったの？」瞳は彼の声色から、ただ事ではないと察した。「一言では説明できない。実際に会って、彼女が話してくれるかどうか様子を見てみて」「もしかして奏と喧嘩した？昨日メッセージで、奏から返事が来ないって言ってたわ」「まあ、そんなところだ。今は静かにしたいって言ってるから、少し時間を置いてから連絡して」「わかった」通話を切ると、瞳はすぐにクローゼットから服を選び、さっと着替えた。軽く身なりを整えたあと、裕之に電話をかけた。「ねえ、奏ととわこが喧嘩したって話、聞いてる？」会議中だった裕之は、電話を受けるとそのまま会議室を出て応じた。「二人が？いや、聞いてないな」「私も知らないから聞いたのよ。知らないならいいわ」瞳は電話を切ろうとした。「とわこに直接聞けばいいじゃない。仲いいんだろ」「今から会いに行くつもり。でも、たぶん原因は奏の方だと思う。昨日、とわこが返事が来ないって嘆いてて、そのときは冗談でからかったんだけど、時間があったら、ちょっと探ってみて」瞳は車で館山エリアの別荘に到着すると、門のインターホンを押した。とわこが中から出てきて門を開ける。瞳は中に入りながら彼女を一瞥した。「またここに戻って来ようとしてるの？」とわこはゴム手袋をはめ、防水エプロン姿。明らかに掃除の最中だった。「家がほこりっぽくなってて、ちょっと掃除しただけ」とわこは淡々と答える。「どうして来たの？マイクが言ったのね」「ええ。本当は知らないふりして電話で誘おうと思ったけど、不自然すぎるからやめたわ」瞳は率直に切り出した。「こんな力仕事、家政婦に任せればいいのよ」「じっとしてると余計に考え込んじゃうの。体を動かしてれば少しは楽になるから」とわこはリビングに入り、手袋を外した。「私、奏を失うかも
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