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第298話

Author: 月影
祖父の気分はすぐさま良くなった。

電話で真子が凌央と渡辺家の令嬢をお見合いさせると言ってきたことさえ、もう腹立たしく感じられなかった。

乃亜は黙々と食事を続けた。

祖父は明らかに彼女と凌央の離婚を望んでいなかった。

彼が余計なことを言えば、未練があると誤解されかねない。

余計なことをしてしまうよりは、何もしないほうがましだ。

食事を終えると、祖父は乃亜を車に乗せ、運転手に役所へ向かうよう指示した。

断り切れず、乃亜は仕方なく車に乗り込んだ。

祖父は満足げだった。

役所に近づいた時、凌央から電話がかかってきた。

祖父は電話に出るなり問い詰めた。

「お前はいつ到着するんだ!」

「乃亜に代わってくれ!」

凌央の声には緊迫感があった。

「その口の利き方は何だ!」

祖父が怒鳴り返した。

「彼女に重要な用事がある!」

祖父は仕方なく携帯を乃亜に手渡した。

「凌央がお前に用事があるらしい」

乃亜は一瞬躊躇してから携帯を取り、淡々と言った。「何の用?」

「おじい様が創世の1%の株をお前に譲ると言っている。今手続きをするか、それか後でするか?」

この件は以前から祖父が話していたことだったが、凌央は多忙で忘れていた。今日離婚の手続きをしに向かう中、乃亜との3年間を回想しているうちに、ふと思い出したのだった。

電話を切った乃亜は祖父を見た。

「おじい様、私が今日凌央と離婚するのをご存知でしょう?どうして私に創世の株を譲るんですか!おじい様、私は株なんていりません!」

「わしが与えるものは素直に受け取ればいい、断るんじゃない!」

祖父は不機嫌そうなふりをした。

乃亜は唇を噛んだ。

「創世の株はあまりにも多すぎます!受け取れません!」

祖父はとっさにウィンクしてみせた。

「凌央との離婚に対する償いだと思ってくれ。この株さえ持っていれば、今後あの子はお前のために働くことになる。まさかそれが愉快だと思わないとでもいうのか?」

祖父は乃亜の本心までは読めなかった。

ただ彼は、とにかく彼女に株を受け取らせたかった。

「でも......」

乃亜は首を振った。

すると、祖父は不機嫌になった

「これは決定事項だ。議論の余地などない!」

乃亜は大人しく口を閉ざすしかなかった。

祖父は携帯を取り出し、凌央に電話をかけた。

「おじい様」
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