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第716話

Author: 佐藤 月汐夜
このケーキの色は薄かった。明らかに、黒色のような不自然な色が使われるはずがなかった。

その異様な光沢には妙な圧迫感があった。目にした瞬間、言葉にならない不安が胸をよぎった。

雅彦は桃の顔色が急に悪くなったのを見て、すぐに足を踏み出した。

「どうした?」

このケーキだけは、雅彦が直接準備できなかったものだった。特別に職人に依頼して作らせたものだった。

何か問題でもあったのか?

そう思いながら視線を向け、そして、一瞬で理解した。

爆弾だ!

幼い頃から軍事の教育を受けてきた雅彦にとって、それが何であるかは疑うまでもなかった。

遠くから様子を伺っていた宗太は、三人の反応を見てすぐに気づいたようだった。

だが、彼の表情はむしろ嬉しさに歪んでいった。

気づいたのか?

それでも、構わない。

ケーキの内部には細い起爆線が仕込まれていたが、彼の手元にはもうひとつ遠隔起爆のスイッチがあった。

彼らが気づいたところで無意味だ。

むしろ、恐怖と絶望に染まるその表情を楽しめるだけだった。

雅彦は顔を上げ、宗太の異様な笑みを見た瞬間、全身が震えた。

危険だ。

説明する暇すらなかった。

咄嗟に桃と翔吾を抱え込み、背を向けながらできる限り遠くへ跳んだ。

しかし、それでも間に合わなかった。

雅彦が動いた瞬間、宗太はスイッチを押した。

直後、耳をつんざく轟音が、空間を引き裂いた。

爆風は巨大な窓ガラスを粉々にし、無数の破片が四方八方へと飛び散った。

桃は目を見開いた。

すべてが一瞬の出来事だった。

何が起こったのか理解する間もなく、雅彦に抱えられ、強引にその場から引き離された。

時間の感じが曖昧になるほど、すべてが速すぎた。

ようやく、桃は雅彦の腕の中で息を整えながら状況を飲み込んだ。

翔吾は二人の間に挟まれるようにして、怯えた目を見開いていた。

「ママ……爆発した……あれ、爆弾だったの?」

桃の目に驚愕の色が広がった。

爆弾。

そんなもの、生きてきて一度でも身近に感じたことがあっただろうか?

だが、すぐに気づいた。

先ほどの雅彦の行動の意味を。

彼は、瞬時に間に合わないと判断し、何のためらいもなく、自らの背で爆風を受け止めようとした。

桃の体が小さく震えた。

声が出なかった。

「雅彦……大丈夫?」

口を開いた瞬間、思わず
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