Memories of Rain〜春の雨が運んだ約束〜

Memories of Rain〜春の雨が運んだ約束〜

last updateLast Updated : 2025-05-26
By:  皐月紫音Ongoing
Language: Japanese
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県内の進学校に通う一年生、鳴海漓音は小学校の頃から勉強はできるが、人と関わることを好まず、自分の世界へと閉じこもりがちだった。 このまま学生らしいことをすることもなく、そこそこの良い大学に進学し、できるだけ人と関わらない仕事に就くのだろう。 自分の将来は、こんなものだと達観する漓音は雨の中、一人で最寄り駅の桜の木を眺めていた。 そんな彼の前に一人の不思議な女性が現れ……。

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Chapter 1

Chapter.I

「結婚しろ、結婚しろ……」

俺・瀬尾颯真(せお そうま)は人だかりの真ん中に跪き、彼女の返事を待っていた。

友人たちが興奮した様子で声を上げ、その歓声が広場中に響き渡る。

「もういい。しつこいのよ」

プロポーズされた当の藤崎莉央(ふじさき りお)は、地面に置いてあった花束をつかみ上げると、俺に向かって叩きつけた。その顔には、隠しようのない怒りが浮かんでいた。

「どうしてそんなに自分勝手なの?結婚を迫ること以外に、あなたにはできることがないわけ?何度も言ったでしょう。今は結婚できないの」

結婚できないのか。

それとも、結婚したくないだけなのか。

喉の奥が詰まり、苦しくて声が出なかった。

こういう場面は初めてではない。けれど、ここまで惨めな思いをしたのは初めてだった。

八年付き合って、十八回プロポーズして、そのたびに断られた。ここまでくると、もはや笑い話にもならない。

プロポーズするだけで、ここまで何度も惨めな思いをする人間なんて、俺くらいのものだろう。

しばらくして、どうにか気持ちを落ち着かせた俺は、指輪を差し出したまま彼女に近づいた。情けないほど恐る恐る、縋るような気持ちで彼女に近づいた。

「莉央、冗談はやめてくれ。友達も親戚も来てるんだ。早く指輪をつけてくれ」

彼女にこの場を丸く収めてほしかった。これだけ多くの人が準備のために力を貸してくれたのだから、そのためにも、もう断らないでほしかった。

けれど、その言葉は莉央の怒りに火をつけただけだった。

彼女は俺の頬を思いきり平手で打ち、鋭い目で睨みつけてきた。周囲の人々が一斉に静まり返った。

「冗談?一番笑えないのはあなたのほうよ。気持ち悪い。そうやって私に罪悪感を押しつけるつもり?蓮がうつ病だって知らないの?そんなに結婚したいの?彼を追い詰めて死なせたら満足なわけ?」

