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母が事故に遭った日、医者の彼と別れた
母が事故に遭った日、医者の彼と別れた
Author: みっつ

第1話

Author: みっつ
メッセージを送った直後、直樹から電話がかかってきた。

電話に出るなり、直樹はいきなり問いかけてきた。

「理由は?」

「……何の?」

「別れたい理由だ。今度は何が不満なんだ?」

手術室の扉の上で赤く灯るランプを見つめたまま、私は何も答えなかった。

私たちは、付き合ってもう8年になる。

昨日の午後、直樹は、母が作る笹団子が食べたいと言った。

それを聞いた母は大喜びで笹団子をたくさん作り、一晩かけて浜城市まで届けに来てくれた。

母が駅に着く頃、私は仕事で抜けられなかったため、直樹に迎えを頼んだ。

直樹は、駅まで迎えに行くと約束してくれた。

ところが、亜希の飼い犬を捜すのを手伝ううちに、母を迎えに行く約束をすっかり忘れてしまった。

しかも、私には連絡の一本もなかった。

その日は、市内全域で激しい雨が降っていた。

母は駅で4時間待ったが、直樹は来なかった。

仕方なくタクシーに乗った母は、その途中で追突事故に巻き込まれた。

母は何か所も骨折し、重い気胸まで起こして救急搬送された。

搬送先は、直樹が勤める病院だった。

知らせを受けてから、私は直樹に8回電話をかけ、メッセージも送った。

それでも返事はなく、30分ほどしてようやく届いたのが、このメッセージだった。

【亜希が足首をひねった。今、手当てしてる。お母さんには待っててもらって】

また、待てっていうの?

笑うしかなかった。涙は出ないのに、胸の奥だけがずきずきと痛んだ。

付き合って8年、直樹はいつも私より亜希を優先してきた。

私たちの記念日には、直樹は亜希と花火を見に行き、私は予約していたレストランで一人、いつまでも彼を待っていた。

私の誕生日には、亜希へのプレゼントを選びに出かけたきり戻らず、用意していたケーキにも結局、手をつけられなかった。

風邪をひいたときも、熱を出したときも、生理痛でつらかったときも……

直樹の恋人でありながら、診てもらうには、ほかの患者と同じように予約を取り、順番を待つしかなかった。いざ診察室に入っても、直樹は亜希から送られてきた動画への返信に夢中で、私の診察はそっちのけだった。

あの日、瓦礫の中から助け出してくれた直樹への思いを断ち切れず、私は8年もの間、彼を待ち続けてきた。

けれど今、母は手術室の中にいて、助かるかどうかも分からない。

そんな状況でも、直樹はまた待てと言う。

私が黙ったままでいると、直樹の声に苛立ちが混じった。

「真央、聞いてるのか?どうして別れるなんて言い出した?」

私は俯き、ひりつく喉からどうにか声を絞り出した。

「……どうして母を迎えに行かなかったの?

直樹が母の笹団子を食べたいって言ったから、わざわざ持ってきてくれたのに。駅まで迎えに行くって約束したよね?」

電話の向こうで直樹が息をのんだ。そこでようやく、今日の約束を思い出したらしい。

「今日は……本当に忙しくて……

亜希の犬がいなくなって、午前中ずっと捜すのを手伝ってたんだ。そのあと亜希が足をくじいて、俺も出勤しなきゃならなくて……

亜希の処置は看護師に任せて、今すぐそっちへ行く。だから、お母さんにはもう少しだけ待っててもらって」

そう言うと、直樹は私の返事も待たずに電話を切った。

手術室の前で呆然としていると、直樹からまたメッセージが届いた。

【真央、ごめん。亜希がどうしても俺にいてほしいって言うんだ。

お母さんには謝っておいて。亜希を家まで送ったら、必ずそっちに行く。

もう少しだけ待っててもらって】

私は画面を見つめたまま、返信しなかった。

この8年、私は直樹を待ち続けてきた。

私だけなら、まだ待てた。

けれど、母まで待たせることはできなかった。

だから、もう直樹を待つのはやめた。

3時間に及ぶ手術が終わり、母は経過観察のため病室へ移された。

それでも、直樹は来なかった。

その頃、亜希のSNSには新しい投稿が上がっていた。

【足をくじいた私が心配だからって、家まで送ってくれたうえに、ごはんまで作ってくれてる。誰かさん、優しすぎる〜】

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