LOGIN思い返せば、英二も桃子も老夫人の面影はないように思える。 英二は完全に老人似だが、老夫人に似ていないから老人似だと思っていた桃子はきつい目元が都似のようだ。 固まる優希に老夫人はふふと笑うと、優希の手を撫でながら続ける。 「井竜家の先代当主が出した結婚の条件だったの。私がおじいさんと結婚するにはその条件をのまなきゃいけなかった…。」 どういう理由で外の女性との間に子供を作る条件を出すのだろう。 優希は理解できずに顔をしかめた。 「私はおじいさんと結婚したかったからその条件を受け入れたわ。おじいさんが、何があっても私だけを愛していると誓ってくれたから、都さんの閨に向かうおじいさんを送り出した。でも1つだけ約束してもらったのよ。都さんと何をして、どんな話をしたのかは包み隠さず教えてと。肌を重ねる2人の中のやり取りで、私が知らないことがあるのが耐えられなかったから…。おじいさんはきちんと約束を守ってくれたわ。」 穏やかに話していた老夫人の声はそこで1度止まる。 その先の話は優希でも何となく予想できた。 「…でも最近になって、その約束が守られないの…。都さんと食事をしたことも知らなかったし、聞いても何も答えてくれないのよ…。いい歳してみっともないわよね…。桃子のこと言えないわ。」 少し震える声は老夫人の不安な気持ちを表し、いつもの上品で、でも茶目っ気を忘れない彼女ではなかった。 優希は暁春と有美の仲を疑い鬱鬱としていた自分を老夫人に重ね、強くその小さな肩を抱きしめた。 「大丈夫ですよ。おじいさんはおばあさんを愛しています。」 優希から見た老人は、妻である老夫人をとても大事にしており、むしろ老夫人以外の人間に関心が薄く感じる。
そして階段転落から2週間が経つ頃には、日常動作に支障がないくらいに動けるようになった。 それでもやはりベッドで外を眺めて過ごすことは変わらず、頭ではスピーキングの勉強と看護学校について調べなければいけないと分かっていても、優希はただ無気力にお腹の子供に栄養を運ぶことだけを行なっていた。 「ゆうちゃん。」 優希がお昼ご飯を食べている時、病室に老夫人が入ってきた。 手には大きな重箱をぶら下げている。 「あら、もう食べちゃった?たまには一緒に食べようとお弁当を持ってきたのよ。横で一緒に良いかしら?」 目尻に皺を寄せて微笑む老夫人に、優希は自然に笑顔になってソファの上の荷物を退かす。 「このご飯とっても美味しいので、誰かにオススメしたかったんです。こちらへ是非。」 優希の笑顔に安心したのか、老夫人が小さく息を吐いたことに気づき、優希は申し訳なく感じた。 和珠と老夫人が何を心配しているかを優希は知っている。 夫に裏切られ、我が子を失い、失意の中で馬鹿な選択をしないかを気にしているのだ。 残った子もいるので自死を選ぶつもりはないが、しかしそれを胸を張って言えないのは、時折考える窓からのジャンプがそれに近いものだと自覚しているからだった。 「まぁ、これ美味しいわ。ゆうちゃんも食べてみる?後藤さんの自信作よ。」 テーブルに老夫人の持ってきた弁当も並ぶと一気に華やかになった。 「ではおばあさんにはこれをあげます。交換しましょう。」 お互いが好きそうな物を交換しながらの食事は新鮮で、優希は久しぶりに楽しい食事だと思えた。 その後和やかな食事を終え、食後のお茶を楽しんでいると、それまで楽しそうにお茶菓子の話をしていた老夫人が静かになった。 疲れたのかと優希が湯呑みを置いた時、おもむろに老夫人
すると突然、揺れる目で有美を見上げていた暁春が有美の腰を抱きしめ、顔をお腹に埋める。 口元に柔らかい笑みを浮かべながら頬擦りする姿は、有美のお腹に祝福が来るのを待ち望んでいるように感じ、有美は高笑いしたくなった。 (そう!これよ!暁春が私に縋り付く姿が最高なのよ!) 最高の男に愛されるただ1人の女性。 (世の中の女共が指を咥えて羨むのは私!!) 先程よりも強い優越感が快感に変わり、有美の背中を駆け上がっていく。 早く暁春の願いを叶えてやろうと、有美は暁春の手を引いてソファから立たせ、ふらつく体を支えながら階段を上がった。 寝室までの道のりで何度もゆうちゃん、ゆうちゃんと呼ぶ掠れた声に、有美は耳を愛撫されているように感じて、寝室のベッドに暁春を寝かす頃には興奮で全身を震わせていた。 ベッドに横になった途端寝息を立て始めた暁春に一瞬焦ったが、寝ながらも怒張を見せる中心部に有美は怪しく舌舐りをし、キャミソールワンピースを足元に落としてベッドに上がった。 その夜、有美は初めて何も纏わない暁春を感じ、その熱さに身悶えた。 そして予感がしていた。 今胎内に放たれたこの種のどれかが暁春の分身を作り出すと。 - 入院中、優希は一日中ベッドの上から窓の外を眺めていた。 暁春が手配したあのボディガードは優希の階段落下についてのお咎めが無かったのか、今は病室の外で待機している。 幸いにも優希は骨折はしておらず、全身の痛みは打撲と、落下の時に衝撃に耐えようと無意識に全身に力を込めていた筋肉痛だった。 最初は起き上がれないほどの痛みだったが、1週
