로그인「大変です」吹雪が舞う金曜日の終業間際、岩治は険しい表情のまま足早にオフィスの扉を開けた。「社長、現場で事件が起きました」死人が出たのだ。岩治は簡潔に状況を報告した。基礎杭の掘削穴から遺体が発見されたという。その現場は、司野の三番目の叔父・須藤順平(すどう じゅんぺい)が責任者を務める、大型テーマパーク建設予定地だった。行政主導の大型プロジェクトでもある。正直なところ、工事現場で死者が出ること自体は珍しくない。十の現場があれば、九つでは何らかの事故や問題が起きると言ってもいい。本来なら、水面下で穏便に処理してしまえば済む話だった。ところが今回は、事件が表沙汰になっただけでなく、メディアに嗅ぎつけられ、大々的に報じられてしまった。瞬く間に、「テーマパーク建設現場で殺人事件が起きた」という情報がネット上を駆け巡った。岩治は続けた。「現在、現場は記者たちに取り囲まれています」テーマパークの起工式の際にも多くの報道陣が集まっていたが、今回のような大スキャンダルとなれば、その数は比べものにならないほど膨れ上がっていた。司野は冷静な表情を崩さず、低く冷えた声で尋ねた。「順平叔父さんは今どこだ」岩治は答えた。「副社長は現在、I国へ旅行中です」三日前、オーロラを見に行くと言ってI国へ飛び立っていたのだ。順平の秘書からその報告を受けたとき、岩治は思わず冷や汗をかいた。若者ならまだしも、五十を過ぎた人間が、本業を放り出してオーロラ見物とは――あまりにも呑気すぎる。その報告を聞いた司野の表情がわずかに険しくなり、眉間に小さなしわが寄った。「秘書を通じて何度も連絡を入れていますが、電波状況が悪いらしく、いまだに連絡が取れていません」司野はそれ以上、順平のことには触れなかった。もともと、あのいい加減な性格は今に始まったことではない。彼は端的に指示を下した。「まずは記者を抑えろ」岩治は深く頭を下げた。こうして、金曜から始まるはずだった週末は、多くの社員にとって残業漬けの休日となることが決まった。各部署の責任者が慌ただしく対応に追われる中、肝心の責任者である順平だけが、ひとり蚊帳の外で気ままに旅行を楽しんでいた。記者対応の途中、岩治は再び報告に戻ってきた。「一部のメディ
司野は顔を上げると、冷え切った視線で亘を射抜いた。言葉にはしなかったが、その目は「何をくだらないことを言っている」とでも言いたげだった。その視線を受けても、亘は腹を立てるどころか肩をすくめ、冗談とも本気ともつかない口調で言う。「まあ、そのひねくれた性格じゃ、誰かに恨まれてても自分じゃ気づかないだろうな」司野はこれ以上皮肉を聞く気にもなれず、苛立ちをにじませた。「まだ何かあるのか?」亘は答えず、逆に問いかける。「もう五年だぞ。まだ、あの人のことを吹っ切れないのか?」「あの人」が誰を指しているのかは、二人とも分かっていた。広いオフィスは、針一本落ちる音さえ響きそうなほど静まり返る。司野の表情はぴくりとも動かず、その深い眼差しからは、今何を思い、何を感じているのか、まるで読み取ることができなかった。亘はデスクの上に置かれた写真立てへ目を向けた。そこに写る素羽を見つめ、かつて家族三人が寄り添って笑い合っていた日々を思い出す。そして写真立てにそっと手を伸ばし、それを伏せながら静かに言った。「もう十分だ。そろそろ諦めろよ」素羽は、とっくに新しい人生を歩き始めている。彼だけが過去に縛られ続けても、何も変わらない。ただ、自分で自分を苦しめるだけだ。司野は眉をひそめると、伏せられた写真立てを元に戻し、不機嫌そうに言い放った。「用がないなら帰れ」亘の「諦めろ」という言葉を、司野が受け入れる気などまるでないことは明らかだった。その態度を見て、亘ももう何も言わなかった。親友として伝えるべきことは、とっくに伝えた。過去を手放さず、新しい一歩を踏み出そうとしないのは、司野自身の選択なのだから。やがて広いオフィスには、司野だけが取り残された。彼は写真の中の素羽を見つめたまま、静かに物思いに沈む。昔の自分なら、過去に縋り続ける人間を弱いと笑っていただろう。人は前を向いて生きるべきだ。過去に囚われ続けるのは、敗者の自己憐憫であり、現実から逃げているだけだと。司野はこれまで、そんな生き方を鼻で笑い、自分には無縁だと思っていた。だが、まさか自分自身が、素羽のことになると、かつて最も軽蔑していた人間になってしまうとは思いもしなかった。彼はもう、素羽への想いから抜け出せなくなっていた。もし
