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第17話

作者: スイカスイカビッグスイカ
澄乃は、悠真のプロポーズを受け入れた。

これが、神城家と宗真から永遠に離れるための代償なのだろう、と彼女は思った。

今や神城家と張り合えるのは、西園寺家しかない。

悠真と結婚すれば、宗真がどれほど望んでも、強引に彼女を連れ戻すことはできない。

それに悠真も、由美子からの結婚催促から解放される。

澄乃は心の中で決めていた。悠真との結婚式は形だけのもので、礼とし「Sumino no Tsuki」の著作権を無条件で西園寺家に譲る。

結婚後も悠真の私生活には干渉せず、彼が本当に愛する女性を見つけたら、潔く身を引くつもりだった。

こうすれば、お互いに必要なものを得られ、負い目も生まれない。

その考えを正直に悠真に打ち明けたが、彼は予想に反して喜ぶ様子を見せなかった。

複雑で、どこか寂しげな瞳でじっと彼女を見つめ、まるで飼い主に捨てられた小動物のように言った。

「それが君の望みなら……俺は構わない」

澄乃はその視線を避け、見なかったことにして、心の中の決意を揺るがせなかった。

そう思っていても、由美子の存在は澄乃の心を揺さぶった。

西園寺家に住むようになってからの数か月、由美子は心から澄乃を娘のように可愛がってくれた。

彼女の好みをすべて覚え、毎日自ら台所に立って工夫を凝らした料理を作り、少しでも多く食べさせようとする。

澄乃がピアノ好きだと知れば、すぐに音楽室を改装し、ウィーン音楽院で教える友人に頼んで遠隔レッスンまで用意した。

デザイン室で図面を引いていれば、一緒に作品の細部を熱心に語り合い、毎回的確なアドバイスをくれて、新しい発想を引き出してくれる。

このとき澄乃は初めて知った。由美子は西園寺家とは別に、自ら立ち上げた会社を経営し、誰にも依存せず、自分の力だけで成功してきた女性だということを。

「女は誰にも依存しちゃいけないのよ。藤のツルみたいに誰かに絡みつくんじゃなくて、自分で大きな木になって、枝を広げて、全部の風雨から自分を守るの。お母さんはそうやって生きてきた。澄乃ちゃんも、きっとそうなれるわ」

かつて藤崎家では、母と呼ぶべき女が狂ったように睨みつけ、愛してると言いながら殴り、「なんで私の娘の代わりに、この家で贅沢できるの」と罵った。

神城家に嫁いでからは、義母が「あなたのため」と言いながら外出も許さず、自分が作った「Sumi
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