優希を階段から突き落としたことか。 子供が1人駄目になってしまったことか。 もしかしてその両方か。 (流産は私のせいじゃないって言ってたじゃない…!弱いガキを孕んだあの女が悪いのよ…!) 初めて暁春に邪険にされ、しかもそれが優希に関することでということに有美は苛立ち、手のひらに爪が食い込むほど強く両手を握りしめた。 俯いた顔は怒りで赤くなる。 (…まさか情が移ったとかないでしょうね。) 思い浮かんだ1つの可能性は有美には到底受け入れられるものではなく、拒否反応から全身に鳥肌が立つ。 残った子供が産まれてしまえば情はもっと強くなるだろう。 そうなれば有美の思い描く輝かしい未来はやってこない。 有美は大きく息を吸って心を鎮めると、顔を上げた。 「そうだよね…。そういう気分じゃない時もあるよね。子供が1人いなくなっちゃったんだもんね。」 眉を下げ、淡く微笑んで聞き分けのいいことを言う。 しかし優希のことは絶対に言わない。 「じゃあ今日はたくさん飲もうか。嫌なこと忘れちゃおう!」 流産に自分が関わっていないと医者が言うならば、自分はただ慰めるだけ。 そのスタンスで有美はそう言うと、立ち上がってダイニングテーブルに歩いていく。 (穴あきコンドームとかシリンジとかの問題じゃないわ。) まさかこれを使うとはと、奥歯を噛み締めた有美の手には1つのカプセルがあった。 それを香りの強いウイスキーのグラスに入れる。 カプセルは
しかし今、優希は有美と暁春の関係を知り、彼女のやつれた姿から暁春の復讐も成功したと言える。 予定外に優希が妊娠したために離婚がずれ込んでいるが、原因を取り除けばそれも解決するだろう。 今度は有美が若奥様として堂々と日の下を歩ける。 有美は排卵日の今日、必ず妊娠するつもりだ。 (念の為コンドームに穴を開けたし、シリンジも用意した。) 避妊具なしでのセックスを承諾してもらえるのが1番簡単で、気分も良い。 しかし念には念を入れて用意した。 優希が妊娠した方法と同じやり方は気分が良くないが、早く妊娠して既成事実が欲しい有美は手段を選んでいられないのだ。 薄いキャミソールワンピースを着た有美は、ムード作りにアロマキャンドルを置き、花瓶に花も生ける。 床に置かれた間接照明の光が、有美の影をロマンティックに見せている。 有美はそこに暁春の影も加わったところを想像すると、興奮で腰に甘い痺れが走った。 (ああ早く帰ってこないかしら…。待ちきれないわ。) 有美がこれからの淫靡な時間を想像して体を震わせていると、玄関が開く音がした。 暁春が帰ってきたのだと、有美は軽やかな足取りで玄関に向かう。 「おかえりなさい!」 スリッパに履き替えていた暁春は、声を弾ませて抱きついてきた有美を軽く受け止めると「うん。」とだけ言って引き離した。
「……。」 しかし暁春は優希の言葉に無言を返す。 その意図を察した優希は失望の笑いを漏らした。 胸に広がる虚しさと悲しみは優希の呼吸を重くし、目は熱くなる。 痙攣しかける喉が不快に感じて、優希は無理やり唾を飲み込んだ。 「…帰って…。」 掠れた声は震えて情けないものだったが、優希はこれ以上平静を取り繕うのは無理だった。 暁春のシルエットさえ見たくなく、視線は窓に向けたまま腕を上げて扉を指さした。 全身が軋むように痛み、低く唸る。 「話を聞け。別に彼女を庇おうとしているんじゃない。この件が広がると母さんが不安定にな…。」 「帰って!!」 眉をひそめた暁春が珍しく早口で話すも、優希は声を張って遮った。 彼がなんと言おうと、今の優希には心を乱す耳障りな音としか感じられない。 「……お願い帰って。今は1人にして欲しいの…。」 口は閉じたが動かない暁春の気配に、優希は懇願の声を出した。 彼女はもう限界だった。 キス写真からセックスの現場への遭遇、そして衝撃の真実。 目覚めてからも連日苦しめられ、最後は希望だった子供を1人失った。 心も体も痛み、あと少しの刺激でプツリと切れそうな糸で立てている状態。 暁春もそれを感じ取