美玲が角を曲がって廊下へ飛び出したとき、人気のない通路には、お目当ての人物の姿はどこにもなかった。まるで、さっき目にした光景そのものが幻だったかのようだ。美玲はその場に立ち尽くし、眉を深くひそめた。少し遅れて琴子も追いつき、怒りをあらわにして言った。「いい加減、そのヒステリー何とかしてくれない?」美玲はすぐに言い返した。「私、本当にさっき素羽を見たの!」見えたのはほんの横顔だけだった。それでも見間違えるはずがない。相手が素羽なら、たとえ灰になっていたって見分けられる自信があった。琴子は奥歯を噛み締めながら吐き捨てる。「自分がさっきどれだけ飲んだか、分かってるの?」ただでさえ手がかかるのに、今度は酒まで浴びるように飲むようになった。海外にいた数年間、一体どんなでたらめな生活を送ってきたというのか。美玲は唇を強く噛んだ。――本当に飲みすぎて見間違えただけなのだろうか。琴子は彼女の腕をつかみ、そのまま出口へ向かって歩き出した。「帰って酔い覚ましのスープでも飲みなさい」二人いる子どもは、どちらも親を安心させてはくれない。一方その頃、素羽は自分が先ほど、危うく元義妹に見つかりそうになっていたことなど知る由もなかった。---瑞基グループ。岩治は司野に業務の進捗を報告していた。奏が姿を現して以来、石森商社は須藤家の企業と真っ向から競り合うようになり、その不自然な動きには、業界の誰もが気づいていた。新たに設立された石森商社そのものは、まだ小規模な会社でしかなく、さほど注目されてはいない。だが、その背後に控えるサットン一族となれば話は別だった。海外で百年もの歴史を誇る名門一族。主な事業基盤は国外にあるとはいえ、その根は深く、巨大なネットワークは誰かが簡単に揺るがせるようなものではなかった。現時点では須藤家の企業に目立った実害は出ていない。それでも露骨な敵対姿勢に、司野の瞳には冷たい光が宿っていた。岩治が口を開く。「社長、石森商社の責任者と連絡を取り、話し合いの場を設けましょうか」ビジネスで最も大切なのは、互いに利益を生み出すことだ。司野は何も答えず、ただ冷え切った眼差しを向けていた。返事がなくても岩治は急かすことなく、デスクの前で静かに待ち続ける。しばら
楓華は目の前に並ぶ美男美女のカップルを見つめ、素羽が幸せに暮らしていることを知ると、瞳に安堵と喜びの色を浮かべた。これでようやく、素羽も災い転じて福となしたのだ。その様子を見ていた亘も、心の中でそっとため息をつく。――司野には、もう勝ち目はないな。食事の間も、奏は終始細やかに素羽を気遣い、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。その姿を見ているうちに、楓華はまるで義母が婿を見るような気分になり、見れば見るほど好感を抱いていく。――うん、この青年はなかなか見どころがある。やはり自分の目に狂いはなかった。素羽のような素敵な女性は、誰よりも幸せになる資格がある。あんなゴミみたいな連中のことなど、さっさと遠くへ消えてしまえばいい。少し二人きりで話したくなり、楓華は素羽の腕を取って化粧室へ向かった。「あの人、ちゃんと優しくしてくれてる?」もちろん「あの人」とは奏のことだ。素羽は穏やかに微笑んだ。「見れば分かるでしょ?」もちろん見れば分かる。それでも楓華は、本人の口から聞きたかったのだ。一歩近づいた楓華は、そっと素羽を抱きしめ、その耳元で優しく囁いた。「今のあなたがこんなに幸せそうで、本当に嬉しい。まるで自分のことみたいに幸せなの」あの頃、死の淵でもがいていた素羽を知っているからこそ、今こうして光の中で笑って生きる彼女の姿が、何より嬉しかった。大切な素羽ちゃんは、ようやく本当の人生を取り戻したのだ。素羽は何も言わず、優しく楓華の背中をぽんぽんと叩いた。言葉などなくても、お互いの気持ちは十分に伝わっていた。炎の中をくぐり抜け、生まれ変わるような苦しみだった。けれど、その先で手に入れた新しい人生は、決して悪いものではなかった。楓華は目尻の涙を拭い、ゆっくりと身体を離した。「帰ってきたけど、またどこかへ行っちゃうの?」素羽はその問いには直接答えず、逆に問い返した。「私がまたいなくなったら、寂しい?」楓華は照れ隠しもせず、即答した。「当たり前じゃない。寂しいに決まってるでしょ」まだ話したいことも、聞きたいことも、知りたいことも山ほどあったのだ。素羽は微笑んだまま、「またどこかへ行くのか」という問いには触れず、静かに告げた。「これからは、もっと頻繁に会えるようになるわ」その一言だ
