大衆中華  八本軒〜罪を喰う女〜

大衆中華 八本軒〜罪を喰う女〜

last updateLast Updated : 2025-10-25
By:  神木セイユUpdated just now
Language: Japanese
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路地裏に佇む、大衆中華 八本軒。その店に入ったが最後、必ず罪は裁かれる。 ある日、三人の殺人を終えた男が自主をする前に八本軒に立ち寄った。男の他にも凶悪な仲間がいると知った女店主 黒月 紫麻は犯人を待ち伏せする為に擬態する。 海洋生物の守護天使 カシエルが、ミミックオクトパスの姿で堕天したのが紫麻である。 蛸特有の能力を活かし、今日も中華鍋を振りながら獲物を待ち構える。 クリーチャー×痛快リベンジ ※本作品はフィクションです。暴力行為、私刑、過激な自警行為を推奨するものではありません。

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Chapter 1

0.後悔の洋葱肉絲

「おい ! おめぇ、何者だ !? 」

 暗い屋敷の廊下。

 押し入り強盗の懐中電灯で照らされたソレは、光りに気付きゆっくり振り返る。

 顔は女人。

 首下も人間。振り返った拍子に、裸体の豊満な乳房が上下に弾む。

 だが男はその不可解な異形に、思わず懐中電灯を落とし声を漏らした。

「ヒッ !! 」

 女の瞳の瞳孔は山羊のように横長で妖しく吊り上がり、玩具のように真っ赤な唇が笑みを浮かべる。その唇は何かを咀嚼している。転がった懐中電灯が照らす女の口の端に、まだピクりと動く人の小指が引っかかっていた。

 一緒に来た強盗仲間の青年に馬乗りになり、血肉を咀嚼しながら、人間とは思えぬ冷笑を浮かべる。

 女の下肢は大きな蜘蛛のようで、床に粘膜を撒き散らしながら這いずる。黒々とした縞模様が蠢いて、青年の臓物を次々と口に運ぶ。

 壁に当たって止まった懐中電灯が、天井にまで飛び散った血飛沫を照らした。

 男は堪らず腰を抜かして尻もちを付いて命乞いをするのだった。

「頼む !! 命だけは !! 」

「……今まで老人達にそう言われた時、あなたは命を助けましたか ? 」

「……んな事、言われたって…… !! 」

「あなたも美味しそうです」

 □□□□□

 海の日。

 七月のその日、洗ったばかりでペトペトのシャツを着た中年男性がふらふらと歩いていた。

 男の背のベルトには、たった今使用したばかりの包丁が挟まれていた。

 都会から程遠い田舎町だが、新幹線の駅街が出来るとたちまち人口が増えた市街地になった。

 駅前通りは華やかではあるが、駅裏は些かまだ商業施設は少なく、代わりに市役所や警察署が大通りに建ち並んでいる。

 交差点の教会を住宅地方面へ曲がれば、すぐに地元民しか立ち寄らないような寂れた路地裏が四方に伸びている。

 男性は一度立ち止まり、辺りを見渡す。

 その路地裏の一角に町中華の看板が見えたのだ。

 真っ赤な下地に黄金色の筆字で書かれた『大衆中華  八本軒』という、ケバケバしくもどこかレトロな存在感。

 店先に並んだプランターの朝顔が、何本も綺麗に軒先まで延びてグリーンカーテンになっている。

 男性は古くても手入れの行き届いていそうな店だと思った。背の包丁を黄ばんだシャツで簡単に隠し、暖簾をくぐった。

「いらっしゃいませ」

 厨房から女が一人振り返る。

 店の規模からすると、この女一人で切り盛りしているだろう、人一人ようやく通れるテーブル席の間隔に狭い厨房。中華風のウェイトレス姿でカウンター越しに大きな炎で大鍋を振る。

