子宮外妊娠の診断書を手にして、江原素羽(えばら そわ)は顔色を失いながらも、法的な夫である須藤司野(すどう つかや)に電話をかけた。電話が数回鳴ったあと、ようやく繋がったが、彼の声はいつも通り冷淡だった。「何の用だ?」診断書を握る手が震え、喉が詰まりそうになる。「病院に来てくれる?」彼が返事をする前に、電話の向こうから女の喜びに満ちた声が聞こえてきた。「司野、これ、私への誕生日プレゼントなの?」それ以上何も聞かず、彼は急いでこう言った。「こっちは忙しいから、岩治に連絡しろ」電話が切れる直前、彼が優しく囁くのが聞こえた。「気に入った?」「司……」自分が何か言う前に、耳元には無情なツーツー音だけが残った。診断書を握る手がさらに白くなる。女の声の主はすぐに分かった。司野の初恋の人、翁坂美宜(おきさか みのり)だ。「ご家族の方は来られましたか?」一人で戻ってきた素羽に、医者が尋ねる。素羽の顔色はまだ血が戻らない。「自分でサインします」経験豊富な医者は驚きもしなかった。手術台に横たわり、素羽はぼんやりと天井を見つめる。冷たい医療器具が体内に入っていく。一筋の涙が頬を伝い、髪に濡れて消えた。自嘲するしかない。自分なんて、縁起直しの花嫁として須藤家に入っただけの存在。彼の本命には、到底かなわない。素羽と司野の結婚は、そもそも古い迷信に基づいたものだった。五年前、司野は交通事故に遭い、医者からは「もう長くは持たない」と宣告された。須藤家の人々は、若くして死なせるのは忍びなく、せめて人生を全うさせたいと願った。ただ素羽の生年月日の運勢が司野と相性抜群だった。それだけで縁起直しの花嫁として彼女は選ばれた。本来なら、彼女の身分では須藤家に嫁ぐことなど叶わなかったはずだ。だが、不思議なことに、結婚してわずか一ヶ月で司野は奇跡的に回復し始めた。医学が救えなかった命を、運命が救った。その恩で、素羽は須藤家の奥様としての地位をしっかり掴んだ。「福を呼ぶ嫁」と言われたのも、このためだった。実は、美宜が帰国する前は、司野は素羽に悪くなかった。愛はなかったが、互いに礼儀正しく過ごしていた。だが、美宜が帰国してから、すべてが変わった。平穏だった湖面に石が投げ込まれたように、静かな日々がかき乱されていった。手術
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