素羽が生きている。その知らせを楓華が耳にしたのは、一年前のことだった。その事実を知った瞬間、彼女は電話を握りしめたまま、その場に崩れ落ちるように泣きじゃくった。それは、失ったはずの大切な人を取り戻せた喜びの涙であると同時に、電話の向こうにいる素羽を責める涙でもあった。生きているのなら、どうして最初の四年間、一度も連絡をくれなかったのか。そのせいで、自分がどれほど苦しみ、どれほど悲しみ続けてきたことか。もちろん、素羽だって連絡したくなかったわけではない。あの頃の彼女は、自分の身を守るだけで精一杯だったのだ。その後、ようやく生活が落ち着いてからも別の事情が重なり、どうしてもすぐには連絡を取ることができず、そのまま時だけが過ぎてしまったのだった。素羽の居場所を知った楓華は、今すぐにでも彼女のもとへ駆けつけようとした。だが、なんとも間の悪いことに、まさにそのタイミングで自分の妊娠が判明したのだ。体質や仕事の影響もあって、楓華の生理は数か月に一度、まるで季節の便りのような間隔でしか来なかった。そのため、自分が妊娠していることなど夢にも思わず、気づいた時にはすでに妊娠三か月に入っていた。その事実を知った瞬間、楓華の頭に真っ先に浮かんだのは――中絶だった。ところが、あの亘というどうしようもない男が、どこでその話を聞きつけたのか、すぐに飛んできた。そして持ち前の弁の立つ口であの手この手と説得を重ね、少しずつ楓華の考えを変えていったのだ。楓華自身、結婚する気はさらさらなかった。けれど、父親は切り捨てて子どもだけを育てるという形なら受け入れられると思うようになっていた。子どもが一人いる生活も悪くない。それに何より、亘の遺伝子は優秀だ。彼の遺伝子だけをもらうと考えれば、それも悪くない選択だと思えた。しかし、妊娠が分かってからというもの、亘はまるで一度くっついたら剥がれないガムのように楓華に張りつくようになった。専属の家政夫さながら、衣食住の世話を焼き、一日二十四時間では足りないと言わんばかりに、二十五時間でも彼女のそばにいたがる始末だった。楓華は当初、素羽が生きていることを亘へ知らせるつもりなど微塵もなかった。だが、この世に永遠に隠し通せる秘密などない。どれほど慎重に素羽と連絡を取り合って
バン――と大きな音を立てて、グラスがテーブルに勢いよく叩きつけられた。楓華は振り返ると、隣に座る亘を鋭く睨みつけた。一方の本人は、気まずそうに鼻の頭をかく。――なんで俺が睨まれるんだ?何もしてないし、何も言ってない。それなのに、どうして自分にとばっちりが飛んでくるんだ。亘は心の中で全力で無実を訴えた。そもそも、今夜ここに司野が現れるなんて、彼だって知るはずがなかったのだ。そんな一連のやり取りを見ていた素羽は、くすりと微笑みながら場を和ませるように言った。「もう、まだ授乳中なんだから。そんなに怒ってたら体によくないよ」その言葉が終わるや否や、亘もすかさず相槌を打ち、楓華の背中を優しくさすった。「そうそう、その通りだよ。どうでもいい奴のために腹を立てるなんて損だろ」楓華は露骨に嫌そうな顔をして肩をすくめ、彼の手を払いのけた。「自分の息子の面倒でも見てなさいよ。目障りだから、あっち行って」もともと彼を連れてくるつもりなどなかった。頼み込んで半ば強引についてきたのは亘のほうだ。それなのに、来て早々、危うく騒ぎを起こしかけた。電話、電話って、一体そんなに出なきゃいけない電話がどこにあるっていうの?出るなら離れた場所で出ればいいじゃない。どうしてわざわざ個室の入り口で電話なんか取るのよ。誠矢はベビーカーから小さな顔をのぞかせ、口を開いた。「楓華おばさんの赤ちゃん、僕のパパよりずっとお利口さんだから、お世話なんていらないよ」奏は呆れて言葉を失った。――このクソガキ、本気でダンボールに詰めて捨ててやろうか。育てても腹が立つことしか言わない。誠矢の声を聞いた瞬間、楓華は一転して満面の笑みを浮かべ、手招きをした。「誠矢くんもとってもいい子だよね。ほら、おばさんのところにおいで。いいものあげるから」誠矢が近づくと、楓華はバッグからベルベットの小箱を取り出した。中には金色の豚をかたどったネックレスが入っており、それをそのまま誠矢の首にかけてあげる。誠矢はキラキラと輝く豚のモチーフを見つめ、どこか不満そうな顔をした。「おばさん、どうして僕に豚さんをくれるの?おばさんも、僕が太りすぎだって思ってるの?」楓華が答えるより早く、奏は待ってましたと言わんばかりに茶化し始めた。「