「ごめんなさい。お冷はセルフですので」

「あ、ああ」

 男性はサーバーからグラスに冷水を注ぎ、カウンターに座るとメニュー表を捲る。料理は全て中国語だが、写真に写ったどれもが食欲を刺激する出来栄えだ。

 ポケットに手を入れ、しっかり千円札があるのを確認する。

「あー、そうだな。この、洋葱肉絲《ヤンツォンルースー》ってのを……定食で」

「ランチタイムですので、ご飯とスープは付きますよ」

「ああ、なら……良かった」

「洋葱肉絲。かしこまりました」

 女が厨房に戻る。

 とてつもなく美しい女だ。

 寂れた町外れの中華屋にいるような女には見えないと、つい男は店主の後ろ姿を眺め回してしまった。

 スラりとした長い手足に艶のあるストレートヘア。普段なら長い髪の毛は束ねて欲しいと男性は嫌悪感を抱くのだが、この店主には何か余計な装飾をつけては勿体ないと思わせる様な妖艶さが漂っていた。

 内装も古い店だ。両親等から継いだ店なのだろうかと勝手な解釈をする。

 掃除は行き届いてはいる。カウンター上の提灯などすぐに油汚れもつきそうなものだが、置物やタペストリー、酒瓶の首。どこを見ても埃一つ見当たらない。提灯の柔らかい朱色とオレンジ色の電球が、何とも心地好い空間だ。