罪悪感を押しつけているのは、むしろ彼女のほうだった。

好きではないと言われてもよかった。もう愛していないと言われてもよかった。俺とは一緒にやっていけないと言われてもよかった。

なのに、彼女が断る理由は別の男だった。

彼女の幼なじみの男・朝倉蓮(あさくら れん)だった。

蓮がうつ病だから、彼女は見捨てられない。

では、俺はどうなる。自分の恋人が他の男ばかり気にかけているのを、俺は黙って受け入れなければならないのか。

俺は奥歯を強く噛みしめた。胸の奥で怒りを押し殺しながら、指輪を見下ろして問いかける。

「もしあいつが一生うつ病のままだったら、お前は一生、俺と結婚しないつもりなのか」

その言葉には、まだ期待がこもっていた。

否定してほしかった。さっきのことは全部冗談だと、今すぐ俺と結婚すると言ってほしかった。

けれど、莉央の答えは、俺を容赦なく打ちのめした。

彼女は俺の手から指輪を乱暴に奪い取ると、床に叩きつけた。

「颯真、彼は子どもの頃から一緒だった大事な人なのよ。見捨てろっていうの?それに、もう十七回も我慢してきたんでしょう?もう一回くらい我慢できないの?」

指輪は俺の視界の端へ弾かれ、転がっていき、やがて完全に見えなくなった。

まるで俺の心のようだった。暗い底へ沈んでいき、もう光などどこにも見えなかった。

友人たちは皆、どうしていいかわからない様子だった。それでも何とか場の空気を和らげようと、無理に笑顔を作った。

「莉央、冗談きついって。颯真の本気を試したかったんだろ?大丈夫、指輪は俺たちが必ず見つけるから」

「これで結婚の話が駄目になるなんてことにはさせないから。だから、もう喧嘩はやめよう」

彼らは何事もなかったかのようにさっきの出来事を流し、地面に這いつくばって指輪を探し始めた。

その姿に、俺はこれまで莉央に縋りついてきた自分を見た気がした。

犬みたいに尻尾を振って、彼女に縋りついてきた惨めな自分を。

俺は彼女を愛していた。完璧な恋人であり続ければ、いつか彼女と幸せになれると信じ込み、そのために必死で自分をすり減らしてきた。

友人たちは、俺にとって彼女がどれほど大切な存在か知っている。だからこそ、人目も気にせず、彼女にとってはどうでもいい指輪を必死に探してくれていた。

その一方で、莉央は苛立たしげにハイヒールの踵を鳴らし、彼らを軽蔑した目で見下ろしていた。

「颯真、結婚を迫るためにそこまで落ちぶれるなんてね。自分の友達まで利用するなんて」

そう言い捨てると、彼女は自分の友人たちを連れてさっさと立ち去った。

風の吹き抜ける場所に一人残された俺の目の奥に、熱いものが込み上げてきた。

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Chapter.I
春を感じさせない濁った空から、しとしとと、途切れることなく雨が降り続ける。 駅の裏手側にある古びたベンチに背を預け、一人の少年が空を見上げて座っていた。 高校指定の制服の上に濃紺のピーコートを羽織り、色素の薄いほっそりとした右手は時折り、ベンチに置かれたスマホを操作している。 ぽたり、ぽたりと、冷たい雨が左手に握られたビニール傘へと落ちてゆく音に少年は、じっくりと耳を傾けた。 |左右非対称《アシメントリー》――左眼側だけが極端に長い濡羽色の髪。 その合間からは、京紫色の瞳が覗く。 それは神秘的で、同時に伶俐な雰囲気を漂わせる。 彼の視線――その先には連日の雨に打たれ続け、少しずつ散りつつある、淋しげな一本の桜の木があった。 予報によれば、今週末には、強い雨と風が街を襲うはずだ。 おそらくはその時、ほとんど散ってしまうだろう。 小さく、か細い嘆息が、少年の口から漏れ出た。 駅の裏手にある桜の木は、少年が暮らす街の小さな観光名所となっている。 近年は桜の時期になると、雨が多くなるために、花見へとゆけなかった人達からも好評だ。 今も、電車を待つ人々が、無言のままに、雨に晒される桜の花を見つめている。 この季節だけは、桜を楽しめるようにと、駅の椅子もそっと向きを変えられていた。 少年は雨の日の桜が好きだった。 雨音が人々の|声《ノイズ》をかき消してくれて、雲の色も、葉を揺らす音さえも、どこか物悲しい。 瞬きを繰り返す間に、花弁が一枚、また一枚と剥がれてゆき、水溜りへと静かに沈んでゆく。 自分が居るその場所が、まるで世界から、隔離されているような気持ちになる。 だが、もうじき、駅の周辺は帰宅ラッシュで騒がしくなる頃だ。 そろそろ、帰った方が良いだろう。 黒いショルダーバッグを肩にかけると、少年は音さえも立てることなく、ベンチから静かに立ちあがった。 ――「もう帰っちゃうの?」 「えっ?」 まだ冷たい春の風が、暖かな生命の息吹を乗せた声を運んできた――。 振り返ると、黒いマキシ丈のワンピースが視界に映り込んだ。 胸元まで伸びたウェーブのかかった|白金色《プラチナブロンド》の髪が、空を舞う桃色の花弁の中で、ゆるやかになびく。 薄桃色の艶っぽく小さな唇が、悪戯っぽく弧を描い
