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第7話

Auteur: 飴ちゃん
真央は拳をぎゅっと握りしめた。

立ち上がろうとした瞬間、数人に腕をつかまれ、強引に船内のスイートルームへと押し込まれる。

そのうちの一人がスマホを取り出し、画面に文字を打ち出して見せた。

【外は風が強いし、風邪ひいたら大変ですから、谷口さんはここで待っててください。誠也もすぐ来ます】

扉が閉まる直前、内側の部屋から誠也の低い笑い声がはっきりと聞こえた。

「小悪魔ちゃん、どこが調子悪いんだ?ここか?それともあそこか?」

裕香の息が乱れ、甘えるように震える声で「いやっ……優しくして……」と漏らした。

真央の胃がひっくり返る。

逃げ出そうとしたが、扉には鍵がかかっていて開かない。

その場に硬直し、全身の血が冷え切る。

背後から響く恥ずかしい音が、針のように耳を突き刺し、神経の一本一本をえぐるように責め立てた。

どれほど時間が経ったのか。ようやく内扉が開いた。

誠也が出てきて、その後ろには衣服が乱れ、顔を赤くした裕香がいた。

外に立つ真央を見た瞬間、誠也の顔が固まり、とっさに【裕香の肩が凝ってたから、俺がマッサージしてたんだ】と釈明する。

真央は伏し目がちに黙ったまま。

その平然すぎて麻痺したような様子が、なぜか誠也の胸をざらつかせ、不快にさせた。

彼は何事もなかったように真央を部屋の外へ連れ出し、直後、部下を呼びつけ、低い声で問いただす。

「誰の指示で彼女を内室に連れていった?」

仲間はきょとんとし、「遊びみたいなもんっしょ?どうせもうすぐ捨てるんだし、気にすることねぇじゃん」と答えた。

「俺がいつそんなこと言った?」

誠也は眉をひそめ、冷たく言い放つ。

「確かに彼女を娶ったのは裕香の盾にするためだ。でも、役目は果たしてくれたんだ。これからの暮らしを保証してやるつもりだ」

「誠也、らしくないなぁ」仲間はからかうように肘で小突いた。

「まさか本気で惚れたりしてんの?」

誠也は答えず、冷たく一瞥だけして吐き捨てる。

「余計な口出しするな。知る必要のないことは聞くな」

その会話は、一言一句、真央の耳に届いていた。

彼女は唇をきつく結び、口元にかすかな笑みを浮かべる。その笑みは、どこまでも寂しげで哀しかった。

ああ、誠也はもう彼女の未来まで「整えてある」らしい。

だが、そんな保障になど、とうに価値を見いだせなくなっていた。

真央はスマホを取り出し、時刻を確認する。

隆夫との約束の迎えまで、あと二十分。

そして約束通り、花火が夜空を彩るその瞬間――彼女は海へ身を投じ、偽りの死を演じて、この場所から完全に逃げ出すのだ。

誠也は彼女がスマホを見つめているのを見て、花火を待っているのだと勘違いし、頭を撫でようとした。

【焦るな、もうすぐ花火大会が始まるから】

真央はそっと身を逸らし、【洗面所に行く】と口実を作って荷物置き場へ行き、骨壺を抱えて甲板へ戻る。

ところが、そこに裕香が向かいから現れた。

彼女の腕の中の白い骨壺に気づいた瞬間、裕香の顔から血の気が引いた。

「な、なにそれ……なんでそんなもの船に持ち込んでるの!?」

すぐに真央が耳が聞こえないことを思い出し、そのまま強引に手を伸ばして奪おうとする。

「縁起でもないわよ!さっさと捨てなさいよ!そんなの持ち歩かないで!」

真央は鋭く身を翻し、力いっぱい裕香を突き飛ばした。

裕香は勢いで欄干にぶつかり、悲鳴をあげて尻もちをつく。

「きゃあっ――!」

物音に気づいた誠也が慌てて駆け寄り、裕香を抱き起こす。

「裕香、大丈夫か?痛かったか?」

裕香は涙目で誠也に寄り添い、訴える。

「誠也……彼女、完全におかしいのよ!骨壺なんて抱いて船に来て……下ろしてって言ったら私を突き飛ばしたの!」

誠也の表情が瞬時に冷え切る。

彼は真央に命じた。【真央、骨壺を置け】

だが彼女は目も向けず、抱きしめる腕にさらに力を込めた。

「誠也、誰の骨なのよ……?怖すぎるわ……」裕香が怯えた声で追い打ちをかける。

「家の老いぼれ犬さ。ここんとこ妙に執着しててな。大したことない、気にするな」

彼は裕香の肩を軽く撫で、「今すぐ処分する。君が嫌がるもんを放っておくわけねぇ」と宥める。

そして真央の前に進み出て、無理やり骨壺を奪おうとした。

もみ合いの拍子に、真央の額が鉄のリベットにぶつかり、鮮血が勢いよく流れ出す。

海風が塩気を含んで傷口を吹き抜け、目に痛みが沁み、視界は朱に染まる。

【真央、言うことを聞け】誠也の目は冷え切っていた。

【あの犬はもう死んだんだ。いつまでも抱えて何になる。解放してやれ】

ちょうどその時、夜空に色鮮やかな花火が咲き誇る。

煌めく光が夜を覆い、真央の瞳に宿る決意をも照らした。

――隆夫との約束の時刻。

真央はもう迷わない。

甲板の縁まで駆け、檻から解き放たれた鳥のように、冷たい海へと身を投げた。

彼女と誠也の縁は海から始まった。

そして、海で終わりを迎える。

「真央!」

背後からの叫び声は、花火の轟音にかき消された。

冷たい海水が鼻腔に押し寄せる瞬間、真央は初めて「解放」という味を知った。

心の奥でそっと呟く。

――誠也、さようなら。

いや、もう二度と会うことはない。

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