 しかしランチタイムだと言うのに、他に客はいなかった。

「お待ち遠さまです、洋葱肉絲定食でございます」

 細切れになった玉ねぎと豚肉が芳しい。白米と共に軽快に湯気を上げ続ける。

「こりゃ、いい。美味そうだ ! それに騒がしくなくて居心地がいいや」

「路地裏のせいか、客足がまばらでして」

 セルフと言いつつ、女店主は男性の空になったグラスに冷水を継ぎ足した。

「いやいや、嫌味とかじゃねぇよ。くつろげるって意味さ。

 いただきます ! こりゃあ…… ! …………うん……。個性的な、クリエイティブな……味だな…… 」

 若干、目の泳いでいた男だが、とてつもないスピードで白米をかき込んでいく。

「ありがとうございます。精進いたします。是非、またいらしてください」

「ああ……まぁ。そうしてぇんだがな……」

 男は半分程食べ、一度箸を置いた。

 そして、背に隠していた包丁をカウンターの上へ出す。その刃にはまだ、血痕か肉片か、何かがこびり付いていた。

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0.後悔の洋葱肉絲
「おい ! おめぇ、何者だ !? 」 暗い屋敷の廊下。 押し入り強盗の懐中電灯で照らされたソレは、光りに気付きゆっくり振り返る。 顔は女人。 首下も人間。振り返った拍子に、裸体の豊満な乳房が上下に弾む。 だが男はその不可解な異形に、思わず懐中電灯を落とし声を漏らした。「ヒッ !! 」 女の瞳の瞳孔は山羊のように横長で妖しく吊り上がり、玩具のように真っ赤な唇が笑みを浮かべる。その唇は何かを咀嚼している。転がった懐中電灯が照らす女の口の端に、まだピクりと動く人の小指が引っかかっていた。 一緒に来た強盗仲間の青年に馬乗りになり、血肉を咀嚼しながら、人間とは思えぬ冷笑を浮かべる。 女の下肢は大きな蜘蛛のようで、床に粘膜を撒き散らしながら這いずる。黒々とした縞模様が蠢いて、青年の臓物を次々と口に運ぶ。 壁に当たって止まった懐中電灯が、天井にまで飛び散った血飛沫を照らした。 男は堪らず腰を抜かして尻もちを付いて命乞いをするのだった。「頼む !! 命だけは !! 」「……今まで老人達にそう言われた時、あなたは命を助けましたか ? 」「……んな事、言われたって…… !! 」「あなたも美味しそうです」 □□□□□ 海の日。 七月のその日、洗ったばかりでペトペトのシャツを着た中年男性がふらふらと歩いていた。 男の背のベルトには、たった今使用したばかりの包丁が挟まれていた。 都会から程遠い田舎町だが、新幹線の駅街が出来るとたちまち人口が増えた市街地になった。 駅前通りは華やかではあるが、駅裏は些かまだ商業施設は少なく、代わりに市役所や警察署が大通りに建ち並んでいる。 交差点の教会を住宅地方面へ曲がれば、すぐに地元民しか立ち寄らないような寂れた路地裏が四方に伸びている。 男性は一度立ち止まり、辺りを見渡す。 その路地裏の一角に町中華の看板が見えたのだ。 真っ赤な下地に黄金色の筆字で書かれた『大衆中華 八本軒』という、ケバケバしくもどこかレトロな存在感。 店先に並んだプランターの朝顔が、何本も綺麗に軒先まで延びてグリーンカーテンになっている。 男性は古くても手入れの行き届いていそうな店だと思った。背の包丁を黄ばんだシャツで簡単に隠し、暖簾をくぐった。「いらっしゃいませ」 厨房から女が一人振り返る。 店の規模からすると、この女一人
last updateLast Updated : 2025-10-24
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1.海の底から来たモノ
 剥き出しの刃物に動じる事なく、店主の女は真っ赤な口紅をペロりと舐めただけだった。 微笑を浮かべたまま、静かに男の次の言葉を待つ。「俺がよ……。食い終えたら……ちょっと電話貸してくんねぇか ? 警察呼びてぇんだ」「自主でしょうか ? 」「ああ。そういうことだ」「分かりました。 どうぞ、ゆっくり召し上がって下さい。ご飯はおかわり可能です」「あぁ……じゃあ、もう一杯頼むよ。 ……姉ちゃん、驚かねぇんだな。なんつーか、ここにパトが来られちゃ迷惑だろうに」 動じる様子の無い女店主に、男性の方が拍子抜けし気を緩めてしまう。「ここで待たせて貰う事にしようとしてるんだが……いいのかい ? 」「ふふ。大通りの警察署と教会、この先の国道から数キロ先には刑務所。 こういったお客様は、よくお見かけしますので」「マジかよ。世も末だな」「そうですね。まさに世界の終末でございますね。 人間はとても身勝手な生き物で……。しかしわたしはこうも思います。 人をそう創った神も疑問だ、と」「ほんと。そうだよなぁ……はは。違いねぇ。だがよ。全部が全部を、神や仏のせいにしてらんねぇだろうよ。 実は俺ぁ、ここに来るまで三人殺ってんだ」 男性は下を向きながらも、血走った目をしていた。「そうでしたか。ですが、自主の判断は素晴らしいです」 犯行後に『素晴らしい』等と言われても気休めや、気が変わらないようにする為の言葉だと、男は思わず苦笑いを女店主へ向けた。「いやいや、素晴らしいとは言わんだろ。 でも……逃げたところで……時効が無い今、人生詰んでんだろ……」「事情を聞いても ? 」
last updateLast Updated : 2025-10-24
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2.油淋鶏と中華そば
「まぁ、お巡りさん」 件の事件から数日後、二人の刑事が八本軒を訪れていた。「刑事課の鏡見と」「柊と申します ! 」 どちらも若い刑事だ。有り余るエネルギーを制服で抑えているような印象。「店主の黒月  紫麻さんで間違いないですか ? 昨日の崎森の自主の件で、もう一度経緯をお伺いしたいのですが」「ご苦労様です。どうぞ、暑いので中に」「あ、お気遣いありがとうございます」 警察署から近い立地だ。勿論二人もこの店を知っていた。 だが、実際に入店したのは初めてだった。 店内には客がいない。 現在は16:00。 八本軒は15:00〜17:00までは中休憩がある。 紫麻は仕込みの手を止め、鏡見と柊をテーブル席へ案内し冷水を差し出す。「外は暑いでしょう。温暖化は深刻な問題です」「ええ〜。もう本当に真夏は日差しが強いですね」 柊がケラケラと話す。 一方、鏡見は仕切りに指で背広の胸元を擦りながら、銀縁眼鏡の鋭い瞳で店内をチラチラと観察。神経質そうな男──というのが、世間一般での鏡見の印象だろう。 鏡見がふと、雑誌置き場にある風変わりな物に目を止めた。紫麻はそれを敏感に察知し鏡見へと話を振った。「春画は違法ですか ? 」「え ? あぁ、少し気になっただけです……。 あ……。まぁ。ここは食堂なので似つかわしくはないかと……見方によっては猥褻物になる可能性もありますが……。 いや、しかし春画は文化的なものですからね……どうでしょう」「これは残念な事なのですが、この店にはお子様連れのお客様は滅多にいらっしゃらないので、つい。 配慮が足りませんでしたね。すぐ別な場所に移動しますので」「え、ええ。でも、凄い量ですね」「常連客の方で、お読みになる方がいますので。芸術的観点
last updateLast Updated : 2025-10-25
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