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Chapter.II
「りっくんはさ、雨の日の桜のどこに惹かれる?」 「りっくんって……。そうだな――」 桜子と隣り合って座る漓音は、風と雨に晒されて、ひらり、ひらりと花弁を落としてゆく桜へと静かに視線を向けた。 「|単純《シンプル》に晴れの日みたいに周りが騒がしくないってのもあるし、物静かな空間が、一人で考え事をするのに適してるというのもある。でも、それ以上に僕には、この桜の在り方が気高いと思うんだ」 「気高い……?」 「うん、人生と同じだよ。こちらが特に何かをするわけでなくても、この雨や風のように生きていれば、多くの外圧や困難がふりかかってくる」 漓音は、ひとつ、ひとつ、ゆっくりと言葉を選びながら、ありのままの気持ちを紡いでゆく。 瞳に憧憬を滲ませ、達観するように切なげな横顔を、桜子は静謐な面持ちで見つめていた。 「それでも桜は誰にも頼ることも、助けてもらうこともなく、最後まで誇り高く咲いて、そして美しく散っていく。そんな姿が僕には、あまりにも眩しく思えるんだ――」 本当に不思議だった。 普段、家族や同級生とさえも話すことを避けがちな自分が、今日初めて出会った彼女の前では、こんなにも自分の中にある想いを言葉にして、伝えることができる。 もっとも、自分のような捻くれて利口ぶった人間が、雑に思考をこねくり回して吐き出した言葉を、彼女のような常に陽の光の側に立つ人が、どう受けとるかまではわからないが――。 「驚いた……。りっくん、詩人とか向いてるよ。私、ちょっと恥ずかしくなって来ちゃった」 「なんで桜子さんが恥ずかしがるんだよ、バカにしてる?」 「ち、違うよ! 本当に凄く素敵な感情の吐露だったと思うし……なにより嬉しかったよ!」 桜子は頬を真っ赤に染めあげ、うちわのようにした手でパタパタと扇いでいた。 「いや、御礼を言われる意味もわからないから」 「でもさ……りっくんって友達居ないでしょ?」 突如、放たれたあまりにも直球な一言に漓音は顔をしかめるも、事実なので反論はできない。 それに、友人と呼べる存在が居ない理由が、自分にあるということくらいは、とっくに自覚している。 「あ、ごめんね。でも、持ってる世界観、纏っている空気が人を寄せ付けない、必要としてない感じがして……まぁ、お姉さんは少し気になったのです」
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Chapter.III
「りっくんにはさ、りっくんのまだ知らない可能性が、いくらでもあるんじゃないかな?」 「僕が、まだ知らない可能性……?」 「例えばだけど、知ってるかな? アイスランドでは国民の約半分が、妖精を信じているんだよ」 「えっ? ちょっと待って、何のはな……」 「いいから聞く!」 「あ、はい……」 教師のように人差し指を立てた桜子より放たれる圧に、漓音は続く言葉を発することができなかった。 「他にもスパゲッティの怪物を信仰対象にしてる宗教だってある。イギリスのグラストンバリーには、魔法使いや妖精が暮らしてるとか。そして……なんと、北海道の小樽には、現地から魔法のかかった品々を仕入れて……魔女が販売してる店もあるらしいわ」 顔に、それこそ魔女のような怪しげな笑みを浮かべる桜子の口から語られるのは、どれも漓音が聞いたこともない、にわかには信じがたい話ばかりだった。 「僕が詩人なら、桜子は小説家に向いてるよ。それこそ、そんなの御伽話の世界じゃないか。それ、本当の話なわけ?」 「えっーと……多分?」 額に汗を浮かべた桜子は、少し困ったように、自信なさげな微笑みを浮かべる。 「いや、何で疑問形だし……」 「だって、私は……ここから動けないし実際には見てないもの……」 桜子の語気は、だんだんと弱く、頼りないものへとなってゆく。 彼女の過去を自分はあまりにも知らない。 こうして明るく振るまっているが、もしかしたら何かの病気や怪我で、あまり動き回れないのかもしれない。 二人の間には会話の糸口を探す、気まずい沈黙が走る。 それは自己紹介をする前に話題を探していた時のものとは別種のものだ。 沈黙を先に破ったのは、今回は桜子だった。 「とにかく! 世界には、まだ私達が想像もつかないようなことが、たくさんあるのです! こんなことも知らない、りっくんごときが達観するなんて百年早いのです!!」 「なんか、すごいディスられてない?」 「ふふん、私は、りっくんよりも遥かに長い年月を生きてきて、いろいろと知ってるからね」 「いや、そこまで年齢変わらないでしょ」 空気は変わったが、未だに心に汚泥が溜まっているような、言い表せない息苦しさがあるのも事実だった。 それでも、この時間を、このまま終わりにはしたくないと思
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