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第8話

Author: 雨音
それを見て、晴臣は明らかにほっとして、すぐに医師に言った。「早く!手術の準備をお願いします!」

手術室に入る前、晴臣は詩音の手を握り、これまでになく真剣な眼差しで言った。「詩音、誓うよ。手術が終わったら、今度こそ二人でちゃんとやっていこう。怜奈のことは、これ以上関わらないつもりだから」

それから、晴臣が手術室に運ばれていき、手術中のランプが点灯するのを、詩音はただ見つめていた。

思い返せば、さっき晴臣が言った台詞は、飽き飽きするほど何度も聞かされてきた。

こうして、詩音は外で待つこともなく、背を向けて病院をあとにし、冷え切った我が家へと戻った。

帰宅してまもなく、リビングの電話が急かされるように鳴り出した。

詩音は受話器を取った。

電話の主は、暗号解読局の課長だった。「佐伯さん、1時間後に迎えに行く。準備はいいか?」

詩音は受話器を握りしめ、自分が6年過ごしたが、決して自分の居場所とは感じられなかった部屋を見渡した。

「はい」と彼女は力強くハッキリとした声で答えた。「いつでも出発できます」

電話を切ると、すでに荷造りの済んだトランクを提げ、扉を閉めて振り返ることなく彼女は部屋を出た。

夜気は重く、冷たい風が吹き荒れていた。

詩音は闇の中へと消えていき、一度も振り向くことはなかった。

一方、手術は無事に終わった。

晴臣が目を覚ました時、麻酔がまだ抜けきらない朦朧とした意識の中で、ふと隣を見た。そこには見慣れた詩音の姿があって、彼女は温かい飲み物を用意したりタオルを持ったりして、自分の目覚めを待っているはずだと思った。

しかし、そこには誰もいなかった。

すると、晴臣は思わずドキッとした。

それでもすぐに「彼女は怒って先に家に帰ったのだろう」と思い直した。

彼も今回の手術は、さすがに少し自分勝手すぎたと自覚していた。

でも詩音は自分を愛しているから、きっと今に理解してくれるはずだ。

しかし予想外なことに、その後1週間、詩音は一度も病室に顔を見せなかった。

心に不安がよぎるが、「退院したら謝って、倍以上に優しくしよう。そうすれば戻ってきてくれる」と晴臣は自分に言い聞かせた。だって、これから先、二人には共に過ごす未来があるから。

1週間後、ついに退院が許可された後、晴臣はまず、隣の病室へ怜奈の様子を見に行った。

彼女はすでに目を覚ましていて、容態も落ち着いていた。そして、晴臣を見るとまた彼女は涙を浮かべ、手を握ろうと差し出してきた。

しかし、晴臣は一歩下がった。「しっかり病気を治せ。治療費はすでに支払ってある」

そう告げると、怜奈の返事を待たずに部屋を後にした。

病院を出ると、彼はデパートへ足を運び、以前詩音が欲しがっていた服と、好物のお菓子を買って帰宅した。

この時晴臣はまだ、どうやって詩音のご機嫌を取ろうかと思案していた。

今度こそとことんへりくだって、いくら叩かれようと、罵られようと、彼女の気が済むまで好きにさせてあげよう。

そう考えながら、官舎に戻り、期待を胸に扉を開けたが、中はがらんとしていて人影すらなかった。

その瞬間、晴臣の微笑みは凍りついた。すると、ちょうど買い物帰りの隣の幸子と出くわした。晴臣は駆け寄り、幸子の腕をつかんだ。「大野さん、詩音を見ませんでしたか?どこへ行ったか分かりませんか?」

「あら佐伯隊長?ちょうどお話ししようと思っていたところですよ。詩音ちゃん、何日も見かけないし、ドアもずっと鍵をかけられたままです。誰に聞いても姿を見た人はいないのですよ!」

それを聞いて、晴臣の胸はドキッとしたが、それでも彼は顔に出さないと、何とか落ち着きを装った。「友達を訪ねたのかもしれません。ちょっと聞いて回ってみます」

「友達?彼女にこの辺りで仲のいい友達なんていたでしょうか?佐伯隊長、余計なこと言いたくないけど、最近この辺りは怪しい人間が多いのですよ。若い女の人が次々消えてるのですよ!早く警察に行ったほうがいいでしょう!万が一のことがあったらどうするんですか!」

怪しい人間だと?

晴臣の眉間に深い皺が寄り、言いようのない不安が急速に膨らんでいく。

詩音には親も親友もいない。彼女がもし腹を立てて家を飛び出したなら、行くあてなどどこにある?

警察へ……それが一番早いかもしれない。

そう思うと、晴臣は手に持った荷物をドアの横に置いて、「分かりました、ちょっと行ってきます」と言って、大股で警察署へと向かった。

それから、彼は警察署で状況を説明すると、警察官から調書の記入をするように促された。

調書を提出した後、晴臣はベンチに腰を下ろし、無意識に指先で膝を叩いていた。

しばらくして、警察が出てきたが、その顔はどことなく困惑している。

「あの、本当に奥さんのお名前は『佐伯詩音』で間違いありませんか?」

「間違いありません」晴臣は立ち上がった。「どうかしましたか?」

警察官は調書を晴臣に返して言った。「戸籍記録、住民登録、ここ最近の移動履歴を調べましたが……奥様の名前にはアクセス制限が掛かっていましたので、検索不可となっています」

晴臣は唖然とした。「そんなはずはないです。俺たちは6年間も結婚している夫婦なんです。アクセス制限なんて、なにかの間違いじゃないですか?」

警察は首を横に振った。「間違いありません。全ての情報を照合した結果、あらゆるツールでアクセス制限がかかっています」

そこまで言って、警察官は一呼吸置き、同情に困惑を混じった眼差しで晴臣を見つめた。「佐伯さん、奥さんは本当に一般市民でしょうか?これほどのアクセス制限は普通では考えられませんので」
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